最終話
アーヴィンが見つけ出した先王朝の直系の子孫は、隣国の南部にある小さな町で暮らしていた。
三十代半ばの男性で、代々受け継いできた土地を管理しながら、妻と二人の子供とともに平穏な生活を送っていたという。
先祖が王族だったことは家に伝わっていたものの、それを公にすることはなく、王位を求めたこともなかった。
数百年前に祖国を追われた一族にとって、身分を隠して生きることは、子孫を守るための約束でもあったのである。
アーヴィンは本人と面会し、修道院で見つかった記録と、王宮の地下記録庫から発見された契約書について説明した。
男性は最初、突然の話を信じられなかったようだったが、先祖から受け継いだ印章と、修道院に残された家系図が一致していることを知ると、家族と相談する時間がほしいと申し出た。
アーヴィンはそれを了承し、王位を継ぐかどうかについて急いで返事を求めることはしなかった。
数日後、男性は正式な調査に協力する意思を示した。ただし、王位を引き受けるかどうかについては、王国の状況を確かめてから判断したいという。アーヴィンはその意向を尊重し、まずは貴族評議会へ家系の記録を提出することにした。
***
王国では、国王とローランの統治権が停止されたことで、重臣たちが政務を代行していた。
国王はなおも自分が正統な君主であると主張していたが、王宮の契約書によって王位簒奪の経緯が明らかになった以上、その言葉を信じる者は少なくなっていた。
そこへ先王朝の直系の子孫が見つかったとの報告が届き、評議会では王位の返還について正式な審査を始めることになった。
提出された記録は、修道院に保管されていた家系図、隣国で代々残されてきた出生と婚姻の証書、そして先王朝の印章を照合したものだった。
アーヴィン自身も先王朝の血を引いていたが、王位継承の本流から外れた傍系であり、今回見つかった男性が最後の王子から続く直系にあたることが確認された。
評議会は複数の歴史学者と法学者による審査を行い、男性の継承権を正式に認めた。
本人も、王国の混乱を収めるためであれば王位を引き受けると表明したことで、長年失われていた先王朝の復位が現実のものとなった。
国王はその知らせを聞いて激怒し、王位を奪おうとする者は反逆者として処罰すると宣言した。
しかし、すでに王宮の衛兵たちは評議会の指揮下に置かれており、国王の命令に従う者はほとんど残っていなかった。
ローランも王太子としての権利を訴えたものの、公務を果たせない状態にあることは明らかであり、父とともに王位継承権を失うことになった。
王位の返還が正式に決定されると、国王とローランは王宮から退去を命じられた。
二人は最後まで抵抗したが、王家の財産は新たな王家へ引き継がれ、私的に所有していた財産についても調査が行われることになった。
かつて大勢の侍従を従え、豪華な宮殿で暮らしていた二人は、王都から離れた施設へ移され、必要な医療と生活の世話だけを受けることになった。
さらに、正統な王家の復位によって旧王家の契約が失効すると、それまで聖女が抑えてきた魔物の性質が完全に現れ、国王とローランは人の姿を取り戻せなくなった。
かつて美貌と威厳を誇っていた王族は、今では鏡に映る自分たちの姿を見ることさえできず、互いに責任を押しつけ合うばかりだった。
王妃は夫と息子の変貌を目撃して以来、恐怖から立ち直ることができず、実家へ戻った後も人前に出ることを避けていた。
王家の血を引いていないため身体に変化はなかったが、王妃としての地位も、華やかな宮廷生活も、すべて失ったのである。
旧王家の契約が失効した日、神殿ではフィオナの腕に刻まれていた黒い紋様が消え始めた。
神官たちはその変化を確かめ、聖女が呪いを引き受け続ける必要がなくなったことを確認した。しかし、フィオナが失った魔力や衰弱した身体は元へ戻らず、以前のような治癒魔法を使うこともできなくなっていた。
王太子との婚約もすでに解消され、王宮で与えられていた衣装や宝飾品も返還を求められた。
フィオナは最初、何かの間違いだと訴えたが、ローランが王位継承権を失った以上、王太子妃となる道は閉ざされていた。
聖女の地位を手に入れれば、姉よりも華やかな人生を送れると信じていた娘は、今ではその地位も、婚約者も、美貌も魔力も失っていたのである。
神殿から退去したフィオナは、爵位を失った両親のもとへ戻ることになった。
ヴァルディス家では、バルタザールが聖女の褒章を不正に流用した責任を問われ、爵位の剥奪と財産の返還が命じられていた。
領地の管理権も失われ、王都の屋敷は債務整理の対象となり、ロザムンドが長年集めてきた宝飾品も、オディールの褒章によって購入されたものについては返還を求められた。
バルタザールは最後まで、母と娘の財産を家のために使って何が悪いのかと訴えたが、聖女個人の褒章を管理者が自由に処分することは認められていなかった。
しかも、オディールの遺言によってコレットへ相続されるべき財産まで無断で処分していたことが明らかになり、返還義務を免れることはできなかった。
ロザムンドは屋敷を退去する日まで、王家が助けてくれると信じていた。
しかし、頼りにしていた王家そのものが王位を失い、フィオナとローランの婚約も解消されている。以前は茶会に招いていた貴婦人たちも、今では彼女と顔を合わせることを避け、助けを求める手紙を送っても返事は届かなかった。
二人は王都の外れにある小さな借家へ移り住み、バルタザールは労役によって債務を返済することになった。
ロザムンドも使用人のいない暮らしを余儀なくされ、食事の支度や洗濯さえ自分で行わなければならなくなった。
フィオナが戻ってきたことで、三人の暮らしはさらに荒れた。
ロザムンドは娘が聖女の地位を失ったことを嘆き、バルタザールはフィオナが継承を望まなければコレットが今も聖女を務め、家の繁栄が続いていたはずだと責めるようになった。
フィオナはそのたびに、継承を喜んでいたのは両親ではないかと反論し、自分がこんな目に遭ったのは家族が聖女の苦痛について教えてくれなかったからだと訴えた。
かつて三人は、コレットが疲れ果てている姿を見て努力が足りないと笑っていた。
しかし、今では互いに同じ言葉を向け合い、誰かが自分たちを助けてくれるのを待っていた。
最後にロザムンドはコレットへ手紙を書いた。
家族なのだから一度くらい助けてほしいと訴え、祖母オディールも息子とその妻が苦しむことなど望んでいなかったはずだと書き添えた。
コレットはその手紙を受け取ると、最後まで目を通した。
祖母の名を持ち出したことには不快感を覚えたが、返事を書くつもりはなかった。オディールが亡くなったとき、葬儀の費用を惜しみ、部屋を早々に改装した人たちが、今になって祖母の気持ちを語ることに、何の意味があるというのだろう。
彼女は手紙を代理人へ渡し、今後も私的な連絡には応じないよう伝えた。
***
数日後、ヴァルディス家の財産整理が完了したとの報告が届いた。
祖母の遺言に従ってコレットへ返還された財産は正式に彼女の名義となり、バルタザールが不正に流用した褒章についても、可能な範囲で回収が進められていた。
コレットは報告書を確認し、祖母が生前暮らしていた屋敷の一部について、改めて管理の手配を依頼した。
オディールが長年過ごした部屋はすでに改装されていたが、祖母が好んでいた庭の花だけは、今も残っているという。
その知らせを聞いたとき、コレットは久しぶりに祖母の笑顔を思い出した。聖女として苦しんでいた頃も、庭の花を見ることを楽しみにしていた人だった。
父と母が何を失ったのか、フィオナがどれほど後悔しているのか、コレットにはもう関係がなかった。彼らが自分たちの選択によって失ったものを、今さら取り戻してやるつもりもない。
一方、アーヴィンは新国王の即位に伴う政務の調整に携わっていた。
先王朝の正統な継承者を見つけ出し、王位の回復に尽力した功績が認められ、隣国の伯爵であった彼には公爵位が授けられることになった。彼自身も先王朝の血を引いていることから、新しい王家との結びつきを強める意味もあったという。
コレットにも、聖女制度の真実を明らかにした功績によって、独立した女伯爵位と領地が授けられることになった。祖母の遺言に従って返還された財産や、聖女としての奉仕に対する補償とは別に、彼女自身の功績に対して与えられる褒賞だった。
叙爵の式典でコレットの名が読み上げられたとき、かつて王宮で彼女を地味な聖女と見下していた貴族たちは、複雑な表情を浮かべていた。
以前は王太子の婚約者でありながら、妹フィオナの陰に隠れるようにしていた女性が、今では自らの功績によって伯爵位を授けられるのである。
コレットは新国王の前へ進み、正式な勅許状を受け取った。そこには女伯爵としての爵位と領地の所有権が明記され、婚姻後も彼女自身の名で保持することが認められていた。
式典を終えた後、アーヴィンはコレットへ祝辞を述べた。
彼自身も公爵位を授けられたばかりだったが、コレットの功績が正当に認められたことを、何より喜んでいるようだった。
「おめでとうございます、コレット。これでようやく、あなたがご自身のために使えるものが増えましたね」
コレットは微笑み、手元の勅許状へ目を落とした。領地の経営についてはまだ学ばなければならないことが多く、これから忙しくなるだろう。
しかし、それは誰かに命じられて引き受ける仕事ではない。自分が望んで選んだ責務であり、その成果も自分のものになる。
それから数か月、コレットは新たに与えられた領地の管理と、祖母から相続した財産の整理に時間を費やした。
アーヴィンも公爵としての新たな務めに追われていたが、時間を見つけてはコレットの領地を訪れ、彼女が困っていることがあれば相談に乗った。
ただし、領地の経営について勝手に口を出すことはなく、コレットが自分で決めたことを尊重していた。
***
ある日の午後、コレットは祖母オディールが暮らしていた屋敷を訪れた。
長く手入れが行き届いていなかった庭は、すでに庭師の手によって整えられ、祖母が好んでいた白い花も再び咲き始めていた。
母ロザムンドの趣味で改装されていた客間については、以前の調度品をすべて取り戻すことはできなかったものの、祖母が使っていた書き物机と安楽椅子だけは、屋敷の倉庫に残されていたため、元の場所へ戻すことができた。
その日の夕方、アーヴィンが屋敷を訪れた。
コレットは彼を庭へ案内し、祖母が好んでいた花について話した。
アーヴィンは興味深そうに耳を傾け、今度、公爵領で育てられている珍しい花の苗を届けようと申し出た。
二人は庭を歩きながら、これからのことについて語り合った。
コレットは女伯爵としての領地を持ち、祖母の財産も取り戻している。アーヴィンも公爵となり、以前より忙しくなっていたが、二人が協力して調べてきた王家の秘密については、すでに決着がついていた。
「コレット、以前からお伝えしたいことがありました」
アーヴィンが足を止めた。コレットも立ち止まり、彼の顔を見た。
「私は、あなたが聖女だったから協力したわけではありません。王家の秘密を調べるうちに、あなたがどのような方なのかを知り、これから先もともに過ごしたいと思うようになりました」
コレットはすぐには答えなかった。
アーヴィンとは長い時間をかけて協力し、互いに信頼を深めてきたが、彼からこのような言葉を聞くことになるとは思っていなかったのである。
「私には、女伯爵としての務めがあります。それに、祖母から相続した財産も、自分で管理していきたいと思っています」
「もちろんです。あなたが大切にしているものを、私の都合で手放していただくつもりはありません」
アーヴィンはそう答えた。
彼はコレットの手を取り、正式に婚約を申し込んだ。コレットはしばらく考えた後、その申し出を受け入れた。
かつて王太子ローランとの婚約が決まったとき、コレットに自分の意思を尋ねる者はいなかった。
聖女は王家に保護されるべき存在であり、王族との婚姻は当然のこととされていたからである。しかし、今度は違う。アーヴィンとの婚約は、誰かの命令でも、家の利益のためでもなく、コレット自身が望んで決めたものだった。
婚約の発表は、それからしばらくして行われた。
新国王からも祝福の書簡が届き、隣国の公爵家とコレットの伯爵家では、婚姻に向けた準備が進められることになった。二人はそれぞれの爵位と領地を保持したまま婚姻することを決め、今後も互いの務めを尊重していくことで合意した。
婚約の知らせを祖母の墓前へ報告した日、コレットは白い花を一束供えた。
聖女として苦しんでいた頃、オディールはいつか自分のために生きるようにと何度も言っていた。
その言葉の意味を理解するまで、ずいぶん長い時間がかかってしまったが、ようやく祖母に胸を張って報告できるようになった気がした。
コレットは墓石に刻まれたオディールの名を見つめ、しばらくその場に立っていた。祖母が最後まで守ろうとしたものは、王家でも聖女の地位でもなく、孫娘が自分の意思で人生を選べる未来だったのだろう。
墓前に一礼して振り返ると、少し離れた場所でアーヴィンが待っていた。
彼はコレットが戻ってくるのを見て手を差し出し、彼女も自然にその手を取った。
かつて妹フィオナにすべてを譲るよう求められたとき、コレットは婚約者も聖女の地位も、惜しむことなく手放した。
妹が望んだものをすべて与えた結果、長年背負ってきた呪いから解放され、祖母の財産を取り戻し、自らの功績によって爵位と領地を得ることになった。
そして今、彼女には、誰かのために犠牲になることを求めない人がいる。
コレットはアーヴィンとともに馬車へ乗り込み、秋の日差しに照らされた街道を眺めた。
これから先、女伯爵としての務めも、公爵夫人としての生活も、決して楽なことばかりではないだろう。それでも、どの道を選ぶのかは自分で決めることができる。
祖母が願っていたのは、きっとそのような人生だったのだ。
――完――
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