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祝福を求めて2

 そこは闇が充満する場所だった。

光から守る優しい闇ではなく、全てを飲み込み塗りつぶす…重苦しく、のしかかるような闇。

ただただ先が見えない恐怖があるだけの暗いくらい闇だ。


果たしてその闇が世界中の人間の信仰を一身に集める場所の中心にあるとはだれが思うだろうか。


「ねぇねぇ、もうさぁ~処分しちゃおうか?」


闇の中に幼い少女のような…それでいて時を重ねたからこその圧力を感じさせるような…なんとも形容しがたい女の声がどこからともなく聞こえた。


「…何の話をしている」


それに応えるのは顔を目深く被ったフードで隠した男…教皇だ。

世界中で彼の身が入ることを許されている「世界の中心」…そこで姿なき声の主をフードの奥の瞳で睨みつけながらも教皇は静かに疑問を投げかけた。


「あのお爺ちゃんだよ~えらぁい大司教様。いろいろ隠れてやってたみたいだけど全部失敗…預けていた呪骸の気配も消えちゃった。さすがにダメだよねぇ~。面白いから放っておいたけどさすがにね~?さすがにだよねぇ?」

「…以前にも言った覚えがあるが、奴を大司教の座に付けたのは貴様だ。その生き汚さが気に入ったとか言うわけのわからん理由でな。なのに切り捨てるのか」


「だってもう飽きたもの。面白くもなくなったし~…正直邪魔だよね。あなただってそう思うでしょ?」

「はぁ…」


教皇はため息を一つ、腰にさげていた剣を手をかけ、声に背を向けて歩いていく。

そんな教皇を声の主が引き留めた。


「まってまって。天下の教皇様が直接行かなくてもいいじゃないのよ~」

「なら誰にやらせるつもりだ。奴の部下にはもちろん、枢機卿の連中にもやらせるわけにはいかんだろう。やらせた場合に起こる問題が多すぎる」


「うふふふふっ、だめだねぇ…だめだよ教皇ちゃん。命を奪おうって話をしてるんだよぉ?ならね?意味が残らない殺人じゃなくて、ちゃぁんと私たちの役に立つようにして殺してあげないと~。意味のない死より虚しいものは無いでしょ?せっかく殺すんだからその死を意味のあるモノにしてあげましょうよ。んふふふふふ!」


背後から聞こえていたはずの声が次の瞬間、耳元に聞こえてくる笑い声に代わり、教皇は何も見えない闇の中で剣を抜き放ち、一筋の剣閃を鋭く放った。


――手ごたえはなかった。

しかし今度は教皇の背後からパチパチと拍手の音が聞こえて、それと同時に足元に何本かの細長い糸のようなものがはらりと落ちた。


それは…赤い髪の毛のように見えた。


「すごいすごい!また少し強くなったねぇ。頑張れがんばれ、そのちょうしそのちょうし…うふふふふ!」

「ちっ…それで、いったい大司教を誰にどうやって殺させるつもりだ。もったいぶるな」


「せっかちだにゃぁ、もっとゆっくりと生きなよ~めんどくさぁい」

「早く話せと言っている」


「はいはぁい。あのね?私たちは殺さないし、誰かに依頼もしない…ただ情報を流すの。あのお爺ちゃんが今まで陰でやってきた汚い事の情報を。何があったかなぁ~…寄付の着服に、信徒の女の人への手付き…あぁそう言えば小さな男の子とかも趣味だったんだっけ?そのほかにもいっぱいあるよねぇ…それをさ、下町にパーッと流しちゃおう!するとどうなるかなぁ~真面目で頭のいい教皇くんに伝わるかなぁ私の考え」


教皇が知りつつも何もしなかった大司教の悪事。

それを世に放てば間違いなくその立場を追われ、失脚するだろう。

それは人によっては死ぬよりもつらい状況に身をやつすことになるかもしれない…だが声が言いたいことはそういう事ではないだろう。


ましてや大司教はたとえそう言う状況に置かれたとしても、持ち前の生への執着心で生き延びる…そういう人間だと教皇も理解していた。

故に他に考えられるのは…。


「まさか「悪斬り」にやらせるつもりか?」


それは教会で手配されている連続殺人鬼の通称だった。

悪人のみを狙い、剣のような刃物で惨殺し、死体は置いていく…町中に悍ましい光景を作り出す犯罪者以外の何物でもないが、しかし秘かに民たちには義賊として人気があるのもまた事実だ。


当然それを表立って称賛したり、肯定する者たちは少ないが悪人しか狙わないという性質から心の中では支持するものが多い…そういう犯罪者だった。


また手口は刃物による惨殺という目立つ者であるにもかかわらず、いまだに教会は悪斬りの捕獲は愚か、目星すらついていない。


「そうそう。狙われる条件は整ってるでしょ?誰もが知ってる悪人…狙われないわけないよね。わざわざ死体を目立つようにして置いていくんだから目立ちたいのだろうし~こっそりとお爺ちゃんの後を付けさせれば尻尾を掴めたりして?うふふふふふ!」


茶番だ――教皇は心の中で舌打ちを漏らした。

確かに教会は「悪斬り」の正体に迫れてはいない。それは教皇自身もそうだ。


しかし間違いなくこの声の主はその正体をすでに知っているのだろう。

知っていて知らないふりをしているだけなのだ。

なぜならこの声の主である女は「そういう存在」なのだから。


「でもね、それだけじゃないよ?ほらあのお爺ちゃんって今は白髪だらけだけど、本来は赤髪でしょ?その情報も一緒に流しちゃったりしたらほら…もう一人の殺人鬼ちゃんも出てくるんじゃない?」

「「色狩り」…か」


悪斬りは活動を始めて長いが、色狩りはここ1,2年ほどの最近に現れた殺人鬼だ。

その手口は刃物による首の切断…ターゲットは一般的に高貴とされる髪色をした立場のある人物。


こちらもまた悪斬りと同じように、教会では一切情報が掴めておらず、また立場のある人間が狙われているという事から悪斬りとは違い、民からの反感が強く、それはいまだに犯人を捕まえられていない教会にも向けられており、教皇にはほぼ関係のない話だが教会としては頭を悩ませている問題の一つだった。


「うまくいけばお爺ちゃん一人の命で世にも恐ろしい犯罪者を二人とも捕まえられるかもしれない…うふふふふ!なんて意味のある死なのでしょう!きっと喜んでくれるわ。死を尊いものに…好きでしょ?人間(あなたたち)ってそういうの」

「…わかった。手配しておく…それとまだ黒神領は放っておくつもりか。大司教は愚かではあるが無能ではなかった。だというのに黒神領は奴の策略をすべて退けている…なのにまだ静観をするのか。そもそもなぜ、あの場所に上位の教会関係者や枢機卿の立ち入りを禁じている?」


定期的に聞こえてきていた闇の中からの笑い声がピタリと止まった。

聞こえてくれば不快だが、なくなってしまえばそこに広がる闇が何もかもを飲み込んでいしまうかのような錯覚に陥る。


「だぁかぁらぁ~あの場所には触れなくていいんだって。あそこにはね、私の「祝福」があるの。お前たち人間に、その汚らわしい手で触れてほしくないの。わかるかなぁ?嫌でしょ?大切なものが置いてある場所に他人が泥まみれの土足で踏み込んでくるの。あそこはね、そういう場所なの」

「…お前の言う大切な場所とやらも最近は賑わっているようだがな。そもそも教会が入らずとも、あそこでは人が暮らしている。今更何を言っているのだ。せめてあの場所で何が起こっているのか調査くらいはするべきだ。俺と貴様の計画に何か一つでも間違いがあってはいけないのだから」


カチャリと教皇の手にある剣が音をたてた。

血の流れが止まり、青みが見えるほどに手を握りしめている教皇だったが、そこに込められた想いをあざ笑うかのように感情の籠らない声が闇の中から流れた。


「どーでもいいよ、そんなの。私がダメって言ってるんだからダメ。計画なんかより私のこの大切って想いを大事にしてほしいな。他人に優しくなろうよ。ね?」

「貴様…」


「なぁに?ダメになってもまた一から始めればいいじゃない。気長に行こうよぉ~。ほーんと融通が利かないクソ真面目ちゃんなんだから~…ほんと面白くない――死ねばいいのに」

「…」


瞬間、押しつぶすような「死」が教皇に襲い掛かった。

それは物理的なものではなく、精神的なもので…心の奥底から生物としての根源的な恐怖…死に対する圧倒的な恐れが沸き上がってくる。


しかし教皇はそれを意思の力でねじ伏せた。

ガチガチと情けない音をたてそうになる歯を食いしばり、いまにも笑いそうになる膝に渾身の力を入れて踏みとどまり、吹き出しそうになる脂汗を平然とした顔で抑え込んだ。


そして鋭い殺意を込めた瞳で闇をまっすぐに睨みつける。

帰ってきたのは…いつもの耳障りな笑い声だった。


「うふふふふ!なーんてうそうそ。冗談だよ!じょーだん。今日も明日も明後日もその先も、いつまでも頑張って頑張って未来に希望を夢見て元気に生きていきましょう。それが大切だよね?」

「…」


「まぁあなたの言いたいこともわかるよ。調査はダメだけど、あの場所で人間がうじゃうじゃしてるのも目障りだし、そろそろ「間引こう」か。適当に枢機卿の誰かを送り込んで好きにさせておいて。そうすれば適当にやってくれるでしょ…あぁいや、あの女の子にしようか。世にも珍しい大司教おじいちゃんの信奉者の子。あの子にお爺ちゃんが大変な目にあったのは黒神領のせいって吹き込めばいっぱい殺してきてくれるよ」

「…わかった。話はそれで終わりか?」


「そうだねぇ。もう終わり…じゃなくてもう一つあったよ~。次の大司教だけどいい子を見つけたんだ」


ひらひらと教皇のもとに一枚の紙が落ちてきた。

それを拾い上げ、目を通すと教皇はフードの奥の眉をひそめた。


「何を考えている?なぜこんなやつを大司教に据える必要がある」


紙に書かれていたのは一人の青年の情報だった。

そう…まだ若い青年だ。

一年ほど前に厳しい試験の末に赤神領所属の執行官となった青年の。


「面白そうでしょ?夢いっぱい、元気いっぱいって感じでさぁ~生きてるって感じがして気に入ったんだよねぇ~…殺したいほどに腹が立つでしょ?だから頑張ってもらおうと思ってさ!とりあえずは現大司教おじいちゃんの尊い犠牲の現場に行ってもらおうかなって。そこからは枢機卿の誰かに預けて現実という物を知ってもらいましょー。それでもまだ夢いっぱい元気いっぱいなら…はれて新大司教!ってことで!」

「…」


言いたいことだけ言うと挨拶もなく、声は闇の中に溶けて聞こえなくなった。

完全に一人取り残された闇の中で教皇は渡された紙を静かに握りつぶした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >あそこにはね、私の「祝福」があるの。 人の精神において不死は呪いになりうるとは古代ギリシア時代からの専らですが 然らば死の概念は見ようによっては祝福なのかな?
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