悪を斬るモノ 色を狩るモノ
「ぐっ、くそっ!な、なぜワシがこんな目に…!!」
周囲の灯りも消えた不気味なほど先の見通せない夜の闇の中、一人の老人が何かから逃げるようにしてひたすら走っていた。
抱えている荷物からはジャラジャラと細かい何かがこすれあう音が聞こえており、その隙間からは月あかりを反射して金色に輝く装飾品のようなものが覗いており、それが重りとなり、老人の速度を遅くさせているのだが、それに気づいているのかいないのか、息を切らしながらも決して老人は荷物を手放そうとはしなかった。
「もう少し…もう少しで…!この先にあの女が待っているはず…辿りつけさえすればワシは生き残れる…!」
ただ一点だけを見て走り続けていた老人だが、視界の端で小さく光を反射するものを見た。
それはただ運が良かったとしか言えなかった。
振り返りもせず前だけを見ていたおかげか…はたまた華美な装飾品から放たれた光がそれを反射させたおかげなのか…とにかく老人は幸運なことに闇の中から自らの首に迫ってきていた鈍い輝きを放つ剣に気が付くことができたのだ。
「ぬっ!ぐぉおおおおおおお!?」
紙一重で剣を躱し、転がるようにして地面に倒れると同時に荷物の口が開き、中身がぶちまけられる。
「ぬお!ワシの…ワシの金が…!」
先ほど命を狙われたばかりだというのに老人は周囲の様子に気を配るよりも先に、転がった金品を両手でかき集め始めた。
なくなってしまったものは無いか、どこにも転がって行ってはいないか…それを血走った眼で確認し…何もなくなっていないことを確認するとホッと息を吐き…そしてようやく頭上に突き付けられた剣を認識した。
「な…何者だ貴様…このワシ…私を誰だと思っておる!貴様ら民が崇めるべき大司教だぞ!」
老人…大司教が剣の持ち主を怒鳴りつけたのとほぼ同時にそらぬ浮かぶ雲の位置が変わり、月明かりがその姿を浮かび上がらせた。
全身を包み込めてしまうような大きなローブを纏い、顔までも隠している
大司教はその姿を一瞬だけ教皇と錯覚した。
あの夜の闇よりも深い闇が満ちた場所でのみ謁見できる場所で会う教皇は常に顔をフードで隠していたから。
だがすぐにそれは違うと考えを改める。
なぜならローブに覆われていてもその身体つきから剣の持ち主は女だとわかったからだ。
しかしそうなると余計に誰かわからなくなり…大司教はもう一度、怒鳴りながら女に問うた。
「誰だと聞いておろうが無礼者!き、貴様が誰に刃を向けているのかわかっておるのか!」
「…立場に胡坐をかき、ただ髪色に恵まれていたというだけで弱者を虐げる思い上がった愚者。私はお前たちのようなものに…虐げられ奪われた者たちが振るう刃。貴様らを狩る剣だ」
妙に気取った口調ではあったが、その言い分に大司教はとある記憶を思い起こした。
ここ最近教会で問題となっている殺人鬼…の記憶を。
「貴様…まさか「色狩り」か…?」
「…」
女は答えずに剣を振り下ろす。
大司教はさらに地面を転がるようにしてそれを躱そうとしたが、刃は大司教の腕を傷つけ、燃えるような熱を伴った痛みを与えてくる。
「ぐあぁああああああ!!ひっぐっぅ…!!!」
「その程度で悲鳴を上げるなんて…お前に今まで踏みつけられた者たちの痛みはこんなものではなかったはずなのに」
女は再び剣を持ち上げ、大司教を冷たく見下ろす。
「よ、よせ!違うんだ!貴様もあの噂を…私が裏で悪事を働いていたとか言うものを聞いてきたのだろう!?だがあれは違うんだ!全て冤罪だ!考えてみてくれ、私は崇高で高貴な大司教なのだ!そんなことをするわけがないだろう!なぁ!そうだろう!?」
「…」
大司教の言葉を受けて女は不意に顔を隠していたフードを脱ぎ去った。
月明かりに照らされたその顔は…冷たい表情の美人であったが、それよりも大司教の視線はフードに隠れていた揺れる髪に注がれていた。
「そうか貴様…隠していたのは顔ではなく髪だったのだな!?汚らわしい黒髪が…その汚物にも劣るそれをよくこの高貴なワシの前に晒せたものだな!…はっ!?い、いや違うんだ…急だったものでつい動転してしまってのう…なぁわかるだろ…?ん?」
「…」
女はそれ以上何も言わなかった。
無言でその冷たい視線を大司教に注ぎながら持ち上げた剣を強く握りしめ…そして振り下ろす。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいやぁあああああああ!!」
大司教の悲鳴が闇の中に木霊し…それにかぶさるようにしてぶつかるような金属音が鳴り響いた。
何者かが突如として現れ、女が振り下ろした剣を剣で受け止めたのだ、
「…誰?」
「ひゃはははは!いやなに、随分と楽しそうだったもんで仲間に入れてほしくてなぁ…わかるだろ?寂しがり屋のお祭り好きなんだワシゃあ」
それはあまりにも目立つ男だった。
ここいらでは珍しい、着物と呼ばれる服を着崩しており、さらにはそれは真っ赤な色に金や青で花や鳥の衣装が施されているという嫌でも目に付くような見た目をしていた。
何よりその男は燃えるような真っ赤な髪をしていた。
「何者かは知らないけれど邪魔をするな。斬られたいのか」
「おーおー!ワシと遊んでくれるんか?そーいうのは大歓迎じゃ!ひゃはははは!お前さんあれだろ?最近話題の「色狩り」とかいう…一度会いたいと思っとたんじゃぁ。いやぁ今日はいい夜じゃのう!ひゃはははは!」
「お、おまえ!見ない顔だが執行官か!?いいところに来た!早く私を助け…」
自らを庇った赤髪の男に縋るように手を伸ばした大司教だったがその手に男はいつの間にか手にしていたもう一本の剣…いや、刀を突きさして地面に縫い付けた。
「いぎぃやああ!!な、何を!?」
「おーやっぱり老人は手ごたえが微妙な感じじゃのう。肉が薄いから気持ちのいいのが伝わりにくいんかのう…なぁ色狩りよ、お前さんはどう思う?」
「なんだお前は…それは私の獲物――」
言い切るよりも先に男は大司教の手に突き刺していた刀を引き抜き、そのまま目にも留まらぬ速さで大司教の腹をさばいた。
まるで噴水のように血が噴き出し、周囲を赤く汚していく。
頭の処理できる限界を超えた痛みに大司教は口を開けて絶叫を漏らそうとしたが、その開いた口から叫び声が上がるよりも早く喉に刀がねじ込まれ…そのまま大司教は絶命してしまった。
教会の表側を長きにわたって統率し、その欲望を満たしていた老人のあまりにあっけない最後だった。
「ひゃはははは!やはりなんやかんや言ってもこれはこれでええ感触じゃのう」
「…」
女は無言で警戒を露わにし、今しがたむごたらしい惨殺死体を作り上げた男に剣を向ける。
「おーっとすまんかたの。お前さんはこの爺さんを自分の獲物ゆうとったが、残念なことにどちらかと言うとこのワシの獲物だったんじゃ。お前さん髪色が上の方じゃったら誰でもええんじゃろ?ワシは「悪人」しか斬れんから譲ってもらったんよ。そう怒らんでくれ」
「悪人…まさかあなた…「悪斬り」…?」
「その通り!やぁ初めまして、ワシが世間からは悪斬りいう通称で呼ばれとるもんじゃ。こんごもともよろしゅうな」
悪斬りは人好きのよさそうな好青年に見える笑みを浮かべながら、血に濡れた手を女に差して握手を求めた。
女はそれには応じず、剣を突きつけたまま、悪斬りを睨みつける。
「噂では悪人を成敗する義賊だとか言われているけれど…とてもそうは見えないわね。むしろ…」
殺す方が目的の様だ――女はその言葉を飲み込んだ。
あまりにも手慣れていて、そして一切の躊躇もない残虐な殺し方は曲がりなりにも正義を騙る人物のそれではない。
正義どころかその逆…ただ遊ぶように人を殺したいと思っている人物のやり方だと女は思った。
「お?わかるか?やっぱりお前さんとは分かり合える部分があるんかのう!ほうじゃほうじゃ!世間ではいいように言われちょるが、ワシはな?ただ殺したいのよ!…こんな風にの!」
闇を裂くように悪斬りの刀が閃き、女を襲う。
それを女は難なく受け止め、逆に切り返すが、悪斬りもそれを瞬時にもう一本の刀で受け止め、お互いに距離をとる。
「ひゃはははは!いいのういいのう!やっぱりワシが見込んだ通りじゃ!…女なのは少し驚いたがまぁ性別でどうこう言うのはいかんよなぁ…現にここまで昂れるのじゃからのう!」
「イカレてるの?」
「いやぁ?誰よりも正常だと思うちょるよ。これでも冷静に物事を考えとるし」
「どこが?」
「んー…ほら人を殺すのは楽しいじゃろ?肉を切る感触に流れ出る血に臓物…どんどん失われていく体温。全部が最高じゃ。人は死にゆく時が一番美しい…ワシはガキの頃からそうおもっちょった。だがな?世間は人が人を殺すのは許されん行為とされとるんよ。魔物や動物はええのに人をやったらもうアウト…楽しい事の代償に一気に社会に排斥されてまともには生きられんくなる」
話しながらも悪斬りは鼻歌交じりに大司教の死体に刃を何度も何度も突き立てていた。
まるで子供が玩具で遊んでいるかのような無邪気さで何度も何度も。
「まぁそんなわけで盛大に失敗してのう…もう少しで居場所も何もかも失うところじゃったんやが…そこで思いついたわけよ。誰彼殺すのがいけないのであって、皆が死を望む相手を殺せばどうかと」
「…それで悪人をって事?」
「ほうじゃ!やっぱりお前さんは話が早い。確実に通じ合っとる。その通り、ワシは世にいう犯罪者を狙って殺すことにした。執行官の連中より早く、手配されとる極悪非道な奴を探し出して殺す…ほうするとどうじゃ!やっとることは何も変わっとらんのに!ただワシは欲望のままに楽しいことをしただけじゃと言うのに周りが優しくなったんじゃ」
耐え切れなくなったとばかりに悪斬りはケタケタと笑い声をあげた。
そこにはやはり、悪意や邪気と言ったものは無く…ただただ無邪気さだけが滲んでいた。
「孫を殺された婆さんの仇を楽しみのついでに取ったやったら、屋根のある部屋で暖かくして眠れるよーになった。なんぞ支配者面して立場の弱い商店の連中から金を巻き上げていた図体だけの連中を血祭りにあげてみたら食うに困らんようになった。そんなことを繰り返して行けばいつの間にかワシのことを教会の連中から匿ってくれるのまで出てきたんよ。ほーれ面白いじゃろ?少し頭を使えばむしろ普通よりも生きやすくなったんよ。すごくない?」
「そんな話を私にしてどうしたいの」
「ひゃはははは!そんな今更カマトトぶるなよ。お前さんならわかるじゃろ?初対面じゃけどこんなにシンパシーを感じるのは初めてじゃあ。のう?だからわかるはずよな。悪人を斬るワシと…色を狩るお前さん。そんな二人が出会ったのならやることは一つしかあるまいよ」
悪斬りは左手で自分の頭を指さし、右手で刀を女に向けた。
「…私は確かに悪人よ。罪を狩る復讐の刃…それが私。だがお前のようなやつに悪人だからと斬られる筋合いはない。それで言うのならお前こそ斬られてしかるべきのはずだ」
「おーおー!できるなら是非やっちょくれ!当然ワシはワシの都合で…それがあるべき姿と信じて自分勝手に人を殺しとるんじゃ。それを他人にやられたからと言って文句なぞ言わんよ。もっとも…ワシは殺すだけではなくてしのぎを削りあうのも大好物じゃあ…意味は分かるよなぁ?」
悪斬りはそう言うと笑みを浮かべながら一刀を構え、色狩りも目を鋭く尖らせて剣を構える。
斬られるか狩られるか、赤と黒…一触即発の雰囲気の中で弾かれたかのように一歩を踏み出したのは…二人ともほぼ同時だった。
前に連載していた作品では男性キャラがあまりにも少なかったのが反省点だったので、今作はそれなりに出てきていますね。
相変わらずまともなのはほとんどいませんが。




