みんなを守ってみる2
「兄貴ー!こっちは全部積み終わりました!」
「こっちはもう少しかかりそうで…!」
巨大な蜘蛛の魔物の接近に慌ただしくなった黒神領でガラの悪い男たちが汗を流しながら荷車に荷物を積み込んでいた。
「ちんたらやってんなよ!オイ!それはそっちじゃねぇ!詰み方を考えろよ!そんなんじゃ走ってる間に荷物が落ちちまうだろうが!」
そんな男たちに怒鳴りながら指示を飛ばしているのはウツギで、魔物に荒らされる前に自分たちだけでもこの場所から逃げ出そうと逃亡の準備を進めていたのだ。
「いいか!詰めるだけ詰め込めよ!この先どうなるかわかんねぇんだ…一銭も金を無駄にすんじゃねぇ!」
「へい!」
黒神領に住まう者たちは他に行き場所などない…だから魔物の接近を受けても避難をしようと考えるものなどほとんどいないが彼らは違った。
こんなところで死んでなるものかと真っ先に逃亡を企てたのだ。
「で、でもいいんですか兄貴…家のことはその…妹さんの事とかも…」
「…いいんだよ。あの女はどうせ逃げねぇだろうし…それに死んでくれたらそれで化け蜘蛛がいなくなった後に俺が当主になれる…だから気にすんな。手を動かせ」
ウツギに急かされ男が荷物を運んでいく。
するとその荷物から金貨の入った袋が零れ落ち、ため息をつきながらウツギはそれを回収した。
「…くそっ」
苦虫をかみつぶしたような顔をするウツギの手の中で…金貨が虚しく鈍い光を放つ。
ウツギはその子袋を地面に投げつけようとしたが…結局は懐にしまった。
「くそが!」
その代わりにと苛立たし気に地面を蹴り上げ砂埃をたてる。
彼が何にイラついているのか…それをくみ取れるものなどこの場にはおらず…またウツギ自身もその理由がわかっていない。
ただひたすらに…腹が立ってイライラする。
意味もなく物に当たりたくなって…意味もなく叫びだしたくなり…今度は足元の小石を蹴り上げようとしたその時、ものすごい速さでウツギの横を小さな何かが通り過ぎて行った。
「な、なんだ!?」
土煙をあげながら馬車以上の速度で去っていくそれは…メアだった。
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「ん?いまウツギくんいた?」
無我夢中で走っていたからよくわからなかったけれど、ウツギくんの顔が見えたような気がした。
戻って逃げるように言ったほうがいいかなぁ?…いや、ここまできたらくもたろうくんを止めるほうが早いかー。
ノロちゃんと出会う前にウツギくんを驚かせちゃったみたいだから謝ろうと思って見かけるたびに後を付けまわしていたんだけど、そうしたらあうたびにお菓子をくれるようになったので私の中で彼の好感度はなかなか高い。
でもアザレアは「あのクズにはあんまり関わらないように」と言われているセンドウくんと同じパターンだ。
もっとこうみんな仲良くできないものかなぁ~と思ったり思わなかったり。
そのうちこのおせっかいドラゴンが一肌脱いであげるべきなのかもしれない。
まぁそれもこれもまずは領を守らないと始まらない。
「だから…ここでとまってもらうよ!くもたろうくん」
私の眼前にはあまりにも大きすぎる蜘蛛…くもたろうくんの姿。
首を最大まで上に傾けなければならないほどの身長差にちょっとだけ懐かしいものを感じる。
母もこれくらい大きかったからね。
それは置いておいて、近くで見ることで改めて確信した…やっぱりくもたろうくんだ。
ほんとのほんとに絶対に間違いない。
なんでこんなことになっているのか、どうして暴れているのか…彼が本当にくもたろうくんと言うのならばまずは話をしなくてはならない。
「くもたろうくん!」
想いっきり叫んで声をかけるとくもたろうくんが動きを止めてぎこちない動きで私をそのいっぱいある眼で見た。
そこで私も気が付いた。
くもたろうくんに纏わりつくように…黒い靄が広がっているのだ。
シルモグ達についていたあれというよりは…ノロちゃんが纏っていたものに近い気はする。
でも「死」ではない…そんなよくわからない何かがくもたろうくんを覆っている。
「まさかこれがげんいん?くもたろうくん!わたしのこえがきこえりゅー!?」
「――」
くもたろうくんは何も答えず…次の瞬間、その巨大な脚が私に向かって振り下ろされた。
そんな気はしていたけれど、やっぱり話を聞いてくれない!というか正気を失っているように感じる。
どうりでくもたろうくんらしからぬ行動をしているわけだ。
こうなったらなんとか大人しくしてもらうしかない…。
「わるくおもわないでよ!くもたろうくん!」
右手にドラゴンオーラを展開…迫りくるくもたろうくんの大きな足に向かって放つは必殺のスーパードラゴンビンタ!
説明しよう!スーパードラゴンビンタとは割と手加減なしのドラゴンビンタなのである。
スーパードラゴンビンタとくもたろうくんの脚がぶつかり…ものすごい音がしてくもたろうくんの脚が弾かれた。
うん…この身体だから少し不安だったけれど、ある程度はイケそうだ。
元の身体の力には遠く及んでないけれど、戦えないことはなさそう。
「でも…あしを「とばせなかった」のはいたいにゃぁ…」
本来ならくもたろうくんの脚くらい衝撃でちぎれそうなものだけど、そこまでの威力は出せなかった。
実はまだこの身体で魔素を操るのはうまくいってなくて…ドラゴンオーラも今みたいに片手を覆うのが精いっぱいでさっきのドラゴンビンタは私の今できる攻撃手段の中でも最強に近い技だ。
当然魔法なんかも使えないし、なんちゃってドラゴンブレスみたいなややつよな技も使えない。
そしてくもたろうくんは驚いてはいるけれど、大したダメージが入ってるようには見えないしで割とまずい気もする。
まぁだからって諦めたり悲観したりはしないのですけどね。
だって私はいつだってポジティブドラゴン。どんな時も前さえ向いていれば何とかなるなる。
ちなみにこれは母の教えだ。
「――!!」
「うみゅ!?」
攻撃を防がれて怒ったのかくもたろうくんが前側の脚二本をでたらめに私にむかって振りかぶり始めた。
ズドドドドドドド!と雨あられのように遠慮なく振り下ろされるそれに右腕一本…ビンタのみで立ち向かわなければいけない私の気持ちにもなってほしい。
いや、そんな難しい事ではないのだけどね?なんか心理的な圧力があるよね。こわい。
…しかしこう…今がピンチというわけでもないけれど、なんというかジリ貧だ。
久々に戦っているせいかお腹がすいてきた…やっぱりこの身体燃費が悪すぎる!!
このままだといつか空腹でエネルギーが切れてドラゴンオーラが維持できなくなってしまう…そうなるとさすがに分が悪い。
「どうしたものかにゃ!!」
一際力強くくもたろうくんの脚を弾き飛ばすとその身体の一部が剥がれ落ちて転がってきた。
…少し気は引けるけど、これで栄養補給といこう。ごめんよくもたろうくん。
私はくもたろうくんの破片を掴んで少し距離をとった。
手の中にあるくもたろうくんの破片は…本体から剥がれ落ちてなお、黒い靄が覆っていて…。
「うーん…きはすすまないけどいただきまぁす」
それを口に含んだ。
その時…私の中に衝撃が奔った。
それは生まれて初めて感じた…異様な何か。
手から口に、口から胃に滑り落ちたそれが与えてくるそれは…それは…。
その時、幼女ドラゴンに電流走る。