領を盛り上げてみる
ノロちゃんを連れて帰ってから半年ほどの時間が流れた。
その間は実に平和…というわけにもいかず、私というドラゴンを取り囲む環境はやや変化を見せていた。
まず私は戻ってきてから暇さえあればノロちゃんと一緒にいた。
ノロちゃんはほとんど喋らないし、呪いだとか祝福の意味を聞いても答えてはくれないけれど…一緒にいると不思議とこうしているのが正解というか正しいというか、そういう不思議な気分になった。
簡単な雑談くらいはしてくれるようになったし、一緒に寝たりもして仲を深めている最中でごぜーます。
そして私はさらにアザレアにあの山に連れて行ってもらった。
話通り山は本当になくなっていて…やっぱり少しだけ悲しかったな。
他の皆の痕跡みたいなのも見つからなくて…もう少し成長したらネム達を探しにもいきたいなって思っている。
そしてこれが私の身に起こった一番の変化の話なのだけど、あれ以来私も順調に成長し、足腰もしっかりとして体力もついたのである程度は自由に行動ができるようになった。
普段はノロちゃんと一緒にいるけれど、ご飯の時だけは別であの子はご飯が食べられないので、目の前で食べるのはさすがに失礼かと思ってご飯の時だけは私は外で食べるようにしている。
自由行動が出来るようになったので、今私が住んでいる場所の観察も兼ねてアザレアのお屋敷の近くをご飯を手にぽてぽてと歩き…ちょうどいい段差?なにかの台座?の上に座ってモグモグするのが日課となっていた。
そんな食事を続けていたある日、人気のなかったその場所におじいちゃんが一人ふらふらと表れて私に向かって土下座をした。
めちゃくちゃびっくりした私は小さくてもドラゴン。
「どーしたのおじーちゃん」
「…食べ物を…食べ物を少し分けてはいただけないでしょうか…」
話を聞くと畑がダメになっちゃって食べるものがなくて困っているらしい。
病弱な娘さんがいるらしく、少しでも何かを食べさせたくてこうやって領内を回っているけれどみんな余裕がなくどうしようもないと。
一応アザレアから定期的に配給があるらしいけれど…いろいろ難しいらしく十分な量は出回っていないそうだ。
「うーん…」
外に出るにあたってアザレアからいくつか注意を受けていて、その一つに物乞いさんに何かを与えてはだめだというのがあった。
一人に施すと、他の同じ境遇の人が自分も自分もと寄ってくるから。
全員を救うことができない以上、そのうちの一人に施すべきではない…うん、理屈は分かるし、このご飯は私が手に入れたモノじゃないから勝手なことはできない。
…そうは思ったんだけど、お腹がすいて仕方がない苦しみは誰よりも私がよく知っていて…どうしても突っぱねることができず悩んでいるとトントンと背中を叩かれた。
後ろを振り開けると服の下からコンニチワしているニョロちゃんと目が合って、ずっと背中を尻尾で叩きながら何かを伝えてきているようだった。
「もしかしてごはん?あげていいの?」
「――」
ニョロちゃんは私がその時持っていた果物を見て頷いた。
この子は今はアザレアのところの子で…そのニョロちゃんがいいって言うのならいいのかな?と自分を納得させておじいちゃんに果物を一つ手渡した。
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
か細いお礼を口にしながらおじいさんはふらふらと去って行って…その時はこの話はこれで終わると思っていた。
その翌日のことだ。
また私が同じようにご飯を食べていると昨日のおじいちゃんが大人の女の人を連れて私のもとまでやってきて土下座した。
またご飯のおねだりだろうか?と思っていると次の瞬間おじいちゃんは妙なことを口にした。
「あ、あなた様は黒神様でございましょうか…!!」
「…ふぇ?」
聞けば昨日の果物をおじいちゃんと、その娘である女の人が半分に分けて口にしたところ、妙に体力が回復するような感覚があり…そのまま夜眠りについて朝目覚めると病弱だったはずの女の人はベッドから起き上がれるほどまで回復し、おじいちゃんも全身をみなぎる謎の力を感じたらしい。
そして二人は思ったらしい…あの黒い髪の幼子こそついに黒神領に降臨した黒の神なのではないかと。
なにそれこわい…。
というか私は何もしていないし…何かあるとするならば昨日の果物のほうなのではないだろうか?って思うんだけど…二人は話を聞いてくれず、妙に熱い視線を送ってくるばかり。
でも確かにおじいちゃんは昨日のふらふらとした姿が嘘だったかのようにシャキシャキしているので何かあったのは事実のようで…意味が分からな過ぎて人間に軽い恐怖を覚えだしましたドラゴンです。
さらに何を思ったのかおじいちゃんは私から貰った果物の種を畑に蒔いたそうで…するとあらびっくり、しばらくすると畑までもが元気になったというではないか。
今年の冬は越せそうだと喜んでいたけれど…いや本当に怖いよ。
私はその時も食べていた果物を見て戦々恐々とした。私を恐れさせるとはなんたる果物だ…。
「ねーあじゃれあ…」
「うん?どうしたのメアたん。暗い顔して」
「このくだもの…なんでしか…」
「なにって…たまに来る業者から降ろしてもらってる普通の果物だけど…少し痛みかけてたけどもしかしてポンポン痛い痛いしちゃったでしゅか!?たいへん!やわらかぽんぽんが!メアたんの国宝級のぽんぽんが!」
アザレアが急におかしくなってニョロちゃんにしばかれていたけれど、果物自体は普通の物らしく謎は深まるばかり…。
そういえばあの時おじいちゃんに果物を渡せと言ったのはニョロちゃんで、何か知ってるのかな?と聞いてみたら帰ってきた答えはまさかの肯定。
つまり何らかの理由はあるみたいだけど…会話ができない以上はそこで話が終わってしまった。
「むぅ…なっとくいかないにゃぁ…モグモグ…」
あぁでも果物は美味しい…。美味しいからいっか!
それよりもね!大変なんだよ!
あの日以来ね…あのおじいちゃんと女の人が本格的に私のことを黒神様って呼んで囲いだしちゃってね…ご飯を食べるために腰かけていた場所は軽くだけど飾り付けられ、おじいちゃんこと「シルモグ」と女の人こと「カナリ」がローブを着て私がご飯を食べている間拝むようにして側にいるようになり…さらにさらにどんどん領内から人が集まってきちゃってあら大変。
私たちにもお恵みをとか言いだすのでアザレアに相談したうえで例の果物を一人一人手渡していった。
もうね…そうすると次の日にはみんな元気。
せっせと活力のまま働いて結果、半年の間に寂れていたはずの周りがやけに活気にあふれてしまった。
そして崇められる私ウェイ。
助けてくれ。
でもいい事というか私にも恩恵はあって…それはみんなが食べものをくれるようになったという事なんだよね。
いや、大事な食料なのだから自分たちで食べなよ…とは思うけれど、感謝と信仰の証だというので貰っておきなさいとアザレアが…それにみんなも是非って言うから貰っているけれど…大変美味しいですハイ。
しかしね?そこでも一つ困ることがあった。
たまにね?宝石だとかお金をくれる人がいるんだよ。
そうなると私はとても困る…というか悩む。
知っているかな?宝石ってね食べる以外にもアクセサリーとして着飾るのに使ったり、おうちに飾って観賞用にできたりするんだよね。
つまり私はもらったこれを食べるべきなのか、大切にとっておくべきなのか大変に悩むのですよ。
ただまぁ食べ物の対価に貰ってるんだからきっと食べ物としてもらっているんだよね?というわけでいただきます。
「もぐもぐ…」
「「「え…」」」
宝石を口に入れると周囲にどよめきが広がった。
みんながみんな目を見開いて私を見ていて…これはやらかしたか?選択を間違えたかな?うっかりドラゴンしたかな?と不安に思っていたけれど、次の日も皆普通に集まっていたので問題はなさそうだった。
「やはり…神様…」
「あぁついにこの見捨てられた地にも…」
「私たちは見放されてなどいなかったのだ…」
なんか意味の分からない声が聞こえる気がするのはおそらく気のせいだろう。
そして先日…少しだけ気になることがあった。
いつものように皆に囲まれてご飯を食べていると、シルモグとカナリの大きな声が聞こえてきて、何があったんだろうと声の聞こえたほうを見ると二人が怒こっているような笑っているような顔で誰かを怒鳴りつけていた。
聞いてみると怒鳴られている人は少し離れたところからこの場所の噂を聞いてやってきた人だそうで…小さな子供が死にかけていて困っているから少しだけご飯を分けてくれないか言っているらしいのだけど…。
「そのようなみすぼらしい恰好でメア様に謁見しようなどとは不遜にもほどがある!」
「その通りよ!ここをどこだと思っているの!?なんの対価もなく私たちの神に卑しくも食料をねだろうだなんて…その髪のように汚らわしい!帰りなさい!」
なんか二人ともすっごい怒っている。
あった頃はあんな感じじゃなくて、穏やかで優しい感じの二人だったんだけど、最近やけに人を怒鳴りつけてるんだよね~何かあったのかなぁ?
二人をまじまじと見ていると…黒い靄のようなものが見えた。
黒い靄が二人の顔を覆って表情が見えない。
なんだろうあれ?ノロちゃんを見つけた時にアザレアに襲い掛かってきた「死」とはまた違うけれど…なんか嫌な感じがする。
「ねーふたりとも~」
「はっ!?メア様!あなた様の忠実なしもべであるワシたちに何か!」
「今日もあなた様のために働いた私たちにお恵みを!」
よくわからないことを言っているのはとりあえずおいておいて…黒い靄に向かって必殺のドラゴンビンタ(手加減バージョン)をお見舞いした。
靄で顔が見えなかったから普通にビンタした感じになってしまったけれど…靄も綺麗に晴れたみたいだし許してくれるだろう。
「メア様…」
「…」
「ふたりともだいじょうぶ?もぐもぐ…」
頬は痛くないかなって聞いてみたのだけど…二人はボロボロと涙を流し始めた。
「もうしわけありません…なんでワシはあのような言動を…」
「私も…人のこと言えたような身分じゃないはずなのに…なんであんなひどい事…」
次の瞬間、二人は地面に顔がめり込むのではないかって勢いで地面に額をこすりつけ謝罪をはじめ…どうしたのか聞くよりも早く、先ほど怒鳴っていた人たちのもとに走っていき土下座をしていた。
それから二人は怒鳴るようなこともなくなって以前の穏やかな感じに戻った。
あの黒い靄のせいで怒りっぽくなってしまったのだろうか?よくわからないけれど、また見かけたらドラゴンビンタをお見舞いしていくのがいいかもしれない。
まぁそんな感じで急激な変化の荒波に揉まれながらもご飯をモグモグして生活をしていたのだけど…ものすごい勢いでシルモグが走ってきた。
おじいちゃん元気だな~。
「め、メア様!」
「なぁに?」
「お、お逃げください…!蜘蛛が!」
「くも?」
「この地に山のように大きな蜘蛛の魔物が向かってきています!!このままではこの辺り一帯は…!!」
「はぇぇ~」
慌ただしい日々は始まったばかりみたいですん。
幼女ドラゴンの好きな総菜は森羅万象。