お友達と再会してみる
その子は確かにくもたろうくんだった。
最後に山で別れたまま…記憶のままのくもたろうくん。
…なんというか自分が今どんか気持ちなのかが分からない。
いろいろな感情が同時に湧き上がってきて、混ざり合ってぐちゃぐちゃで…出力ができない。
「ほ、ほんとに…ほんとうにくもたろうくんなの…?」
なので別に疑ってるわけでもないのにそんな間抜けな質問が口から絞り出されてしまった。
「はいっす…ご無沙汰してましたっす。なんかご迷惑もおかけしちゃったみたいで…申し訳ないっす」
その喋り方に表情…何もかもがくもたろうくんで…衝動的にノロちゃんの腕の中から飛び出していく。
「くもたろうくん!」
「お嬢様!」
私が両手を広げながら駆けだすとくもたろうくんも同じようにしながら駆け寄ってくる。
「くもたろうくん!」
「お嬢様!」
「くもー!」
「お嬢ー!」
「わー!」
「わー!」
手と手が触れあい…確かな生きているぬくもりがじんわりと広がっていく。
そして…そのまま勢いをつけてくもたろうくんを投げ飛ばす。
「せいっ!」
「あれー!?」
床にビターンと叩きつけられたくもたろうくんに飛びかかって馬乗りになり、指先で全身に追撃を加えていく。
「くもたろう!てめぇこの!このっ!このっ!このやろー!」
「あばっ!いででででででででで!ちょっ!たんま!たんまっす!なんなんっすか!?」
「このぅ!この!気を失ってる間も脳内に出てきて生意気なこと言いやがってこのっ!」
「いや!知らないっすよそんなの!?あー!ほんとにちょっとだけ痛いっす!地味にダメージが蓄積していくっす!ほんとにタン、マ…お嬢様…?」
気が付けばくもたろうくんの顔に数滴…水滴が落ちていた。
どうやら雨漏りでもしているらしい。
くもたろうくんの上にだけ落ちるなんてなんてピンポイントな雨漏りだ。
いや…ちょっといきなり運動したから私の顔の…目のあたりから汗がちょっと出てきたのかもしれない。
まぁつまり私が言いたいのは…そんな時もある。そういうことだ。
「おかえり」
「はい。ただいまっす」
────────────
それからアザレアが気を利かせてくれて私たちだけにしてくれた。
私たちと言うのは私とくもたろうくんとニョロちゃんの山トリオ…そしてまたもやなぜか私を捕まえてきたノロちゃんだ。
「あの…お嬢様…その赤い人は…」
「ノロちゃんっていうの。まぁ気にしないであげて」
いまはそうしていたい時期なのだろう。
アザレアだって大人としての尊厳を疑うほど私に甘えてくることがあるし、ネムだってやたら私にくっつきたがる時期があった。
そーいうものなんでしょう。
別に話の邪魔をしようだとかそんな風ではなく、ただ静かに私を膝の上にのせてるだけだし大丈夫でしょう。
そして…くもたろうくんが起きたのなら私にはいろいろと彼に聞かなければならないことがある。
ネムの事に…私がいなくなった後の事も。
そしてくもたろうくんの身に何が起こったのか…そのあたりを全部聞かないと。
「なんていうかその…いろいろと聞きたいことがあるっすよね?」
「うん」
「まぁウチもお嬢様に聞きたいことがたくさんあるんっすけど…でも大体の事はニョロに聞いたっす」
「そうなんだ」
そういえば忘れかけてたけど、私の見た目はくもたろうくんの知っている私からだいぶ変わってしまってるはずだ。
なのに私だと分かったのはあらかじめ話を聞いていたからなのだろう。
さらにはすでにアザレアとせーさんには話をしたという。
アザレアは言ってしまえばここのボスだから筋を通すのは大事だよね。うん。
「というかいつ起きたの?今さっき…ってわけじゃないよね?アザレアたちに話をしてるなんて」
「あー…実は二日前には目を覚ましてたんでっすよね。でもその…なぁんか身体がうまく動かせなくて寝たきりだったんで…」
「二日前?」
それは私がスヤスヤしてたのと時を同じくしている。
くもたろうくんが起きて私が寝た。
そんな感じだ。タイミングが悪いなぁ。
「いや聖龍様はウチが起きたのはお嬢様の影響かもって言ってまっしたよ」
「ん?」
話を聞くとどうやらみんなが言ってる私が死者の蘇生を果たしたとかいうあの話…それには呪骸が関係している可能性があって、それに伴い呪骸に侵されて眠っていたくもたろうくんも目を覚ましたのではないか…とのこと。
「いやいやそんなわけ。というかせーさんもわたしがどうこうってその話信じてるの…?」
絶対にそんなわけないのにどこまで広がってるんだ…これさ後に誤解が解けた時にみんなに嘘つき!って言われないかな私…。
ちょっと気合を入れて否定して回ったほうがいいかもしれない。
私はどこに出しても普通な一般ぴーぽーなのだ。
どこにでもいるモブ系ブラックドラゴンです故に、そんな奇跡みたいなことを起こせるわけがなし。
「ウチはお嬢様なら出来るっておもいますけどね。ニョロもでしょ?」
「――!」
「むむむ…私を何だと思ってるんだキミたち」
「黒龍様の娘」
困ったな…何も言い返せない。
あの無茶苦茶がドラゴンの形をして寝ているような母の娘と言う肩書がつくだけで何でもできそうなやつに思えるのはなんとも不思議な話だ。
「そんなことより!ちゃんと話してくれるんだよね?全部」
「…はいっす。ウチが話せることは全部話しまっすよ。どこから聞きたいですか」
「私が下手を打って無色領で消えちゃった後。キミたちはどうしてたの?なんで山がなくなっちゃったの?」
「そうっすよね。まずはそこでっすよね。実はあの時…ウチらはお嬢様の後をこっそりつけてたんっす。ネムが珍しくどうしてもって聞かなくて」
「ほえ…?そうなの?全然気づかなかった」
「まぁあの時はどう見てもお嬢様の様子はおかしかったでっすし…ウチが魔物としての姿になってニョロとネムを乗せて、んでもってネムがウチに魔力を流し込むことでお嬢様のスピードに対応してって感じで。いつものお嬢様なら気配で気づいたんでしょうが…気が付かなかったんすよね?」
全く気が付かなかった。
自分ではその時は正気だったと思ってたけど…やはりどこかおかしかったらしい。
「それで…そのあとは?」
「そのあとはお嬢様があの光の柱みたいなのに飲み込まれるところを全員で目撃して…みんな驚いたっすよね。あのお嬢様がって…でもどれだけ探してもお嬢様の痕跡すら見つけられなっくて…山は大混乱でっしたよ」
「…ごめん」
謝ることしかできなかった。
私のあの時の軽率な行動は言い訳のしようがないほどに愚かな行動だった。
母が…あの山の統治者だった黒龍が死んで10数年ほどしか経っておらず、さらにその一人娘の私すら消えてしまった。
混乱が起こらないはずがない。
母や私と言うあの山での絶対的強者のもとで構築されていた秩序が崩れたことで縄張り争いなんかも起こっただろう。
そして基本的に仲間たちでの争いを推奨してなかったために安心して暮らせていた力を持たない弱い者たちなんかはすぐに力を持ったものたちによって蹂躙されつくしたことだろう。
いっぱいいっぱい…迷惑をかけた。
「いえ謝らなくていいっすよ。ある意味で正しい形だったんすよアレが。所詮あの場所は野生の地…弱肉強食があるべき姿っす。それに問題は別のところにあったんす」
「別…?」
「お嬢様が消えてからネムの様子がどんどんおかしくなっていったんす。ウチとニョロや他の意思疎通ができていた魔物たちもなんとか宥めようとしてたんっすけど…もうほんとにドンドン雰囲気が変わって行って…気が付いたら山からいなくなってたこともあったっす」
その時のことを思いだしたのかくもたろうくんが顔を俯かせた。
…そうだよね。
私はあの子の親代わりだった。
親が突然いなくなって…冷静でいられなくなる気持ちは私が一番よくわかってる。
そう言う意味でも…やっぱり私はあの時の行動を後悔するしかなかった。
ネムを…一人っきりにしてはいけなかったんだ。
それにつながる可能性のあることに手を出すべきではなかった。
たとえ抗えない何かに引っ張られていたのだとしても抗うべきだった。
何もかもが…軽率だった。
それでも起こってしまった事をいつまでも引きずるわけにはいかない。
時間を戻すことはできない…ならば取り返すことを考えたほうがいいはずだ。
だから今はくもたろうくんの話を聞こう。
「そしてある時…ネムは人間を殺してきたんでっす」
「…え?」
「いや殺してきた…って言うのは語弊があったっす。詳細は分かんないっすけど…どうも知らない黒髪の人間への迫害現場に居合わせたそうで…流れで教会との人間と揉め事になり…結果として殺すことになってしまったそうです」
「…」
あのネムが…とは思わなかった。
私はあの子に戦いを教えた。
それは黒髪の人間であるあの子のみを守るため…殺されるくらいなら殺せと…もちろんそれだけじゃないけど、そう言うことを教えたのも間違いなく私だ。
だからきっと…想像するしかないけれど、その時のネムはやるしかなかったのではないだろうか。
他の黒髪が殺されそうになってる現場に居合わせて…逃げるという手段をとれる状況じゃなくて…あの子は戦うしかなかったんだろう。
この国いると麻痺してくるけど、人間の黒髪への迫害は「黒髪なら殺してもいい」というほどひどい物らしいから。
「今思い返せば…あそこから完全に何かが変わりまっした。ネムはうちらの話も聞いてくれなくなって…ふらふらとどこかに出かけては身体を血で汚して戻ってくる…そしてある日ウチらにこう言ったんっす。「イルメア様を殺したのは教会」だって」
どういう経緯かはわからないけれど、ネムは「呪槍」の存在にたどり着いてしまったのだろう。
「それからはうわごとのように「許せない」ってぶつぶつ口にするばかりで…」
「許せないって…教会が…?」
「いえ…あの怒りはもっと広いものに向けられてた気がするっす。それこそ…世界そのものとか。姉もイルメア様も…私から大切なものを奪っていくそれが許せないって…言ってた気がするっす」
「姉…?確かにそう言ったの?」
「ええ…昔からなんとなくは覚えてたみたいではあったでっすけど…もう最後の方はなんだか怨みに確信を持ってる感じでっした」
つまりあの子は…そのころには記憶を取り戻していた可能性もあるということだろうか。
私の行動をきっかけにネムの身にたくさんの変化が起こった。
きっと…本人も頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったのではないだろうか…。
そして今は?
あの子がどうしてるのか…気になって仕方がない。
「それで…そのあとは…?」
「…その日もネムの姿は気づいたら消えていて…探しに行こうかどうか悩んでたんっす。そして…そんな時にあいつらはやってきました」
「あいつらって…?」
「たぶん…教会の連中だったと思います。武装した人間たちが大勢山に攻め込んできて…魔物たちも抵抗したんっすけど数が多いうえに、奴らとても戦い慣れてるみたいで次々に殺されて行って…」
「くもたろうくんとニョロちゃんも負けたの…?」
正直それは信じられなかった。
他の魔物たちならいざ知らず、このくもたろうくんとニョロちゃんはとても強い。
くもたろうくんが真の姿になって戦えばその脚の一振りで人間なんて軽く潰れるだろうし、ニョロちゃんが毒を吐き出せば鎧で身を守っていてもそれごと溶かされるだろう。
つまり負けるはずがないのだ。
「…そうっすね。人間との争いはそれまで極力避けてたっすけど、向こうから手を出してくるなら別だってニョロと応戦したんす…でも歯が立たなかった。とんでもなく強い奴が人間の中に二人ほど混じってたんっす」
「二人…」
「ええ…その内の一人はあの「呪骸」った奴を使ってまっした。たぶん枢機卿とかいうのなんでしょうね。そしてもう一人は…金髪の女でっした。あの気配は…たぶん龍っす」
「そんな…枢機卿と龍が一緒に攻めて来たってこと…!?」
「っすね。聖龍様にこの話をしたところ、教会側についてる龍の一人…金龍で間違いないだろうって事でっした。そんなわけでウチらは見事に敗北…山は焼かれてほとんどのやつらは殺されて…なんとか体の小さなニョロだけは逃がせたっすけど、ネムの行方も分からないままで…なぜかウチは生きて捕縛されたんっす。んで脚を持ってかれたり腹を裂かれたり…いろいろと変な実験に使われました」
「っ!大丈夫なの!?くもたろうくんどこかおかしなところは…!」
ニコっと笑ってくもたろうくんは身体を見せつけるように両手を広げた。
「ぜんぜん無事っすよ。ウチはそこまでやわじゃないっすから。伊達に100年以上も黒龍様やお嬢様に仕えてねぇっす!」
「…」
よかった…本当に良かった…。
安心からかどっと身体の力が抜けた私をノロちゃんがぎゅっと抱きしめてくる。
それでなんとか私は落ち着きを取り戻した。
「まぁそこからは時折解剖されつつ、捕まってたんすけど…ある時なんか大司教とかいうじじいの元まで連れていかれて…そんであの石…呪骸を身体に埋め込まれたんす。その時は本当に耐えられないくらい苦しくて…なぜかわからないけど心の奥底から「壊したい」「殺したい」って衝動と「怒り」や「怨み」みたいなドロドロした感情が沸き上がってきて…そんでもって次にそして気が付けば…ここでっした」
「そう…なんだ…」
「お嬢様が助けてくれたんっすよね?聞きましたよ」
「助けられた…のかな」
そもそも危険に巻き込んだのが私かもしれないのだ。
私がいなくなってから何もかもがおかしくなっている…なら私はくもたろうくんを助けたと言えるのだろうか…?
「助けられたんっすよ。あんなに苦しくて、ドロドロしてたのが全部なくなってとてもスッキリしてまっすから。ありがとうっすお嬢様」
「…うん」
くもたろうくんが無事で…こうして再会できて本当に良かった。
私は心からそう思った。
ならあとは…ネムだけだ。
行方が分からないというだけなら…きっとあの子はまだ生きてる。
ならやはり私はあの子を探さないといけない。
私はあの子の親なのだから。
「とりあえずかいつまんででっすけどウチの話はこんな感じっす。もっと細かいところはアザレアさんと聖龍様とあとセンドウとかいう人にすでに話してここに置いてもらえることになりまっした!だからお嬢様。またウチを傍において欲しいっす」
「いいの…?」
「頼んでるのはウチっすよ!ちっこいお嬢様なんて新鮮でっすし、またいろいろとお手伝いするっすよ」
「そっか…じゃあまたよろしくね。くもたろうくん」
「っす!にしても凄い国っすよねここ。聖龍様がいるのもびっくりしたっすけど髪が黒っぽい連中が生き生きと暮らしてたっす。聞けばそれもお嬢様のおかげらしいじゃないっすか」
「そんなことないと思うけどにゃぁ。みんなが強いだけだよ」
「にっひっひ!どういう形であれ、引っ張ってくれて安心させてくれる人がいるからみんな強くあれるんっすよ。経験があるからウチにはわかるっす。でっすからウチも早くこの場所に馴染めるよう努力をするっすよー!」
こうして私たちの仲間に新たにくもたろうくんが加わったのだった。
その可愛さですぐに黒神領でのアイドル的地位に昇りつめ、皆が実はくもたろうくんは男の子だと知った後に呆然とする…みたいな光景が多発していたけれど、やがて「それがいい!」となったらしい。
私にはよくわかんないけどいろいろあるみたいだし元気なのはいいことだよね。




