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8.ゼロン様 再登場

 もはや何度潜り込んだのかもわからない、城の中。

 少し不快感は残るものの、フュノの身体は魔素の空気にも大分慣れていた。フュノは、機敏な動作で、今日も元気に城内を散策している。


 一度、顔見知りになってしまったメイド長に、仕事を頼まれそうになってからは、極力メイド達の視界に入らないよう、隠密行動をとる事も心掛けている。


「あれは……!」


 フュノは、その場所でピタリと足を止めた。

 そこは以前、肖像画があった場所だ。


「これは、罠っぽいわねェ」

「ああ、罠だな」

「そうかな?罠じゃないかもしれないよ?」


 フュノが肖像画を盗んでしまった後、そこには大きな花瓶が飾られていたのだが。

今、その花瓶の横に、フュノが欲しがっていた例のスカーフが、綺麗に畳まれて置いてあった。


 不審者が地下牢から脱獄し、同時に肖像画も消失。その後、少しずつではあるが頻繁に何かしらが無くなっていく。

 流石に、そろそろ泥棒対策を打たれたとしても、おかしくはない。


「安直ね……ゼロン様が仕掛けそうな罠だわァ」


 『あまり興味がない事に対しては適当』

 それが、タルマウスから見た、ゼロンの性格だった。


 あの時、不審者が首に巻いていたスカーフを餌にしたら、食いついて釣れるかも――そんな雑な意志が見える、この罠の適当さ。

 ……これは、ゼロン本人が仕掛けた罠という可能性が高い。


 スカーフの前で、フュノは頭を抱えてムムゥと唸る。


「ここに、うっかり忘れてしまったという可能性は……ないかな?」


 フュノにも分かっている。これはきっと罠なのだろう。

 罠だとしても。罠だとわかっていても、これは欲しい。


 花瓶に刺さっていた木の棒で、慎重にスカーフを突いてみる。……が、何の反応もない。棒でそっとスカーフを持ち上げてみるが……何の変哲もない、ただの布には見える。


 勇気を出して手で持ち、そっと匂いを嗅いでみる。流石に洗濯はされているようだが、ゼロンの甘い匂いが、うっすらと残っている気がする。


「ふへへ、ゼロン様の香り……」


「おいおい、絶対罠だって!目ぇ覚ませ!」

「罠よォ!フュノ、さっさと戻しなさィ!」


 激しいストラップ達の抵抗に、一瞬で吹き飛びかけたフュノの理性が戻って来る


 次にゼロンに捕まった時――それはフュノの命が終わる時、になってしまうだろう。

 それが分かっている以上、確かに、こんなあからさまな罠には掛かりたくない。


「ぐぅ……そ、そうよね。あぶない、あぶない。

 名残惜しいけど、これは別の機会に……」


 そう言って、スカーフを元の位置に戻そうとした、その時――。


「あら、誰かそこにいらっしゃるの?」


 突然、背後からメイド長の声がして、フュノはビクリと跳ね上がる。


 ここで会うと、不審者扱いは確定。

 それにフュノはメイド長に顔バレをしているので、城内をうろつき難くなってしまう。


「……に、にげないとっ!」


 顔バレを恐れたフュノは、全力でその場から逃げ出した。

 ――スカーフを握りしめたままで……。


◇◇◇


「あああああ」


 フュノは珍しく、頭を抱えて自分の行動を大反省していた。

 『呪いの祭壇』改め『愛の祭壇』の戦利品棚に、例のスカーフも供えられている。


「どうすんのォ……これ、多分……絶対マズいわよォ……」


 ぬいぐるみ姿に戻ったタルマウスが、フュノをポスポスと叩く。

 フュノも顔を真っ青にして、祭壇を拝むように項垂れた。



 あの後――。


 森へ戻る途中、フュノは何度もスカーフを捨てようと試みた。

 だけど、どうしても。それを捨てる事は出来なかった。喉から手が出るほど欲しかったスカーフを、簡単には捨てられなかった。


 とうとう結界内までスカーフを持ち込んでしまったので、とりあえず祭壇へ飾ってはみたのだが。この状況、おそらく最悪に等しい。


「もう、それが罠じゃなかった事を祈るしかねえよ」


 ポメラニアン姿のポチも、力なく尻尾を垂らしている。


(((……終わった))))


 それが、三人に共通した見解だった。



 ――その時。


 結界がざわりと揺れた。

 何者かが、結界内に侵入した気配――。


 フュノが項垂れた姿のままで、ギクリと固まる。

 タルマウスもポチも、フュノの異変に気が付いて、その場で動きを止める。



 フュノが作った結界は、『結界者のフュノより弱いモノ』は、その許可がないと入れない。

 ……逆を言うと。『フュノより強いモノ』であれば、許可なく入れる。



 この国に、フュノより強いモノは一人しか存在しない。



 ――聖なる結界に、魔素が充満する。



 フュノはゆっくりと振り返り、その侵入者を見た。


「ゼ……ゼロン……様……」

「やぁ」


 ゼロンは金色の瞳を細めて、フュノに笑顔を見せた。

 だが、その瞳の奥は何も笑っていない。


 ゼロンは結界内をぐるりと見渡している。小屋の奥に祀られている、城から消失していた肖像画や、紛失していた私物もバッチリと視界に入ってしまっただろう。


 ゼロンは表情を変えないまま、静かにフュノへと近づく。


 ゼロンが歩く度に、結界内の空気とゼロンの強力な魔素が反発し、小さな風が巻き起こる。

 その威圧に、誰一人としてその場から動けない。


 ゼロンはフュノの前で立ち止まると、フュノを見下ろした。


「そう。キミ、聖竜だったんだね」


 フュノの体が『魔素』を拒んだのと同じように、ゼロンの体も結界内の『聖なる力』を拒んでいる。


 結界に薄く充満している『聖なる力』に、オリハルコン製の鎖を引きちぎるだけの力。

状況は、この青髪の女が『聖竜』だという事を示していた。


(ば……ばれてしまった……)


 フュノはこの場から逃げ出す方法を模索して、キョロキョロ辺りを見回してみるが……そんな方法は、もちろん見つからない。



 各地で、聖竜が魔竜に対して、一対一の勝負を仕掛けている事は、ゼロンの耳も届いていた。

 魔竜は四体、聖竜も同じく四体。

 この聖竜は、ゼロンに戦いを挑んできた聖竜だと考えて、間違いないだろう。


「まさか、キミだけでボクと戦うつもりだったの?」


 ゼロンが訝し気に、フュノの頭から足までじっくりと眺める。


 結界内の『聖なる力』から察するに、この聖竜は弱い。

 だがその分、何か妙な能力持ちである可能性はある。


(面倒になる前に、叩いておくか)


 ゼロンは獲物を狙うように――金色の瞳を細め、フュノを睨みつける。

 その身体から、ぶわりと殺意にも似た濃い『魔素』が滲み出る。


 フュノの背筋がゾクリと震えた。

 これは、逃げられない。


(もう……もう、だめだわ)


 これで自分の命が終わるのだとしても。せめて、折角作った祭壇は守りたい。

 タルマウスとポチ、皆と力を合わせて作った大切な祭壇だ。


(少しでも、祭壇から離れないと……)


 恐怖で足が竦むが――。フュノはじりじりと祭壇から距離をとる。


 おろおろとした様子のピエロのぬいぐるみと、ポメラニアンもフュノに続く。

 タルマウスとポチも、これでフュノと別れる事になったとしても、フュノが楽しそうに作っていた祭壇は残してあげたかった。



 そのタルマウスとポチの存在に、ゼロンも気が付く。

 目の前の聖竜は、無機物のぬいぐるみを動かし、野生の動物を操る能力を持つようだ。やはり、その力の弱さを補う分、何かしらの能力を持っているらしい。


(これは……傀儡か? となると、呪師か……)


 呪師の――呪い系の能力は、地味で厄介ではあるが……道具がないと、何もできない。


 先程から視界の片隅に入っている、謎の祭壇が呪いの道具なのだとしたら。これは、先に潰してしまった方が良いだろう。

 肖像画が飾られているあたり、ゼロンを呪っているのであろうか……あの祭壇は謎が深すぎて、不気味な感がある。


 ゼロンはフュノの髪を一束掴み、顔をグイと持ち上げる。


「あの祭壇は、何だ?」

「うひゃぁっ!?」


 顔が近い。息がかかる。


 あんなに憧れていた、綺麗なゼロンの顔と自分の顔が、数センチも離れていない。

 あまりの至近距離に、フュノの顔が真っ赤に爆発する。


「ちっ……ちっ……っっ!」

(顔っ!顔が近いっ!吐息がかかるっ声が近いッ!

 近くで見ても素敵すぎるっ、ああ格好良すぎ!大好きっ!)


 もはやフュノの恐怖心は吹き飛び、混乱状態へと陥っていった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます!!

ゼロンさんと仲がなかなか進展しませんが、ちゃんと一応溺愛系です!

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