26. 青竜を探せ
ゼロンが『狭間の大地』に戻る直前に見た、現魔竜王の間の抜けた顔は今思い出しても笑いがこみ上げてくる。
まさか、ゼロンの思い人が聖竜だとは夢にも思っていなかっただろう。
「というワケで、フュノを連れて帰る方法が見つかるまで、後継者争いは正式に中断。
ボクも『狭間の大地』に残れることになったから」
喜ばしい事ではあるが。あまりの現魔竜王の理解の良さに、タルマウスが首を傾げる。
タルマウスから見て、現魔竜王は立派な竜ではあるが……そこまで物分かりが良い方だっただろうか。
「まぁ……『もしフュノに飽きたら、その時は戻って来い』とは言われたよ?
そんな『時』は、絶対来ないけどね」
ゼロンは、くるくると表情を変えて楽しそうにお喋りをするフュノを思い浮かべる。
あの可愛らしい小さな聖竜を、飽きて手放す事なんて、まずありえない。
逆に、常に側に置いておかないと、消えてしまいそうで、不安で落ち着かないぐらいなのに。
(いや、『飽きて戻って来い』というのが現魔竜王様の本音じゃないかしらねェ……)
と、現魔竜王の思いを正確に察しつつも、タルマウスは本当に安堵した。
フュノが孤独にバッドエンドを迎える未来は、これで無くなるのかもしれない。
「でも、フュノを『魔の大地』へ連れて帰る方法なんて……見つかるのかしらァ?」
方法が見つからないのであれば、ずっと『狭間の大地』に居れば良いとは思うが。
先程の話――『魔の大地』に意志があるのならば。
ある日突然、『大地の意志』でゼロンが『魔竜王』となり、連れ戻される可能性もあるのではないか。今度は、別の不安がタルマウスを襲う。
「その事だけど……」
ゼロンは、手の上に、銀色に発光する球体を出現させて見せた。
ヒャクマの魔素をフュノから取り出した時、心臓に残る魔素を丸め、フュノの体と分離する事に成功した。
同じ原理で、今はゼロン自身の魔素で銀の光球を作っている。
「ヒャクマのおかげで、魔素の仕組みが少し理解できた。
現魔竜王の話と併せて考えると……魔素は、『魔の大地』の力、そのものだ」
未だにヒャクマの事は許せない。だけど、これに気が付くきっかけとなった事には、少しだけ感謝をしてやっても良い。
フュノは、ヒャクマの魔素に対しては何もできなかったが、何故かゼロンの魔素に対しては浄化ができる。
そもそも『聖竜と魔竜』は、『水と油』のような存在。おそらく他の聖竜には、ゼロンの魔素すら、浄化ができるはずはない。
ストーカー執念と、聖竜としての力が弱いフュノだからこそ可能な、異常事態と考えられるが……逆に、フュノであれば、魔素に順応できる可能性があるとも考えられる。
もしフュノが完全に魔素に順応できれば、それはフュノが『魔の大地』へ入るための糸口になるだろう。
「他の聖竜は無理だろうけど、フュノになら……何かしら『魔の大地』へ入れる方法があるはずだ」
それが見つかるまで、共に『狭間の大地』に残ればいい。
この先、他の魔竜達が後継者争いを再開しても、兄弟達を適当にあしらえば良いだけの話。フュノには魔竜側の後継者争いは関係無いし、害もない。
問題となるのは、邪魔な聖竜達だ。
彼女たちは常にフュノを狙いに来るだろう。
フュノの代わりに、聖竜を全て殺そうかとも考えたが、そうなるとフュノが『聖竜王』になってしまう。
フュノが『魔の大地』へ入れる可能性はあるが、逆にゼロンが『聖なる大地』へ入れる可能性は微塵も無い。うっかりフュノが『聖竜王』になってしまうと、ゼロンはフュノに二度と会えなくなってしまうので、それはありえない。
つまり、他の聖竜達は邪魔だが、生かしておく必要がある。
フュノが生き続ける限り、聖竜王側の後継者争いが終わる事はないだろう。
だが、それはゼロンの知ったことではない。そもそも、フュノに『聖なる力』を与えず、殆ど桃竜にだけに力を与えた、『聖なる大地』の自業自得だ。
フュノが『魔の大地』へ入れる。
それはタルマウスにとっても喜ばしい事だった。手を胸の前で組み、感動にフルフルと震える。
「ゼロン様……本当に?
……フュノは、助かるのねェ?」
ゼロンが銀の光球を上に放り上げると、光球はふわりと宙に溶けた。
瞬間、室内の魔素が濃くなったので、ゼロンは机から降りて窓を開ける。籠った部屋に、新鮮な風が舞い込んでくる。
「ああ、方法は何としても見つけるよ。
『竜』って、とても執念深い生物なんだよ……タルマウス、知らなかったの?」
指を口に当てて、ニヤリといたずらに笑うゼロン。
タルマウスは嬉しさのあまり、ゼロンに飛びついた。
「やっだ、知ってたわょおォッ……!!
ゼロン様ァ!素敵ィぃいい!」
嬉しくて、タルマウスはたまらずゼロンにも頬ずりをしてしまう。暑苦しくて、ゼロンが少し嫌がっている感はあるが……フュノに対してよく頬ずりをしているので、タルマウスもこれが癖になってしまっている。
――その時。バタンと執務室の扉が勢いよく開き、ポチが部屋に飛び込んできた。
やっと迷宮のような城の中で、ポチは執務室を発見した。
「ゼロン様!タルマウス様!?執務室とかマジわかんねぇよ!やっと見つ……!
あの……失礼、しました」
……が、ゼロンに抱き着いて頬ずりをしているタルマウスを見て、気遣い屋のポチはそっと扉を閉めたのだった。
◇◇◇
誤解よォ!と。慌ててポチを引き留めたタルマウスだったが……ポチから、桃竜の手紙と、フュノからの伝言を聞いて、その顔は真っ青になっていた。
ゼロンの顔色も悪く、手を強く握りしめている。
ポチは一通り説明し終わると、尻尾をだらりと垂らして二人の様子を見上げる。
「いや……フュノが後継者争いを辞退する事は、他の聖竜達にとって悪い話じゃないと思うんだけどさ……?
そもそも、これまでその聖竜達だって、フュノの敵だったんだろう?
姉妹とはいえ、フュノの話をまともに聞いてくれるのか?って。俺、心配で……」
タルマウスはポチの言葉に、両手を口元に当てて震えている。
「そもそも、あの子、辞退なんて……できないのよォ」
『魔竜王』と『聖竜王』の仕組みは同じ。
いくらフュノが『聖竜王候補を辞退したい』と言ったところで、それが『大地の意志』ではない限り、フュノがその候補から外れる事はない。
その事実を聖竜達が知らなければ、フュノの言葉で一度は納得するかもしれない。
だけど、もし、聖竜達がその事実を知っているのであれば――。
ポチは桃色の蝶を思い出して、全身の毛をブルりと逆立たせた。
「それに、なんだか桃竜の喋り方も一方的で、フュノを見下している感じがしてよ……。
集合場所も『聖なる大地』じゃなくて、『狭間の大地』だっていうし……」
溜まらず、タルマウスが叫び声を上げる。
「や、やだぁ!あ、危ないわァ!
もしかして、既にあの子……聖竜達に、狙われてるんじゃなのォ!?」
『魔の大地』と同様に、『聖なる大地』でも争いが禁止されていることを、ゼロンもタルマウスも知っている。
体制を立て直すだけならば、わざわざ『狭間の大地』で合流する必要が無い。
「ゼロン様、早く行ってあげてェっ!」
「……ああ。お前達はここで待て」
ゼロンは頷くと即座にその姿を銀竜に変え、フュノが目指した方角へと飛び立った。
ブックマークありがとうございます!
投稿予定時間から一時間時空が歪んでおりました。。。




