14 『幻想魔導士』が必要な理由! お先真っ暗や……。
「『幻想魔導士』が生まれた理由?」
「ああ」
首を傾げる玲。対してこれを見ろ、とリィエルが言いながら、玲から片手を離し──片手で抱えられたまま高速で飛行される形となった玲としては堪ったものではなかったが──、虚空から今朝方使ったスケッチブックを取り出した。
そして、器用に片手でページをめくり始める。
(……ここまで来るとツッコミ入れるのも野暮ったいな…)
100キロを越えるだろうスピードで飛びながら、どうやって片手でページをめくるのかとか、そうして投げ出されたスケッチブックが独りでに等速で自分達のちょっと前を飛び始めただとか、もう気にしたら負けな気がしてきた玲だった。
──魔法って便利だな。
どうやら、お目当ての内容については、朝の時点でもう描いていたらしい。
本当にあの明朝の短時間で何枚描いたのか甚だ疑問だが、人智を越える存在であるリィエルを人間の尺度で測るのもおかしな話だ。
これも今さら気にしても、仕方がないことなのかもしれない。
何はともあれ、見てみればそこには5つの絵が描かれていた。
今回のテーマは飛び出す絵本のようだ。開いた本から飛び出す形で、ビルやら丘やら何やら描き込まれている。相変わらず、芸が細かい。
そんな飛び出す絵本調で描かれたページの左側には、3つの本がそれぞれ三角形の交点に位置する形で、かなり近接して描かれていた。
本のすぐ下に名称が振ってあってわかりやすい。この比較的近距離の3つの本が、天界、魔界、霊界のようだ。
「天界、魔界、霊界は絵のように非常に近しい世界だ。いっそ同一の世界だと言ってもいいくらいにな。従って、我々はこの3つの世界ならば自由に行き来することが出来る。だが、人間界はと言えばそうもいかない」
3つ並んだ本のイラストから右にずれると、用紙の中央辺りにポツリと1つの本が描かれている。下部には人間界と書かれていた。
左側の3つの世界から見ると距離を置かれていて、この距離が則ち人間界に留まることの困難さを物理的に表現しているようだ。
「人間界からすれば、我々は強大な力を持ちすぎていることもあり、完全な理の外の存在だ。当然、在るべきではないそれを取り除こうと圧力を掛けてくる。人間界を護るためにな」
「ああ、そういや鎧戦の時にクランも似たようなこと言ってたっけか…。『存在そのものへの否定』…とかだったかな…」
「正しくは、それを『否在現象』と呼ぶ。幻妖は『幻核』の働きで、我々は人間との契約によってこれを無効化している訳だ。さて、では異界だとどうなるかだが──」
リィエルの言葉に、玲の視線はスケッチブックの右側へと移る。
人間界を描いた本から更に離れたところに、ポツンと枯れ木や骸骨が飛び出している物々しい本があった。
「この絵の通り、異界はこちらからすれば人間界の更に向こう側の世界だ。人間界を介さなければ、そもそも異界には行くことは出来ない。1つ先の人間界ですら契約無しには長時間いられないのだ。その向こうともなれば、想像は付くだろう?」
「……単独じゃ、ごく限られた時間でも異界にいることが出来ねぇ、とか?」
「そうだ。幻妖の巣窟を叩こうにも、我々だけではどうにも出来ない。そこに在ることさえ叶わないのだからな。結果、契約者がどうしても必要なのだ」
「うーむ……」
言っていることは理解出来る。だが、それだけではどうにも『幻想魔導士』が必要な理由としては弱い気がした。
だってそうだろう。契約が必要なだけなら、するだけして『天魔具現』すればいいのだ。
『天魔具現』は魔力さえあれば容易に出来るのだから、いっそ『幻想魔導士』である必要は無い。
極論を言えば、形だけ契約を結び、『天魔具現』して後は好き勝手に暴れて貰えばいいだけの話である。
そんな玲の思考を見透かしたように、リィエルは憂鬱そうなため息を漏らした。
「問題はまだあってな…。最も憂うべき点は、異界においては『天魔具現』がほぼ不可能である、ということだ」
「え、マジっすか……」
「契約があっても、やはり負荷が大きすぎてな……。『守護天魔』を直接実体化する『天魔具現』は、通常とは比較にならない程魔力を消費する。並みの人間なら、発動すれば瞬く間に魔力切れを起こすレベルだ。戦う以前の問題、という訳だ」
お前でも正直厳しいだろうな、と続けたリィエルは、そこで言葉を切ってから再び静かに息を吐き出す。
そのため息は、まるで自身が誇る力を振るうことが出来ないという現実を悔やんでいるように感じた。
「その結果編み出されたものが、間接的に『守護天魔』の能力を引き出す手法──『天魔武幻』だ」
武器を媒介に、『守護天魔』の力を顕現させる『天魔武幻』。
契約者の魔力により実体を作り出す『天魔具現』を『守護天魔』が好き勝手出来る状態とするならば、こちらは人間という変換器を通して力を引き出している状態。
つまり、他世界にも適用出来る人間の特性によってコンバートされた状態である。
「人間界に空いた異界への穴は徐々に拡大を続け、そしてその数自体も時代を経る毎に増えている。人間界を守護するだけでは歯止めが利かない未来となるのも、そう遠い話ではないだろうな。穴を塞ぐ方法は未だに見つかっておらず、ともすれば本丸を叩くより他に無い。必然、戦場は人間界ではなく異界に傾倒していく。我々が実体化すら出来ない、異界にな」
「それで『幻想魔導士』が必要な訳か……」
「ああ」
人間界に現れる幻妖だけなら、契約が無くとも何とか出来る。
単独での滞在が短時間に限られるとは言え、天界種、魔界種の持つ力は強大だ。
そして今や契約を得て長期間の滞在が可能となった以上、人間界の幻妖の掃討ならば、然したる問題ではない。
だが、魔力を秘めた人間が増えてきているのと同じように、異界へ続く穴も拡大、増加を続けている。
如何にして幻妖が穴を広げ、増やしているのかは定かではないが、何にしても本丸を叩かないことには、この問題は解決しない。
天界、魔界側が直接手を下せない以上、それが可能な人間がやるしかないのだ。
故に、『幻想魔導士』という戦力が求められる。
「だから、お前には強くなって貰わなければ困るという訳だ。私の力を十全に引き出して貰うためにもな」
「はー……何だかとんでもなく深い沼に足を突っ込んじまった気分だわ…」
奏のためにも幻妖を駆逐すると先程宣ったばかりであったが、『天魔具現』が使えないという事実は予想以上に堪えていた。
だってそうだろう。
それはつまりリィエルのチート能力が、『天魔武幻』無しではまるで当てに出来ないということなのだから。
『天魔武幻』があると言っても、それを使うのは飽くまで玲である。リィエルではない。
リィエルの力を、玲が使うのだ。
異界においては、鎧戦の時のように危なくなったら助けて貰う、といったことは望めない。
せめて──せめて、こんなポンコツな状態でなければ。
リィエルの話では、記憶と『魔力門』が奪われたのは中学卒業後から入学前の段階だろうとのことだった。
つまり記憶を無くす前の自分は──第6高への入学を決意した時点での自分は、この辺りの話を理解していただろうということだ。
少なくとも、『幻想魔導士』なる職業がとんでもなく大変なものであることは、勿論知っていた筈なのだ。
なら、何をもって第6高への入学を受け入れたのか。望んだのか。
──何か、そう志すだけの何かが、自分にはあったのだろうか。そう思わせるだけの何かが。
──何故、どうして記憶も共に奪われたのか。何を理由に、いったい誰に。
(つーかよ、それなら何で第6高関連の資料をシュレッダーに掛けたんだよ…オレ……)
自分の行動が、まるでわからない。というか、そもそも覚えていない。
入学直前に父親に訊いた限りでは
「この間自分で処分したんだろうが。覚えてねぇのか?」
とのことだったので、何を血迷ったのかやはり自分で捨てたらしいのだが。
そんな訳で仕方なく、まあ行ってみれば説明とかあるだろうし何とかなるだろう、等と考えて登校した結果あんなことになったのである。
恐らくこれも、欠落した記憶の中に答えがあるのかもしれないが、いやしかし記憶を無くす云々以前に、自分の正気を疑いたくなる。
何があったらそんな重要な内容の書かれた資料を捨てるなどという暴挙に及ぶのか。馬鹿なんじゃないか、自分。
悶々と考えたところで、まったく答えは出てこない。
いっそ頭痛でも起きてくれればいいものを。こう、無くした記憶を思い出そうとしたら頭痛が起きるというのはお約束だろうに。
そうであるなら、その頭痛を乗り越えた先に答えがある、なんていう展開は正しく王道なのだが。
幾ら悩んだところで、頭痛の「ず」の字も出てこない。清々しいまでに何もない。
(あーあ……「思い…出した!」とか言って、急に強くなったり出来ねぇかなぁ…)
そしてとうとう、脇道へと走り出す思考。
「お前の場合、思い出すのは前世の記憶ではないだろうが。仮に思い出したところで、聖剣は出せないし、綴れないぞ」
「"回想 = 死亡フラグ"を塗り替えたあの偉業は忘れない」
「全くだ。私も一時期、事ある毎に『思い…出した!』とか言ったものだ」
「半神半魔の前世って何だよ……」
またぞろ口を吐いて出てしまった考え事を拾ってくれるリィエル。
ただ、余計な話が出来たお陰で、途方もなく前途多難な未来に早くも絶望を覚えそうだった玲は、ため息と共にそう言った感情を吐き出すことに成功する。
「まあ、せっかく奏のために頑張るって決めたんだしな。ポンコツなりに、やるだけやってみるわ」
「うむ、その意気だ。奏の安全は、お兄ちゃんであるお前の働きに賭かっているぞ! ──と、そうこうしている間に見えてきたな」
リィエルの言葉に意識を前方に戻した玲。
見れば、いつの間にか長い橋の終わりが見えてきていた。
真っ先に視界に入ったのは、橋の終点にある大きな門だ。
「…いや、…門しかないんだけども」
馬鹿みたいにデカい黒い門扉の前に降り立った玲は、眼前の光景を見てそう呟いた。
接近してしまったことで視界が門に阻まれてその先の景色は望めないが、遠目に見た限り、建物どころか木の1本さえも見えなかった。
ただただ橋の終わりに、ポツンと石畳が敷かれた場所があり、そこに桃色の空を背にした大門があるだけである。
さながら、バグを利用して壁抜けしたせいでマップのロードが出来ていないゲーム画面のように。
「門を抜けると別の場所に跳ぶ、とかそういうあれか?」
「そんなところだ。まあ、入ればわかるさ」
ニッと笑ったリィエルが一歩前に進み出て、門扉に向かって声を張り上げた。
「リィエル・エミリオールだ! 扉を開けてくれ!」
鈴の音のように澄んだ声色は、しかし虚しく響くだけだった。
たっぷり1分近く門扉が開くのを待ってはみたものの、扉はピクリとも動かない。
「……あのー、リィエルさん? 開かないんすけど…」
「おかしいな……。おい! 私だ! 門を開けろっ!!」
……。
何ら反応は返ってこない。ただただ、頑強な黒い門扉は拒むように口を結ぶだけである。
「私を無視するとはいい度胸だなっ…! どこのボンクラが門番だっ!! さっさと開けろっ!! というか、何故閉まっているのだっ!!」
……。
何も知らない玲からすると、門に向かって1人で喚き散らす幼女の図にしか見えない。
そんな玲の感想を知ってか知らずか、顔を赤くしたリィエルはその後も色々と叫ぶが、やはり門扉は毛ほども動かなかった。
「~~~~ッ!」
そして、どうやらリィエルの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
「あ~もう面倒臭い! 『扉よ開け道を示せ! ンハ・イ・シュ』!!」
「アバカムじゃなかったッ!? しかもそれ吸い込まれる扉開けるやつじゃん!!」
玲のツッコミなど何処吹く風、某巨大な鋏を持ったストーカーから逃げるゲームに出てくる、とある屋敷の地下にある開かずの扉を開く呪文を唱えたリィエルは、思いきりよくその巨大な門扉に向かって足を突き出した。
──落雷にも似た、凄まじい轟音が響き渡った。音の出どころは言わずもがな、リィエルが放った蹴りを受けた馬鹿デカい門扉である。
その蹴りの衝撃は、分厚い門扉をぶち破り強制的に口を開かせるに足るものだった。呪文などただのお飾りで、実に物理的な解錠である。
(……こいつがいれば、わざわざ扉開かなくてもシザーマン倒せるよなぁ…。ホラゲにいちゃいけない奴や…)
恐々とする玲を他所に、リィエルは
「よし、開いた開いた。行くぞ、玲」
と、嬉々として自身が抉じ開けた象が通れそうな穴を潜ってそそくさと先行してしまう。
「……扉、直さなくていいんだろうか…」
そんなことを呟きながらも、仕方なく玲はリィエルの後に続いて、白い光が漏れ出す門の穴を潜った。




