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14 ちょっと吸いすぎちゃった! 吸血と貧血

「玲……くん…」


 呆然と、部屋の入り口で固まってしまった璃由。

 トリートメントやら何やら色々と手入れも大変だろう長い黒髪は、しっかりと乾かされていたが、恐らく風呂上がりの火照りのせいか、その幾本かが首筋に貼り付いていて、何だか色っぽく感じられる。


 ああ、やはり風呂上がりの女性というのは魅力的だなぁ、なんて、そんな現実逃避な考えを始める玲。



 だってそうだろう、未だにリィエルは玲に覆い被さったままだ。『縛鎖の眼』の効力が多少落ちたためか、首から上は動くようになってきたが、それでも入り口の方に首を持ち上げるので精一杯だ。


 どう見ても、情事の最中に別の人が入ってきてしまった時の気まずい雰囲気のような、それにしか思えない。

 というか、自分だったら間違いなくそう思うだろう。


 そして、こう口にするのだ。



 ──お、お邪魔しました……。と。



 さあ来い! 覚悟は……出来ている!


 そんな、最早自棄っぱちな玲を他所に、璃由の言葉は予想外のものだった。



「あの……玲くん……凄く青白いわよ…? 大丈夫……?」



 ──青白い? 何だそれは。


 青白いってどういうことだ。ああ、スウェットのことか。


 確かに今着ているスウェットは水色と灰色の中間のような配色のものだが、しかし情事の最中の片割れを見てスウェットの感想というのも、何だか間の抜けたものではないだろうか。


(……あれ、ホントにスウェットの感想か?)


 今の玲の状態は、リィエルに押し倒され、リィエルが寝転がされた玲の上に覆い被さっている状態だ。

 彼女の体躯は小さくとも、彼女の纏う黒薔薇を模した装飾が豪奢なドレスによって、殆どが隠れている。


 じゃあ、青白いって一体……。



「んく、んく…。ぷはーっ! あ、すまんな玲。あまりにも美味すぎて、必要以上に吸ってしまった」


 テヘ、っと言って右手で額を小突きながら、リィエルが上体を起こし、そして玲から退いた。



「玲くん! 大丈夫!? ねぇ玲くん!」


 そして、解放された玲を見て、璃由は表情を凍らせて玲に向かって駆け出してきた。

 こちらを覗き込んでくる璃由。ふわっと、その長い黒髪から、フローラルな香りが鼻孔を擽った。



「ああ……マジ…いい匂い……」


「玲くん! 玲くんってば!! しっかりして…!! ああ……こんなに真っ赤に…! ねぇ玲くん!!」


 ガクンガクンと揺すられるが、何だか頭がボーッとしている。


(青白いの次は真っ赤……? あれ、このスウェットって、色変わるんだっけ…? そんな温度で変色するコップみたいなやつだっけ…?)


 霞が掛かったような玲の思考は、そんなよくわからない感想を浮かべていた。



 ──貧血である。


 青白いのはスウェット云々ではなく、そのまま玲の顔色だった。

 真っ赤なのは、噛まれた首もとから漏れ出た血液によって赤黒く染まったスウェットである。



「む、ちょっと吸いすぎたか…。すまん璃由、少し離れてくれ。戻す」


「えっ? 戻す?」


 何だかわからないが、ひとまずリィエルの言葉に従って玲から離れた璃由。


(ああ……いい匂いが遠退いていく…)


 もう何だかよくわからないが、とりあえず意識が混濁し始めている玲。ちょっとというか、明らかにヤバそうであった。



「あ、川が見える…。あ、じいちゃんだ。じいちゃんが、向こうから手を振ってる……。あれ、じいちゃんって何年か前に死んじゃった筈なんだけど……」


 そんな戯言(たわごと)を言い始めた玲の口に、リィエルが右手の人差し指を問答無用に捩じ込んだ。というか、指どころか手そのものを喉元までぶち込んでいた。


「んぐ~~~ぐんぐぐ~~~~っ……!!」


 その反動で噎せ返りそうになる玲に、再び『縛鎖の眼』が発動され、悶絶しそうな苦しさを味わいながらも抵抗出来ず、そして謎の川岸から現実に引き戻された玲の意識。


(何…これ……!? ぢょ…な”に”ごれ”…!!)


 状況がわからず混乱する玲。だが、リィエルは構わずに次の行動に移っていた。


「そら、飲め」


 その言葉の瞬間、いきなり口の中を鉄臭い何かが支配していた。それが、一切の抵抗を許さずに無理矢理に喉に流し込まれていく。

 飲むとかそういう次元ではなかった。


(~~~~~~~…!!)


 猛烈な吐き気を催すが、何故か嘔吐には至らず、結局1分以上、玲は地獄のような吐き気と戦う羽目になった。



「よし、っと」


 ポキュン、という音が聞こえてきそうなほど勢いよく、リィエルの手が玲の口から引き抜かれる。

 途端に、玲はゴホゴホと咳き込んだ。


 魔眼の効果も解けたらしく、何度も嗚咽を繰り返しながら涙目になる玲。

 そして、ようやっと落ち着いたところで、ガバッとリィエルに向き直って口を開いた。


「な、何しやがる!!」


「いや、取りすぎて危うくお前が死にかけていたのでな。その分を戻した」


「喉に流し込みゃ戻るのか! それなら輸血だって血管にあんなぶっとい針を刺す必要ねぇだろ!!」


「そんなこと言ったって、戻ってるだろう? それとも何だ、まだ意識は朦朧とするか? 首筋は痛むか?」


「えっ? ……ああ、いや、ハッキリしてる。首も……痛くねぇな。…つーか、寧ろ血を抜かれる前より元気なくらいだけど……」


 言われてふと、何だか身体の調子が良くなっているような気がする玲。

 首筋に当てた手からは、噛まれた場所にある筈の歯形の感触すら返ってこなかった。


 いや、どころか、朝凄まじく猛威を振るった腹痛と戦い傷ついた、大腸と肛門(歴戦の英雄達)すらもすこぶる快調に思えるくらいだった。



「さっき言ったように、私の先祖は吸血鬼(ヴァンパイア)から成り上がった魔族だ。その吸血鬼(ヴァンパイア)としての能力の一端がこれだ。吸うのは勿論、相手に自身の血を分け与えることも出来る。本来なら、同じように噛ませて飲み込ませるのだが、お前、自力じゃ噛めそうになかったからな。私から与えられた血液は、速やかに吸った者の血肉となる。輸血パックより余程手っ取り早いぞ」


「何それ、超便利」


 リィエルがいれば、というか、吸血鬼(ヴァンパイア)の『守護天魔(ヴァルキュリア)』がいれば、つまりはもっと人の命が容易く助かるということか。

 だって、病院に行かずとも、その場で輸血して貰えて、なおかつ傷も塞がる。



「ところがどっこい、そうはいかんのだ」


 そんな玲の心中を見透かしたように、リィエルは肩を竦めて反論した。


「純粋な吸血鬼(ヴァンパイア)──つまりは魔族に至ることの出来ていない者では、血のやり取りを行うと、その人間を同族に変えてしまうからな」


「ああ……そういや吸血鬼(ヴァンパイア)物の定番だよな、それ。ホントにあるんだ」


「あるぞ。もしうっかり人間を同族にしてしまったら、それはそれは恐ろしい罰が待っている」


「うわぁ……なんか、すげぇ肩身の狭い思いしてそう……。じゃあ魔族に成り上がったらどうなんだ?」


「魔族になったらなったで、今度は『守護天魔(ヴァルキュリア)』として喚ばれ辛くなるしな。おまけに、魔族になった影響で、弱点の克服もされるのだが、反面その特徴にも幾分かの弱体化が生じる」


「あー……というと?」


「つまり、例えばニンニクやら十字架やら日光やらの影響を受けなくなる代わりに、血を与える能力は、主に同族か、私とお前のように契約を結んだ者同士でないと、行うことが出来んのだ。それ以外の者にやっても、血肉にはならんし回復もしない。これは本当に血を飲ませる以外の意味は無い。鉄分の摂取くらいにしかならんだろう」


「ああ、なるほど……」


 上手くいかないものだ、と玲は腕を組んで唸る。

 まあ、そうおいそれとそんな手法が上手く行くのなら、今ごろとっくの昔に病院にも取り入れられているだろう。



「あの…玲くん……。大丈夫なの…?」


 ちょうどリィエルとのとの会話が一段落着いたところで、璃由がそう少し遠慮がちに声を掛けてきた。


「うぇっ!? あ、あのその、これはですね璃由さん! 違うんですよ全然やましいことなんかしてないんですよ!? え、ホントですよマジですよ! ほら、あのその、えーっと…」


 思考が正常に戻ったがために、玲は逆に混乱していた。

 玲の中での璃由の現状というのは、情事の際に部屋を開けてしまったという気まずいあれだという認識である。


 スウェットが血塗れであることは最早頭の外であったし、とにかく訳のわからない言い訳を捲し立てようと必死になっていた。


 そんな玲を見て、璃由はようやくクスクスと笑い出した。


「あー…あれ。璃由さん?」


「ふふ。うん、何?」


「あの、そのえーっと……さっきのあれは、リィエルにオレの血をあげてただけで…」


「ええ、わかってるわよ。最初玲くんの悲鳴が聞こえて部屋に入った時はビックリしたけど、玲くん血塗れで顔が真っ青だったし、リィエルちゃんは口元が真っ赤だったもの。流石に想像がつくわ」


 ある意味、リィエルには感謝すべきかもしれない。

 もしリィエルが必要以上に血液を摂っていなかったら、玲の顔色も顔面蒼白とはいかなかっただろうし、そうなれば、リィエルが退くまで、完全にいかがわしいそれにしか見えなかった筈だ。



「ところで、何で血を吸ってたの、リィエルちゃん?」


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