13 『魔力門』開門の前準備! あ、それ以上は…らめぇええ!!
悪戯な笑みを浮かべるリィエルに対して、玲は首を捻っていた。
「……え、今から父さんに貰いに行くとか? どこにいるかもわかんねぇのに?」
「いや、だからわざわざ他の人間に会いに行かずとも、すぐ近くにいるだろうが!」
「え、だから璃由は駄目だろ! オレはあの子の優しさにつけ込むのなんかまっぴらゴメンだぜ!」
「だーかーらー!! そんなことをしなくとも、もっと身近にいるだろうがっ!!」
「……え、お前?」
「それ以外に誰がいるというのだ!!」
プンプンと怒り心頭のリィエルが、玲の脇腹を小突きながらそう言った。
「私の『魔力門』を1つお前にやると言っているのだ! まったく……」
鈍い奴だ、と愚痴を溢しながら、リィエルは半眼になって玲を睨み付ける。
「え、けどそれこそいいのかよ!? 『魔力門』って、ほら……大事なもんなんだろ? それをホイホイあげて問題ねぇのか?」
「それこそ無用な心配だ。玲よ、人間の『魔力門』数が、現時点で最大の者で幾つあるか、知っているか?」
唐突なリィエルの質問に、玲は「はぁ?」と意図が掴めずに首を傾げる。
「知らん! つか、『魔力門』とか言うのも、夕方教頭先生から聞いて初めて知ったくらいだぜ?」
──意図が掴めていないのではなく、それ以前の問題であった。
本当に何も知らないご主人様だ、と呆れて嘆きたくなるリィエル。深いため息の後、リィエルは解答を述べた。
「現時点での、人間の『魔力門』の最大数は10だ。恐らく、これ以上にはならないだろうと言われている」
「最大で10……。それじゃあ、尚更、他の人間から貰うってのは土台無理な話だよな。けど、それじゃお前はどうなんだ?」
その質問を待っていた──!
リィエルがガバッと立ち上がり、腕を組んで堂々と言い放つ。
「1000だ」
「──は?」
「1000だ」
「……はぁ!?」
──おいおい、待て待て。
(んんー!? 人間の最大値が10だろ!? え、何、そんなに違うもんなの!?)
宿主たる人間の最大値が10。つまり、仮に玲が人間の最大値を有していたとしても、その玲に遣える『守護天魔』たるリィエルは、その玲の100倍の『魔力門』を持つということになる。
──何それ。段違いじゃん。
「だから1本やるくらい、どうということもないと言っているのだ」
「お、おう……そっか……」
あまりの違いに、もう頭がついていけなくなってきている玲。
だが、そこに追い討ちを掛けるような発言が飛び出してきた。
「ちなみにだが、私の『魔力門』1本は、人間の最大値である10本のそれを軽く上回るような代物だ。……そうさな、ナメック星到達前の悟空と最終形態フリーザ様くらいの差、とでも言ったところか」
「……」
『魔力門』とは、則ち魔力を放出する口のようなものだが、単純にこの『魔力門』数が多い者ほど魔力を多く扱えるか、と言われれば、一概にそうとも言い切れない。
『魔力門』には、大きさがあるからだ。
つまり、たとえ1つしか『魔力門』がなくとも、それがとてつもなく大きいものであるならば、複数の『魔力門』を持つ者を上回る力が得られる。
極端な話、蛇口10口からの放水と、消防車の放水ポンプ1本の放水量はどちらが多いか、といったようなものだ。
つまるところ、このリィエルの持つ『魔力門』1本は、人間の最大値である10本からなる魔力放出量を、軽く凌駕するのだ。
「さて、ではさっさと済ませてしまうとしようか」
半ば放心状態の玲を、リィエルは突き飛ばした。
「うおっ!?」
それによって、玲は無防備にベッドに押し倒され、その上にリィエルが撓垂れるようにして這い寄ってくる。
幼さを感じさせる顔付きなのに、妙に艶かしい色気を孕んだリィエルの顔が、玲の眼前に迫っていた。
「えっと……あの……これは、いったい…」
「これからお前に『魔力門』を1つ移植する訳だが、そのために1つ、必要なことがあるのだ」
「えっと……それは…」
「本来、天界や魔界の住人の『魔力門』を移植するというのは、極めて危険なものでな。通常であればまず不可能。凄まじい拒絶反応を起こして死ぬだろう」
「えっ!? 待ってオレ死んじゃうの!?」
「だから、そうならないための準備だ。私の『魔力門』の1つを、お前に馴染むように創り変える。その上で、お前に移植するのだ」
「ほ、ほう……。そんなことが出来るんすね…」
「私は第一級神で第一位階魔族だからな。朝飯前だ。とは言え、そんな訳だから、その創り変えに必要なものをお前から拝借する必要がある」
「……なんすか、それ」
「DNA情報……。髪の毛とか爪でもいいのだが、より手っ取り早いのは体液だな」
「あー、それを元に組み替えると…。って体液!?」
体液──。汗とか涙とか鼻水とか唾液とか、血液とか骨髄液とか、或いは──
(まさかの18禁展開!? 駄目だろそれ!? 確かにリィエルは可愛い。すんごく可愛い! でも、確かに年齢はOKでも見た目的にはアウトですよ!!)
リィエル・エミリオール。およそ700年近い歳月を生きる、天界、魔界の王の愛娘。
だが、その外見は、中学生くらいのあどけなさが残る少女に見えるものだ。下手をすれば小学生でも通りそうなくらいである。
そんなリィエルとニャンニャン展開は、犯罪の香りしかしない!
「ふふふ……また声に出ているぞ…?」
リィエルの右目が、妖しい光を灯していた。紅い瞳。紅い右目は魔族の目。つまり、魔眼である。
それが、今まさに発動されていた。
先刻、校長──ハゲ鷹の動きを封じた時と同じく、『縛鎖の眼』。今の玲は、金縛りにあったように、指先一つ動かすことが出来なかった。
辛うじて口は動くが、それ以外に許される動作は、せいぜい瞬き程度。
そして、発動している魔眼は他にもあった。
「──別に体液なら何でもいいのだぞ…私は。お前が望むなら……お前のジョニーくんの相手をしてやっても構わないぞ…?」
──『蠱惑の眼』。それは、文字通り、相手を魅了し、誘惑する類いの眼だ。
その紅い瞳に見つめられていると、吸い込まれるような脱力感すら覚えてくる。
リィエルの、サイドテールに纏められた髪が、頬を擽る。金色の、そして蒼い焔を纏った綺麗な髪。
そして、彼女の甘い吐息が、耳を、頬を、首筋を撫でるように感じられた。
これが──これが、あのリィエルなのか。
コンポタまみれになって登場し、素っ裸でも堂々と佇み、そして先程は友達が欲しいと駄々を捏ねていた、あのリィエルか。
今の彼女は、恐ろしいまでに女の色気を纏っていた。
それこそ、男を誘惑する悪魔──夢魔のように。
大きく肩の出た黒いドレスからは、覆い被さった姿勢のせいで、その膨らみかけの胸元がチラリと覗いている。
それが、無性に色気を感じさせる。
「そら……どれがいい? んん? 言ってみろ…」
リィエルの指が、玲の頬から首筋をつーっと擦る。
それだけで、身の毛が弥立つような快感が押し寄せてくる。
その手が、指先が、玲の服の上から、胸を、腹を撫でるようにゆっくり、ねっとりと下りていく。
(~~~~!! そ、そそそ、それ以上はらめぇえええ…!!)
最早理性は、限界に近かった。そして──。
「け、けけけ血液でお願いします!!」
理性は、ギリギリのところで打ち勝った。
ジョニーくん──愚息のそれは完全にアウトだし、汗とか唾液など、今のリィエルに提案したら何をされるかわかったものではない。
その点、血液なら、腕や首筋に噛みつく程度で済む筈だ。
そんなギリギリの理性から放たれたその言葉を皮切りに、リィエルの魔眼──『蠱惑の眼』が解除される。
「ははは! やはりお前はからかい甲斐があるなぁ、玲。元よりそのつもりだ」
途端に、玲を支配していた情欲が霧散していき、一気に疲労が襲ってくる。
未だにリィエルは覆い被さった格好のままだったが、最早先程のような抗いがたい色気はそこにはなかった。
「お、おおおおお前! 限度ってものがあるだろうが! 大体どうすんだよ! オレが欲望に負けてたら!!」
「その時はその時で、まあお楽しみタイムだな」
(本当に18禁展開になるところだったー!!)
危なかった。本当に危なかった。
「何だ、そんな残念そうな顔をして。やはりジョニーくんの──」
「──してねぇよそんな顔!! お前ホントにそれでも半分神様なのかよ!!」
それとも何か、神王ヴァイスはエロスの神だとでもいうのか。
「逆だ、逆。半分魔族だからだ」
「え?」
「私の母──女帝エデルミリアの両親は、元は吸血鬼と夢魔からそれぞれ魔族に成り上がった者達だからな。つまり私は、言ってしまえば4分の1は夢魔のようなものなのだ。そら、この尻尾がその証だな」
そう言って、リィエルが尻尾を軽く振って見せた。先端がスペード型をした細長いそれは、確かに悪魔を連想させるものだった。
「……なるほど。お前がエロイのは元からなわけか」
「ほう…そんな口を訊くか。やはりジョニーくんを苛めて欲し──」
「ごめんなさいホントごめんなさい!!」
「本当に初心な奴だな。それじゃあ、ちと痛いが我慢しろ」
気づけば、リィエルの歯が、まるで吸血鬼のそれのように、一部が伸びていた。
その犬歯が、シーリングライトの光を受けて妖しく光る。
そして──。
「うぎゃぁああああああああぁあああ!!!」
首筋に焼けるような痛みが走る。無論、牙が食い込んだからだ。
その思った以上の痛みに、しかしリィエルのもう1つの魔眼──『縛鎖の眼』の効果が解けていないため身じろぎ一つ出来ない。
(痛い痛い痛い!! マジで痛い!! え、ちょ、え、ホントにすげぇ痛いんですけど!! 吸血鬼もののラノベだって、第四真祖に噛み付かれて気持ち良さそうにしてたやん!! 何なんこれ!! 痛いだけじゃん!!)
そんなこんなで、最早騒ぎ立てることしか出来ない玲に構わず、存分に玲の血液を吸い上げるリィエル。
「ごくごく。おお玲、お前の血液、思っていたより全然美味いぞ!」
「そんな感想いらねぇよ!! それよりあとどれくらいなんだ!? もういいのか!?」
「まだ然程摂取出来ていない。まあ、あと200ccくらいか」
「何でもいいから早くしてくれぇええ!! マジ痛ぇえええぇえええええ!!!」
そんな玲の悲痛な叫びが、お約束展開を招いてしまった。
「玲くん!? どうしたの!?」
パタパタと廊下を掛けてくる足音。そして、凛と澄んだ、それでいて相手を思いやる気持ちに溢れた声色が響いてきた。
よりによって、とんでもないタイミングで璃由が帰ってきてしまった。
──マズイ。この状況。
ベッドの向きは部屋の入り口に足を向ける格好だ。玲とリィエルの格好も、また問題だ。
玲はベッドに投げ出され、リィエルがその上に覆い被さっている状態。そして、その首筋に牙を立てている。
則ち、リィエルは玲に跨がっている格好である。
こんな光景を目撃されたら、どうなるか。傍目には血を吸っているようには見えないのだから、それはつまり、いかがわしい展開にしか見えないということだ。
せっかく女装してきた『下痢野郎』にすら天使の微笑みを向けてくれた璃由でも、その当日にいきなり相部屋の相手が情事の真っ最中だと思ったら──。
(終わる……。今度こそ終わった…!)
そして、とうとうドアが開かれた。




