12 明日に向けて! 異常性の再確認
「ふぃー、いいお湯でした。ユニットバスじゃないし、追い焚き機能もあるし、学生寮にしちゃホント最高だな」
風呂とトイレが別々になっていることもあって、風呂場は水回りもよく、浴槽を存分に使用できる。
しかも、ガス湯沸し器の機能も充実しており、湯張りは勿論、途中で温くなっても温め直せるし使い勝手もいい。
「そういや、ユニットバスって単語も、必ずしも風呂・トイレ別ってのを指す訳じゃないんだっけか…。えっと、3点ユニット……が正解だっけか? まあ何でもいいけど」
髪を拭きながら、誰に話すでもなく1人ぶつぶつと呟く玲。
心なしか、存分に風呂を使えるとあってテンションも高くなっているようだ。
それもその筈。風呂が存分に使えるということもそうだが、この学生寮で何が素晴らしいって、光熱費の支払いが一切無い、というところだ。
どころか学費も掛からない。
せいぜい食費や私物程度にお金が掛かるくらいだが、その食費も学校内、或いはこの学生寮──マンションの特別棟にある食堂を利用すれば無料である。
国が運営している、ということもあるが、その何よりの目的は『幻想魔導士』を増やすため、というところにある。
人間による犯罪も勿論あるが、目下問題となっているのは、幻妖なる存在の脅威だ。
それと戦う『幻想魔導士』は、それだけ必要な存在なのだ。
学費や生活に掛かる費用の一切が免除される。しかも、国からの推薦での入学のため、入試のようなものは存在しない。
高校での成績次第では──勿論、主に魔法の──、大学だってエスカレーター式にそのまま入学出来る。
つまり、殆ど無料で大卒資格まで取得出来るようなものなのだ。
これだけ恩を着せられれば、『幻想魔導士』は勿論、魔法を運用する職業に就く傾向は、強制などせずとも如実に出来上がる。
学生からしても、無料で学校に通うことが出来て、おまけにそこで習得した技能がそのまま将来に繋がるのだ。
勿論、親の立場としても、学費が掛からず、将来が約束されるようなものなのだから大助かりだ。
幻妖なる存在と戦う『幻想魔導士』は命の危険の多い仕事でもあるので、そこだけは親としても心配になるが、概ねそれを除けば諸手を挙げて歓迎したいものである。
つまり、国にも本人にも親御さんにも、とても良い話なのである。
まあ、そんなことは赤月 玲の頭には無いのだが…。
洗面所に備え付けの洗濯機の上に置いておいたスウェットに着替え、洗面所を後にする玲。
勿論、ホワイトボードの「風呂使用中」の文言はきちんと消しておく。
璃由は──まだ帰っていないらしい。
「かれこれ2時間以上は入ってたんだけど、まだ帰ってないんだ。やっぱ女の子の風呂は長いのかねー」
実家の妹のことを思い出して、玲はそう呟いた。
(そう言えばあいつ、オレが天魔第6に通うって言ったら拗ねてたけど、何でだ?)
いつぞや、国からの通知で国立天魔第6高等学校の入学案内を受け取った時のことを思い出す玲。
そう言えば、その日から1週間くらい、口を聞いてくれなくなったんだよな、と苦い表情をしながら、玲は廊下を歩いていき、リビングへと向かう。
私物は各自の部屋に移ったため、備え付けのダイニングテーブルとテレビ──なんと60インチ──と食器棚があるくらいになった簡素なリビング。
このリビングだけでも16畳程の広さのため、無駄に殺風景に見える。
食器棚からコップを取り出して、水道の蛇口を捻り、水を注ぐ。
それを一気に飲み干す玲。
長風呂で火照った身体には、水道水でも十分に冷えているように感じられた。
そのまま歯磨きまで済ませて、リビングを出た玲は、ようやっと自室のドアを開けた。
そう言えば、リィエルのゲームはどこまで進んだのだろうか。
『俺は……誓って殺しはやってません…!』
ドアを開いたその時、ちょうどそんな音声が飛び込んできた。
個室の広さは、およそ8畳程だ。
備え付けであるものは、ベッドと机だけだ。と言っても、それだけで十分な気はするが。
とりあえずゲームを楽しむためにと、業者に家から運んで貰っておいたテレビが、部屋の中程に設置されたテレビ台に置かれている。
音声の発信源は、言うまでもなくこのテレビである。
「おお! 玲か。随分と長い風呂だったな」
実体化したリィエルは、嬉々とした表情でコントローラーを握りしめている。
「いやぁ今日は何だかんだあったからな、思ったより参ってたみたいでさー。風呂入りながら半分寝ちまったりしてたんだよ」
「何だ。私はさっそくソロ活動に勤しんでいるのかと思っていたのに」
「いや風呂場でんなことするわけねぇだろ!」
「ん? 何を言う。シャワーは定番だろう? 前に人間界に行った魔族がついた男は、何でもシャワーを使うのが習慣だったそうだ。確か……あの何とも言えない刺激がちょうど──」
「だぁああぁあああ!! オレにそんな特殊な性癖はねぇよ!!」
「案外やってみたら病みつきかもしれんぞ?」
「やらねぇよ!! つかいい加減ソロ活動の話から離れろよ!!」
何だこれは。それでも半分神なのか。
お下劣にも程があるだろう、程が。
(つーか、誰だ、こんな下手したら小学生にも見えかねないようなあどけなさの残る顔をした奴に、そんなことを吹き込んだ野郎は!)
「ははは! また口に出てるぞ」
「んぐっ…」
「確かに私は見た目的には、人間のそれで言えば恐らく12~14歳程度の外見だろう。だが、これでも700年近く生きているのだぞ? 今さらその程度の話でどうこうならんわ」
「……その割りに、そのゲームはやらせてもらえなかったんすね…」
「……言われてみれば、何故だろうな…?」
いや、何故も何も、これ以上リィエルがダークサイドに堕ちるのを良しとしない者達がいたのだろう。
そんなことを思う玲だった。
「つか、2時間そこそこでそこまでいったのか」
「夢中でやり込んでいたからな! 時に玲、今しがたこの男が口にした『誓って殺しはやってません』なのだが……」
「ああ、うん。有名な『誓殺』ね」
──嫌な予感がする。きっとこいつは言ってはいけないことを言うだろうと。
「このゲーム、ゲージが貯まると△のアイコンが出るだろう?」
「ああ……ヒートアクションね……。うん…そうだね……」
「それでな、街を歩いていたらイチャモンつけてくるチンピラ達と戦っている時に出たのでな。やってみたら……顔面をコンクリートに叩きつけるわ、鉄パイプでホームランするわ……。これ確実に何人も殺っているだろう。というか、ついさっきも窓から相手を外に放り投げて──」
「やっぱ来た! やめろぃ! それ以上は突っ込んではいけない! あの街の人達は特殊な訓練を受けてんだよ!!」
「お、おう…そうか」
「そう! だから誰も死んでない!! いいな!」
「わ、わかった」
某動画大百科でも記事になっているくらいの名(迷)台詞でもあるが、フィクションにそんなことを言うのは野暮である。
例え、コンクリートブロックに顔面を叩き込んで、全体重を乗せた追い討ちを掛けようとも、ドスでぶっ刺そうとも、刀でぶった斬っても、粉砕用ハンマーで頭をぶっ叩かれようとも──そう、あの街の人達は、それだけされても死なない特殊な人達なのだ。そういう設定なのだ。
それ以上のツッコミは、薮蛇である。
「そ、そんなことより!」
半ば話題を逸らしたかったのもあるが、それ以外にも実は真っ先にリィエルに相談しなければならないことがあるのだ。
「何だ?」
リィエルと、ポーズ画面を開いてゲームを中断し、こちらに目を向けてくる。
「ほら、明日からさっそく授業が始まるじゃん? お前のお陰で退学そのものは避けられたけど、何だっけ……『魔力門』…だっけか? あれが無いってのは変わらないじゃん。結局、どうしたらいいんだ?」
ベッドの方に歩いていき、その中程に腰掛けながら、玲はそう言って項垂れる。
そう、明日から──というより、日付は既に変わっているので、今日の朝から、さっそく授業がスタートする。
つまり、魔法に関する授業が始まる、ということを意味している。
さて、そんな状況で玲はというと、『守護天魔』こそついたが、依然として『魔力門』数は0のまま。
魔法が一切合切使えないという事実に変わりはないのだ。
「ああ、そうだったそうだった。安心しろ、私が何とかしてやろう」
リィエルはそう言って、PS4をスタンバイモードにして、テレビの電源を落とした。
(……実はそこからがカッコいいとこなんだけどな)
こればっかりは、玲も口に出さないように気を付ける。
ゲームもしかり、アニメや漫画等のストーリー物は、当たり前の話だが、先に展開を話されてしまうと萎えるものだ。
知らないからこそ、より深く楽しめるのだ。
流石の玲も、そこまで野暮ではなかった。
「そう言えばお前の父親は『幻想魔導士』なのだろう? その父親は『魔力門』が無い、等ということはないのか?」
玲の横に腰掛けたリィエルが、小首を傾げながらそう尋ねてくる。それに対し、玲は腕を組んでうーん、と唸る。
「父さんってあんまり家に帰ってこないから、その辺の話って、実はあんまし聞いたことねぇんだよなぁ。いる時に訊いても、何だかんだではぐらかされてた気がする……」
「ふむ……。ならば、基本的なところからレクチャーしてやろう。基本、『魔力門』というものは、遺伝するのだ」
「遺伝?」
「ああ。『魔力門』に限らず、魔力量や召喚適性、依代適性といった、およそ魔法や『守護天魔』に関わるものは、おおよそ親からの遺伝の影響が大きい。そして、交配の過程で少しずつ、強力になっていくのだ。代を重ねるごとに強さを増していくからこそ、ようやっと100年程前に、我々『守護天魔』が契約出来るまでになった、というわけだな」
「ほー。ってあれ、それじゃおかしいじゃねぇか! 代が進むごとに強くなってくってんなら、『幻想魔導士』の父親を持つオレは、それと同等か、それ以上じゃないと話が合わねぇじゃん!」
「だからおかしいのだ。確かにお前は、魔力量も召喚適性も依代適性も、異常に突出している。だが、裏を返せばこれもおかしいのだ。全うに考えれば、お前の親は、最低でも私を喚び出せるくらいの資質を持った者ということになる。そして、『幻想魔導士』をやっているのならば、『魔力門』が無いなどということはあり得ない。むしろ、人間の限界値くらいの数があって然るべき。だのに、その息子たるお前は、『魔力門』が1つも無い。というか、私を召喚出来る癖に『魔力門』が無いなど、笑い話にも出来ない程に、明らかな異常だ」
「んー異常なのはわかった。それはオレも薄々変だと思ってたからさ。じゃあ、具体的にどうするんだ?」
玲の問いに、リィエルはニィッと笑った。
「簡単だ。無いのなら、よそから取って付ければいい」
「……? よそから? どゆこと?」
「つまりだ、『魔力門』を移植する、ということだな」
「ほうほう…。ってそんなこと出来るの!? ってお前神で魔族だもんな……そんくらい出来ても不思議じゃねぇか。……いやいや、つか、それ以前に、出来たとしても誰から貰うんだよ! 『魔力門』なんかほいほいくれる奴いねぇだろ!」
『魔力門』とは、文字通り魔力を放出するための門のことである。
この門の数が多いほど、一度に取り出せる魔力がより多くなる。
なら、仮にリィエルの話通りに『魔力門』の移植が可能だとしても、そうおいそれと他人に『魔力門』を提供してくれるような酔狂な者は、そうそういないだろう。
極端な話、「お前10億円も貰ってんだから、1億くらいくれてもいいだろ?」と言うようなものである。
誰が「うん、わかった。あげるー」などと言うものか。
強いて頼んで聞いてくれそうなのは、璃由くらいだろうか。
彼女なら、事情を話せば何となくわかってくれそうな気はするが、しかしだからこそ、それはそれで玲の方が勘弁願いたかった。
そんなふうに考えを巡らせながら、玲は訝しげにリィエルを見たが、リィエルはちっちっち、と指を左右に振った。
「阿呆か。わざわざ赤の他人に貰わずとも、もっと手っ取り早い者がいるだろう?」
リィエルはそう言って、ニヤリと笑った。