7
春眠暁を覚えず。
唐の時人、孟浩然が唄った詩の一説だ。
ざっくり訳すと、春の朝は心地よく、夜が明けたのに気づかなかった、と言う意味だったと思う。
これを漢文の教科書で読んだ時、偉い詩人は寝坊した時の言い訳もシャレてんだなぁってアホな事を考えたを覚えている。
かくいうシーマ帝国にも四季があり、現在は春の真っ只中だ。
シーマ帝国は国土が広い分、領地によって気温や天気が変わったりするけど、基本春は雨もあまり降らず陽気な気温だ。それでも、夜はまだ肌寒さが残り、昼間と夜とで十℃近く気温が違う時もある。そのせいか、シーマ帝国には「春の内は一糸脱ぐな」なんて諺があったりする。
それでも、春の朝が寝心地いいのはどの国、どの世界でも共通だ。
窓から差し込むぽかぽかの日差しを浴びてしまえば、自然と欠伸が溢れてしまう。
微かに聞こえる小鳥の囀ずりが、微睡む意識を優しく浮上させてくれた。
まさに。
春眠暁を覚えず。
処々帝鳥を聞く。なり。
「…………寝坊したーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
朝。
水を打ったように静かな寮内で、俺の絶叫が木霊した。
現在時刻は八時十五分。ホームルームが始まるのは二十分だ。どう考えても間に合わない。絶望。
起床時間の七時になれば振り子時計が鳴るはずなのに、俺の壊れたか!? それとも気付かないくらい爆睡してたとか!? だとしたらどんだけ寝つきいいんだよ!
パニックになってる間にも時間は経過する。秒針は一周を回りきり、長針がカチリと音を発てた。
三十秒で支度しな!!
俺の脳内であのワードがエコーする。それを皮切りに、弾かれたように支度を始めた。
歯を磨いて、顔洗って、制服に着替える。
所要時間。二分。
三十秒とまでは行かないが上々だ。
しかし!ホームルームまで後三分しか時間が無い。
い、急げ急げ!頑張れば間に合うかも知れないぞ!!
半分諦めつつ急いで寮を出て学院の校舎に向かう。
いつもは登校している生徒で賑わう寮のホームもがらんどうで、その静けさが更に俺を焦らせた。
いつもは後ろに結ぶ髪も、適当に櫛を通しただけで無造作におろしたまま、髪をばさばさと振り乱しながらひたすら走る。
ま、間に合え! 間に合え!
しかし! 祈り虚しく非情な現実が突き付けられた!!
「門が……閉まっている……だと……!?」
寮から全力疾走で駆けつけたが校門はしっかりと閉められ、両脇に警備として憲兵が控えているだけだ。
門の向こうで、校舎から鐘の音が響き渡る。同時に、俺の脳内でホイッスルが鳴った。
アウトーーーー!!!!
「オワタ\(^o^)/」
薔薇の模様をモチーフにしたお洒落な黒い門扉に手をかけ、がっくりと肩を落とした俺に憲兵が「残念だったね」と声をかけた。
あーあ。遅刻どころかこれじゃあサボりじゃん。
ただでさえクラス内の俺のイメージって最底辺なのに、これじゃあ悪い噂に拍車かけちゃう。ホームルームは無理でも、ちゃんと授業には出たい。真面目かよ。って突っ込み入れられそうだけど、この学院は校則が厳しくて遅刻なんかしたら罰として反省文を書かされる。無断欠席なんてもっての他、反省文に加えて大量の課題を突き付けられる場合もあるんだとか。
貴族だろうが王族だろうが、そのへんはシビアで有名な学院だ。皇帝もそんな学院の方針を気に入っているらしい。
って、んな事はどうでもいい。問題はこの状況だ。この際遅刻は仕方がない。甘んじて罰は受けよう。しかし、無断欠席で大量に宿題を出されるのだけは避けたい。勉強嫌いが治った訳じゃないからさ。普通に嫌だ。
「............」
門扉にかける手に力が入る。
顔を上げ、門扉の高さを目測した。
......行ける!!
判断を下した俺は、瞬時にカバンを門の隙間から向こう側へ滑り込ませると、門扉の模様に足をかけた。
「き、君! 何をしてるんだ!?」
俺の耳に、憲兵の慌てた声が聞こえる。
それに構わず、俺は門の上までするすると登った。
学院の門扉はおよそ全長四メートル。
これくらいの高さなら越えられる!
これより高い木に登った事あるしな!
......生前の頃の話しだけど。
「早く降りなさい! 危ないぞ!」
「俺の事は気にせずお仕事続けて下さい」
「気にしない訳ないだろ!」
ですよね。スミマセン。でも俺も必死なんです分かって下さい。
憲兵が俺を降ろそうと手を伸ばすが、我ながら素早く登ったので憲兵の手はギリギリ届かない。更に上を目指し、門扉の上を跨ぐ。
「うわ! たっか!!」
下からみたらそこまで高く無さそうでも、実際登ってみると広がる視界の高さに少しビビる。
こわっ! よく考えてみれば、木登りと違って門扉って全然身体安定しないじゃん!! ちょっとバランス崩すと落ちそうになるんですけど!
「君! 落ち着いて! ゆっくりこっちに戻って来るんだ!!」
「大丈夫! 落ちても私達が受け止めるから!!」
身体が強張って動けなくなっていると思ったのか、憲兵がご親切に助けようと声をかけてくれる。
いや、でも、もうここまで来たら越えてしまった方がいいのでは!?
慎重に行けば降りれるってこれ。
と、軽率な考えをした俺は、跨いだ足を戻さずにそのまま校舎の方へ入れようと前屈みになって身体を安定させた。
足場を探りながら慎重に門扉を降りる。
下の方で、憲兵がおろおろとしているのが伝わって来た。
「ああ! 戻って来いって言ったのに!」
「おい! 誰か来てくれ!! 生徒が門を乗り越えようとしているぞ!!」
ちょっ! あまり大事にしないで下さい......!
幸い校門は教室から見えないから生徒に見られる心配はないけれど、憲兵が騒ぎ立てれば教員に気付かれてしまうかもしれない。そうなってしまったらそれこそ罰は課題では済まないだろう。最悪、停学になるかも?
ヤバい! 早く逃げなきゃ!!
そう、慌てたのがいけなかったらしい。
しっかりと足場を確認してから降りなければいけないのに、焦った俺はまともに確認をせず適当な場所に足をかけた。すると、複雑な模様は俺の足を受け入れず、あっさりと足を滑らせてしまう。
大きくバランスを崩した俺は、自分の身体を支えきれず門扉から手を離してしまった。
必然。俺の身体は地面目掛けて落下する。
『皐月ってさ、たまにスッゴいアホな行動とったりするよね』
いつだったか、三代に言われた言葉が脳裏を過った。




