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春。屋敷の庭は色とりどりの花が咲き誇り、その周りを蝶が舞う。寒さに忍び耐えるように静かだった街も活気を取り戻し、市場には春野菜や海で取れた魚が並んでいた。
「アネット、約束よ? 必ず手紙を送ってね?」
「ああマリア、約束するよ。俺もマリアからの手紙楽しみにしてるからな!」
四か月間の死闘(勉強)を無事に終えた俺は、その日の早朝。屋敷の前で叔父さん達から見送られている最中だった。
身を包むはネフェリ学院の白い学生服。胸には結晶石で作られたエンブレムを付け、いざ行かんと馬車に乗り込んでいた。
殆んど勉強ばかりで遊んであげられなかったが、マリアンヌは変わらず俺を好きでいてくれているみたいでこうして涙を溜めながら俺との別れを惜しんでいる。
なにせネフェリ学院は全寮制の学校。
入学したら中々帰っては来れない。
「学院にはシリウスもいるから、心配事や困った事があれば遠慮なく頼るといい。ニベウスも、良き友人を作れるようにな」
「はい叔父さん。頑張ります」
「あまり周りの噂ごとに歯牙を掛けませぬように。ニベウス様には味方が居ます。そのことを決して忘れないで下さい」
「ありがとうございますリリーさん。はい、よく用心します」
叔父さんも奥さんも心配性だ。
まぁ、今までのニベウスはやんちゃでまともな人間関係を作れていなかったから、心配されるのは無理もないけれど。ニベウスの話は貴族の間でも悪い意味で評判だったらしいし、きっと俺が憂き目に会うだろうと思っての科白なんだろうな。俺もどちらかと言うとコミュニケーションは上手い方じゃないし......。
でも、人の噂も75日。
奥さんも気にすんなって言ってくれてる事だし、肩の力を抜いて行きましょう!
ビバ!ハーレム生活!おっぱいが俺を待っている!!
「アネット? 変な顔をしてどうしなの? 何だか気持ち悪いわ」
「ぐふぅっ! な、なんでもない」
最後の最後で鋭い一撃を受けた......。
いけないいけない。美少年でも性欲剥き出しにしてグフフだなんて言ってたらモテねーわな。気を付けよ。
「では、出発します」
御者の言葉を合図に、俺と護衛を乗せた馬車が動き出した。
これで三人とは暫くお別れか......少し寂しいな。
「元気でねアネット! お兄様にもよろしくお伝えしてね!!」
叔父さん達は、俺が見えなくなるまで手を振ってくれた。その姿が、かつてのハーグと司祭様の姿に重なって見えたのは、俺があの時と同じ心情になっているせいなんだろう。
今生の別れじゃないんだし、帰ってくればまた会えるさ。
自分にそう言い聞かせ、俺は己を奮い立たせた。
ネフェリ学院は王都の中心部にある学校だ。
俺が住んでいたフレア領と王都は隣なのだけど、いくら隣と言えど領地から出るとなれば距離はばかにならない。しかもシーマ帝国は国土が広く一つ一つの領地も広大だ。途中で領地に住む貴族の屋敷に泊めて貰いながら進むこと五日、ようやく王都の城壁が俺達の目前に表れる。
城壁の入り口に控える門番に手形を見せ、王都に入ればこの国で一番栄えている城下町が姿を表した。
国の流通が集中している王都「アルジュフ」。
聳え立つ塔に煉瓦作りの大図書館や商館。軍の施設に大きな病院もある。一番目立ったのは魔道具の店で、色んな魔道具を売っている店が沢山立ち並んでいた。シーマ帝国は高度な魔技術によって発展した国だから、それを推しているのは少なからず分かる。その代表格がフレア領のノアの街だった。彼処は魔技術工房の中心部で、シーマ帝国だけでなく、他国への輸出の六十パーセントを占めていたのがノア製品の魔道具だ。
他国は魔力を持っている人は戦力として数えている所が多く、魔技術師は少ない。
世界各国で使われている殆んどの魔道具がシーマ帝国産の魔道具で、その性能の高さは各国の王や大臣からお墨付きを貰うほどだ。
ふぅ、流石に四ヶ月も勉強すると街の一つ見ただけで復習になるな。あれだけ勉強嫌いだったのに、人とは変われる物だ。
馬車の通る大通りは近代的な商業施設が並んでいるけれど、きっと住宅街に近くなれば叩き売りの市場なんかがあるんだろう。
大きなショッピングセンターはもっぱら貴族や金持ちの娯楽で、街道を歩くのも小綺麗な格好をした者ばかりだ。
しかし、王都だからとて金持ちばかりが住んでいる訳ではない。普通の庶民も暮らして居るし、田舎から出稼ぎでやって来た若者やなんかも沢山いる。そんな人達が使うのが安売りの市場や小売店だったりするのだ。
ふと外を見れば、遠くの一画に石造りのモダンな豪邸が顔を見せている。あれが、ネフェリ学院。公子公女が通うシーマ帝国唯一の学校だ。
入学式は明日、昼の一時から行われる。
学院には、地方の貴族の子供達も入学するから、入寮自体は早い時期にできるようになっている。近くの俺は前日に間に合うようにすればいいけれど、遠くから来る人達は一週間は余裕を持って出発するのがざらだからだ。
ネフェリ学院の門前に着けば、俺と同じように入学する奴等の馬車が数台つけられていた。中には、長旅をしてきた荷台を着けない馬もいる。
適当な街路に馬車を止め、俺と護衛の二人が降りた後ネフェリ学院の門前を潜ると、中には四人の憲兵が両端にたって俺を出迎えていた。
そこで、護衛がそっと後ろに下がる。
「でわ、我々の護衛もここまでとなります」
「ニベウス様。良き学院生活を」
ここから先、ネフェリ学院の学生を護るのは国の憲兵達だ。個人の警備隊は学生を送った後、元の屋敷に戻らなければならない。俺はこれまで護衛してくれた二人に礼を言うべく、後ろを振り返った。
「ありがとう。二人のお陰で安心してここまで来れました。帰りも気を付けて下さい」
「はい。でわ、ニベウス様も息災で」
こうして護衛と別れ、いよいよ一人となった俺はネフェリ学院の寮に入った。
流石は王族も通う学院の寮。
中は高級ホテルが如くの内装で、フロントなんかもある。中央ラウンジには豪勢なシャンデリアがあり、真っ赤な絨毯はふっかふかの毛足だ。
吹き抜けの天井には天窓、周りにはネフェリーナをモチーフにしたステンドガラスが彩られ、日が傾きかけている強い日差しを反射してキラキラと輝いている。綺麗だ。
「君、何してるの? 邪魔なんだけど」
ほけー、とステンドガラスに見惚れていたら、後ろから誰かに声をかけられた。そう言えば、うっかり出口で立ち尽くしてしまっていた。俺は慌てて身体を脇に退かす。
「あ、すみません」
軽く頭を下げて謝ると、相手は何を思ったのか動こうとせずにその場に留まっている。
不思議に思い顔をあげると、その人物とバッチリ目があった。
プラチナプロンドの髪はショートボブ。瞳は深い青で、顔立ちはウィーン合唱団を連想させる上品な美少年。どっからどう見ても良いとこ育ちのお坊ちゃんだった。
そのお坊ちゃんは俺を品定めするようにじろじろと眺めると、唐突にふんと鼻で笑った。
な、なんぞ?
「どこの田舎者かと思ったが、少しは自分の立場を弁えているらしいな。その腰の低さ、この学院で過ごしたくば忘れるなよ」
高圧的に一人で語るだけ語ったお坊ちゃんはそのまま寮の中に入って行った。
は? なんすか今の?




