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この世界の夏ってのは湿気が少ない。
基本晴れの日が多いし、カラッとしてて熱くても日本の茹だるような熱気はなく、比較的過ごしやすい夏ではあると思う。乾燥肌の人は注意だが。
しかし、今日は何時もより空気が湿気ている気がする。雨でも降るのかもしれない。空は依然として青空が広がっているが、散りばめられた白い雲が少しずつ面積を広げている気がする。
お天気を気にしつつ、俺は前を歩く骸骨顔に黙って着いてきていた。
奴隷商人の元締めとやらと交渉する為には、情報料とやらを用意しなければ俺達がそいつの商品に成れかねない、と、脅かされて男の考えとやらを信じてこうして従っているが......。
さっきから森の奥に進んで行くだけで、一向にその考えとやらが何なのか教えようとしてくれない。
「見れば分かる」
そう言うばかりで、どうも俺は腑に落ちなかった。
草を踏む度、足元でジリジリと蝉に似た鳴き声を放つ虫が警戒してピタリとその声を止める。
暫くすると、切り立った崖に鬱蒼と生えた草木に埋もれそうになっていた小さな自然洞窟が、真っ暗な口を開けて姿を表した。
骸骨顔の男は、その洞窟の前で足を止める。
「......ここに、何があるんだ?」
ぽっかりと口を開けている洞窟は薄気味悪く、動物が住み着いている気配も無い。奴隷商人の元締めと交渉する為に必要な物があるとは思えないんだが......。
「おう、来たぜ」
骸骨顔が洞窟に向かって声を張り上げた。
すると、真っ暗な洞窟から一人の男が出てきた。
ゴロツキの一人、鶏冠にそっくりなモヒカン頭をした男。その男が、骸骨顔に案内された洞窟からのっそりと出てくると、俺達の顔を見てにんまりと笑った。
「へぇ!すげぇや......本当に連れて来たんだなぁ!!」
......何の話しだ?
どうして元締めと会う準備をする為に連れて来られた場所に、別の男が居るんだよ。
混乱している俺を差し置いて、骸骨顔はモヒカン頭に近付くと黄色い歯を剥き出しにして口元を歪めた。
「だから言っただろ?コイツら馬鹿だから騙せるってな。後は頼んだぜ」
「............え」
今......こいつ何て言った?
俺とスギナ。どっちが声を漏らしたか分からない。
ただ、呆然とした声が耳に響いたのと、骸骨顔の男がにんまりと嫌らしい笑みを張り付けて俺達を振り向いたのは、ほぼ同時だった。
俺の全身に、鳥肌が立つ。
次の瞬間、骸骨顔は突然跳び跳ねるとスギナの顔面を思い切り殴り飛ばした。
「がっ!?」
「スギナ!?」
拳をもろに食らったスギナは、受け身も取れずに地面に転がり、その上に骸骨顔の男が股がって座った。俺は一瞬反応が遅れ、慌ててスギナに駆け寄ろうとするもモヒカン頭に後ろから羽交い締めにされ、身動きが取れなくなる。
何だコイツら!
「ギャッハハハハハハ!!あーー!やっっとこのくそ生意気なガキ痛め付けられるぜ!!おい!その女男しっかり捕まえてろよ!!」
「わかってるよ!てめぇこそ遊びも程ほどにしとけ!」
下卑た笑い声をあげる男達をスギナは交互に見やり、状況が理解できないのか、ぽかんと口を開き、ぼんやりと掠れた声で骸骨顔に問いかけた。
「何だこれは......?俺達の手助けを......すんるじゃなかったのか?」
「あーーー?」
骸骨顔はにやついた顔のまま首を傾げ、ずいとスギナに顔を寄せた。
「バーーーーーカ!なーーーんでオイラがテメェみてぇなよっっっわいガキの手助けなんざしなきゃなんねーーーんだよぉ!!!」
「―――なっ!!」
大声で挑発した男の言葉に、スギナの顔色が一気に変わった。困惑して迷子の子供のような表情をしていたスギナの顔が、怒りに染まり瞳にもギラリとした挑戦的な光が宿る。
「なんだと!!俺に喧嘩を売るような真似をして、只じゃおかないぞ!!覚悟しろ!!!」
マウントを取られながら臆することなく男に宣言するスギナだが、当然骸骨顔は馬鹿にしきってゲラゲラと笑った。
コイツら、こんな所に俺達を誘きだして何をするつもりだ?
「只じゃおかないだってよぉ!なーにが出来るってんだ?孤児のガキがぁ!!」
男は勢いのまま、続けざまにスギナの顔を殴り付けだした。抵抗しようと腕を伸ばすスギナだが、圧倒的な力でねじ伏せられ良いようにいたぶられている。
男の拳に、赤い血が付いた。
「や、止めろ!!死んだらどうすんだ!!」
「ん......?お、あぶねぇあぶねぇ......」
血が見えた途端、俺は頭が真っ白になって思わず叫んだ。
骸骨顔の男は一応は手を止めたが、スギナの身体から一度退くと、ぐったりと横たわるスギナの姿を鼻で笑って足蹴にした。
スギナが小さく、くぐもったうめき声をあげる。
「まだ死んで貰っちゃ困るぜ?お前さんらはこれから売りもんになるんだからよぉ......」
「うりもん......どういう意味だよ......」
嫌な予感がする......。
男の言葉がいまいち理解出来ず、恐る恐る問いかけると、男を羽交い締めにしていたモヒカン頭がクツクツと笑って俺の頬を撫でた。
「人買いに売るのさ......あのガキはともかく、お前は相当な値で売れるぜぇ......今から金の算段立てるのが楽しみだ......」
「......は!?」
人買いに、売る!?
コイツ、元締めと交渉する為に下準備するだの適当な事言って、俺達をその商人達に売り付ける気か!?
「......騙したな......」
腹の底から声を絞り出すと、骸骨顔の男はぐるりと俺に顔を向け、にやついた表情で俺ににじり寄った。
「あぁ、騙したさ......でも仕方ねぇよなぁ......ホイホイ信じて着いてきたのお前さんらの方なんだぜ?世の中生きてくにぁ知恵を身に付けねぇとこうなるんだ。良く覚えとくんだな」
つっても、もう出遅れだけどなぁ!
骸骨顔の男は高々と言い放つと、二人はゲラゲラと笑い出し人気の無い森の中に下品な笑い声が響いた。
クソッ!怪しいとは思ってたのに、結局騙されやがって......馬鹿か俺は......!!
骸骨顔に言い返す事も出来ず、己の愚かさを悔いて押し黙っていると、唐突に骸骨顔の男は俺の顎を持ち上げ目線を合わせた。
「お前さんは一級品の上物だ......色街で男泡ふかせてる女にも引けを取らねぇ......大人しくしてりゃ悪い用にはしねぇよ」
「......俺達に手を出したら、お頭に殴り殺されるんじゃ無かったのか......?」
「へっ!あんな腑抜け野郎に付き合ってられるかよ。俺達はあの野郎に着くのはやめたのさ」
そう言った骸骨顔は長い舌を出すと、ベロンと俺の顎を嘗めた。
嘗めた。
「ひぎぃっ!!!」
き、きめーーーーー!!!!!
超キショイ!!何しやがんだこのホ〇ホネマンが!!
短い悲鳴を上げて顎にかかる男の手を振り払おうと首をヘッドバンキングよろしく振り回そうとした時だ。
「いってぇ!!」
骸骨顔の男が頭を抱えた。
後ろには、顔をパンパンに張らせたスギナが木の棒を構えていた。
「ニベウスに......触るな......」
「あぁ?」
スギナの目には、闘志が未だに消えず燃え盛っているのかギラギラと光り、骸骨顔の男をねめつけている。
「うわぁああああああっ!!!!」
木刀に見立てた木の棒を振り上げ、地面を蹴り上げたスギナは果敢に骸骨顔の男に立ち向かった。
しかし、力の差は歴然だった。
「ガキが調子にのってんじゃねぇ!!!」
あっという間にマウントを取られ、またタコ殴りに会ったスギナは男の取り出した草の縄で手足を縛られてしまった。
俺も同じように縛られてしまい、完全に動きを封じられた俺達は洞窟に放り込まれる。
「まて......勝負はまだついていないぞ!!!」
食い下がるスギナが、手足を縛られながらも身体を這って骸骨顔の男に挑もうとした。
スギナの往生際の悪さに、さすがの男も呆れる。
「オイラは暇じゃねぇんだ。これから商人呼びに行かなきゃならねぇんだよ......お前さんもこれ以上こぶ増やしたく無かったら大人しくしとけ」
商人って......人買いの事か......。
何処から呼びに行くんだ?隣町か?国外れにはそう言った商人がうようよ居るって言ってたから、そこまで行くのか......?
......もし、このまま人買いに売られてしまったら、俺達はどうなる?
予測出来ない最悪な事態に、俺の手足が冷たくなっていった。
「嫌だ!そんな簡単に諦めてやるか!!......諦めきれない心が、奇跡を生むんだぞ!!!」
またそれかよ......。
そんなぼろぼろになって何言ってんだ......!
「......んあ?」
状況を分かってないようなスギナに苛つく俺に対し、洞窟の入り口から俺達の様子を覗き込んでいた骸骨顔の男は異様な反応を示した。
まるで、聞き覚えのある台詞を聞いた。そんな反応だった。
「お前......それ"魔術剣士ダリーの冒険"の台詞じゃねぇのか?」
「............え?」
魔術剣士ダリー?
なんそれ?聞いたこと無いんだけど?
「......知ってるのか?」
「知ってるも何も、オイラはその本大好きだったんだ。教会の二段ベッドで毎日読んだぜ」
魔術剣士ダリーって本なんだ。
現代日本にも娯楽向けの本とかあるし、この世界にも子供が読むフェクション小説があるようだ。
「なるほどなぁ......お前さん、自分を魔術剣士っつったり、自棄に正義漢ぶると思ったら......ダリーに憧れてたんだな......?」
「............」
図星なのか、スギナは男を見たまま口を閉ざした。
骸骨顔の男は、湿っぽい声色でスギナを哀れむような目で見つめると、まっ黄色い歯を惜し気もなく見せて笑い声を上げた。
「ぎゃっははははははははははは!!!馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどまさかここまで馬鹿だったとはなぁ!!!あんなのに成れる訳ねーーーだろ!!ばーーーか!!!!」
「―――っ!」
腹を抱えて笑う骸骨顔の男に連れられるように、モヒカン頭も一緒になって笑い始めた。
洞窟に男達の笑い声が反響し、頭に響く。
「ダリーも孤児だもんなぁ!自分もあんな風に国を救う英雄になれるとでも思ったのかよ!!ざぁ〜ねん!!お前さんはなれねぇよ!!見たとこ魔力も持ってねぇようじゃねぇか!!
オイラも昔はダリーに憧れてた口よ!!だが現実はどうだ?世間から溢れたきたねぇはぐれもんだ!!」
スギナの晴れ上がった顔が、見たことのない悲痛な表情になった。
男は更に続ける。
「魔力のねぇ親無しなんざ国にとっちゃ穀潰しよ!!お前さんはどうせ教会を出る歳になったら軍隊に入隊させられるんだ!
良かったなぁ......優しいオイラみてーな先輩に出会えてよ......。軍隊よりずぅ〜っと苦しい仕事場用意してやらぁ!!
ぎゃっははははははははははは!!!!!!!!」
スギナは、小説の主人公成ろうとしていたのか......。
俺も、漫画の主人公の真似して必殺技決めようとした事あるけど......。でも、スギナのは真似じゃなくて、本当にそのダリーって奴に成ろうとしていたのだ。
俺のようなお遊びじゃない。
その孤児だったらしいダリーと自分を重ね合わせて、強くて(多分)優しい、英雄に成ろうとしていたんだ。
「可愛い後輩に就職先を紹介してやるよ。そんじゃ、見張り頼んだぜ」
「おうよ、任せとけ」
骸骨顔の男はモヒカン頭にそう言い残し、商人を連れに来るため何処かへ行った。
俺の横で、スギナが深く項垂れ何も喋らなくなった。




