15
スギナが描いた例の役人の似顔絵を片手に持ち、俺達は森の中を歩いていた。
前をずんずん進むスギナの背に、俺は自分でも情けない声で話し掛ける。
「おい、スギナ〜......」
森の中は湿度は低く気温も気持ちばかり涼しく感じるが、歩いていれば夏らしく汗も掻いてくる。半袖の白いシャツに黒いズボンを穿いている俺が額の汗を拭うと、スギナが数歩先から振り向いた。
「どうしたニベウス?早くしないと置いて行くぞ」
「いや、お前な......」
スギナは立ち止まって俺が追い付くのを待ってくれた。体力糞な俺は足元の悪い山道をノロノロと進み、スギナの横に立つ。
「やっぱり戻ろうぜ?リディさんに黙って出てきたら怒られるぞ?」
今朝、スギナがリディにアンジュの両親を探しに隣町まで出掛けると伝えると、彼女はあからさまに顔付きを強ばらせた。スギナと俺をアンジュから遠ざけて、アンジュの姿が無いのを確認すると。
「行くことは許しません」
小さな声でそう告げた。
「アンジュの両親を探すのは辞めなさい。スギナなりにあの子を思っての事なのでしょうが、アンジュを傷付けるだけです」
だから、もう二度とあのような事は言ってはいけません。
リディはそう言ったのだが、勿論スギナは納得しなかった。
俺はアンジュにママとパパを連れてくると約束した。約束は守らなくてはならない。
そう言い切ると、部屋に書き置きを残しスギナは教会を出た。
スギナ一人だと心配だから黙って着いてきたが、やっぱり戻るべきかと足が前に進むのを拒む。
書き置きはしてもリディの言うことを聞かずに出たのには違いは無い。絶対に叱られるし心配もかける。
「いいや!今日中に戻れば問題ない!必ずアンジュの両親を見つけるんだ」
さっきからこう言い張って譲ろうとしない。
何がこいつをこんな頑なにしてんだ?
「あのさ、俺もこないだ両親亡くしたばっかだからアンジュの気持ちも分かるし、俺もアンジュに両親が居るなら会わせてやりてーけどさ......それはアンジュだけの話しじゃないだろ?」
スギナの眉毛がピクリと動いた。
「ボーンもトニーも、親に会いたいのは一緒の筈だ。それをあの二人は我慢して黙ってるんだよ。アンジュには両親会わせてやって、あの二人には何もしないのは不公平じゃねーのか?」
スギナは顔を俯かせて一瞬口をへの字に曲げると、俺に背を向け再び歩き出した。心なしか、歩き方が荒々しく見える。
おい、キレんなよ。
「おい!スギナ!」
「だったら、ボーンとトニーの両親も探すだけだ!!」
「何意地張ってんだよ!死んでたらどうすんだ!!」
死んだ人間には二度と会えないのだ。
もし二人の両親が亡くなっていたら、スギナは相当無茶苦茶なことをしようとしている事になる。そもそも、売り言葉に買い言葉みたいに言い返したスギナは頭に血が昇ったのか、勢いに任せているだけのようだ。
追いかける俺の目の前で、スギナはピタリと歩みを止める。
「......人は死んだら生き返らない」
「......?」
何当然の事言ってんだこいつ。
「生きてるなら、何だってできる」
「............」
「死んでる人には会えなくても、生きてる人になら会える」
「......うん」
「だったら、会わせてあげたいじゃないか」
そのまま、無言でスギナは歩き出した。
俺はスギナの過去は知らないけど、もしかしたらあいつは両親と死別したのかもな。
死んだら会えない。
生きてたら会える。
あいつなりに、アンジュの為にやれることをやろうとしてるのだろう。自分は会えないけど、会える子は助けてやりたい。
そんな感じか。
分からなくは無いけど......。
「よぉ、お二人さん。こんな山道で何してんだ?」
汚いがらがら声で話しかけられたかと思うと、俺達の目の前に籠を担いだゴロツキの一人が茂みから出てきた。
ひょろ長い体に骸骨見たいな顔をした男は、へらへら笑いながら俺達に歩み寄って来る。
何だこいつ、いきなり出てきて馴れ馴れしいな。
「お前には関係ない。行くぞニベウス」
ゴロツキ達を悪党と呼んで嫌っているスギナは骸骨顔の男をスルーして横を通り抜けようとするが、男のひょろりと長い腕に捕まれその歩みを止められる。
男は気味の悪い笑みを浮かべたまま、スギナに話しかけた。
「そう邪険にすんなよ〜。揉めてたみてーじゃねぇか、話くらい聞くぜ?丁度暇してたんだ」
奴なりに警戒されないように笑顔を作ってるみたいだが、どうも胡散臭い。何でいきなり馴れ馴れしくしてくるんだ?
怪しい。
「関係ないって言ってるだろ。離せよ」
「つれねーな、オイラは親切で聞いてるんだぜ?」
敵意剥き出しで冷たく言い放つスギナに全く臆する事なく男は気味悪くも、悪意の無い笑顔でスギナの肩を叩いた。
「こないだオイラ達の頭がお前さん達のテーブル運んだの覚えてるだろ?あれから頭に、たまには人の役に立つのもいいって言われたんだ」
骸骨顔の言葉に、先日一人でテーブルを教会の食堂まで運んでくれたゴロツキのリーダーの背中を思い出した。
確かに、あの時は助かったけど。
ホントにそんな事言ったのか?
「それにな、オイラは強い奴が好きなんだ」
骸骨顔は肩を叩いていた手をそのままスギナの肩に置き、にっこりと笑いかける。
「お前さんの事さ」
「......なに?」
スギナの目が見開かれた。
どした?
「オイラは教会で毎回お前さんの相手をしてたが、いやぁ驚いた!行く度強くなってやがるんだからよ!そのうち追い付かれるんじゃねぇかってびくびくしてたのさ」
「ほぅ!そうか!」
褒められて満更でもさなそうなスギナ。
あいつ真に受けてるけど、絶対嘘だぞ。全然相手にされてなかったっつーか、そいつ退屈そうな顔で木刀弾いてたぞ、素手で。
「強い奴に借り作っとくのがオイラのようなはぐれもんの生き方なのさ......ここは一つ、助けると思ってオイラに話を聞かせてくれねぇか?剣士さんよぉ」
最後の剣士が利いたのか、スギナは鼻の穴を膨らませてにんまりと得意気な表情を浮かべると、堂々と胸を張った。
まさか。
「いいだろう!悪党は嫌いだが、お前は力の差を理解できる賢い男のようだ!!俺達の手伝いをさせてやろう!」
「おいおいおい!!」
やっぱりか!
なーに簡単に乗せられてんだこのオッペケペーは!
完璧に騙されてんぞ!!!
「そいつ絶対怪しいって!おいホネ〇ネマン!何か企んでるだろ!!正直に言え!」
「オイラはそんな変な名前じゃねぇ!!」
うるせぇ!お前の名前何か知るか!
「ニベウス......確かにこいつは怪しい......だが、奴は俺の強さを理解している。下手な真似はしない筈だ」
「いやだから、騙されてるって......」
お前めちゃ弱いから。
どれくらい弱いかって言うと、ゲームスタート地点の脇役キャラ並みに弱いから。レベル1だから。レベル上げの雑魚キャラに負けてるから。
「お前さんら、思い出してくれよ」
「あん?」
「オイラ達は頭と神官の約束を今まで守って来たんだぜ?今も、お前さんらに手出ししたら、頭に殴り殺されちまうんだ。何も悪い事はしねぇよ」
............本当かなぁ......?
こいつの言う通り、フェルムットに負けてる間は悪さはして来なかったけど......。
笑顔を絶やさない男を尚怪しそうに睨んでいると、男はやれやれと肩を落として背負っていた籠を地面に下ろした。
何だ、何をする気だ?
「こいつは知られたく無かったが......そんなに疑われちまうなら仕方がねぇ......、お前さんら、これ見てみな」
「な、何だよ」
籠の中を見せるように俺達に向ける男を警戒しつつ、距離を保ちながら恐る恐る中を確認した。
すると。
「............ナニコレ?」
変な草が入ってんだけど?
これが何なん?
「わらびだ」
「わらび!?」
草の正体を知っていたスギナの呟きに俺は思わず叫んでしまった。
田舎のおばあちゃんのうちに行けば食卓に出てくるあれ!!?まさか異世界にもあるなんて!!しかも、このゴロツキが!!!
「村の畑襲えねぇからこうして山菜取りして腹満たしてんだ......なぁ、こんな事をしてるオイラが悪巧みするようにみえるか?」
「......うーん......」
見える。
しかし、山菜で大分毒気は抜かれてまった。
こんな、子悪党みたいな外見でせっせと山菜取ってるかと思うと疑うのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
籠をもつ骸骨顔が、だんだん森に住む風変わりなおじさんに見えてきた。
「なぁ、ニベウス......話しだけでも聞いて貰っても良いと思うぞ」
「............うん」
山菜パワー恐るべし。
怪しいと思いつつも、話くらいならと俺は骸骨顔に隙を与えてしまったのだった。
とりま、結婚式からアンジュのプチ家出までの経緯をザックリ説明すると、骸骨顔は落ち窪んだ目から止めどとなく涙を流し、えずきながら腕で涙を拭った。
「泣かせる話しじゃねぇか!お前さんも親恋しいだろうに......仲間の為に親探しなんてよ!他の奴には出来ねぇぜ!!」
わ、わざとらしい!!
オーバーリアクションが更に胡散臭さを倍増させる。
ジト目で男を見る俺に対し、すっかり気を許したスギナはふふんと小鼻を擦り決め顔をしていた。
人の気も知らねーでこいつ......腹立つわ〜。
「俺はシーマ国一の魔術剣士だ、親なんぞ恋しがっては剣が鈍る」
「さすが剣士様だ!言うことが違うぜ!」
そこに痺れる憧れるぅ!
てか?
つーか、話したんだからもうどっか行ってくんねーかな。
「そこで、俺達はこれから隣町の役所に行ってアンジュを連れてきた役人を探す事にしたんだ。そいつを見つければアンジュの両親の手がかりを掴めるかも知れないからな」
「......うーん」
スギナの話しに調子よく付き合っていた男が、突然腕を組んで難しそうな顔をしだした。
何やら考え込んでいた男は、首を横に降るとスギナに真面目な顔を向ける。
「そいつは無理だな」
「何!?」
......何?
「そのアンジュって子は魔力持ち何だろ?しかも連れてきたのは役人と来た......てー事はだ、恐らくその娘は親が国に売ったにちげーねぇ」
「ア、アンジュが親に......」
なにその事情!?寝耳に水何ですがkwsk!?
「オイラは人買いや裏の人間の事情を知ってる分、表の事情も耳に入るのさ。国外れにはその日暮らしの貧困層が山ほど住んでいるが、魔力持ちのガキは売れば相当な金になる。国は魔力持ちのガキは将来の国力になるって考えてるから、飢えで死なせるくれぇならガキは教会で育てるから、国にガキを寄越した親には莫大な謝礼金を払うって触れ混んでるのよ。
そのアンジュって子も恐らくその口だ。役人が連れてきたってなると間違いねぇ......。役所に行っても相手にされねーだろうよ。何せ、国が買ったガキだ。元の親には会わせたくねぇってもんよ」
「......親が国に子供を売ったら、もう会うのは禁じられてるって事か?」
「そう言うこった。だから役所に行っても無駄なのさ」
......思ってたより重要な話しを聞いた。
絶対もともな奴じゃないって思ってたから、こんな実のある情報を得る事になるとは思ってもいなかったし。
そうか......そんな取引があったのか......。
道理でリディが俺達を止める訳だ。見つけても会わせられ無いのに探しに行かせる訳ないもんな。
「だってさスギナ。行っても無駄なら帰ろうか?」
無駄骨になるって分かってて行く必要は無いだろ。
早々に諦めた俺はスギナに帰るのを促すが、スギナは眉間に深い皺を刻んで力強く首を横に降った。まだ諦めるつもりは無いらしい。
頑固な奴だなぁ......。
国が会わすのを禁じてるのに俺達に何が出来るんだよ......。
「アンジュと約束したんだ」
約束を守るのは大事だけどさぁ......。
じゃあどうすんのよ?
「なぁ剣士様方よ、オイラに考えがあるんだが......」
「え?」
頑固なスギナに微妙な空気が流れる中、骸骨顔が小さく手を上げて何かを提案してきた。
何ぞ?
「正当方が無理なら、多少の不正を使ってみるのはどうだ?」
「不正......?」
何を言う気だこいつ......。
不正と言われて身構える俺に、骸骨顔は「そう気張るなよ」とへらへら笑うが、そんな事を言われて警戒しない奴が居るか。
こっちは平和主義の元日本人なんだよ。
「役所じゃなくて、人買いに話しを聞くんだ」
「......何で人買いに聞くんだよ」
「言ったろ?魔力持ちのガキは高く売れるってよ。それは国だけじゃねぇ......奴隷や他国に売り付ける場合にも高額な値がつく......貧困層はそう言ったのを生業をしている奴らにとっちゃ格好の餌食なのさ。大金ちらつかせてガキを親から買って、その何倍もの値でガキを売る......目星を付けて親に近付くか、黙って拐うかのどちらかだが、もしかしたら奴隷商人の中にアンジュに目をつけてた奴が居るかも知れねぇ......ソイツを見つけられば、その娘の親にたどり着ける......かもな」
骸骨顔の男の話しに、俺とスギナは食い入るように聞いていた。
不正を使うって聞いたからてっきり犯罪を犯すかと思っていたけど、そうか、不正を働いている人間の手を借りるって意味か。
うん、俺達じゃ思い付かない考えだ。
「成る程......なら、奴隷商人と話が出来れば!」
「でも、奴隷商人って言っても山ほど居るし......一体何処から探せば良いのか......」
正直、アンジュの両親を探すのと同じくらいキツイと思う。
むぅ......また面倒な話しになってきたぞ。
「其処でだ、俺にいい案がある」
骸骨顔の男に俺達は身を乗り出した。
最初の警戒心は何処へやら、俺はいつの間にかこの男に心を許していた。
「俺の知り合いに、奴隷商人の元締めみてぇなのをやってる奴がいる......ソイツに聞いてみれば、もしかしたら何か分かるかも知れねぇぞ」
「そうか!」
骸骨顔の便りになる言葉に、スギナは表情を明るくさせ男の手を固く握った。
顔をキスする五秒前の距離まで男に近づけると、興奮をあらわにして感謝の言葉を述べる。
「ありがとう!感謝する!悪党なんて言って悪かった!お前は本当にいい奴だ!!」
「わ、分かった!分かったから離れろ!!」
あまりの近さに男は首を反らしてドン引きしている。
唾飛びまくりで迷惑してんじゃねぇーか。
俺が男からスギナをべりっと剥がし、お互い落ち着いた所で話の続きをする。
「それで、その奴隷商人の元締めとやらにはどうすれば会えるんだ?」
「まぁ落ち着け......相手は闇取引のプロだ......それなりの準備をしねぇとこっちが喰われちまう」
其処でだ
骸骨顔はニヤリと君の悪い笑みを浮かべ、人差し指を立てた。
「オイラに着いてきてくれ......いい考えがある」




