12
結婚式が終わってから、俺はあることに気が付いた。
アンジュの様子がおかしい。
「......アンジュ?」
昼食をとっていた時だ。
マッシュポテトと魚のほぐした身を混ぜて焼いたグラタン擬きを食べていると、俺の横に座っているアンジュがスプーンを持ったまま一口も食べていない事に気が付いたリディが声をかけた。
伏し目がちに暗い顔をしているアンジュは、リディに話しかけられたのに気付かず反応しない。
「アンジュ?」
「......あ」
ようやく気が付いたアンジュが顔を上げるが、瞳は生気が無く、表情も人形のように抜け落ちてまるで能面だ。
「お腹、空いてないのですか?」
「............ううん」
心ここに在らずと言った体で、アンジュは呆然と自分のマッシュポテトを見つめると、しばらくして首を横に降りやっと一口食べた。
二口、三口とゆっくりと食べ進めたアンジだったが、不意にスプーンをテーブルに置いてしまう。
「......ごちそうさま......」
......おかしい......
いつもなら美味しそうに食べて、真っ先に完食してるのに......。
結婚式後から、明らかにアンジュの元気が無い。どうしてしまったんだろう。
「今朝も余り食べていませんでしたが......大丈夫なのですか?」
「うん......」
小さく頷いたアンジュは、そのままベンチから降りて食堂を出ていった。
小さい背中が、重い何かを背負っているかのように沈んでいる。
「あれから、ずっとあんな調子ですね......」
最初は結婚式が終わって寂しいのかと思っていたけど、どうやらそんな単純な理由では無さそうだ。
皆も心配して探りを入れるも、アンジュは何も話そうとはしない。
「本人が何も言わねーんじゃどうしようもねぇだろ......ま、今日の夜当たり聞いてみるか......」
フェルムットはアンジュが消えた食堂の出入口を訝しげに見詰めると、マッシュポテトを掻き込み水で流し込む。
朝食後は祈りの為に村人の家を廻りに行かなければならない。フェルムットにはゆっくり休んでいる暇は無いのだった。
スギナは何時もの勢いで「理由があるなら俺に言ってみろ!!!」と、空き地で膝を抱えて座り込むアンジュにズバァッ!!と言い放っていたが、見事にスルーされていた。
何だかんだでなついている筈のスギナや、母親代わりのリディにも話そうとしないアンジュは、何を考えいるか解らない暗い瞳で日々、何もせずに座っているだけだ。
唯一の手がかりはトニーからの情報で、ユリィと一緒に教会の外で遊んで居たとき、途中でトニーはトイレに行ったらしいのだが、戻って来るとアンジュの様子が変わっていたらしい。
単純に考えれば、トニーが居なくなったタイミングでアンジュに何かがあったとしか思えないのだが、やはり、本人が話そうとしない限り手の施しようがない。
今夜、フェルムットが上手く聞き出してくれるのを期待するしかないようだ。
朝食を終え、スギナ達は空き地で"訓練"をするためにアンジュを連れ出そうと部屋に向かったが、今日はその気も起きなかったらしく、少ししょんぼりしたスギナ達が戻って来た。
因みに俺は自分の部屋で本読んでますた。
「アンジュ......何故何も言ってくれないんだ......俺達は仲間なのに......」
珍しく塩らしい態度で呟いたスギナはそれでも俺を巻き込む事は忘れず、俺も一緒に空き地で訓練に付き合う事になった。
芸もなく、うぉおおお!とかおりゃあああ!!とか叫ぶ二人と並んで突っ立ってるだけだが、変化の無い二人に対して健気に魔術の使い方を教えようとするアンジュが居ないと、しっくり来ないと言うか、寂しさを感じてしまう。
アンジュ、早く元気になんねーかな......。
そして事件は起きた。
「アンジュが居ない!!!」
魔術訓練を終えて木刀の素振りをしていたスギナとボーンを眺めていたら、血相を変えたリディが空き地に駆け込んで来た。俺達の中にアンジュの姿が無いのを理解すると、更に顔色を真っ青にする。
「アンジュが、アンジュは何処に!?はっ!まさかニベウス様、ついにあの子を囲ったのですね!?」
「何の話しですか!?」
言うに事欠いて囲うってどういうこったこの人。
「惚けたって無駄です!アンジュに好かれてるのを良いことに、デレデレと甘やかして!!あの子が成長するのを舌舐めずりして狙っていたのでしょう!!」
「そんな訳あるかぁ!!てか落ち着いて下さいリディさん!!」
「触らないで獣!!」
「け、獣!?」
青かった顔を真っ赤にして興奮するリディの肩を掴もうとしたら、大袈裟な動作で振り払われあまつさえ獣呼ばわりされた。
俺が思っていた以上にリディの俺に対するイメージは最低値だったらしい。何故ですリディさん。初対面でおっぱいガン見したのがそんなに嫌だったんですか......。
「ねぇリディ、アンジュが居ないって、どうしたの?」
トニーの呼び掛けでリディは冷静さを取り戻したのか、頭に血が登っていた顔色は少し赤みが抜け、捲し立てた息を整えようと深呼吸をした。
「先ほど、アンジュの様子を見に部屋へ行ったのですが、アンジュが居なくなっていたのです......」
......そんだけ?
「それで俺を疑うのはちょっと酷すぎません?」
「うっ......そ、それは......申し訳ありませんでした......」
完全に頭が冷えたリディは、気まずそうに顔をひきつらせるとシュンと肩を落として頭を下げた。
うん、分かってくれたらそれでいい。
「もう気にしてませんよ。それより、部屋に居ないってだけでそんな慌てる必要は無いんじゃないですか?どこかに遊びに行ってるのかも知れませんよ?」
「いいや、それは無い」
俺の考察をキッパリ否定したのはスギナだった。
「アンジュは基本、単独行動を嫌う。常に誰かと動くのを好んでいたし、俺達に黙って出掛けるのは不自然だ」
まぁ、アンジュならリディにはいってきますの一言はちゃんと言う子だけどな......。
もし、勝手に外に出たとして、アンジュは何でそんな事をしたんだ?
「よし!アンジュを探しに行こう!」
「そうだ!探しに行こう!!」
拳を握り、意気揚々と提案したスギナにすかさずボーンも乗っかる。
「探しにって、何処を探すんだよ?」
「無論、村中だ!!」
村中って......。
東京ドーム何個分だよ。東京ドームの広さ知らねーけど。
「それでしたら、私はフェルムット神官にこの事を知らせに行って参りますので、スギナ達はアンジュを探して下さい」
「任せろ!!」
「任せろ!!」
そんな当てもなく探しても見付かるとは思えんのだが......。
でも、心配なのには変わり無い。
昼食から三時間は経っている。いつアンジュが教会を出たのか分からないが、子供の足ではそう遠くには行けない筈だ。
「念のため、教会の中も調べておいた方がいいよ。トイレに行ってたのかも」
「む?すれ違いか......あり得る」
トニーの鋭い指摘にリディがはっとした。
リディはアンジュが部屋に居ない時点でパニックになってそのまま俺達のいる空き地に来たようだから、一度冷静に教会を調べてから探しに行っても良さそうだ。
そうと決まれば早速教会の中を捜索。
しかし、やはりアンジュの姿はなく、更に新たな発見があった。
「アンジュのポシェットが無い」
廊下のフックにかけられている、アンジュの赤い肩掛けのポシェットが無くなっているのをボーンが気付き、俺達はやっぱりアンジュは外に出たのだと確信した。
「もしかしたら、今頃あのゴロツキに捕まってるかもしれません!!は、早く見つけないと!!」
またリディがテンパりだした。
日はまだ明るいから、今から探しに行けば暗くならない内に見つけられるかも知れない。
夜になっても戻って来ないってなるといよいよ危険だ。
「よし、とりあえず森側と村側に別れてアンジュを探そう。森は危ないから俺とスギナで行って、後は―――」
「待て!!!」
俺の言葉をボーンが怒りぎみに遮って来た。
何か気にさわったか?でも今は急いでるんだから我慢してくれよん。
「隊長はスギナ兄ちゃんだ!!新人が指示を出すな!!」
この緊急事態になーにアポーンな事抜かしてんだこのガキ。遊びじゃねーっつーんだよ。
「あのなぁ......」
呆れた俺がボーンにちょっと言い含めようとした時だった。
「ただいまー」
礼拝堂から、フェルムットの声が響いて来た。
フェルムットが帰ってきた。
「フェルムット神官!」
すぐさま駆け出し、子供部屋の廊下から飛び出して行くリディに続き、俺達も礼拝堂に出てフェルムットを出迎えた。
そこで俺達が目にしたのは......。
「ア、アンジュ!!」
フェルムットに抱き抱えられたアンジュだった。
疲れた表情をしたアンジュはガックシと項垂れて視線を床に落とし、俺達と目を合わせようとしなかった。
「びっくりしたぜー、ムカデのジジィん所から帰ろうとしたらアンジュが居んだからよ。つい担いで来ちまった」
「ムカデさんて、......ここから大人でも三十分はかかる道ではありませんか!?どうしてそんな所に!?」
マジかよ......三十分かかるって、じゃあアンジュはどんだけ時間かけて歩いたんだ?
「アンジュ......何故私に黙って教会を出たのですか?どれだけ私達が心配したか......!」
「............」
リディの責める口調に、アンジュは益々顔をうつ向かせた。
悪いことをしたら直ぐに謝る子なのに、最近のアンジュは本当に変だ。
「なぁアンジュ、言いたくねぇのを無理して言うこたぁねぇが......何処に行こうとしたかは教えてくれるか?」
「..................」
フェルムットに抱き抱えられたまま唇をきつく噛み締めていたアンジュは、辛抱強く待ち続けていると、小さな声で何かを言い始めた。
「............くの......」
「ん?」
全員が耳をそばだて、アンジュの声に集中した。
「本当のママとパパ、探しに行くの」




