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昔、芸能人の結婚記者会見を見ていた父さんが言っていた。
「皐月、お前も嫁さん貰う時はちゃんと式やってやれよ」
「何で?父さんやってねーじゃん」
両親は結婚式を挙げては居なかった。理由は単純に入籍した当時、まだ若くて貯蓄も少なく式を挙げる余裕が無かったからなのだが、いつか資金の目処がたったら結婚式をやろうと約束をしていた。
しかし、子育てや仕事の忙しさにかまけていたらいつの間にか五年、十年と時が過ぎ、タイミングの逃してしまった両親は俺が中学生の時点でも結婚式は挙げて居なかった。
「何もデカイホテルで盛大にやらなくてもいいんだ。ちっぽけでも新婚の頃にやってやらないのとやってやったのとじゃ全然違う」
「そうか?」
「そうだ」
液晶画面に婚約指輪をかざしてシャッターを切られる芸能人夫婦を、どこか遠い目で見詰めた親父はボソリと言った。
「嫁に、一生恨まれるからな......」
仲が良いと思っていた両親の、闇を垣間見た気がした。
闇ってのは言い過ぎか。しかし、女性にとっての一世一代の大イベントをやらせて挙げない男は甲斐性無しと見なされるのは確かなようで、思い返せば、母さんは友達の結婚式に呼ばれる度に父さんに嫌味を言っていた気がする。
〇〇ちゃん、ウエディングドレス綺麗だったわ〜。羨ましい〜。
みたいな。
ま、俺の生前の両親のいざこざはどうでもいい。
ただ、目の前の純白のドレスに身を包む女性の姿を見て、父さんの言葉をふと思い出したってだけの話し。
娘の晴れ着を完成させた母親は嬉しそうに何度も娘の姿を眺め、「やっぱり花嫁には白のドレスよね!」と、自分の事の様に喜んでいる。
新郎新婦と両親族が揃い、ボシュルー村に住む花嫁の祖母祖父もプリヒュ教会にやって来た。
両親と親族が教会のベンチに座り、花嫁の登場を待つ。
俺達は親族では無いけれど、教会の一員として右脇の通路に立ち式の進行の手伝いをする事になった。
フェルムットはいつものボサボサの髪をワックスでオールバックに整え、気だるげな雰囲気は成りを潜めて立派な神官の佇まいをしている。
祭壇に立つフェルムットと、祭壇の前で花嫁を待つ新婦。
教会の扉が開かれ、花嫁が教会に入場し結婚式は幕を挙げた。
日本の結婚式ってのがどんなかは知らないけれど、教会でやるイメージとここの結婚式は似ていた。
神官のフェルムットが二人に祝詞を唱え、新郎新婦はお互いの愛を誓う。
「親愛なるネフェリーナ様の御導きに感謝します。私、レイチェル・ブライホックは、夫、メディリット・サンフランを生涯愛し、決して裏切らない事を誓います」
「親愛なるネフェリーナ様の御導きに感謝します。私、メディリット・サンフランは、妻、レイチェル・ブライホックを生涯愛し、決して裏切らない事を誓います」
「では両者、誓いの証としてキスを」
神官に誓いを告げた二人は、お互いを向き合い。唇を重ねた。
「......わー......」
それを見たアンジュが、顔を手で隠しながら指の隙間から覗き見て感嘆の息を漏らす。
そして残りの男子の詰まらなそうな顔。
だよねー。ぶっちゃけ俺も何が感動的なのかさっぱり分からなくて退屈してるし。
花嫁の両親や家族は泣いてるけど、何故泣く?めでたい事なのに。
式が終わると今度は祝いの会食だ。
教会のテーブルを外に運び、椅子を並べて料理をテーブルに乗せる。この一連の作業は俺達の仕事である。
さすがにテーブルはフェルムットを入れても人手不足で親族の男手を借りてしまったが、他の仕事は滞りなく進める事が出来た。
村人達が届けてくれた手料理や、プリヒュ教会で作った果実酒と料理をテーブルに並べ、食事が始まる。
両親族はここで親睦を深め、互いの思い出話しをしあったり、お互いの娘息子の話題は尽きず楽しそうに話し込むでいる。
因みにその間俺達はと言うともぬけの殻になった教会の装飾を片してました。
そうです。雑用係です。
ゴロツキ達もやって来ないし、平和に結婚式は終わりそうでスギナは弱冠不服そうだ。雑用しかやらされてないせいか、さっきから詰まらなそうに溜め息を吐いている。
「こーらスギナ、手を動かせ。いつまでもたっても終わらねーぞ」
壁やベンチに飾られた花をひたすら袋に詰め込んだ。リディは此れは捨てるつもりは無いらしく、もったいないから取っておきたいらしい。
教会の通路に並べられたポム泉の石も、アンジュが木箱に一つ一つ入れていく。女の子って綺麗な石とか本当好きな。
「俺は魔術剣士だぞ!奴等からの襲撃から守る為に護衛に着かなきゃ行けないのに、こうしている間に奴等が来たらどうするんだ!?」
教会の片付けに飽きたのか、花を詰めていた袋を投げ捨てスギナは文句を垂れる。
壁に飾られた花を脚立に登って取り外していたフェルムットは、呆れた顔でスギナを見ると紙で作られた花を床に投げた。
「あのなぁ。面白くねぇのは分かるけどよ、オメーの服も木刀も飯も、あの人達の寄付金やボランティアで出して貰った御下がりから来てんだぞ?来るかもわかんねー奴等警戒するより、今の自分に出来る最大限の事をしろ」
「だから!俺達は護衛をしなきゃいけないんじゃないか!奴等が来たら式は滅茶苦茶だぞ!!」
うん、一理ある。
あんな外で楽しく飲み食いして、もしもゴロツキ達がやって来たら一発で目につく。
あれは危ない。
なら何故外にしたって?
お嫁さんの希望だからさ。
「大丈夫だって。あいつら約束は守るから手は出さねーだろ。まぁ不快な気分にはさせちまうだろうが、それはあっちも覚悟の上だ」
「でも!」
納得出来ないスギナが更に言い募ろうとした時だった。
閉めていた教会の扉が、小さな音を発てて開いた。
俺達が一斉に振り向くと、扉の隙間からアンジュと同じ年頃の幼児が顔覗かせている。
「......あ」
どっちのかは分からないけど、新婚夫婦の姪だ。
長い黒髪をツインテールにし、ピンクの可愛らしいドレスを着た幼児は俺達をジィーと見つめ、俺と目が合うとぱちくりとまばたきをする。
「こらユリィ!駄目じゃない勝手に動いちゃ!」
母親らしき女性の声が近付いて来ると、幼女の側に一人の女性が寄り添った。
親族の中には幼女以外に子供は居なかったから、食事に飽きてしまったのだろう。
ユリィと呼ばれた幼女は母親を見上げ、俺を指さした。
「ねぇママ!あそこにお姫様が居るよ!」
「ブホォッ!」
幼女のメルヘン発言にフェルムットが吹き出した。
おい、失礼だぞ。
「私、あのお姫様と遊びたい!」
「え?」
遊びたいって、普段なら別にいいけど今はちょっと......。片付け終わってないし。
「わがまま言うんじゃないの!すみません、気にしないで下さい......」
申し訳なさそうに頭を下げる母親に、俺もつい下げてしまった。これが日本人の習性......。
「だってママとおばちゃん知らないお話しばっかりしてて詰まんないんだもん!あたしここで遊びたい!!」
「こら!」
始まりました!お子様のやだやだ攻撃!!
ここで泣かさずに済めば御の字だが、お母さんどうでる!?
すると、思わぬ所から援護射撃が撃たれた。
「丁度うちにお子さんと同じ年頃の子がいますから、終わるまで遊ばせてやったらどうです?」
フェルムットだった。
フェルムットの提案に、アンジュは心なしか嬉しそうに顔を上げる。
「そんな、ご迷惑じゃ......」
「ちゃんと皆さんの目に届く場所で遊ばせれば問題ないでしょう。アンジュ、トニー、勝手に教会から離れないって約束出来るな?」
「うん!」
「で、出来るよ!」
トニーが、「え?俺は?」って顔してる。残念ながら彼は掃除要員に回されたらしい。
「一緒に遊ぼう!」
「うん!お姫様は?」
お嬢さん。お姫様じゃないのよ。何だったら、王子でもありません。
「掃除が終わったら遊んで貰えるさ」
フェルムットがフォローするけど、笑いを堪えているのがバレバレだ。
そんなにお姫様がツボッたのか。
「ありがとうございます......ユリィ、絶対ママ達の近くで遊ぶのよ?分かったわね?」
「はーい!」
三人は仲良く教会を出ていった。
あのユリィって子、何となくだけどアンジュとは趣味が合いそうだから仲良くなれそうだ。
教会の掃除を済ませ、会食も終わり新郎新婦と親族達は満足して帰って行った。
特に新婦の祖母祖父は、まさか孫娘の晴れ姿を拝める日が来るとは思って居なかったようで、涙を流して喜び孫夫婦に深く感謝をしていた。
残った果実酒は新婚夫婦にプレゼントし、二人と親族を見送ったのは、太陽が傾き空が紅色に染まった頃だった。
後に残ったのは大量の洗い物である。
大皿小皿、シルバー類にグラス。
見ただけで気が遠くなりそうだ。
「よし、やるか」
「はーい......」
大量の洗い物をキッチンの流し台に運び、それをリディがひたすら洗う。それをボーンが拭き、トニーとアンジュが片付ける。
そして一番の問題。
外に出したテーブル。出した時は親族の男性に手伝って貰ったけど、今は帰ってしまってフェルムットとスギナと俺しか居ない。
うん。
元に戻せましぇーーーん!!
「どうすんですか?フェルムット神官」
「......」
無言で煙草をくわえ、火を点けず考え出すフェルムット。
計画性無さすぎワロタwww
「フェルムなら魔術で何とか出来るだろ?」
「それが出来たら初めからやってんだよ」
仕方ねぇ......。
フェルムットは、観念したかのように呟き、顔をうつ向かせた。
まさか......。この三人で......?
「おうおうおう!何だぁこのテーブルは!パーティーでもおっ始めるのかぁ!?」
馬鹿デカイ声で、大人数で押し寄せる集団が現れた。
ゴロツキ達だ。
挙式が終わったこのタイミングに出てくるとか、どんなご都合主義展開だし。メシウマかよ。
「よぉ!良いところに来たな!」
フェルムットがしめたとばかり笑顔を浮かべてゴロツキ達に手を上げた。
その何時もと違うフェルムットの様子に、にやついていたゴロツキ達の動きが止まり、怪訝な表情をする。
「オメーら、これ運ぶの手伝え」
「あぁ!?」
ちょ、確かにこいつら力はありそうだけど、頼んで素直に聞く連中じゃないでしょ。
案の定ゴロツキ達は目を吊り上げて凄み、スギナは嫌そうな顔をした。
「こいつは悪党だぞ!悪党の手を借りる必要はない!!」
「だとよ!オイラ達がてめぇの指図受けるか!!勝手にやりやがれ!!!」
「調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!」
スギナの発言を皮切りに、ゴロツキ達はやいのやいのと野次を飛ばす。
「うるせーうるせー!たまにはオメーら人の役にたちやがれってんだ!!」
「へっ!やーなこったぁ!!おらおらぁ!えっちらおっちら運びやがれよ神官さんよぉ!!」
「こりゃ見物だぜ!毎回透かした面して頭ぶっ飛ばす男のヒィヒィした顔拝めんだからなぁ!なぁ頭......頭?」
騒ぎ立てていたゴロツキ集団の中、ずっと黙っていたゴロツキのリーダーがのっしのっしと巨体を動かし、フェルムットの前に立った。
「......何時もと髪が違うな」
「あ?あぁ......」
「何かあったのか?」
「......結婚式だよ。それがどうした」
「......ふん」
何事?
大男はフェルムットに背を向け、テーブルに歩み寄ると軽々しく持ち上げた。
え?マジ?マジで手伝ってくれんの?
はっ!?まさかそれをこっちに投げつけるつもりじゃ!?
「おい、こいつは何処に運べばいいんだ」
マジだった......。
「か、頭ぁ!?一体どうしちまったんですかぁ!!?ソイツに従うなんて―――」
「うるせぇ!!黙ってろ!!!」
「はいぃぃぃ!」
騒ぎだした手下は一喝されて縮み上がり、他の連中も口を閉じて静かになった。
「で、何処なんだ」
「おーう助かるぜ、こっちだ」
......なにこの展開。
俺やスギナ同様、ポカンと二人を見詰めて突っ立っていたゴロツキ達は、キッチンからのリディの悲鳴を何処か遠くに聞いていた。
戦い続けた二人の間に友情でも産まれたのか?そんな馬鹿な......。
その後、テーブルを元に戻したゴロツキの大男は、何時もの決闘はせずに手下を連れて森に帰って行った。




