9
吹っ飛ばされるフェルムットを想像していた俺だったが、降り下ろされた大男の拳は彼には届かなかった。
見えない壁があるかのように、フェルムットの目前で弾かれたのである。
しかし、大男は動揺を見せず立て続けに拳を連打した。拳か空を切る音が聞こえてくる程の勢いで、一瞬の隙も与えずに打ち続ける拳はすべて弾かれていた。
「ぐぉおおおおおっ!!!」
しかし、いくら鍛え上げられた肉体でも人間の身体には限度がある。
猛スピードで拳を打ち込み続けていた男の動きが、一瞬鈍った。
フェルムットはそれを見逃さなかった。
蹴りあげたフェルムットの右足が、大男の鳩尾にクリーンヒットし、男の巨体が浮き上がった。
大男は短い呻き声をあげ、数メートル吹き飛ぶと床に激突しピタリと動きを止める。
ちょっ、なに今の!サ〇ジみてぇ!!
リアル戦闘漫画の動きに興奮していると、大男が怠慢な動きで身体を起こした。
げっ!こいつまだやる気かよ......。
「............負けだ」
......え?
起き上がった大男は、あっさりと負けを認めそれ以上攻撃を仕掛けようとする気配はない。胡座を組み、後ろ首をボリボリと掻くとゆっくりと立ち上がった。
腕はだらりと下げ、身体からは力が抜けていて本当に降参した様である。
まだ余力は残ってそうなのに......。
「てめぇら!ずらかるぞ!!」
「へい!!」
......帰るんだ?
大男の掛け声に手下のゴロツキ達は従順に返事をするとぞろぞろと教会の正門から出ていった。
あいつら、何しに来たんだ?
「たく、毎回毎回、馬鹿の一つ覚えみてぇに殴って来やがって......いい加減学習しろってんだ」
フェルムットは眉間に皺を寄せ、うんざりとした表情で煙草を吸っている。
多分だけど、フェルムットは魔術を使った。
どんな系統の魔術かは分からないけれど、あのパンチを防いだのは間違いなく魔術であるのは確かだ。
「すっげぇ!やっぱりフェルムは強いな!俺に稽古を付けてくれよ!」
「ダメダメ。俺は忙しいの」
目を輝かせて仔犬のようにまとわりつくスギナを適当にあしらうと、フェルムットはそのまま教会を出ていこうとした。屋根の修理に戻るのだろう。
しかし、鋭い声がフェルムットを引き止めた。
「お待ちください!」
「あ?」
リディだ。
肩を怒らせ、皺になるのもい問わず服の裾を握った彼女はフェルムットを睨み付ける。
げ、激おこだ。
「私も我慢の限界です......!いつまであのようなゴロツキ共の相手をしているのですか!!憲兵に被害を届ければ済む話でしょう!!」
「だーからその憲兵が出てこねーからこうなってんだろ。それに、約束しちまったしよ」
「だから!その約束がおかしいのです!!何故、フェルムット神官に勝ったらボシュルーの村を好きにしていいなどと、勝手な約束をしたのですか!!!」
は?何それ?
フェルムットに勝ったら、この村を好き勝手にして良いって......。
......この人教会の神官ってだけで別に村の長とかそんなんじゃないよね?何でそんな約束勝手にしちゃってんの?
「適当に言ったらそんな話にまとまっちまったんだよなー」
等と供述しており。
つーかどういう事これ?
「なぁ、あいつら一体何者なんだよ?」
説明が欲しくてトニー先生に助けを求めると、簡単に解説をしてくれた。
奴らがやって来たのは今から三ヶ月程前。
隣町で騒ぎを起こすチンピラ達が、憲兵に追われてこのボシュルーの村にやって来たのが事の始まりだった。
町を追い出された奴らは、まずはボシュルーの村に住む人々の田畑を荒らし、金品を強奪し始めた。腹を満たし、金目のものを手当たり次第奪ったら他の町に移動しようと考えていたらしい。
そこにフェルムットが立ち塞がった。
若者のいないこの村にとって、唯一頼れる存在だったプリヒュ教会の神官。
山納屋を奪い、そこを根城にしていたゴロツキ達の宴会に乗り込んだフェルムットは、魔術を使ってゴロツキ達をバッタバッタと倒したのだった。
え?人に攻撃する魔術を使うのは禁じられてるんじゃ無かったのか、だって?
そうですその通り。
しかし、この神官の言い分はこうだった。
「バレなきゃ良いんだよ。バレなきゃ」
みも蓋もない発言。
こんな人が聖職者だなんて信じられない。
だが、村人達の奪われた品は無事回収する事が出来た。
これでゴロツキ達も追い出せればめでたしめでたしのハッピーエンドだったのだが、空気を読まないゴロツキの頭が変な意地を張った。
「俺達はここを離れる気はない。お前に指図されて出ていくなら、若い娘を拐って売り飛ばしてからにする」
と、強奪した代物を見事持ち主に返された腹いせなのか、そんな脅しめいた発言を繰り返したらしい。
魔術で無理矢理追い返してみたものの、そいつがやけにしぶとかった。
何度も何度も山納屋に戻って来ては村の畑を荒らし、教会に若い女のリディが居る事を知ると幾度と拐おうとして来た。
憲兵に被害を届けようにも、畑の被害は害獣の仕業では無いのかとまともに取り合ってくれず、リディの誘拐も未遂の為話しすら聞いて貰えなかった。
仕方なくフェルムットがゴロツキの頭と交渉し、ある約束事を取り付けて村の被害を抑えたらしい。
その約束事ってのが、
フェルムットに勝ったらボシュルー村を好きにしていい。
逆に、フェルムットに負けている間は村やその人々に被害を与えない。
と、言う条件で収まったのだった。
いや、そこは負けたら村から出ていくにしようぜフェルムットの旦那。
何居座る隙与えてんの。
適当に話してたらって、そこ適当にすんなよ。
「あれからプリヒュ教会の神位が下がり空気は淀むばかり......!これではネフェリーナ様に祈りが届きません!!」
「大丈夫だって、そんなもんネフェリーナ様にとっちゃ虫の音とかわんねーよ。一個届かなくても気付かねぇって」
「な、なんと言う屁理屈を!!あなたはそれでも神官ですか!!?」
金切り声をあげるリディに、フェルムット は耳を塞ぎながら「あーはいはい分かった」と、母ちゃんの説教から逃げる中学生みたいな行動をとった。
「俺はまた雨漏り直してねーんだっつーの!話しは後で聞くから今は勘弁してくれ!じゃあなデカパイ女!」
「はっ!?ま、待ちなさい!!」
リディの呼び止めも聞かず、フェルムットは颯爽と教会から出ていった。
見た目は大人、中身は高校生男子。
その名も、フェルムット・ティガー。
............笑えない。
「......全く!あんな男が神官になるだなんて......世も末だわ!!」
ぶつぶつも不満を垂れるリディは礼拝堂の隅にあるロッカーを開けると、水切りに似たスプレーを取りだし祭壇に中身をプシュプシュとかけ始めた。
ファブ〇ーズかな?
「よし!今日も悪党共の襲撃からプリヒュ教会を守ったぞ!皆のもの!良く働いてくれた!!」
「はっ!」
「アンジュ怖くて何もしてないよー?」
「良いんだよアンジュ。言わせて置けば」
スギナの謎発言に嬉々として返事をするボーンに対し、首を傾げて不思議がるアンジュと恐ろしく冷めきったコメントをするトニー。
トニーって、どっか大人びてる所あるよな......。基本大人しくておどおどしてるけど、俺がついゴロツキ達の説明をして貰っちゃうくらいはしっかりしてる。
それにしても、スギナが言ってたプリヒュ教会なんとか部隊ってやつ。厨二の遊びかと思っていたけど、あんな奴らが来るからスギナなりに防衛しようとしているのだろうか。
......考え過ぎか。
にしてはやっぱり遊び心が否めないんだよなぁ、こいつら。
下っぱにもまともに相手にされて無かったし。うん。めちゃくちゃ弱かった。俺が言える筋合いじゃねーけど。
あ、でも。
「さっきはありがとな」
「うん?何の事だ?」
「いや、助けようとしてくれたじゃん」
めっさ笑われてたけど、俺を庇って奮闘してくれたのには感謝してる。
割り込んで来た時、ぶっちゃけ「何してんだコイツ」とは思ったけど。
「礼は不要だ!仲間を助けるのは当然だからな!」
そう言って朗らかに笑うスギナを見た俺は、ちょっとだけ奴を見直したのである。




