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朝食を終えて食器を下げると、俺は当然のように子供達に連行された。
食堂から場所は変わって教会の裏手にある空き地。俺に対峙したスギナが偉そうに胸を張っている。
「今からニベウスに試練を受けて貰う!」
「はぁ」
「男なら俺と真剣勝負をするのが恒例だが、女ならば話は別だ」
「.......男なんだけどなぁ」
まぁ、女だから楽な試練とやらで済むならそれはそれで構わないんだけどね。
一応誤解を解こうとしてみると、スギナは何故か厨二っぽい含み笑いをし始めた。
嫌な予感がするお。
「分かっているぞニベウス......。お前はこの試練を終えたら我々の仲間になるのだ!身分を偽る必要は無い!」
......やっぱりこいつ変な勘違いしてね?
「いや、偽るも何も」
「皆まで言うな!」
右手を突き出して俺の科白を遮ると、スギナは演技懸かった口調で壮大かつ、厨二設定満載の「ニベウスの事情」を語り出した。
「ニベウスの事は昨日、フェルムから聞いて知っている。両親が大罪を犯し、その罪を身に背負ったニベウスはこの教会に助けを求めてやって来たとな」
「あー、まぁ......大体あってるけど」
「つまり!」
ズビィッ!と人差し指を俺向けるスギナ。
「貴族の両親は女であるニベウスを跡継ぎにするために男として育て、更にニベウスを王にしようと黒魔術師と手を組んだが、それに感ずいたニベウスが身を呈してそれを阻止!黒魔術師と勇敢に戦った際に魔術の呪いを受けたニベウスは、命からがらフレア教会に逃げ込み命を救われる。しかし!代わりに両親の悪行がバレ、処刑されてしまった」
更に続ける。
「呪いを身に受け、両親を死に追いやってしまった罪の意識に苛まれたニベウスは、ひっそりと田舎の教会で贖罪の生活をするに決めた.......。どうだ!合ってるだろ!!」
ふぁーーーーーーーwwwwwwww
合ってるだろ(ドヤァ)
しゃねーんだよこの厨二wwwwww
長々としゃべりやがって殆んど聞いてられなかったわwwww
すげぇ発想力だな。魔術剣士辞めて小説家になった方がいいんじゃね?
「スギナってさ、今年で十四歳?」
「何故分かった.......!?はっ!?やはり、呪いを受けた影響でニベウスに不思議な力が.......?」
「無ぇよ」
当てづっぽうに年齢言ったら本当に中二学年だった件。
異世界でも猛威を奮う病。何て罪作りな病気なのwww
「ふっ......、隠しても無駄だ。俺には全て見えている......」
見えてねーだろ。どっから出てくんだその自信。
「スギナ兄ちゃん!早くやろうよ」
無駄話に飽きた坊主がスギナの服の袖を引っ張り催促した。
だよね。訳の分からない会話されてもつまらないよね。
「むっ!そうだったな!ではニベウス。お前にはある試練を受けて貰う」
「はぁ」
なんでも良いからはよ教えてくれ。
はぁ、律儀に相手なんかしなけりゃいいのに、つい構ってしまう俺って本当ハズレくじ引くタイプだよな。
世の中器用に渡れる人間になりたい。
「辛く厳しい試練だ、心してかかれよ?試練は―――ポム泉の底に沈んでいる石を取ってくる事!!」
ジャジャーン、と、効果音の付きそうな決めポーズで試練を発表するスギナを中心に、子供達が拍手をしてスギナを囃し立てる。
仲良いな。
「ポム泉って何?」
「森の中にある泉だ!底には綺麗な石が沢山あるんだ。それを一つ拾って来るのがニベウスの試練だぞ!!」
.......。
そこってもしかして、俺がフェルムットに投下された池の事か?
.........まさか一日で二度も同じ水辺に入るハメになるとは。今日は水難の相でも出てるのかもしれない。
「......たく、しょうがねぇな........、それ持ってきたら満足すんだな?」
「無論!試練を達成したのならニベウスは立派な勇者だ!例え女であってもな!!」
だから男だっつってんだろ。
「ニベウスお兄ちゃんがんばって!」
「お、応援してます!」
「ふんっ!オレはしれんを乗り越えるまでお前を認めないからな!!」
態度が軟化しているアンジュと眼鏡童子と違い、スギナに随分なついている坊主頭は腕を組んでそっぽを向いた。
これが女の子で「べ、別にあんたの事なんか、心配してないんだから!!」って言ったらツンデレが誕生するのに。
「そんじゃあ行って来まーす」
子供達に見送られ、俺は今朝辿った山道を登る。
体重の負担が身体にのし掛かる登り坂は、足元が整備されているとは言えキツイ。息切れをして時々休憩を挟みながら、ようやく泉にたどり着く。
早朝の清々しい風景とは違い、何処か生き生きとした情景を写した泉には、昼間の強い日光を水面が反射して自ら輝いているようにも見えた。
この透き通った澄んだ水。
正に、生きてる水って奴や。
てか、池かと思ってたけど泉だったのね。......池と泉の違いって何?
知らんがな。
「......よし、やるか」
一人突っ込みをして満足した俺は服を脱いで準備に取りかかる。一瞬パンツを脱ごうか悩んだが、誰も観てないとたかをくくりパンツさえ脱いだ。
あ、これ、無人島ごっこ出来んじゃん。
やらないけど。
軽く準備体操をして泉に飛び込んだ。
乱入してきた俺に驚いた魚が右往左往するのを掻き分け、水底に向かい潜水する。
―――しかし。
「ぶはぁっ!!!」
俺は底に着かないまま、息が切れて水面に顔を上げた。
この泉、深い!!
いや、そんな大した深さではないんだけど。
水深五メートル強はありそう。だが、この深さはそれなりに技術がいるって言うか、運動神経カスのニベウスには荷が重いと言うか。
何が言いたいかと言うと、これ、結構難しい。
くっそ。たかが水泳と甘く見てたら嵌められたぜ。あの厨二、なかなかやるじゃねぇか。
早々に諦めてもいいが、変に真面目な俺はそこから何度もチャレンジした。
何度も潜り、何度も息継ぎをし、幾度か石に指先がかすったりしながら潜水を続け、ついに。
「......何やってんだ俺?」
我に帰った。
段々馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。
そう思ってしまったが最後。もう泉に潜る気など失せてしまった。
て言うか帰りたい。試練とかくそどうでもいいわ。
でもなぁ。これからあいつらと暮らすとするなら平和的な関係で居たいとは思うし、遊びでも変に敵対されるのは面倒だし。
......これ、どうしてもやらなきゃ駄目ですか?
と、俺が岸に肘をついてだれていた時だった。
―――がさがさっ!
「はっ!?」
奥の茂みで、何かが動いた。
音からして小動物ではない。
暫く息を潜めて待つが、何も現れ無かった。
......まさか、あいつら俺を見張ってるのか?
こんな所でこんなタイミングに何者かの気配を感じるとなると、俺をここに送り込んだスギナしか思い当たらない。本当に野性動物だったら濡れ衣だけどな。
しかし。万が一と言う事もある。
仮に見張られていたとして、諦めてノコノコ戻るのは年上として格好が着かない。そんなに俺が信用出来ないなら、ここはビシッと石ころ拾って見せてやる方が俺も清々する。
やってやろうじゃねぇか。今までの俺は、本気出して無かっただけ!!
そう意気込んで潜水を開始した俺は、通算十六回目にして水底の石を拾う事に成功した。
運動音痴のニベウスだが、やれば出来ると証明された瞬間でもあった。
びしょ濡れ状態で陸に上がった俺だったが、身体を拭くタオルを持ってこなかったのに気付く。遅すぎる。しかし、真っ裸で教会に戻る訳には行かない。変態のレッテルを張られるのはごめんだ。
仕方なく濡れたまま服を着る。うう、服が水分吸って肌に張り付いて気持ち悪い......。
不快感を堪えて拾った石を握り坂を下る。その最中、やっとの思いで拾い上げた石を眺めた。
爽やかなブルーの綺麗な石だ。
他の色が混ざって無くて、純粋な青一色の石は宝石の原石より遥かに綺麗だ。磨いたらそれっぽくなりそうな気がする。
もし、これが本当に価値のある石だったら......。
あの泉の底には沢山石があった。これを売り付ければ相当な金になる......。
そんなゲスい皮算用をしてたら森を抜けて子供達が待つ空き地に戻った。
空き地では、スギナと坊主頭が雄叫びを上げて両手を前に突き出している。
何してんのこの子。
「うぉおおおおおおっ!」
「おりゃあああああああああっ!!」
......何してんのこの子。(二回目)
奇行種かよ。
「あ!ニベウスお兄ちゃんお帰りなさい!」
スギナの横で二人の奇行を見学していたアンジュが俺に気付き嬉しそうな笑顔を浮かべた。
素直な幼女は可愛いな。
だからロリコンではない。
「戻ったかニベウス。随分遅かったな」
「......見てたから知ってるだろ?」
「......?......何の事だ?」
俺の問いに不思議そうな顔で首を傾げるスギナは、嘘をついている様には見えない。まぁ、こいつにそんな器用な真似が出来るとは思えないけど。
じゃあ、やっぱりあれは動物だったのか。
疑心暗鬼になりすぎたな。
「何でもない。ほら、これでいいんだろ?」
拾って来た石を差し出すと、受け取ったスギナは石をまじまじと観察して納得気に頷いた。
「うん、確かにこれはポム泉の石だ。神聖な力を感じる」
はいはい厨二。
そんなもん無いからこれ以上俺に突っ掛かってくんなよ。
「よし!ニベウスを我々の仲間として迎えよう!ボーン!トニー!アンジュ!」
スギナの呼び掛けで子供はざっと俺の前に横一列に並んだ。子供達は一応にして腕を後ろに回して何かを隠してる。
え?まだ何かあんの?
「ニベウスを我々、プリヒュ教会専属守護部隊の一員として認める証として、隊員一人一人から贈り物を授ける。ありがたく受け取れ」
いや、要りませんしそんな恥ずかしい団体にも入らないけど。
なんすか専属守護部隊って。
しかし、幼い子供の贈り物を拒絶するのは良心が痛む。
そっぽを向いてる坊主はともかく、アンジュと眼鏡童子は照れてれしながら曇りなき眼で俺を見詰めていた。
こ、断れない。
「では、トニーから順に渡して行け」
「う、うん!ニベウスお姉さん、よろしくね」
「あ、うん。ありがとう......」
お前も勘違いしたままなんかーーーい!!!
顔を赤らめる眼鏡童子はティッシュらしき紙で作った花の首飾りを俺に差し出す。
頑張って作ってくれたのは嬉しいけど、性別、間違えてるのよあなた。
「アンジュはこれ!」
花の首飾りをかけた俺に、アンジュが本物の花で作った冠を被せた。
白や黄色い花の冠には、中央に赤い大きな花が宝石のように飾られている。まだ小さいのに、随分上手だな。
「ありがとう」
「えへへ」
はにかむアンジュの横、わんぱく坊主は相変わらずムスッとした態度を崩さないまま。俺にあるものを突き出した。
「しれんを乗り越えたから、仕方なくお前を認めてやる!」
ぶっきらぼうながら、俺を受け入れようとする坊主の言葉は普通に嬉しい。
嬉しいのだが......。
その手に持っている贈り物を見てしまった俺は、坊主の言葉もろくに聞かずその物体に釘付けになっていた。
ガキ大将坊主頭の贈り物。
それは、団子のように串刺しにされた三匹の大きなカエルだった。
「ぎゃああああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
俺の甲高い悲鳴が山に木霊した。
現代日本に、帰りたい。




