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「どういう意味です」
張り詰める空気。
おっさんは難しい顔をして悩んでるだけで、なにもしない。おい、あんた見たとここの人の上司だろ。何とかしろ。
いや、さっき公爵の娘みたいな事言ってたから社会的立場はこのねーちゃんが上なのか?
「強がりは止めて素直に話して下さい。子供達を連れ去ったのが黒魔術師のトーアだと言うことは分かっています。彼女が転移魔術をこの屋敷に使っていたなら、まだその術式の魔力が残っているはず....誤魔化しても無意味です」
「あなたこそ、何を勝手に私かルキウスがその黒魔術師と示し合わせたと決めつけているのです?ニベウスが私達の子だからですか?だとしたら、あまりも愚直な判断でございますね」
お母様も負けじと言い返すけど....トーアって、確か俺が初めてここに来たときお母様と一緒にいたお婆さんだよな。
黒魔術師って....。
ハーグの授業を思い出す。
国が禁じている魔術の一つ、それが黒魔術。理由は、生け贄を必要とする魔術だから。生け贄....生け贄って....。
「そうですか、では、屋敷を捜索させて頂きますが構いませんね?勿論、ご子息の身体も調べさせて貰います」
「何を勝手な....!!」
「時間稼ぎをして警備兵が来るのを待っても無駄です。この部屋に入る時に結界を張らせてもらいました。助けは来ませんよ」
「..........」
ぐぅの根も出なくなったお母様は怒りで身体を震わせている。
間違いない。お母様は黒魔術でニベウスを生き返らせようとしたんだ。中身が俺なのは謎だけど、生け贄を使ったのは事実だ。しかも軍人にバレてる。これってタイーホ待った無しじゃね?
「マーシュマロウ夫人」
そこで今まで黙っていたおっさんが話しに入って来た。
美女二人の間に中年のおっさんが挟まれる絵面はキャバクラを連想させてしまっていけない。だめだ、重い空気になるとふざけたくなる悪い癖が....。
「自首をして頂けませんか」
「アドロット隊長....しかし....」
「......」
「貴族が黒魔術師に関わったらその時点で謀反を疑われるのはあなたもご存知でしょう。それだけでなく、魔力を持った子供を十人も犠牲にしたとなれば実刑はまぬがれません。此のままでは、マーシュマロウ家そのものが国に潰されてしまいますよ」
ちょっと待って?謀反って何の話し?
しかも、家が潰されるだと?
「あ、あの....」
一斉に視線が俺に集中する。
うひぃ、そんなに視ちゃいや。
「謀反て、何の事です?」
「ニベウス、貴方は黙ってて」
お母様のいつにない厳しい言葉。
状況のヤバさが浮き彫りになる。
「どうか、本当の事を話して下さい。自首を為されば、謀反の疑いをかけられるのは避けられるかもしれません」
「..........」
「黒魔術師と関わったのは、夫人ですか?それともルキウス様ですか?」
「............」
お母様は暫く黙りこんだ後。
「私が....一人で講じました」
その後、おっさんは一度教会に戻ると言って金髪ねーちゃんを置いて部屋を出で行った。その間、お母様は何も話さず椅子に座ってただただ無表情になっていたけれど、膝に置いた手は微かに震えていた。
毅然とした態度をとってるけど、本当は怖いんだ。
俺は懸ける言葉が見つからず、お母様の震える手を躊躇いがちに握った。
そのままお母様は戻って来たおっさんと二人の軍人に連行されてしまった。
連れていかれる間際に「お誕生日、おめでとう」って言われたけど、こんなに悲しくなるおめでとうを言われるのは初めてだった。
「お騒がせしてしまって申し訳ございませんニベウス様。御足労お掛けしますが、これからフレア教会まで私と同行して頂きます」
部屋に残った金髪ねーちゃんが白々しく頭を下げた。
「教会....なんで」
「ニベウス様は黒魔術によって蘇生されたと思われます。恐らく、体内に術式の名残が残っている筈です。今回の事件の証拠として、身体を検査させて貰いたいのです」
「....やだって言ったら」
「強制調査の許可書が降りるまでは何もしません」
「....お母様が自供したのに、証拠もいるのかよ」
「今のところ、状況証拠しかありません。確実な物的証拠も必要ですので、ご協力下さい」
此れに協力したら、きっとお母様の立場は悪くなる。行きたく無いな。
でも、ここで断っても後で強制調査ってのをされるんだろう。俺は黙って教会に付いて行った。
初めて屋敷の外に出た。空は藍色に染まっていて、あと数分経てば真っ暗になるだろう。馬車ではなく、徒歩で教会に向かうが、道中会話は無かった。街には街灯も建っていて、酒場やレストランの看板には灯りが灯っている。屋敷から眺めても立派な街だと思っていたけど、なかなか発達してるな....現代で言う都会なのかも。
大通りを避けて人気の少ない路地を進んでいく。暫くして広場に出ると、部屋から見えた教会が石の階段の先にそそりたっていた。近くで見るとやっぱりデカイ(小並感)。真っ白い石壁で出来た教会の扉の前に、女性の像が祈りのポーズをとっていた。この人がネフィリーナかな。銅像だから顔の良し悪しは分からない。何となく綺麗だ。
扉の両脇で警備をしている軍人に金髪ねーちゃんが敬礼をすると、警備していた軍人も同じように返した。そのまま扉を開けて開け中に入ると、テレビとかでよくみる金ぴかの礼拝堂が広がっていた。
数人の軍人と神父らしきお爺さんが祭壇の側で話をしている。
金髪ねーちゃんは真っ直ぐにその人達の元へ歩み寄った。
「お疲れ様です。アリス・ガルディン。只今戻りました」
「ご苦労様です。アドロット隊長からは話は聞いています。調査本部にいる魔術師は君しかいませんので、ニベウス様の身体調査は君に一任します。頼みましたよ」
「了解しました。お任せ下さい。では司祭様、個室をお借りいたしますね」
「はい、神官が部屋で準備をしております。よろしければ、彼を補佐にお使い下さい」
「心遣い痛み入ります。司祭にネフィリーナ様の加護があらんことを」
一人の軍人に案内され、金髪ねーちゃんと一緒に礼拝堂の裏にあった階段を登り、二階に上がるといくつかある部屋の一つに案内された。
そこに一人の男性が待っていたのだが、その人の顔には見覚えがあった。
「....ハーグ先生!?」
部屋にいたのは、神父さんに似た真っ白い礼服を来たハーグが立っていた。
どうして、ハーグ先生がここにいるんだ....?
「お待ちしておりましたアリス様。私も微力ながら手伝わせて頂きます」
「ありがとうございます、神官殿。後、私に敬称は不要です。今は魔術憲兵としてここにいるのですから」
「分かりました」
金髪ねーちゃんとハーグのやり取りを呆然と眺めていた俺に、ハーグは小さく会釈した。
何か....他人行儀じゃね?てか、すげぇ他人のふりされてる感があるんだけど。
「では、これから任意調査に入ります。そこの椅子にお座り下さい」
言われるがまま座る。
テーブルの上には、病院でみるフラスコとか注射器とか謎の白い粉が入ったビンとか色々置かれている。
注射器見ると惨劇の村を思い出な。
嘘だっ!!!
「では、まずこれを口に含んで下さい」
金髪ねーちゃんはフラスコに水を注ぐとビンに粉を容れてマドラーで溶かし、俺に差し出す。
透明な液体が怪しげに揺れている。
「口に含んだら、此方の容器に吐き出して下さい」
「....あの、これ何ですか?」
透明とはいえ、怪しい粉を入れられると尻込みしてしまう。しかも白いし。
「体内の魔力濃度を謀る物です。濃度が高ければ高い程暗い色になります」
リトマス試験紙みたいなの?え?違う?
....まぁ、飲み込まないで吐き出すから....大丈夫だろ
俺は液体を一口含み、渡された容器に吐き出した。
吐き出された液体は、墨汁のように真っ黒になっていた。
「な、なんじゃこりゃあ!!」
気持ち悪ぃ!!俺の唾液どうなってるんです!?だれか、だれか漂白剤をば!!
「....これは」
「酷いですね....」
二人とも深刻そうな表情で液体を眺める。
なに、やめて、もって半年ですとか医者みたいな事言わないで。
「一つお聞きします」
「....はい」
「身体に不調などはございませんか?例えば、頭が痛かったり、ダルかったりとか....」
んー....特に思い至らない....あ。
「そういや、最近寝てばかりいるような....」
昼間も急に眠気に襲われて倒れたし。
「寝ても寝たりないと?」
「んー、そうじゃなくて、寝起きは良いのに急に眠くなったりとかして」
「....成る程」
....................。
え?説明とか無し?
そのあと、身長体重計ったり、採血されたりと健康診断に似た検査を受け、時間にして30分程で全過程は終わった。




