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「お疲れ様でした。検査結果は明日にはお伝え致しますので、それまでは教会で待機して頂きます」
「え?屋敷には帰れないんですか?」
「現在、マーシュマロウ伯爵の屋敷は憲兵が家宅捜査をしていますので、教会にいらっしゃるほうがお身体に障らないかと思われます」
要は、仕事の邪魔になるからここにいろ、て事ね。
「....分かりました」
1日だけならと承諾した俺は、そのあと別の部屋に移された。
シングルベッドとテーブルに、二脚の椅子だけが置かれたこじんまりとした部屋だった。俺としては、だだっ広いニベウスの部屋よりこっちのほうが落ち着く。
金髪ねーちゃんは俺を部屋に案内するとそのまま何処かへ行ってしまった。
部屋に一人きりにされた俺は、取り敢えずベッドに座って腰を落ち着けると、気を張っていたのか、どっと疲れが出てきた。
急展開に頭が追い付かない。俺、これからどうなるんだろ。お母様は大丈夫何かな。お父様も帰ってきたら妻と息子が居なくなってるわ自宅は軍人だらけわでびびるんじゃねーかな。
お父様が軍人だらけの屋敷に呆然としてる情景を思い浮かべていると、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアを開けて入って来たのは、お盆にサンドイッチと水の入ったグラスを乗せたハーグだった。
「ハーグ先生....」
「今晩は、ニベウス様。今日はお疲れ様でしたね」
検査を受けている間、一度だけ目が合ったとき小さく笑いかけてくれた以外、一切話しかけて来なかったハーグが、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて労いの言葉をかけてくれた。
「少ないですが、食事を持ってきました。お腹が空いているかと思いまして」
確かに、言われてみれば空いてる。
色々あって気が付かなかった。
「では、私は失礼します」
「あ、待って下さい」
お盆をテーブルに置いて部屋を出ていこうとするハーグを思わず引き留めた。
彼には聞きたい事がある。
「はい?」
「あ、あの......」
いざ引き留めると、何と言って話しを続ければいいのか分からない。
何でこんな所にいる!とか、お前は何者だ!とか、とにかくハーグについて聞きたい事があるのに、実際に言った台詞は。
「その服、似合ってないっすね」
と言う、非常に失礼極まりない台詞だった。
でも、本当に似合ってない。人様のファッションをとやかく言える俺ではないが、現在の彼は普段のワイシャツと黒いパンツではなく、真っ白い祭服を来ていた。
地味な顔に変鉄のない茶髪は癖毛で跳ねていて、何処にでもいる好青年が神聖な教会で神聖な身分の服を着ている。何だかそれは、無理な、無理をしているように見えた。
「あはは、僕もそう思います」
ハーグの一人称が僕に変わった。
この瞬間、ただそれだけで、俺は彼が素に戻ったような気がした。
「あの、一人だと退屈なんで、話しをしませんか?」
「話し....そうですね。話しをしましょう」
ハーグは出ていきかけたのを引き返してテーブルの椅子に座った。
俺も向かいの席に座り、取り敢えず腹が減っていたのでハムとレタスのサンドイッチを手に取った。
一口食べる。うん、レタスシャキシャキしててうめぇ。
「お口に合いましたでしょうか」
「はい、美味しいです」
「そうですか。それは良かった」
レタスのシャキシャキを一通り堪能してから、水で喉を潤し本題に入る。
「ハーグ先生って、神父さんだったんですか?」
その問いに、ハーグは苦笑いを浮かべる。
「似たようなものですが、正式には神官です。司祭様の手伝いをしてるだけで、大した者ではありません」
そうなのか?
って、んな事はどうでもいい。俺はもっと他に聞きたい事があるんだ。
「ハーグ先生はその神官何ですよね?なら、どうして俺の家庭教師として屋敷に来たんですか?副業?」
金髪ねーちゃんに連れられた先にハーグが居たのは正直度肝を抜かれた。俺はあの時、何だか良く分からないけれど、騙された、と言う気持ちになった。
「それは、ルキウス様に頼まれたからです」
「お父様に....?」
予想外の人物が出てきた。
お父様がハーグに直接家庭教師を頼んだのか?
「....そうですね。順を追って説明しましょう。」
そうしてハーグは語り出した。
ニベウスが亡くなって、僅か二日後に起こった孤児誘拐事件の話しまで遡って。
「ニベウス様が亡くなったとルキウス様がフレア教会にお伝えにいらっしゃったのは十日ほど前の事です。早朝の事でした。司祭様と私はニベウス様のご遺体を預かろうとマーシュマロウ伯爵の屋敷へ向かいましたが、案内されたお部屋に、ニベウス様のご遺体はありませんでした」
「ご遺体が無ければ葬儀は執り行えません。しかし、貴族の嫡子が夭逝した事を王家に伝えない訳にも行かず、王都には伝達だけして警備兵総出でニベウス様の捜査を行いました。しかし、その捜査をしている間際に孤児誘拐事件が起きたのです」
「誘拐事件....?」
なんだそりゃ....。
そんな事件が起きてた何て初耳だけど。....もしかして、その誘拐された子達が生け贄にされたのか?
「はい、フレア領にある四つの教会から合わせて十人が行方を眩ませました。ここもそうです」
頭をぶん殴られるような衝撃だった。
生け贄ってワードからそうじゃないかと思っていたけど、やっぱりお母様は人を殺したんだ。
ニベウスの為に。
「ルキウス様は直ぐに王都へ事件の事を伝えました。誘拐された子供たちが魔力を有していたのもあり、優先順位はニベウス様の葬儀より誘拐事件の捜査が先になったのです。捜査が難航するなか、三日前の夜更けにルキウス様が突然教会を訪ねて来ました」
三日前....お父様に会った日か。
「憲兵も居なくなったのを見計らったのでしょうね。ルキウス様は司祭様と私にローザリー様の様子がおかしかった事とニベウス様が生き返った事を話して下さいました。そして我々も気付いたのです。此度の事件は、ローザリー様と黒魔術師が起こした物であると」
じゃあ、何でハーグは家庭教師を?
黒魔術って、禁じられた魔術なんだよな。それを使ったからああしてお母様は連行された訳で、それを知ったならハーグは黙ってる訳にはいかないんじゃ....?
「その時、ルキウス様に頼まれたのです。ローザリー様とニベウス様を助けて欲しいと」
「....どういう?」
意味だ?
助けて欲しいって....。
ポカンとしているであろう俺の顔を見て、ハーグは優しげに笑った。
「黒魔術とは、生け贄を用いる魔術です。自然のエネルギーを使う通常の魔術とは異なり、人の魂をエネルギーとします。しかし、人の命と言うのは人間が簡単に扱えるものではありません。使えば、何らかの代償を払う事になる」
等価交換ですね分かります。
術者は左足とか持ってかれてしまうんです?
「黒魔術師が他人と協力して術を使う場合、その協力関係の人間に代償を肩代わりさせるケースがほとんどです。ルキウス様はそれを懸念していました」
じゃあ、お母様は俺を復活される時に何かを持ってかれたのか?でもピンピンしてたけど。
「司祭様は酷く悩んでおられました。ルキウス様は教会に多額の寄付をして下さりますし、私が新人の頃も何かと気をかけて下さいました。しかし、それとこれとは別です。貴族が黒魔術師と結託して魔力持ちの子供を手にかけたと知った以上、黙っている訳にはいきません。しかし、ルキウス様は我々に頭を下げて乞いました。少しの間でいいから目を瞑って欲しい。私が事を済ませるまで、妻と息子を助けてくれないか、と」
「......事を済ませるって、何をするつもりだったんですか?」
「そこまでは教えては貰えませんでした。しかし、ルキウス様に頭を下げられては我々も断れません。私は家庭教師として屋敷に行く事になりました。授業以外でも、ずっと屋敷に居たんですよ?」
「え?マジですか!?」
「はい、部屋の一つをお借りしてました」
き、気付かなかった....。まさか、そんな事が。
「ニベウス様が飲んでいた薬を調合したのも私です。観たところ、魔力がかなり体内で滞っていたようですから」
「あのくそ苦いやつ!!ハーグ先生の仕業だったんですか!!!」
己れハーグめ!!
あれ飲むのどんだけ辛かったと思ってんだ!!!
「魔力を浄化する為の薬だから仕方ないですよ。でも、あまり効果はなかったですね 」
しかも効果なしかい。がっかりだ。
「ローザリー様は、外見こそお変わりはありません。ですが、黒魔術の代償を何らかの形で背負わされているのには間違いないでしょう。私はなるべくその代償を本来の魔術師に返す術式を施しましたが、どれ程かは分かりません。なにせ、呪いなどに関してはあちらが上手ですし」
「ハーグ先生、魔術師なんですか?」
「え?ええ、教会の聖職者たちは皆魔術師です」
へー....。ハーグが魔術師ねぇ。
なんかイメージしてた魔術師と大分違うな。
「私が家庭教師としてニベウス様に仕えていた経緯は以上です。何か質問はありますか?」
ハーグの何時もの授業みたいな言葉に、俺はつい吹き出した。
ハーグって、神官よりも学校の先生とか向いてそう。
他にも聞きたい事はある。
謀反とか、お母様はどうなるのかとか、でもここまで説明をされているうちに、俺はまた眠くなってしまった。うーむ、だんだん眠くなる間隔が短くなってきた気がするぞ。
「質問は特に無いんです、それより、小便したいんですけどトイレってどこですか?」
今度はハーグが吹き出した。
一階のトイレに案内され、すっきりした俺は翌日までぐっすり眠ったのであった。




