第6話 【アルセリア】野盗の夜
【王暦元年 秋/アルセリア王国】
(前回のアルセリア:レイドたちは、空き城だったバルドを血を流さずに手に入れた)
秋が深まり、麦の収穫が終わったころ。王都アルセの城に、南のリーフから早馬が駆け込んできた。
「野盗団です! 森の方から、二十……いえ、三十はいます!」
地図の上で、ノエルが素早く指を走らせた。
「リーフまでは、ここから二日。野盗が村に着くまで、あと三日もないと思います」
「リーフには、今誰がいる?」
「……誰も。先月、守備の兵をバルドへ移したばかりです」
レイドは唇を噛んだ。北の備えばかりを考えて、南を手薄にしていたのだ。守りのない城に野盗が入れば、収穫したばかりの麦も、金も、根こそぎ奪われる。
「俺が行く。セシル、ロラン、ついてきてくれ。ガウェインとノエルは王都を」
「陛下自らですか? たかが野盗ですよ」
ガウェインが眉をひそめた。レイドは首を振った。
「たかが野盗に村を焼かれたら、その村の人たちにとっては、それが戦のすべてだ」
◇
リーフの城に飛び込んだのは、二日目の夜半だった。
野盗団は、もう村の入り口まで来ていた。たいまつの火が、森の縁にずらりと並んでいる。その先頭で、ひときわ大きな影が山刀をぶらぶらと振っていた。
「ヒッヒッヒッ! いいカモが通りかかりやがったぜ!」
灰色の髪に、むっちりと太った体。野盗団の頭目、ゴズだと、村人が震える声で教えてくれた。その両脇には、フードをかぶった痩せた男と、バンダナを巻いた無口そうな男が控えている。
「正規軍だろうが何だろうが関係ねぇ! 野郎ども、骨までしゃぶり尽くせ!」
野盗たちが、わっと声を上げて駆け出した。
「セシル!」
「――はい」
城壁の上で、セシルが弓を引き絞った。白い鉢巻きが、夜風にたなびく。
放たれた矢は、先頭を走る野盗のたいまつだけを、正確に射抜いた。火が地面に落ち、乾いた草に燃え移る。野盗たちの足が、一瞬止まった。
続いて二本目、三本目。たいまつが次々と地に落ち、野盗たちの足元だけが明るく照らし出された。こちらは闇の中。向こうからは、何も見えない。
「ロラン、右から回れ! 俺は正面を行く!」
「はっ!」
門が開き、二つの騎兵隊が夜の平原へと飛び出した。
野盗たちは、頭数こそ多いものの、ろくに陣形も組んでいなかった。横からロランの騎兵に突っ込まれると、たちまち乱れ、てんでばらばらに逃げ惑い始める。
その混乱の真ん中で、ゴズだけが動かなかった。
「……へぇ。若いのが大将かい」
ゴズは山刀を構え、レイドの前に立ちはだかった。太った体に似合わない、妙に軽い足どりだ。
「一騎打ちといこうじゃねぇか。俺が勝ったら、この村の麦は全部いただくぜ」
「……俺が勝ったら?」
「そのときは、この首を好きにしな」
レイドは馬を降り、炎刃フラムを抜いた。赤い刃が、燃える草の火を映して、ゆらりと輝いた。
先に動いたのはゴズだった。重い山刀が、横薙ぎに飛んでくる。受けた瞬間、腕が痺れるほどの衝撃が走った。力では、明らかに向こうが上だ。
二合、三合。押される。レイドは後ろへ下がりながら、ガウェインに叩き込まれた言葉を思い出していた。
――力で勝てない相手には、受けるな。流せ。そして、一度だけ踏み込め。
四合目。振り下ろされた山刀を、レイドは受けずに横へ流した。勢いのあまったゴズの体が、前に泳ぐ。
「――一閃!」
赤い軌跡が、夜を裂いた。
気づいたときには、ゴズの山刀は根元から折れて地面に転がり、その喉元には炎刃フラムの切っ先が突きつけられていた。
「……勝負ありだ」
ゴズはしばらく刃を見つめ、それから、ぶはっと息を吐いて地面に尻もちをついた。
「ちぇっ。……好きにしろよ、王さま」
◇
夜が明けるころには、野盗のほとんどが森へ逃げ去っていた。捕らえたのはゴズと、彼を見捨てられなかった数人だけだ。
縄をかけられたゴズの前に、村人たちが集まっていた。その目は、怒りと怯えでぎらぎらと燃えている。
「陛下、こいつらをどうします?」
ロランが尋ねた。レイドは、ゴズの前にしゃがみ込んだ。
「どうして、野盗なんかをしている?」
「……聞くまでもねぇよ。俺たちの村は、五年前に焼かれた。どこの国の軍だったかも覚えちゃいねぇ。そっから先は、奪わなきゃ食えねぇんだ」
レイドは、何も言えなかった。それは、この大陸のどこにでもある話だった。
「……今日のことは、許されることじゃない」
立ち上がって、レイドは言った。
「だから、お前たちをこの国から追放する。二度と、アルセリアの村に近づくな」
「……甘い王さまだな。首をはねなきゃ、またどこかで同じことをするぜ」
「そうだろうな」
レイドは、燃え尽きた草原の向こう、朝日に照らされた麦畑を見た。
「だから俺は、お前たちが野盗にならずに済む国を作る。……それまでに、何年かかるかは分からないけど」
ゴズは、何かを言いかけて、やめた。そして、折れた歯を見せて少しだけ笑った。
◇
ゴズたちを国境まで送り届けたあと、レイドは村の長老に呼び止められた。
「陛下。……あの野盗どもは、森の方から来ました」
「シルフィードの森から?」
「はい。森の南の方で、何やらきな臭いことになっているそうで。森の外れの村を捨てて逃げてきた者が、ここにも何人か」
長老の視線の先に、粗末な天幕がいくつか張られていた。耳の尖った者もいれば、人間もいる。皆、疲れ切った顔で、焚き火を囲んでいた。
「エルフの国で、何があったんだ?」
「詳しくは……。ただ、南の聖都が、エルフの神さまを異端だと言い出したとか」
レイドは、森の方角を振り返った。朝靄の向こうに、大森林の黒い影が横たわっている。
「……ノエルに、調べてもらおう」
ひとつの戦が終わっても、別の場所で、また別の火がくすぶっている。父の手帳に並んでいた、短い走り書きの意味が、少しだけ分かった気がした。
◇
「……甘いですよね、陛下は」
帰り道、馬を並べながらセシルが言った。レイドは苦笑した。
「やっぱり、そう思うか」
「はい。……でも」
セシルは少しだけ、口の端を上げた。彼女が笑うのを、レイドは初めて見た気がした。
「その甘さでどこまで行けるか。……私は、見てみたいです」
◇
王都に戻ると、ガウェインが城門の前で仁王立ちしていた。
「陛下。野盗の頭を、逃がしたそうですな」
「追放しただけだ」
「同じことです」
ガウェインは、ずいと顔を寄せてきた。頬の古傷が、目の前に迫る。叱られる、とレイドは身構えた。
「……で、一閃は決まりましたか」
「え?」
「教えた通りに、流して、一度だけ踏み込めたかって聞いてるんです」
レイドは、ぽかんと口を開け、それから小さくうなずいた。ガウェインは、満足げに鼻を鳴らした。
「なら、よし。甘いのは、勝ってから言えばいい。負けて甘いのは、ただの馬鹿ですからな」
その夜、作戦室にノエルが分厚い書類の束を抱えて現れた。目の下に、うっすらと隈ができている。
「リーフで聞いた話、調べました。……思っていたより、悪いです」
ノエルは、地図の南西、湿原に浮かぶ聖都を指さした。
「ネフェル教国が、シルフィードの精霊信仰を異端と定めました。教国の議会では、聖戦を起こすべきだという声が強まっているそうです」
「聖戦……」
「教国の聖女ミリアが、近く神託を受けるという噂もあります。もしその神託が『剣を取れ』というものなら……」
ノエルは、言葉を切った。
「森は、真っ先に戦場になります。そして、森が落ちれば、次はリーフです」
レイドは、地図の上の森と、その北に接するリーフの城を見比べた。今日、焼け出された人々が身を寄せていた、あの天幕の群れが目に浮かんだ。
「北にはヴァルガ。南には、聖戦か」
誰に言うでもなくつぶやき、レイドは窓の外を見た。秋の夜空に、冷たい星がまたたいている。
冬は、もうすぐそこだった。
本作は、ブラウザで遊べるシミュレーションゲーム『Last Sovereign of Eldia ―六王戦記―』の小説版です。
ゲームでは六つの国から好きな君主を選び、武将を率いて大陸統一を目指せます。
レイドたちと一緒に戦ってみたい方は、ぜひ遊んでみてください。
▼ゲームはこちら(PLiCy/無料・ブラウザですぐ遊べます)
https://plicy.net/GamePlay/239959




