第1話 【アルセリア】空の玉座
六つの国の物語を、話ごとに視点を変えながら描いていく群像劇です。
主人公は青の国アルセリアの若き王レイド。
各話の冒頭に【時期/国名】を記しています。
その報せが王都アルセに届いたのは、麦の穂が色づきはじめた夕暮れだった。
泥にまみれた伝令は、城門をくぐるなり馬から転げ落ちた。それでも這うようにして謁見の間まで進み、絞り出すように告げた。
「グランの峠にて……アルベルト陛下、ご戦死……!」
広間に、音が消えた。
玉座の脇に控えていた青年は、しばらくのあいだ、言葉の意味が分からなかった。父は三日前、いつものように笑って城を出たのだ。「北の冬が来る前に片をつけてくる」と、彼の肩を叩いて。
レイド。十九歳。アルセリア王国のただひとりの王子である。
「……父上の、亡骸は」
「ヴァルガ帝国の手に……。皇帝グラム自ら、陛下と剣を交えたと……」
鉄血帝グラム。北の雪山の向こうに君臨する、白髭の老王。その名を聞いたとき、レイドの胸の奥で何かが軋んだ。
◇
葬儀は、亡骸のないまま執り行われた。
棺の代わりに祭壇に置かれたのは、父が若いころに使っていた一振りの剣だった。赤く澄んだ刃を持つ、炎刃フラム。アルセリア王家に代々伝わる宝剣である。
「殿下。いえ――陛下」
背後から、低くしゃがれた声がした。振り向くと、赤髪の大男が膝をついていた。重装歩兵を束ねる将、ガウェイン。先王の代から王家に仕える古参で、レイドにとっては剣の師でもあった。
「ガウェイン、俺はまだ……」
「まだも何もありゃしません。王が倒れりゃ、次の王が立つ。そうしなきゃ、この国は今夜にも食い荒らされますぜ」
ガウェインの頬には、古い刀傷が走っている。北の戦で受けたものだと、昔聞いたことがあった。その傷が、今夜はひどく深く見えた。
「陛下は……アルベルト様は、最後まで退かなかったそうです。殿の騎士たちを逃がすために、ご自分が峠に残られた」
「……父上らしいな」
レイドは祭壇の剣を手に取った。思っていたよりもずっと重かった。
◇
その夜、レイドは眠れなかった。
気づけば、父の書斎の前に立っていた。扉を開けると、かすかにインクと革の匂いがした。机の上には、読みかけの書物と、冷えきった燭台。今にも父が戻ってきて、そこに腰かけそうな気がした。
燭台に火を灯す。壁に掛けられた大陸の地図が、ぼんやりと浮かび上がった。
大陸エルディア。西の平原にアルセリア王国。北の雪山の向こうにヴァルガ帝国。南西には、エルフが暮らすシルフィードの大森林と、聖都を戴くネフェル教国。東の丘陵には鉱山の国ドルムント連邦、南東の砂漠には騎馬の民カザン部族連合。
六つの国。六人の王。そのどれもが、隣の国の城に、赤い印を書き込んでいる。
机の引き出しを開けると、一冊の手帳が出てきた。父の字だった。軍の配置や麦の収穫高に混じって、ところどころ、短い走り書きがある。
――今年もヴァルガは不作。北の峠を越えてくる難民、昨年の倍。
――捕らえた帝国兵、十五の子ども。腹が減って志願したと。
――グラムは何のために戦っている?
最後の一行だけ、何度も上からなぞった跡があった。
レイドは、しばらくその文字を見つめていた。父を討った男が、何のために戦っているか。今のレイドには、考えたくもない問いだった。
手帳を閉じかけて、手が止まった。一番最後の頁に、まだ乾ききっていないような、新しい字があった。
――レイドへ。もし俺が戻らなかったら、剣を抜く前に、相手の顔をよく見ろ。
「……ずるいですよ、父上」
声が震えた。言いたいことは山ほどあった。剣の稽古をもっとつけてほしかった。国の治め方を教えてほしかった。まだ、何ひとつ返せていない。
レイドは手帳を胸に抱いたまま、燭台の火が尽きるまで、地図の前に座り続けた。
◇
「……陛下。こんなところで眠っていたら、風邪をひきます」
肩を揺すられて、目を開けた。窓の外が白んでいる。いつの間にか、机に突っ伏して眠っていたらしい。
見上げると、白い鉢巻きをした金髪の娘が、毛布を手にして立っていた。弓兵隊のセシルだ。年はレイドとひとつしか違わないが、無口で、何を考えているのか分からないところがある。
「セシル……どうしてここに」
「見回りです。書斎に灯りがついていたので」
セシルは毛布をレイドの肩にかけると、窓辺に寄って外を見た。
「ガウェイン様が、中庭でお待ちです。朝の稽古を、と」
「今日は即位の日だぞ」
「だから、だそうです。『王になる前に、最後にもう一度だけ、弟子として打ち込んでこい』と」
レイドは、思わず笑った。いかにもガウェインの言いそうなことだった。
中庭に下りると、赤髪の大男が木剣を二本持って待っていた。レイドは黙ってその一本を受け取り、構える。
打ち合いは、四半刻ほど続いた。レイドの木剣は一度もガウェインに届かず、最後は手首を打たれて、剣を取り落とした。
「……まだまだですな」
「知ってる」
「ですが、先王の若いころよりは、筋がいい」
ガウェインは木剣を肩に担ぎ、朝日に目を細めた。
「峠で別れるとき、アルベルト様に言われたんですよ。『レイドを頼む。あいつは俺より甘い。だが、俺より遠くを見る』って」
レイドは、落とした木剣を拾う手を止めた。
「甘いのは、王としちゃ損な性分です。でもね、陛下。遠くを見る王の下でなら、俺たちは安心して近くの敵を斬れる」
ガウェインは、そう言って笑った。頬の古傷が、くしゃりと歪んだ。
◇
即位の儀は、葬儀の翌朝に行われた。
王冠は、少しだけ大きかった。城のバルコニーに立つと、広場を埋めた民がこちらを見上げていた。歓声はない。誰もが、あまりに若い王を、不安と祈りの混ざった目で見つめていた。
その中に、母親にしがみついて泣く小さな子どもがいた。父親を戦で亡くしたのだろう。腕に黒い喪章を巻いている。
レイドは、その子から目を離せなかった。
――この大陸では、毎日どこかで誰かがああして泣いている。
六つの国が互いの土地を奪い合い、奪われた者がまた奪い返す。父もその輪の中で戦い、そして死んだ。自分が剣を取れば、今度は北のどこかで、別の子どもが泣くのかもしれない。
それでも、剣を置けばこの国が奪われる。
レイドは、腰の炎刃フラムの柄を握った。
「父上、見ていてください」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
「この戦乱を終わらせ、誰も泣かずに済む国を築いてみせます」
顔を上げると、バルコニーの下でガウェインが腕を組んで立っていた。その隣には、弓を背負った金髪の娘と、フードを目深にかぶった魔導師、そして緊張で顔をこわばらせた若い騎士の姿もある。
「陛下、騎士団はいつでも出られますぜ」
ガウェインが、にやりと笑った。
「まずは目の前の敵からです!」
その声につられたように、若い騎士がぎこちなく剣を掲げた。隣の魔導師は、フードの奥で小さくうなずく。そしてセシルは、いつもの無表情のまま、まっすぐにこちらを見上げていた。朝方、書斎で毛布をかけてくれたときと同じ目だった。
レイドは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。ひとりではないのだ、と思った。
「ああ。剣は奪うためでなく、守るために振るう」
そして、広場のすべての民に届くように、声を張った。
「――アルセリア騎士団、出陣!」
一拍の間をおいて、広場から地鳴りのような歓声が上がった。
王暦元年、秋。後に「騎士王」と呼ばれる青年の、長い戦いが始まった。
本作は、ブラウザで遊べるシミュレーションゲーム『Last Sovereign of Eldia ―六王戦記―』の小説版です。
ゲームでは六つの国から好きな君主を選び、武将を率いて大陸統一を目指せます。
レイドたちと一緒に戦ってみたい方は、ぜひ遊んでみてください。
▼ゲームはこちら(PLiCy/無料・ブラウザですぐ遊べます)
https://plicy.net/GamePlay/239959




