09 知らなくて良い事もある
「馬鹿ですねぇ...。勿論、試験は受けてもらいますよ。」
ララとウィルから話を聞き、疑問に思ったルナの質問に先生は当然ですと言い切った。
「そもそも学校側で用意した(一応)課外授業です。
出席数も試験を受ける方法もきちんと対策済みですよ。」
「じゃあ、その日だけ学校に入れるって事ですか?」
「いえ、それは許しません。」
1日だけでも登校できるかもしれない、という夢はバッサリと叩き伏せられた。
「えぇ〜...じゃあ、どうやって受けるんですか?」
学校に入れない状態で試験を受けるなんて、不可能じゃないかとルナは首を傾げる。
「場所なんて何処でも良いじゃないですか。
机と椅子と私があればなんとかなります。」
「確かに...?じゃあもう場所も用意してるんですか?」
「ええ、勿論。彼のご自宅が最適でしょう、ウィル君のお家は広いので余ってる部屋の1つや2つはあるでしょうし。」
「えっ、あ、まぁ広いですけど…。」
にっこりと微笑む先生にルナは困惑する。
そりゃあ、この国の1番偉い人の家だし。
というか、城だし……。
広い、けどそんなことが可能なのだろうか...?
「でしょう?僕も悩んでたんですよ。
試験の時だけ学園に入れるか?って。
でもそれはちょっと違うかなと思いまして。
思い切ってお願いしてみたら使って良いよって快くOKがでたんですよ。」
「えっと…………誰にお願いしたんですか?」
「宰相にですよ。」
にっこりと笑う教師になんだか嫌な予感がした。
「お父様ですか……?」
「ええ、僕偏見とか嫌なので教師としては性を名乗っていないのですが、本名はエリック・ヴァイパーと申しまして、父がこの国の宰相を勤めているんですよ。」
「あぁ、あの…。」
ゴドリック・ヴァイパー、『紅の宰相』と呼ばれるこの国の最高責任者だ。ヴァイパー家は宰相として長年この国を、国王を支えてきた漢である。
そう、漢。彼は宰相として優秀な漢で、長年その手腕を大いに振るってきた。
そう、手腕を振るってきたのだ、物理的に。
力こそパワーを地で行く漢の中の漢。
宰相って裏で糸引いてたりとか、頭脳系ポジションじゃ無いの?っていう疑問すらも拳でねじ伏せた。
国に仇なすものにはその剛腕を容赦なく振るう豪傑。
彼が通った道に立っているものは誰1人いない。
流血によって染まった赤き路を征く背中を見て人々は云った、「彼は紅の宰相だ」と。
彼の姿は何度か見たが、筋肉だるまというのがよくわかる風体だった。何ならその隣にいた彼のお嫁さんの方が、糸目で線が細くて、袖の長い服着てて宰相っぽかった。2人並んでいる姿はさながらボディーガードと宰相って感じだった。
「なるほど、先生は母親似なんですねー。」
全然気づかなかったやーとルナは考えるのをやめた。
見た目は母親似だが、暴力で形をつけたがるところは父親似なんだろう。
「うふふ、お恥ずかしながら。
本当は親のコネを使うのなんてよく無いとは思うんですけれども、話が円滑に進むのならば其方の方が楽でしょう?お父様の拳と王子が卒業できない可能性をちょちょっと口添えすれば、快く王宮を貸していただけました。」
なんか、とんでもないサラブレッド生まれてる気がする。父親のパワーと、母親の頭脳を受け継いで最強のラスボスになれそうな男が生まれている気がする。
その気になれば国家転覆とか出来そう。
「やだなぁ、国家転覆とかはしませんよ
面倒そうですし。」
「さらっと心の声覗かないでください。」
あと面倒じゃ無かったらやるのかなこの人。
「これでも、この仕事気に入っているんですよ。
人を教え導く、僕が教えた仔らが大きく成長していくのを特等席で眺められる、こんなに素晴らしい仕事はありませんよ。」
「先生……!」
「それに、僕を教え導いて下さった偉大なる恩師の学園長殿をその座から引き摺り下ろし、雑用係にしてこき使ってやるという目標もありますので。」
「先生……。」
深淵を見た気がする。
現学園長が何をしたかは知らないが、とりあえず人には優しくしようと思うルナだった。
入学当初新任だった初々しいエリックの姿を思い出す。あんなにオドオドしていた先生の姿はもう何処にもなかった。
いや、というか、あれ絶対演技だったよな……。
馬鹿2人のせいで早めに被ってた猫が禿げただけだろこれ。だって、口で止めれないってわかってからの暴力までの速度すごかったもん。
……いや、考えるのはよそう。
とりあえず、救学の英雄には逆らわない。
これだけ心に留めていればいい、そう思うのだった───
「……ってことがあったんだよねぇ。」
いつものカフェにて、ルナは先生とした話をララとウィルに共有していた。
「なるほど、ゴドリック様のご子息だったのですね。」
「らしいよーただでさえおっかない先生に、権力とか地位とか上乗せしたらもう終わりだと思うんだけどねー。」
「バケモノが生まれるにはそれなりに理由があるって事だ。」
「そうね、先生が覚醒したのは元々の素養だったのよ、私達が変えたわけでは無かったって事ね。」
「君らが暴れなければ先生は猫を被り続けてくれて、私らが怖い思いをする事は無かったんだけどね〜。」
「とりあえず、試験は受けられる事がわかって良かったな。」
「ええ、そして、先生が本気で私達を学園に入れるつもりが無いという事もね。」
「私的には、夏季休暇中にかたをつけることをおすすめするよ。」
ルナは勢いよくチョコレートマキアートを飲みほす。
「試験範囲も教えたし、私はこれで!
今日は久しぶりにパパに訓練つけてもらえるから行くね〜!」
ルナの様子がいつもよりそわそわと浮ついていると思ったらそういうことだったのか。
「あら、ソル騎士団長様が。長期遠征とお聞きしてましたが、お帰りになられたので?」
「そーだよ!活性化したダンジョンの調査と整備!難航してたらしいけど終わったらしくて。2ヶ月ぶりに帰ってきたの。」
「そりゃ、良かったな。
最近、ダンジョン周りの異変が多くて騎士団には迷惑をかけるよ。」
ここ最近、ダンジョンでは魔力濃度が安定しない事案が発生していた。薄くなったり濃くなったりと波のように変動していて一定にならない。
それによる周辺地域への被害や、魔物の暴走などを確認、鎮圧するために騎士団が派遣されている。
そのため普段地方へはあまり赴かない銀翼でさえもあっちこっちに遠征するハメになっているのだ。
「仕方ないよ、それが仕事だし。
それに、学園卒業したら騎士団に入るつもりだもん。そしたらいつでもパパにあえるからね!」
父親譲りの黄金の瞳をきらきらと輝かせ、
じゃあねー!と楽しみで待ちきれないという気持ちを隠しもせずに、同じく父親譲りの銀の髪を揺らしながら、駆けるように去っていくルナの背中が見えなくなった頃、2人は顔を見合わせた。
「……アレどうなんですの。」
「……騎士団長は反対してるらしいけどな。」
そうルナの父親の名は、ソル・イーグレット。
あのネル団長の推しである、王国騎士団『銀翼』の騎士団長である。
冷酷無比、無表情で敵を切り伏せ、かつての仲間であろうと謀反を起こせば躊躇わず粛清する、氷の騎士などと呼ばれていたアフロディ王国最強の天才騎士だ。
......まぁ、それは彼が家庭を持つ前の話なのだが。
「ソル団長は、とんでもない親バカなんですのよね。」
ソルは超がつくほど娘を溺愛していた。
そんな彼は当然、娘の騎士団入団を賛成するわけもなく。
「己が身を守るために強くなるのは良い、パパも賛成だ。でも騎士団はダメだ、危険すぎる。」
という事で、門前払いを食らっているらしい。
ルナ自身は義務教育を終えたならすぐにでも騎士団へと入団したかったようだが、父親の反対によって強制的に学園へと入学させられたらしい。
「体力測定とか学年1位飛び越えて、歴代最高記録をダブルスコア付けて塗り替えたほどの才能の持ち主なんだけどな。」
「そりゃあ、稀代の大天才、ソル・イーグレットが直々に修行付けて技も何もかも伝授しているのよ?
それに勝てる人なんてネル団長くらいじゃないの?」
「うーん、どうだろうな。
あの人イーグレット家にはとことん弱いから…。」
「あぁ、家族ぐるみで推してるのね…。」
「箱推しってやつだな。」
そう言って2人はため息をつく。
「しかし、そこまで育てといて騎士団に入るなというのも酷なものですわ。」
「騎士団のエースになるための英才教育をして何言ってんだって話だわな。」
娘を心配する親心というのもわからなくはないが、父親の背中を見て、その父に育てられてきたのだ。憧れない方が難しいし、なによりそれを実現させる実力もある。
その上で夢を諦めろというのは、あまりにも残酷ではないだろうか。
「ソル団長的には、ケーキ屋さんとか、カフェとかやって欲しいらしいわよ。銀翼支店を作って騎士団員連れて毎日通うんだとか言ってたわ。」
「びっくりするくらいの職権濫用だし、あいつそんな乙女チックな奴かよ……。狩猟大会で、ブラックドラゴン仕留めて大優勝した奴だぞ。」
狩猟大会とは、年に一度、秋に行われる王立学園の祭事だ。
その名の通りで、学園が管理するダンジョン化している森を使った大規模な狩猟大会だ。
部活動で活躍した者や、実技試験での成績上位者が選抜され3日間の狩猟を行う。
勿論、ララ、ウィルも選抜枠を貰い参加はしていたのだが、ルナが圧倒的だった。
「300年ぶりの記録更新でしたっけ?
あれは凄かったですわね、ドラゴンなんて初めて見ましたわ。」
「返り血で真っ赤になりながらドラゴンの首をかがげた娘を見てる癖に、うちの子はペンより重いものは持てないって本気で言い張ってるから恐ろしいよな。」
「親になると盲目になるものなのかしらね?」
そんな疑問を胸に思うことは一つ。
「「この国大丈夫かな…………」」
宰相は血濡れているし、騎士団長は目と頭がやられている。もう1人の騎士団長もストーカーだ!
国政に携わる人間がこんなのばっかで良いんだろうか……?
いや、考えないようにしよう、優秀な馬鹿というのは往々にして存在する。
自分たちを棚に上げてそう思う2人だった。
何はともあれ、今日も平和だ。




