血塗れの島 第一節
<ヌズ>列島、<紅玉星>において、独自文化圏を成立された土地でありながら、唯一大陸ではない地域である。しかし、その自然の豊かさは<アーヴェ>大陸に匹敵し、雨季乾季のような季節の移り変わりは、他の多くの<紅玉>同様、存在しない一方で、年中温暖湿潤な過ごしやすい地域である。
ただし自然の豊かさは魔力の溜まりやすさでもある。ただでさえ陸地の狭い<ヌズ>列島では、文明崩壊以来の約五千年の歴史において、常に魔獣災害に悩まされてきた。そのため世界政府台頭以前は、他の地域以上に魔獣災害の知識と対策に長じた国家も多かった。世界政府台頭以降も、これらの国家の政治家や長官をこうした魔獣対策の顧問として招聘している。
そんな高度な魔獣が生まれやすい環境を持つ<ヌズ>に出現した魔人、しかも二体が共に行動している、ともあれば、一筋縄ではいかないだろう、というのがリャージャの考えだった。そしてそれはサネトも同意したたが、彼はどこか別の問題に意識が向いていたようだった。しかしリャージャは結局そのことを問い詰めることができないでいた。
サネトとリャージャは、お互いに気まずい感情を抱きながら、ネーパットの表の工房で、装備の更新案を練っていた。ネーパットはあれから、裏の工房に詰めがちになり、殆ど表の工房に顔を出すことはなかったため、装備の改良については、人工知能のヨベクに尋ねるしかなかった。
「はい、その水準であれば、ネーパット様の課した制限に収まるかと思います」
二人は、ヨベクから提示された、義手と大砲の複数の改良案から、数点を選んだ。サネトの主な希望は軽量化、魔力伝達効率の高速化など、使い勝手を向上させるためのものを中心に、リャージャについては更に質の高い固形魔力で構成された部品への換装など出力重視の改良となった。またリャージャについては、大砲形態ではなく、鉄甲形態に主眼が置いた強化を行っていた。リャージャに曰く、魔人との戦いでは、大雑把な大砲の火力よりも近接戦闘における攻撃力を重視したほうが良さそうだという考えに基づくものだった。
サネトもその点には同意しており、彼もまた義手の強度を上げることについても関心を寄せていた。リャージャさえも一撃で致命傷に追いやる魔人の攻撃力は、サネトには耐えがたい。そこで義手を盾のように使えないか、という要望もあったが、軽量化しつつ強度を上げるには、今回の制限下ではまだ厳しいとヨベクに返されたため、今回は泣く泣く取り回しの向上だけで済ませた。
「仕方ないか。つっても、次の魔人はどっちも腕力自慢らしいから、付け焼刃の盾はむしろ命とりかもな」
サネトは、そう言いながら、改良に出す義手を外し、それをヨベクの前の作業台、リャージャの大砲の隣に置いた。
「じゃ、これよろしくな」
「はい。三時間ほどしたら、またお戻りください」
「そうか。じゃあ<ヌズ>行きの準備でもするかね」
サネトは隻腕の状態で、そのまま踵を返したが、そこをヨベクは「サネト様」と一声かけて呼び止めた。
「代わりと言ってはなんですが、改良の間は、こちらをお使いください。戦闘用ではないですが、今の接合部と規格を合わせているので、簡単に付け外しができます。日常生活用にどうぞ」
そう言ってヨベクは、サネトに、先程渡した義手とは、また違う義手を取り出した。それは固形魔力で形成されたものではなく、軽量かつ頑丈な合成素材で作られていた。ヨベクの言う通り戦闘に使うには頼りないが、日常に使うには十分なものに見えた。また見た目が色だけでなく質感も含めサネトの肌の色に合わせたものになっており、一見すれば義手とはわからないようになっていた。
「ただでもらっていいのか?」
「構いません。端材のようなものなので」
サネトはその義手を受け取り、右腕にはめる。すると、神経を繋いだ時特有の痺れを感じた後、特に違和感もなく、思う通りに指が動き始める。
(どこが端材だよ。これ売っぱらうだけでも、一山稼げるぞ)
サネトは、一時の代用品として渡されるには明らかに高性能すぎる義手を見つめながら、心の中でそう呟いた。
「ありがとな。じゃ、またあとで」
サネトとリャージャは、ネーパットの表の工房から去り、滞在している宿に戻って、魔人討伐のための作戦会議を始めた。
「『硬骨なるもの』、鎧を思わせる頑丈な外骨格と、超人的膂力が特徴。『力強きもの』、飛翔翼による機動力と、鋭いかぎ爪、そして超人的膂力が特徴……。じゃあ、どっちも『力強きもの』じゃねえか。ネーパットめ、もうネタ切れか?」
「まぁ、力が強い、ってのは、もう今までの魔人から言っても、特徴とは言い難いよね。それでもネーパットが『力強きもの』って名付けるくらいだから、ひょっとすると本当にとんでもない力の持ち主なのかもしれないけどさ」
ネーパットから渡された魔人の数少ない情報を見てはいたが、二人は二体の魔人をどう同時に対処するかを考えあぐねていた。どちらもこれといった弱みはなく、単純な性能だけに、正攻法でも強ければ、奇襲もさほど意味が無さそうに見えた。
「まぁ、潰しやすそうなのは、『力強きもの』の方だよな。頑丈さが『偉大なるもの』以下なのは確実なんだろうし、それこそ『疾走するもの』くらいなら、俺でも致命傷を与えられる可能性が高いからな」
「けど空飛べるって言ってるし、奇襲は無理じゃない?」
「……羽休め、とかしないかね?」
「鳥じゃあるまいし、しないでしょ」
だよなぁ、と嘆息をつきながら、サネトは体を反り、天を見上げた。その姿を見て、リャージャはまた、サネトと<ヌズ>列島の関係について、気になり始めた。中々その話題にならないじれったさが、胸中に渦巻き、その不快感はいつの間にかリャージャのサネトへの思慮を、ある種の苛立ちに変えてしまっていた。
「ねぇ、サネト、<ヌズ>で何あったの?」
もはや他者への心配りに欠けた者と思われても構わないという腹積もりで、リャージャはサネトに直球でそう問いかけた。彼は、その問いに対して、気まずそうに額をさすり始めた。
「うーん、そうだなぁ。話しても、良いかねぇ?」
サネトは、特に強い拒否反応を見せることはなかったが、答えるかは言い淀んでいた。その反応はリャージャにとっては少し意外なものだった。
「なんだ、もっと怒られるかと思ったのに」
「人に話したいようなものではないな……。まあリャージャなら、良いか」
そう言って、サネトは寝台に腰かけるリャージャの隣に座った。
「<ヌズ>っていえば、<ヤイヴィヴィム>の一件、記憶に新しいよな」
サネトの話は、直接的な答えにはなっていなかったが、その言葉にはリャージャも聞き覚えがあった。
「魔獣災害、と関係があるの?」
「そうだな、俺の前職は、前にも言ったか?所謂防衛隊員だったんだ。魔獣対策のために世界政府に雇われて、都市や村を魔人から守っていたわけだが、それも随分長かったな。子どものころに一家郎党、魔獣に殺されてからずっと防衛隊だからな」
「え」
リャージャは、以前、サネトから防衛隊に入っていたことは聞いていたが、しかし、そのきっかけが家族を殺されたことだというのは初耳だった。
「あれ、これ言ってなかったっけ」
サネトは、リャージャのそんな反応を見て、とぼけたような表情を見せる。
「まぁ、それと<ヌズ>の因縁は、また別の話だからな。ただ家族を殺された、というので、魔獣への怒りを募らせていた、っていうのと、まだ子どもながら魔力だけは立派にあったこともあって、防衛隊というのは順当な就職先だったな。その時は狩人連合もまだ発足してなかったし」
「あれ、でも<ヤイヴィヴィム>の災害って、狩人連合はもう始まってなかったっけ?」
「そうよ。けど人間、長く居ついた組織って離れがたいものだろ?」
そう答えるサネトだったが、リャージャは、何となく今の言葉が本心から出た答えではないように思えた。
「サネト、ひょっとして、恋人でもいた?」
「うーんやっぱりバレたか」
リャージャがそう吹っ掛けてみると、思った通りの答えが返ってくる。
「そりゃね。アンタ、<エフゼクト>出身なのに、わざわざ<ヌズ>で防衛隊してるなんておかしいし。恋人が<ヌズ>出身だったの?」
「いや、そうじゃないぞ。恋人も俺も<エフゼクト>出身だし、ずっと<エフゼクト>で防衛隊してたよ。ただ狩人連合発足した後、防衛隊の仕事も減ってな。ただ反対に派遣業務が増えたんだよ。最初こそ同大陸内の都市だったが、日を追うごとに別の大陸に行かされたりしてな。で、俺たちが最後に派遣されたのが、<ヌズ>列島、臨海都市<ヤイヴィヴィム>だったわけだ」
八年前、サネトが初めて<ヌズ>列島を訪れた時は、地面を叩きつけるような激しい雨が降りしきる日だった。<ヌズ>にしては珍しくも無い天候ではあるが、肺を焼くような、砂漠の渇いた空気に慣れたサネトにとっては、その甕をひっくり返したかのような大雨は、天変地異にも似たものだった。
「何驚いてんだ?これくらい、この街だと普通だぞ?」
サネトの隣には、厚い生地で作られた紺色の外套を着た、サネトに負けず劣らずの長身の男。その目は細く開いていたが、眼光は鋭く、灰色の短い髪も含め、まるで銀狼のような風貌だった。
「ナーレ、そうは言ってもなぁ。というか、これだけ水まみれのくせに、<タヤサー>砂漠よりも暑いんだけど」
痩身の銀髪、青さすら感じる色白の肌、そして海のような蒼い瞳を持つナーレ。
筋肉質の金髪、日に焼けた黄金の肌、そして獅子のような赤い瞳のサネト。
どちらも周りの視線が集まるほどの、長身の美男だったが、二人は対照的な容姿だった。それも相まって、二人が並んで立つと、まるで神話に謳われる「業風の主人」と「太陽の王」のようにも見えた。
「まぁ、良いや。ほら、さっさと宿屋に行こうぜ」
「残念だったな、先にここの防衛隊に挨拶だ」
「えーーー」
サネトが頬を膨らませながら、ナーレに引っ張られるように、<ヤイヴィヴィム>の防衛隊の駐屯地まで向かうことになった。
歩いてもすぐに到着する距離だったが、豪雨暴風の中での移動は、思った以上に足を取られたことや、慣れぬ土地での移動ということもあり、二人は駐屯地まで数分ほどかけ、やっとのことで到着した。
雨に濡れた二人を、駐屯地の防衛隊は歓迎した。一旦彼らに体を拭くための布巾を渡した後、防衛隊の隊員は、そのまま二人を、着替え用の小部屋にまで連れて行った。
「これが、ここの隊服か。まぁ結構色んな場所を駆け回ったが、どこも案外似たようなもんだな」
サネトは、支給された隊服を広げながら、そう呟いた。しかしその隣のナーレはそそくさと服を着替えており、あとは長い外套を羽織るだけだった。
「サネト、さっさと着替えな。俺たちはいつ任務に行くかわからないんだ」
「まぁそうは言うけどよ、俺たちがこうやってたらい回しにされてるのは、狩人が魔獣を狩りつくして、仕事が無くなったからじゃねえか。ここもそう事情は変わらねえって」
「何度も言ってるだろ、そういう油断が命とりだぞ」
ナーレの神経質な点は、用心深いサネトにとっても、やや心配しすぎだと感じることも多かったが、今回に関しては、ナーレに一理あると、彼も思った。ここは初めてくる不慣れな場所、注意深くしても、気を引き締めすぎということはないだろうと、彼も判断し、その忠言を素直に受け取った。
二人が着替え終わった後、隊員の控室に向かう。訓練場も兼ねているのか、訓練用の道具や、模擬試合用の装備などが、いくつか目に入った。しかしどこか古ぼけた設備が多く、ここ最近は整備などが行われていないどころか、利用者自体も殆どいないように見えた。
実際、この防衛隊の駐屯地では、未だ二人は案内係以外の隊員の顔を見ていなかったため、ここの内情も何となく察していた。
「すみませんね。うちもすっかり隊員たちが辞めてしまった。皆今頃狩人になっているでしょうなぁ」
二人が派遣される場所、全てにおいて共通の話題は二つ。魔獣は出なくなった、従って仕事は殆どなく、駐屯所で待機する毎日だということ。そしてもう一つは、防衛隊員が辞職し、狩人に転じたために、隊員数が激減したということ。魔獣が出なくなったので、人手の現象はさほど問題にならないことも多いが、いざ魔獣災害が起きれば、狩人制度があれど、都市防衛の要である防衛隊不在では、致命的被害が出かねない。だからこうして、人手不足にあえぐ防衛隊には、有事を想定して、他の少しでも人数に余裕のある防衛隊から派遣されることが多かった。
サネトやナーレは、まだ年齢こそ若いが、その隊員暦は長く、特にこうした熟練者は、人数が少なくとも仕事ができるという評価から、派遣されることが多かった。当然公務員であるので、断ることはできないが、給与は狩人と比べれば、当然低い。こうした事情を加味すると、狩人に転職する防衛隊員が増えるのも仕方のないことである。
「それに、この街、魔獣災害は発生するんですよねぇ。それも結構頻繁に」
「ええ聞き及んでおります。ですが、この街の装備はかなり素晴らしいものとも聞きました。特に狩人の世話にならず、乙級魔獣災害を単独で解決したとか」
しかしこの街、<ヤイヴィヴィム>は少し事情が異なった。人手不足は確かだが、魔獣災害自体はまだまだ数多く発生しているのだ。
「とはいえ、その装備を使うものがいなくなれば、それも叶わないというものです。そうだ、先に街の紹介をしましょう。ここの装備とかを見てもらいながらの方が、この街の防衛隊の現状もわかりやすくなるでしょう」
そう言って、案内係に促されるまま、サネトとナーレは、駐屯所の外に出た。まだ雨こそ降っていたが、その勢いはかなり収まっていた。視界を遮るような水の壁がなくなったことで、サネトとナーレは、先程は見ることが敵わなかった、この街の本当の姿を見ることができた。
「すごい。これが、噂の魔獣の壁ですか」
サネトとナーレは上を見上げていた。その視線の先には、天を切り分けるかのような巨大な鉄壁。その鉄壁は、円形状のこの街をぐるりと全方位取り囲み、更に、街の中央の方を見やると、そこにも、中枢部を取り囲むように第二の円形の壁が屹立していた。
「いやはや立派なものだ。では、あの望楼の上にあるのが、魔工宗匠に作ってもらったとかいう火砲か」
城壁には、等間隔で、小高い監視塔が立っており、その上には、下からでも十分見えるほどの巨大な大砲が備えられていた。
「はい。この防壁と火砲。これだけあれば、理論上は乙級魔獣災害までは、第一層の工業区生産区に被害を及ぼすことは決してない」
「で、真ん中のもう一つの城壁に取り囲まれているのが第二層、ってことですよね?」
「はい。昔は第一層が平民、第二層には貴族が暮らす、という形でしたが、<ヤイヴィヴィム>が世界政府の庇護下に置かれた後は、身分制度が無くなって、第一層は工業区と生産区、第二層が誰でも暮らせる生活区と商業区、という区分けになったんです。しかもその際に、魔工宗匠の方から第一、第二防壁共に頑強に改修、増築してもらったうえ、あの火砲三十六門を頂いたわけです。甲級魔獣災害に発展したとしても、第一層の被害は軽微、そして第二層に至ってはほぼ確実に被害は出ない、という設計になっています。なってはいますが」
案内係は、ため息をついて、一つの望楼を、憂いを満ちた目線で見つめる。
「肝心の砲手が足りてないんですな」
「足りてないというより、周囲の巡回や、駐屯所で通信係に人を割くと、どうしても全ての砲塔に隊員を配置することができないんです。お二人には、ちょうど空いた、火砲に控えてもらおうかと思っていまして」
サネトはその言葉を聞いて思案するナーレの方を見る。二人は対等な関係ではあるが、サネトは、こうした決断の際には、まずは慎重で論理的なナーレの言葉を待つことにしている。
「えっと、多分我ら二人は、巡回に回った方がよいかと。魔獣と対面したときの戦いも慣れてますし、それに、あの手の機械は経験者が動かした方が、いざという時に頼りになる。今巡回に回している者を戻して、我々を……」
ナーレがそう言いかけた時だった。突然街中で、けたたましい警告音のような、よく響き渡る音が鳴り始めた。その警告音が数回鳴った後、今度は拡声器越しに人の声が聞こえてくる。
『<ヤイヴィヴィム>市民の皆様、<ヤイヴィヴィム>南西部、防風林にて、魔獣が発生しました。<ヤイヴィヴィム>南西部、防風林にて、魔獣が発生しました。規模は、丙級災害と推定されます。防壁外に出ている方は、防壁内に急ぎ避難、また、工業区、生産区の労働者は、急ぎ、作業を中断の上、生活区へ避難をおねがいします。繰り返します……』
その拡声器は、その後も一言も変えることなく、同じ内容を、同じ浴用で繰り返し言い続けた。
「魔獣が出現、俺たちはどうする?」
サネトが案内係に指示をあおぐ。しかしナーレは、周囲の様子をつぶさに観察していた。
「お、おいナーレ、どうしたんだ?」
ナーレの様子に気づいたサネトが、彼に話しかける。
「いや、ここは工業区、ですよね?」
「ええ、厳密には、工業区と生産区の中心ですが」
「では、どうして、『生活区に避難』という指示があったのにもかかわらず、誰も作業を中断しないのですか?」
それを言われて、サネトもはっとした。警報があった際には、周囲の人間たちは一瞬身体を強張らせ、その放送内容に集中していたようだったが、今は、彼らはもはや警報など聞いていなかったように、いつも通りの仕事に戻っていた。
「乙級魔獣災害を狩人の力を借りず、しかも死人も出さず追い払ってしまった、という成績のおかげといいますか。他の都市では、丙級でも大騒ぎだと聞きますが、この都市で魔獣災害はもう日常の一部、さほどの事で慌てることはないのですよ」
「慌てないことは良いことだと思うが、これはそれとはまた、別の問題のような気がするがなァ」
サネトの言葉に対して、案内係の隊員は、何のことを言っているのかわからないかのように、きょとんとした顔を見せる。
「まぁ一旦構わないさ。それで、今発生している魔獣たちは、どう対応するんですか?」
「えっと、そうだ、折角だし、砲台に登りますか?」
二人は案内係に連れられ、砲台のある壁の上に登った。下から見れば、天を突くような巨大な壁だったが、壁沿いに取り付けられた昇降機は、あっという間にその頂点まで、三人を運んでいった。
昇降機を降りると、すぐ目の前に、望楼の上の大砲が現れた。すぐ傍で見ると、その大砲砲の常識外れの大きさに、二人は呆気にとられた。砲門が上を向いていることもあり、もはや大砲というよりは、塔のような見た目だった。
「さてこちらへ」
案内係は、大砲の前までサネトたちを連れていく。大砲の砲尾には、原始的な大砲には似つかわしくない、精密な機械装置が取り付けられていた。その装置の中央には、液晶画面があり、その画面に表示されている内容から、初めて見る二人にも、これが操作盤なのだろうことは伺えた。
「魔獣の発生場所は、こちら、ですね」
液晶を操作すると、その画面には、突然街の外側、防風林の傍の草原の映像が映った。その映像には、十何頭かの魔獣が群れをなし、獲物を探して歩きまわっていた。
「これ、今の映像、だよな」
「はい、大砲自体は死角が無いように全方位に備えられていますが、どの大砲も、三十六方位のうち、十二方位を網羅することができます。なので、どんな方角からの襲撃に対しても、十二門の大砲で迎え撃つことができます。ですが、この程度の魔獣の群れなら、基本的には、最も近い大砲だけから砲撃します。ちょうど我々の隣、北西四番が今回は担当です」
そう言われて、サネトたちはその指定の砲門の方に顔を向ける。隣と言えど、町をぐるりと取り囲む壁を、たった三十六で区分する以上、その間隔は決して近くはない。
遠目でその大砲を見ていると、突如大砲は、サネトたちの今立っている大砲と同じように、斜め上を向いた状態で、その口から煙をあげた。その射角ではとてもではないが、魔獣に到達することはない。放物線を描いても、その軌道は海にまで達してもおかしくはない。
だが大砲から放たれた砲弾は、自然法則に逆らって、軌道上で急停止した。その急停止場所は、まさに魔獣たちが徘徊する場所の上空である。
その青い砲弾の光は、空中で暫く滞在した後、そのまま魔獣の群れへと降りかかる。彗星のように尾を引きながら、その光は魔獣を叩き潰した。しかし火砲のように爆炎を生むこともなく、ただ魔獣は、目に見えない巨人の脚に踏みつぶされたように、跡形もなく消え去ったのだ。地面は僅かに凹んでいるが、焦げた痕もない。
「あれ、重力砲ってやつか」
「その通りです。重力を指定した座標に叩きつける、それがこの兵器の能力の一つです。あれくらいの弱い魔獣の群れならば、この程度で終わります。一応、あの警報と同時に、本部の方から狩人連合に連絡を入れたりするんですが、この調子なので、狩人も滅多に駆け付けたりはしないですね。まぁ駆け付ける前に終わっているんですが」
サネトとナーレは、このやりとりで、この街の抱える問題の大きさを察した。確かに一度も魔獣の侵攻を許したことが無いのだろう。その堅牢な城壁、万全の兵器、そしてそれすらも超えられた場合を想定した、更なる対策。間違いなくこの星で最高の防備、この街の人々の油断は、この街の技術の高さと万全さへの信頼、いやある種の誇り、矜持でもあるのだろう。それを外から見た人間が「もう少し剣呑とせよ」と忠言をするのは、不躾だと思って、サネトもナーレもその不安を、それ以上口にすることはなかった。




