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血塗れの島 第二節

 サネトはナーレと共に、駐屯所近くの集合住宅で宿泊することになった。宿を手配することもできると言われたが、今まで辞めていった防衛隊が元々使っていた寮があるのではないか、と二人が問うと、案内係は、確かにある、と答えた。そしてその寮の集合住宅の一室に二人は、案内係に連れられて行く。その部屋は、物こそ少なくはあったが、どこかまだ先人の痕跡がちらほらと目に入ったことからも、利用者を想定していなかったことが伺える。 

 申し訳なさそうな顔を見せる案内係に対して、サネトはこれで十分だと礼を言って、その案内係を帰した。その後二人は、部屋の中を軽く掃除した後、適当に床に布を広げ、簡易の寝床を作り、その日は眠りについた。まだ日が暮れたばかりではあったが、案内係からも、明日は早朝に任について欲しいと言われたことから、早めに床に就いたのだ。

 不規則な睡眠時間でありながら、二人は意外とすんなり眠りに落ちることができた。サネトとナーレはどちらも、睡眠を調整することが得意であり、眠ろうと思えばいつでもどこでも眠れ、反対に、能力の低下は免れないが、ある程度睡眠しないで活動し続けることも可能である。

 翌日、日の降りぬ前に眠った二人は、日が昇りきる前に目を覚ました。寮の外に出て、すぐ傍の駐屯所へと赴く。駐屯所では、昨日と同じ案内係が、彼らを出迎えた。装備を着替えると、装備を保管する部屋の前で、二人は案内係に、こう尋ねられた。

「お二人はご自身の装備はお持ちでないので?」

 どうやら、この防衛隊では、配給品以外の装備も携帯することが許されていたようだ。防衛隊によっては配給装備のみを用いることを強制する部隊もあれば、自分の愛用品を使うことを許可する部隊もある。

 薄給の防衛隊は、装備にまで出費を割く個人は滅多におらず、基本的には配給の装備より上質なものを持っている隊員はいない。一般的には持ち込み装備は、防衛力と連帯の質の低下を妨げるため禁止されていることが多い。一方<ヤイヴィヴィム>のような、巨大な特別装備を別途支給されている場合は、共通の配給装備自体、ほぼ使われないため、身軽で扱いやすい個人装備も許可される傾向にある。

 二人とも、配給の防護服と大盾はそのまま身に着け、多機能警棒だけを置いていった。そしてサネトは持参の機械銃、ナーレは機械剣を持ち出した。その後、二人は案内係に寮の外に連れ出された。更に今回は砲台ではなく、街の壁の外側に出ることになった。

「今日は、見回りの業務についてご説明します。こちらが、これからの、お二人の主な仕事となります。お二人のお持ちの装備、かなり手入れがなされていますね。お噂通り荒事には慣れていらっしゃるようだ」

 実際、案内係が言うように、二人の装備は個人で揃えるには高価で、しかも整備も行き届いていた。勿論、そうした事情がよく知られているからこそ、二人は少数精鋭として、このように様々な場所での任務を与えられるのだが。

「その装備であれば、狩人も十分にこなせるでしょう。どうして未だ防衛隊に?」

 これは、二人とも聞き慣れた質問だ。確かに狩人と防衛隊では、その稼ぎには大きな差が出る。勿論、まともな実力を持った狩人でもなければ、大して魔獣を狩れず、結局そこまで報酬を受け取ることはできないが、少なくとも、サネトやナーレほどの実力者であれば、この若さでも十分防衛隊以上の稼ぎが見込める。それは二人もよく理解している。だが、サネトとナーレにとって重要なことは、金稼ぎをすることでも、名声を得ることでもない。

 この二人を結び付けた、かつて魔獣に家族を殺された、という共通点、それが二人の行動原理である。彼らは魔獣を狩るのではなく、人々を魔獣から守り、一つでも多くの命を守りたい。そのためには、魔獣が現れてから動く狩人よりも、常に人里に駐在し、魔獣から人々を最初に守る防衛隊の方が適格だと判断したのだ。最初は二人とも同じ出身地である<エフゼクト>での防衛隊勤務を始め、その後はその類まれな実力と、熱意を買われ、若くして各地の防衛隊にその名を轟かせていった。


 サネトとナーレは、案内係に連れられ、壁の外、<ヤイヴィヴィム>と海を隔てる防風林の傍まで歩いていった。

「この防風林は、人工のもの、なんですかね?」

「我々も長らくそう思っていたんですが、どうやら魔工たちに曰く、第二次文明崩壊以前にも存在した天然の森だそうです。第三次文明崩壊の前、この辺りに住んでいた人々が、一部を切りだして集落を形成、その後、今の防風林のような形になったそうな。実際魔力溜まりのできやすい、魔獣の発生地です」

「大体、この街を襲う魔獣は、防風林から?」

「はい」

 サネトは案内係に、魔獣と防風林の関係について、いくつか問いただす。彼も前情報として、魔獣の発生源の多くが防風林であることは知っていたが、改めて新しい、あるいは知り得ていない情報が無いかを確かめたが、大体既知の情報のみしか得られなかった。

「なら、どうしてこの防風林、切り払わないんです?少なくとも街の近くだけでも伐採するとか」

「いえ、それがですね。あの防風林は守るべきだ、という声が根強く、結局街周辺の僅かな範囲だけしか伐採できずにいるんです」

 この防風林に、激しい海風を防ぐ以上の特別な意味があるという情報はサネトにとって初耳のものだった。

「それはどういう?魔術的な理由なのか?」

「いえ、それが所謂文明崩壊を跨いで言い伝えられるこの地域の口伝が原因なんです。『我らを守る聖地にして砦。切り払えば災いが起きる』とかなんとか。実際、最初は人工林に過ぎないことを明らかにするために調査をしたんですが、天然の森の一部ということが逆にわかってしまい。人々の反対の声は更に強まるばかりで、完全に裏目に出た形ですな」

 確かにそうした謂れがあるのならば、伐採に反対することは決して間違いではないだろう。そもそも林を切ってしまえば、魔獣がいなくなるかどうかはわからない。

 また別の要因があるのならば、むしろ林は魔獣の溜まり場として機能し、それが魔獣を人里に寄せぬ緩衝材としての役割を果たしている可能性さえあるのだ。

 サネトとナーレが、この防風林について、様々な思案をしていると、突如、林の暗がりから、獣の唸り声のような、機械の起動音のような奇怪な音が発せられた。

 二人と案内係がその音の方向を見ると、きらりと赤い光が、暗闇の中でちらついていた。

「サネト、後方支援を。一体二体じゃない」

 そう言いながら、ナーレは、自身の機械剣を、鞘から抜き放って構えた。機械剣は、柄から鍔にかけては、まさに機械剣といった複雑な機械で構成されていた。一方剣身はうって変わって銀一色で起伏も波もない、まるで一枚の細長い鉄板かのような簡素な見た目だった。

 サネトも、腰帯から拳銃を取り出し、支給品の大盾に身を隠しながら、銃口を林の中に向けた。

「アンタは街に戻って、狩人連合に報告、砲撃主にも準備させてくれ。もし俺たちだけで対応できなかったら、皆の出番だからな

「は、はい、かしこまりました!」

 サネトに言われた通り、案内係は急いで壁の中へと戻っていった。

 それと同時に、林の中から覗かせていた赤い光を放つ存在の正体が露になる。四足の獣のような魔獣が、五体、林の中から、サネトたちの様子を伺うように、こちらに顔を向けていた。

「飛び出しては来ないか。俺たちを警戒している?」

「かもな。発破をかけてみるか?」

 だが、二人が何をするでもなく、様子を伺っていた魔獣たちが、突如茂みから飛び出し、その爪と牙を二人に向ける。

 ナーレはその突然の襲撃にも驚かず、一番先頭の一体の胴体を、その機械剣で的確に貫く。続いて襲い来る二体に対しても、一体は盾で抑えながら、もう一体を巧みな剣捌きで見事に両断、続いて残りの一体も容易く首を落とした。

 更に五体の魔獣が後方から飛び出してきたが、そのうち三体を、サネトが銃撃で的確に撃ち抜いた。そして残り二体を、ナーレがその剣で切り裂く。あっと言う間に二人は八体の魔獣を消滅させた。まだ茂みの向こうに魔獣の気配は感じられたが、その後、二人に怯えたのか、魔獣が飛び出してくることは無かった。

「防衛隊本部、防衛隊本部、応答せよ」

 ナーレは、一息ついてから、通信機で防衛隊へと通信する。

『ナーレ隊員、魔獣はどうなりましたか?』

 通信機から声が返ってきて、ナーレはその通信機に口を近づける。

「魔獣を数体討伐したが、まだ防風林の中に数体隠れていると思われる。北北西一番から、北西北二番辺りの砲台から、随時観測をお願いしたい」

『承知しました。お二人は早々に本部に帰還していただけますか?』

 サネトとナーレは、その通信を受けて互いの顔を見合わせた。何か声に出して打ち合わせしたわけではないが、その目で、お互いの意思は十分に確認できた。

「いや、我々は南西方面の防風林を引き続き調査したい」

『え、それは……。いえ、はい。お二人が言うならば、お任せします』

「ありがとう、何か見つかればすぐに連絡する」

 そう言ってナーレは通信機を切った。

「昨日も同じ方角から魔獣が襲ってきた。こんな短い周期で二度の魔獣襲撃、もっと大きな群れが、多分ある」

「だな。急ごう」

 サネトとナーレは先程の無言のやり取りを言語化した後、南部の防風林へと向かった。ちょうど<ヤイヴィヴィム>は、北北西から南、沿岸部にかけて防風林に囲まれている。二人は、魔獣が防風林に群れているならば、南からの襲撃も十分にあり得ると考えたのだ。

「西門は通過、こっから南西部だな」

 サネトとナーレは走りながら、周囲の観察と、意思疎通を続けていた。そんな折、二人の背後から大きな衝撃音が鳴り響いた。

「どうやら、北西部にはまだ魔獣の群れがいたみたいだな」

 その音には、二人は聞き覚えがあった。先日聞いた、重力砲弾が、魔獣を大地に叩きつける音だ。

「向こうは砲台で対応できるようなら、俺たちは俺たちの仕事をしよう」

 サネトとナーレは、そのまま背後の騒動は無視して、自分たちの目的地へと駆けていった。

 そして、二人の予想は見事に的中した。二体ほど、先程と同じような四足の魔獣が、林の中から様子を伺っていたのだ。

「こちらナーレ。やはり南部方面の防風林にも、魔獣の気配あり」

『承知した。南部方面にも砲手は既に手配している。お二人はできる限り壁際まで退避を』

「了解」

 だが、今回の魔獣たちは、まるで上から降り注ぐ弾幕を知っているかのように、中々林の外から出ようとはしなかった。サネトは銃を林の方へと構え、ナーレはその周囲に注意を払っていた。すると、十数秒して、魔獣の瞳から放たれる赤い光が、徐々に暗がりからこちらに近づいてくる様子が伺えた。

 サネトが更に警戒心を高め、ナーレもまた、そちらに意識を向ける。

 一歩、二歩、魔獣がこちらに歩みを進めるたびに、二人に緊張感が走る。


「ごぎゃあああああぁ!」

 咆哮と共に姿を現したそれは、一目見れば熊のような姿をした魔獣だった。しかしその体高は、四足で歩いているにも関わらず、隣の大木の枝の高さまであるほどの、巨体だった。

「おい、中型魔獣か、こりゃ、こっち来て正解だったか?」

 熊の姿の魔獣は、二人の姿を視界に入れると、その巨体からは想像できないほどの俊敏さでこちらに駆けてくる。地鳴りのような足音を響かせながら、二人の方へと駆けよってくる。サネトとナーレが戦闘態勢を取ったその時だった。猛追する熊は、突如二人の視界から消えた。

 しかし実際には消えたわけではない。魔獣の上から降り注いだ重力弾が、地面もろとも魔獣を叩き潰したのだ。結果、地中に魔獣が埋もれてしまった。

「中型魔獣も一撃か」

「魔工たちは、随分な兵器をこの街に渡したようだな」

 二人がその重力弾でできた大穴を恐る恐るのぞき込むと、あれほど巨大な魔獣の痕跡は、跡形も無かった。

『お二人とも、偵察お疲れさまでした。まだ小型の魔獣は数体残っているかもしれませんが、防風林の方への警戒は、このまま砲台の方で続けます。お二人は一旦本部へ帰投ください』

 そう言われて、サネトとナーレは素直に街の中へ帰った。二人とも、まだ魔獣は防風林に潜んでいると考えていたが、今の状況ならば砲台からの攻撃だけで十分防衛できると判断した。

 最も近場の入り口から、街の中に入ると、二人はやはり、街中の光景に唖然とした。

 襲い来る魔獣の規模はわかったものではないが、最低でも二十体、中型魔獣まで紛れているのだから、その災害規模は丙級、場合によっては乙級まであり得るほどの大きさである。しかし街中では未だ人々は、日常そのままの姿で暮らしており、せっせと仕事をしていた。

「一体何がどうなってんだい、この街は」

先日の事で、街の事は理解したつもりだったサネトだったが、それでもこの光景には驚かざるを得なかった。外野から見れば、それはもはや魔獣災害への慣れ以上に、警戒心さえも撓みきっているように思えた。

「仕方あるまい。それよりサネト、この立て続けの魔獣の襲撃、どうにもきな臭い」

「根拠は?」

「ない。勘だ」

「勘かぁ」

 サネトとナーレがそんなやりとりをしていると、先程の案内係が慌てた様子で二人のもとへ駆けつけてきた。

「良かった良かった。お二人ともお怪我はないようで」

「ああ、それより、この街の魔獣襲撃、あれくらいは日常茶飯事なのか?」

 サネトがそう問いかけると、案内係は少し眉を顰めた。

「これだけの規模は珍しくないですが、二日でこれだけの回数は少し珍しいですね」

「では、以前、二日に渡って、丙級、あるいは乙級の魔獣災害が連続した事例はあったか?」

 そう問われ、案内係は記憶を手繰るように視線を斜め上へ上げた。

「いや、うーん。あったとは思いますが、どうでしょうか。少なくとも私がこの街で生まれてからは、無かったかも、しれないですね」

「ふむ。ありがとう。そうだ、俺たち、壁の上に登りたいんだが、構わないか?」

「え、ええ。壁外の偵察業務もしばらくないと思いますし」

 サネトとナーレはその後すぐに、壁の上から、防風林の様子を見降ろした。魔獣たちはすっかり数を減らしていて、林の中から飛び出そうとする魔獣も殆どおらず、砲手たちはしばらく砲弾を放たずに、ただ林の様子の監視だけを続けていた。二人はちょうど、砲台と砲台の間の、壁の上で、その林の状況を伺っていた。

「お前の勘は当たるからな」

 サネトが、ぼそっとそう呟くと、隣のナーレは、彼の方に顔だけ向け、こう述べた。

「直感で物事を考えるのが俺だが、最後に理性で物事を判断するのがお前の役割だ。この状況、サネト、お前はどう見る?」

「さぁ。色々情報が足りないな。昔、魔獣災害の記録なんかはいくつか目を通したが、魔獣災害の頻発は、より大きな災害に繋がる布石であることも多い。だが難しいのは、予備災害かどうかを判断する方法はないということだ」

 しかし、彼らの危惧にも関わらず、<ヤイヴィヴィム>に対していくつかの魔獣災害はその後、数日にわたって発生したが、いずれも、サネトとナーレがこの街に赴任した当日と翌日の魔獣災害よりも小規模な襲撃が散逸的に発生するのみだった。

 「杞憂だったか」。二人もそう思い始めた、<ヤイヴィヴィム>赴任八日後の未明のことだった。ちょうど正午過ぎ、街中が最も賑わっている時間のことだった。

『緊急警報、緊急警報。巨大な魔獣災害が発生、巨大な魔獣災害が発生。居住区外には決して出ず、また屋外にも極力出ないようにしてください』

 街全体にけたたましく鳴り響く警報音の後、それと同じくらいの音量で、拡声器越しの人間の声が続く。危機感を煽るその警報は、迫りくる事態が、並大抵のものではないことを示していた。

「サネト、行くぞ!」

 サネトとナーレは、昼休憩に寄っていた食堂から急いで離れ、街中に繰り出した。

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