いつの間にか最愛の人に〜sideレオン〜
「やっぱりレオンさんが大好きです!諦められません!わたしとお付き合いをして下さい!」
困っているところを助けてから、何故か惚れられてしまった新人文官の女の子、リゼカ=リューズ。
そのリゼカから告白され、断ったにも関わらず彼女は負けじと何度もアタックしてきた。
それは押し付けるのではなく、乞われるのでもなく、想いを寄せてくれる、そんな優しいアタックだった。
そんな彼女が俺に向けてくれる想いに、応えてあげたいと思うようになったのはいつからだったか。
恋愛というものをよく分かっていない俺だったが、
いつしかその熱意に絆されて、
「負けたよ。俺でよければ」と返事をしていた。
最初はその言葉の意味を理解出来ずにきょとんとしていた彼女が、喜びの涙を溢れさせた姿は今でも心に残っている。
ぽろぽろと。
大粒の涙って本当にあるんだなと思うくらいに粒の大きな涙を零すリゼカ。
正直、その時点で彼女に恋情を抱いている訳ではなかったが、
可愛いな、大切にしたいなと思った。
無骨で剣技一辺倒で来た俺に、初めてそう思わせた女の子。
それがリゼカだった。
俺は幼い頃から平民でありながらも騎士になりたいという夢を持ち、鍛錬や剣術の練習ばかりに明け暮れてきた。
それは魔術学園に入学後も変わる事なく、いやそれ以前にも増して騎士となるべく研鑽を重ねる日々を送ってきた。
青春であったにも関わらず、若者らしい恋愛など一つも経験する事なく時が過ぎて……
気付けば周りは絶賛、青春を謳歌中。
幼い頃からなんとなく恋心を抱いていた幼馴染のサーラも、たまたま紹介した騎士科の先輩と付き合っていた。
一瞬、置いて行かれた感がなかったといえば嘘になるだろう。
それでも今更どうこうしようという気にはならなかったし、それになにより準騎士を飛び越して、学園卒業と同時に正騎士の試験にパスしたいという思いの方が強かった。
サーラの弟で、俺自身もガキの頃から弟のように接してきたジョージが「姉ちゃんを取り戻さなくていいのっ?」って言って来たが、俺自身そこまでの想いがサーラにある訳でもないし、サーラが幸せそうに交際しているんだからいいじゃないかと答えておいた。
そうやって俺の今まで生きてきた時間を全て注いで打ち込んできた甲斐もあり、
正騎士の試験では剣技、馬術、体術、座学において史上初のオール満点を叩き出した。
そして俺は卒業前には既に正騎士として叙任された。
魔術学園創立以来、初の快挙だとも謳われた。
そんな鳴り物入りで卒業後に入団した王宮騎士団。
最初の一年は上官にしごかれ、先輩達に揉まれ、騎士としての自覚、行動理念、そして任務の厳しさを徹底的に叩き込まれた。
次の一年は哨戒班に振り分けられ、魔獣戦など現場で戦闘体験も増えてゆき、生き残る事に必死だった。
そして三年目、ようやく騎士としての自信が身に付いた頃にリゼカと出会った。
真っ直ぐに俺への気持ちを素直に表現してくるリゼカ。
対して俺は今まで真面に恋愛なんてした事もなく、どう接して行けばいいのかも分からない始末。
年上としてみっともない姿を見せたくないし、幻滅もされたくもない。
リゼカに掛けられた言葉で、正直女の子にどう返していいのか分からない事もしばしばだった。
俺は口下手で気の利いた話一つも出来ないし。
でもすぐに、リゼカが俺とは会話が無くてもその沈黙すら心地よいと言ってくれた。
それで肩の力が抜けて自然体で彼女と向き合えるようになったんだ。
そうやってゆっくりと、俺達は関係を深めていった。
リゼカ。一緒にいると穏やかな気持ちになれる、優しくてしっかり者で可愛い、俺の恋人。
両親を早くに亡くし、その祖父も数年前にこの世を去り天涯孤独になったとリゼカは言っていた。
だけど強く、しっかりと地に足を着けて生きているリゼカ。
そんな彼女を守り、支え、包みこんであげたくなる。
その感情が恋情から来るものなのだという事を、情けない事に俺はなかなか自覚出来なかった。
「そうか……俺は……リゼカを愛してるのか……」
だから彼女を守り、慈しみ、そして触れたくなるのか。
リゼカとの交際を受けてから数ヶ月後に、俺は漸く彼女と同じ想いに辿り着いた。
想いを自覚してからはもう、彼女を知らなかった頃には戻れないと思った。
リゼカの旨いメシを毎日食いたいし、彼女の笑顔をいつも見ていたいし、柔らかな肌にいつも触れていたい。
彼女をずっとずっと、俺のものに。
それが出来るのが……
「結婚か。結婚だな」
だけど、彼女は受けてくれるだろうか。
こんな無骨な男の、妻になってくれるだろうか。
恋人には丁度よくても、騎士を夫に持つのを嫌がる女性がいると聞いた事もある。
騎士の仕事は不規則で危険が多い。
非番の日でもいきなり招集が掛かる事などしょっちゅうだ。
戦闘の後は気が昂り荒くなるところが嫌だと妻に逃げられた先輩騎士も結構いるという。
……リゼカのような文官タイプなら尚更、騎士との結婚は考えられないのではないだろうか。
もう少し様子を見るか……もう少し恋人として付き合って彼女との日々を重ね、そしてプロポーズをしようか。
しかしリゼカは近頃ますます綺麗になった。
俺と付き合ったからだと胸を張りたいところだが、他の男に言い寄られないか気が気じゃない。
やはり一日でも早く結婚を……
と、悶々と思い悩む日々が続いた。
そんな中、魔術師として同じ王宮に勤めていたサーラが長年付き合っていた先輩と別れ、研究職ではなく現場担当に配置替えとなった。
本人が希望したらしいのだが、絶対、別れた恋人と働くのが気不味くて転属を希望したに違いない。
美人だが少々常識に欠けるサーラ。
恋人と別れたあいつが変な事を仕出かさないか気に掛けて欲しいとサーラの親父さんに頼まれ、サーラが近くに居る時はその言動に注視していた。
そしてなんの因果かサーラは俺と同じ哨戒班に配属となったのだった。
まぁ気の置けない幼馴染が仲間となるのも悪くないが。
何より気を遣わなくていいのが楽だ。
サーラの親父さんに頼まれた目を光らしておくのも楽になる。
だけどその直後から、
何故かリゼカと会える機会が減ってきた。
団長が代わり、訓練や哨戒が増えた所為もあるが、それだけではない気がする。
これまでは王宮内で度々会えていたリゼカと、気がつけば全く会えなくなっていたのだ。
思えば向こうから会いに来てくれるリゼカに甘え過ぎていたのかもしれない。
リゼカも文官として勤め出して二年。
後輩の指導や難しい案件も任され、多忙を極めているようだ。
しかしこれではいけない。
なんとか会える時間を無理にでも作らねば、どんどん会えなくなる気がする。
それは嫌だ。それだけは。
せめてランチを一緒に食べるようにしないかと提案してみたが、それもやはり忙しくて今は無理だとリゼカに言われた。
それだけではない、せっかく偶然会えて一緒にメシを食っていたのに班の人間が来たら急に立ち去ってしまう。
慌てて後を追いかけても何故か浮かない顔をしている。
残業で遅くなっている事もミス・フルニエからの連絡でようやく知る事が出来た。
リゼカに避けられている……そうは思いたくはないが、やはりそうではないかと心配になってしまう。
しかし何故リゼカはあんなにジョージを拒んだのか。
リゼカに聞いても単に性格の不一致だと言う。
誰にでも分け隔てなく接する事の出来るリゼカが?
あり得ないだろう。
それなら間違いなくジョージがリゼカの嫌がる事を仕出かしたという事だ。
それを詳しく聞き出そうとしたのに、アイツ、急な長期出張を入れて逃げやがった。
まぁ戻ったら締め上げてでも何をしたか吐かせるがな。
もしリゼカに何かしていたのならただでは済まさない。
しかもジョージの野郎に腹を立てていたというのに、
姉であるサーラまでもやらかしやがった。
せっかく久々にリゼカと家でゆっくり過ごしていた時に酩酊状態で押しかけて来やがって。
絡み酒なんて最悪な状態で、寂しいとかほざいてしがみ付いてくる。
そんなサーラの様子を見てリゼカが突然帰ってしまった。
サーラがただの幼馴染である事はリゼカも知っている筈だが、なんだか無性に胸騒ぎがした。
追いかけねば必ず後悔する、そう思った。
それにこんな夜遅くに、繁華街を一人で歩いて帰らせるなんて論外だ。
しつこく絡んで来るサーラに軽く当て身を食らわせて眠らせ、俺は急いでリゼカを追いかけた。
全速力で走り、リゼカを探す。
なんとかリゼカを捕まえる事が出来て良かった。
そして予想外の結果となったが一緒に夜も過ごせて本当に幸せだった。
やはりどうしようもなくリゼカの事を愛しているのだと強く感じた。
リゼカへの想いになかなか気付けず、それを上手く口にする事が出来なかったどうしようもない俺が、まだ一度も彼女に対して気持ちを伝えていなかった事に漸く思い至る。
だからその夜、体を重ねた時、初めてリゼカに告げた。
「愛してる」と。
そして次の日、リゼカと行った百貨店でエンゲージリングが目につき、リゼカと別行動をして下見をした。
リングを見ながら考える。
プロポーズのタイミングが分からない。
シチュエーションも分からない。
分からないが、彼女に贈りたかった。
結婚して欲しいと言いたかった。
華奢なリゼカの指に似合いそうな繊細なデザインのエンゲージリング達。
宝石の色は当然、青色一択だ。
一般的にはリングを贈る相手の瞳の色の石を選ぶそうだが、
アデリオールの騎士は違う。
自らの妻にと望む相手に、自分のものになって欲しいという願いを込めて、己の瞳の色の石が付いたリングを贈るのだ。
これはあまり知られていない事らしい。
騎士達と、その妻達だけが知る、大切な慣習。
俺は自分の瞳の色、青い石のエンゲージリングをリゼカに贈る事にした。
しかしそれを決めたはいいがいつ贈る?
贈るという事はそれがプロポーズとなる。
もういっその事、今日……?
「いやこんな所ではダメだな」と思わず呟く。
今ここでリングを買って渡すにはあまりにも大雑把すぎるだろう。
いつがいい?どこがいい?
俺はそればかりを考えてしまっていた。
そして次の非番の日、初めてリゼカと出かけた庭園にすると決める。
それまでの日々、緊張でどうにかなりそうな心を鎮めるためにより一層訓練に打ち込んだ。
リゼカに謝りに行ったサーラがミス・フルニエの洗礼を受けたらしいがそれどころではない。
そして当日、いよいよこの日を迎えた。
信じられないくらい綺麗に着飾ったリゼカを馬に乗せ王立動植物庭園へと向かう。
ダメだな、綺麗だと思っている事を素直に口に出来るようにもならなくてはいけない。
俺の為に洒落た格好をしてくれた事も、うれしくて堪らなかった。
前に乗せたリゼカから伝わる体温すら愛おしい。
そして馬を庭園の厩舎に預けてリゼカと方々を周った。
リゼカとの時間を楽しみたいが、
プロポーズをいつするかで頭がいっぱいになってしまう。
するとそんな時、
リゼカの口にから驚きの事実を聞かされた。
なんとリゼカは今日、俺が彼女にプロポーズをしようとしていた事を知っていると言うのだ。
バ、バレていたなんて……!
でもそのおかげで彼女にそれを告げたい場所を思いついた。
あの日、二人で初めて見た夕日をもう一度見たいと思っていた。
それならそれをもう一度一緒に見て、そこでプロポーズをしよう、そう思ったのだ。
二人でゆっくり丘の上へと向かう。
リゼカも緊張しているのだろうか、どこか表情に翳りがあるように見えた。
そして丘の上へと辿り着き、俺は彼女の前に跪く。
リゼカの手は少し震えていた。
リゼカ、可愛い。
好きだ、愛してる。
ごめんな、こんな無骨で鈍感な男で。
きっと早くからキミに惹かれていた。
付き合う時に、いつか自分と同じ想いに少しでも近付いてくれたらそれでいいとキミは言っていた。
本当はもうとっくに、リゼカと同じ想いに辿り着いていた。
それなのに鈍い俺はなかなか気付かなかったんだ。
でもこれからは愛する気持ちをどんどん伝えて行きたい。
だから、どうか……
リゼカ、どうか俺と………
「結婚して欲しいっ……!」
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リゼカとレオン、「♪エンダァァァ!♪」になるか?
青い石の秘密はアデリオールの騎士の慣習でした。
はい、そうです。
騎士である、かの侯爵家の奥さん達も旦那の瞳の色の……赤い石のエンゲージリングを贈られています。
次回、最終話です。