痺れ、穿ち
この回でジャンルチェンジを一気に展開してきます。
本編の概要も消化できると思います。
室内の机をとにかく、あるだけたくさん利用して、教室の扉を塞ぎ、「アレ」から逃れようとする。両扉の下枠も、動かせないよう机を集め、一ミリでもビクともしないバリケードにしたかった。
「ハァ、ハァ……こんなので、アレを防げるわけないじゃん……」
無意味なのは分かってる。私が一番分かってる。
けれど何もしないだなんて、そんなの願い下げだった。
天井やら壁からあんなに、たくさんの腕が出た。その時点で常識が通じるだなんてバカげてる。
でも、あそこで動けなかったら、きっと私は死んでいた。
何かしなきゃ殺されるって、身体が咄嗟で動いてた。
そうしてどうにか逃げた先が、この教室内だった。
多分どこかのクラスだろう、机の中には教科書が。
タブレットが普及して、途絶えたものだと思っていたが、まだ時代から「置き勉」は消されていないんだと知った。
(今度部活の文献とかで、置き勉利用しようかな?)
そんなしょうもない計画を、一瞬想像してたけど、扉から発した音が、私を現実へと戻す。
びっしりと机で塞いだ扉が大きく鳴っている。ドォーン! ドォーン! って、衝撃音同伴で。
当然音は叩く力の増加に伴い上がってく。
だんだんだんだん大きくなって、室内が揺れていく。
その度に私は自分を、必死で諫めようとする。
これはきっと悪い夢で、目が覚めれば終わるんだって。
けど、私の足元が、これは現実だと迫り……
抵抗する私の意志を蝕むように浮上する―――。
◆ ◇ ◆
同時刻の校舎周囲。
深い夜で人気も皆無。校舎の周りの小さな道路に、警官が二人ほど、ライトをつけて歩いてる。
ザっと見二人はまだ若い。初々しい見た目から、どうやら新人の警官で、今は巡回中らしい。
何やらうるさくない範疇で、愚痴をこぼしているようだ。
「どう思う? さっきの」
「念のため、この学校の周囲を巡回しろだろ? ったく冗談勘弁だ。根拠もなんにもないんだろ? ガキ同士のいざこざなんか、教師か保護者の仕事だろ。そりゃ、話を聞いた限りじゃ、どうにかしたいと思うけど……」
「被害に遭った生徒たち、今も治療中だって……でもホントか? あの校舎に容疑者が潜伏って……」
「さあな。仮にいたなら手間が省けて助かるけれど、教師の言葉を信頼できるか、そこが結局大事だな」
「オレ、最初に教師を見たとき、マジでメチャクチャビビったよ。カチコミか? 警察署で戦争勃発か―――? って……」
「オマエ、それ絶対に、あの教師に言うなよw」
少し笑顔がこぼれ始め、落ち着いた時だった。
突然、校舎のど真ん中の窓ガラスが爆発し、壁や塗装が吹き飛んで、内部が抉れて剥き出しに。
「「!?」」
激変の事態に対し、警官2人は“壁際”へ。
といっても校舎と民家を隔てる防球ネットだ。
吹き飛んだ瓦礫や破片がこっちに向かって飛んでくるが、大きな破片らの大半は爆心地の側に落ち、こっちに向かって飛んでくるのは、テニスボールか小石ほど。
「なんだ!? 何だなんだ!?」
「んなのオレがしるかよ!!」
状況が呑み込めず、叫ぶことしか出来ない二人は、騒乱が収まる時をじっと待つしかなかった。
◆ ◇ ◆
(……あれ?)
どうやら私は知らない間に、意識を失っていたらしい。
突然辺りが暗くなって、その後は、何だっけ……
そういえば、私は今、どういう状況なんだろう……?
さっきみたいに校舎の廊下で寝転がっているんだろうか……
少しずつ意識が戻り、瞼をゆっくり開いていくと、私の目に入って来たのは、薄い赤い色だった。
(……何、あれ……?)
さっきとは全く違った景色が入って来たことで、私の意識はさっきよりも鮮明になっていき……
(……え?)
足が地面を感じない。
最後に私が覚えているのは、確か廊下にいたときだ。糊塗とそこで久しぶりに会って、色々聞かされて、
(……そういえば、意識飛ぶ前、最後に見たの、なんだっけ?)
嫌な予感が拭えないけど、知らなきゃ焦りが募ってく。しっかり息を整えて、瞼をゆっくり開いていくと、
「…………ヒッ!!」
無数の腕が捕えてた。
さっき意識を失う前に私が見つけたあの腕が、私の身体をガシッと掴み、天井に押さえてた。
うっすら見た薄い赤い何かはおそらく筋肉だ。皮膚じゃない。腕の筋、そのものの色だった。
片方の私の頭は冷静に分析し、もう一方は身体に触れてる腕たちへの嫌悪だ。
両腕・両脚どころじゃない。私の身体の目立つところを、ベタベタベタベタ触ってる。私が気絶をしていた間にそんなことがあったなんて…。
私は必死に振りほどこうと身体を動かそうとする。けれど全然ビクともしない、恐怖が増してくだけだった。
「…………アッ!」
その瞬間、私の身体を、電気が走り始めた。正確には電気に似ている“痺れ”が内から走った、だ。
「ア、アア……」
脳の奥まで侵しかねないほどの、激しい痺れだ。
悔しいけどこれが何か、瞬時に理解してしまう。
(何で……アア……最近……なかっ……)
脳の奥から起こった痺れは、次第に全身へと走る。
そのせいですべての意識が、瞬時にそぞろにされてしまう。
「……アア……アア……」
これまでは嫌悪と恐怖の二つが思考を襲ってたのに、そこに決して抗えない“痺れ”さえもやってきた。ただでさえ声も出せず、身体が硬直していたのに、残った自我すら痺れのせいで保てなくなりそうだった。
(……あ……このまま、じゃ……もう……うっ)
もう意識を保つことさえ、難しくなりそうだった。無数の腕は察したのか、嬲りをどんどん強めていって、ついには私の胸元にまで群がってき始めた。
「――っ」
服が邪魔で仕方ないのか、上着のボタンを引き千切って、両手で私のシャツと下着を裂こうとしている。
(……だめ……いや……ぜったい……いや)
こらえることが出来なくなって、私は涙を流してしまう。
大粒の涙をポロポロ、我慢もやめて泣き出した。
その瞬間……腕たちの動きがピタリと鳴りやんだ。私の涙が届いたのかと、陳腐なことを考えたけど、すぐにそんなわけが無いと「来訪者」が突き付ける。
「チェエエエエストーーーーー」
(……え?)
「ヴァァァスタァアアアアーーーーー!!!!!」
突然誰かの大声と、穴が突然現れた。
穴のサイズは教室のドアよりかは小さかった。
というか、どうして穴が現れたのかが分からない。
私を捕える無数の腕が、私を死守するかの如く、穴からどんどん引き離そうと、リレー式に後退させる。
刹那、私は理屈よりも本能に従って、
「アアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
喉を潰す覚悟で私は、全力で叫んだ。
自分の中の恐怖や気持ちを絞り出してくつもりで。
すると穴は応えるように、回転を早めていって、私よりも背丈が小さい“誰か”を排出させてくる。
(……だ……れ?)
そう思ったのも束の間、誰かは腕から私を剥がし、私の身体を抱きかかえて、そのまま廊下に着地する。
見ず知らずの誰かは一瞬「イテッ」と言ってた気がするが、それでも私を抱きかかえるその手はひたすら紳士だった。
「……趣味が悪いぜ。弱い者いじめはよぉ」
無数の腕たちへ威勢よく、ハッキリと睨みを利かせ、右の鼻から鼻血を出して、男の子はそう言った―――。
どのくらい攻めていいか、どのぐらい書いていいか、注意しながら今回は物語を書きました。
時間はかけてしまいましたが、主役がようやく登場です!