闇の奥
今回は雪湖の家でのやり取りになりますが、もう一人の重要キャラがここから登場していきます。
「ただいま」
学校から帰った私は、一応試しに言ってみる。
時刻は既に夕方で、日もとっくに落ちていて、ドアを開けると真っ暗な玄関だけが出迎える。
私の言った“ただいま”に、返事は帰ってこなかった。
靴を脱いで、電気をつけて、そのままリビングへと向かい、テーブルに置かれたメモを、早速見つけて読んでみる。
「今日も帰りが遅いから、先に夕飯済ませてね」
両親は共働きで、帰って来るのは夜7時。遅いときは夜8時か9時までかかることがある。メモが置いてあるってことは最悪9時も覚悟だろう。
特に不備とも思わずに、私は鞄を近くに置いて、手洗い・うがいを済ませてくると、冷蔵庫を開けに行く。鶏肉、ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、カレーのルーを中から出して、ラジオをつけて、台所で、作り方を確かめる。
◆ ◇ ◆
カレーとサラダ、麦茶を味わい、ひとつ残らず完食すると、流しへ運んで、使った食器を水に浸けて、離れてく。丁度ラジオが流していたのは、聞いたことのない洋楽。何となくわかる言葉は“アザーサイド”がどうとかだ。
リビングの明かりを消して、勿論ラジオも切っておくと、階段を上っていって、2階の自室に辿り着く。部屋の明かりをつけてくと、現れたのは不法投棄の温床みたい部屋だった。俗にいう女子力なんかゼロパーセントの自分の汚部屋。
「……」
ホントにちゃんと、片付けなきゃ、とは思う。
床が確認できないほどに、色んな本が散らかっていて、勉強机は映画やアニメのDVDが山積みに。
私はどうにか爪先立ちで、勉強机へ行き着くと、机の横に鞄をかけて、自分の椅子に腰かける。取り敢えず、後ろの惨事は後回しの方向で、いつも使ってる手書きのノートと、筆記用具入れを出す。
カリカリ、カリカリと、ノートに直接記入を始め、私は今日まで感じたことを、ひとまずまとめることにする。
送られてきた写真は三つ。
「赤い印が書かれた扉」「欠片の赤も省いたお部屋」「黄色い雨具を羽織る被害者」……これらが示していることは……。
きっとこれにはモチーフが、間違いなく存在してる。そしてそれは調べたように2004年の『村』だろう。
でもあれは隔絶したコミュニティのお話だ。
当然ここは隔絶どころか開放されてる“ソサイエティ”……つまり一般社会だ。シチュエーションは違ってる。
なのにこれを引用してまで、何を言おうとしてるのか? そもそもこれらは本当に、一連との関わりが?
偶然か、計画的か? それとも“自覚がない”ものか?
考えに考え続けて、頭がクラクラし始めた。
まるで靄がかかったように視界がぼやけ始めてて、流石に色々考えすぎて、もう限界かもしれない。
「……いい加減に休むか」
いくら謎が気になるからって、執着しすぎちゃ身体に悪い。こうして身体が不調のサインを発しているなら尚更だ。
ここで今日は終わりにして、完全にゆっくりしよう。決めた私はノートを閉じて、椅子から立って、着替えることに。
部屋着に着替え、ベッドに放置の、ゲーム機を手に取った。老舗ゲームメーカーの携帯型ゲーム機だ。そこから私が持っている、数少ないソフトから、脳を鍛える大人のトレーニングゲームをプレイする。
◆ ◇ ◆
「きいろ。き・い・ろ!」
色を答えるゲーム中で、私は“きいろ”を連呼する。
正確には“黄色”であって、書くなら漢字表記だろう。しかし何度も何度もやっても、最初で必ず躓きが……特に黄色のパートになると、ゲームが認証してくれない。言っても言っても私の黄色は“きいろ”か“キイロ”になってしまう。
「何で認めないんだよ……」
もう口に出しちゃうほどに、私はムカムカしっぱなし。
乱暴かもしれないけれど、ゲーム機投げつけたいほどに。
「……き!いろ」
“き”の部分を強調して、ハッキリ黄色と言ってやった。するとゲームは認めたのか、ゲームクリアーに。
「っしゃ!」
熾烈な色当てゲーム戦は、私の勝利に終わった。これでようやく色当て以外にたっぷり時間を費やせる。
そう思っていたのも束の間、着信が割り込んだ。
「ん?」
好きな映画のサントラが流れてる。
せっかく勝利に浸っていたのに、空気を読まない着信アリに、私は少しムッとしたけど、気持ちを切り替え応対に。
「……ハイ。名古木です」
『……』
「……あれ、もしもし? もしもし? 名古木です」
応答は無かった。
(あれ、おっかしいな……最近変えたばっかりなのに……)
携帯の不具合か?……と、考えてた時だった。
『……し』
「?」
『……し、もし』
何か、聞き取りにくいけど、向こうの問題だったらしい。向こうの声が小さすぎて、電話が成立しなかった。
「もしもし、もしもし?」
私は声をかけてみる。
しかし相手は返事もせずに、『……』と黙秘をし続ける。
「……用があるんでしょ? 言うまで待ってるよ……糊塗」
確信をもって私は、親友をそう呼んだ。
かつて一緒に遊んだ時に、二人で決めた“通り名”を―――。
“きいろ”の下りに関しては、私が体験したことで、何故か黄色を答える時だけ、認証に手こずりがw
それも何度も何度もです。
アレはホント何故なんだ?
サブタイトルは「闇の奥」。
こちらは『地獄の黙示録』の原作小説の題名です。