第十話 新たな依頼
「――これは警察に通報するべきなのか?」
ドリームシアターに入った俺たちを出迎えた徳郎の第一声がそれだった。
店内には、バー特有のムーディーな雰囲気のジャスではなく、ギターの早引きや、ボーカルの血管が切れそうなハイトーンシャウトの、メタル調の曲が流れている。
「未成年を連れてくるとは何事だ! 羨ましい! 警察に通報してやるぅ!」
「早まるな。幸はこれでもあと少しで高校生の年齢だ」
「これでもって……」
「そうか、ならよ――くねえよ! 未成年じゃねえか!」
「未成年だからこそ俺が保護したんだ。ほら、お前が夜逃げする前に依頼しただろう。あれで色々あったんだ」
「ああ……なるほど」
それだけで事情を察してくれたのか、それ以上、なにかを追求してくることはなかった。
俺がカウンターの席に座ると、真っ先に伊美が左隣に座り、俺の右隣に座ろうとする幸を、無理矢理自分の左隣に座らせた。
「それで、ご注文は?」
「俺はいらない。二人は」
「林檎」
「じゃあ、わたしも伊美さんと同じもので」
「了解!」徳郎は店の裏へと姿を消し、一分もしないうちに赤い液体の入ったグラスを二つ持ってきた。「最高級の奴だからな! 味わって飲め!」
ちなみに、こいつは酒なんて大層なものは作れないので、全部、市販のものだったりする。店の外見を変えるべきか、店内に流す音楽を変えるべきかどうか悩んでいたが、他にも改善するべきところがあるだろう。
市販だと知らず、本当に最高級だと信じている二人の少女は、林檎ジュースを美味しそうに飲んでいる。なにも知らないっていうのは、本当に幸せなことだと思う。
徳郎とはなんだかんだで長い付き合いにはなるとは思うのだが、いきなり「オレはバーテンダーになる!」と宣言されたときは、ついに脳がショートしてしまったのかと心配になった。最初はただの冗談かと思ったのだが、何回もしつこく宣言するので、次第に本気なんだと思うようになった。
だが、やる気だけではどうにもできない問題はある。
徳郎には才能がなかったのだ。彼が作ったものは、人間の舌を破壊する。
途中で、「俺、海外行って銀行員になる」とか、「遊園地のオーナーになる」とか、とちくるったことを言い出すこともあったが、バーテンダーのまま今に至る。友人ならば応援するべきなんだろうが、こいつの態度を見ていると、そんな気もなくなる。
「それでだな悟、新しい依頼についてなんだがな……」
「待てやコラ」唐突な依頼に、思わず声をあげてしまう。「お前、女から逃げ切ったんじゃないのか。それだったら自分でしろよ」
「おいおい、勝手に決めつけるなよ? お前らしくないな。オレは逃げ切ったなんて、一言も言ってないぜ?」
「……じゃあ、なんで生きてここにいるんだ。伊美、こいつに触れてみろ」
「うん……」
「待て待て、オレは死んでなんか――痛い痛いっ⁉ 伊美ちゃん⁉ 叩いちゃ駄目でしょ⁉️ おじさん泣いちゃうよ!」
「……泣け」
「辛辣ぅ⁉️」
えーんえーんと、明らかな嘘泣きを披露する徳郎。俺は大きくため息を吐き出す。
「……ま、お前は逃げ足だけは早いからな」
「そう褒めるなよ! 照れるだろう!」
「で、二人はどうなったんだ」
「……ははははっ!」徳郎は笑うが、その笑い声には覇気がなかった。「ははは……今、二人とも家にいる」
言いながら、スマホの画面を見せてくる。LI〇Eのアイコンの所に、『999』という数字が表示されていた。
「…………」
「オレのなにが悪かったのですか? 神様――」
「全部お前が悪い」
隣に座る二人も同感なのか、深く頷いていた。幸の徳郎への第一印象がかなり悪くなっているが、訂正はできない。これが素の彼なのだから。
「……まあ、依頼は受けるけどさ……」
「本当か! ありがとな~! お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」
「はあ……それで、どんな内容なんだ?」
「それがな……ほれ」
胸ポケットから、前のように紙切れを出してくる。そこには依頼主の家の場所と苗字が書いてある。
「風見……昔、誰かがこの苗字の家のことを言っていたような……」
「依頼主の家はなんでも〝異能封じ〟の家系らしいぞ」
「〝異能封じ〟……聞いたことがあるな」
雨無家で何度か話題になっていた。なんでも、相手の異能を打ち消すことができる力らしく、危険視していた。
「しかし、そんな異能の家系がどうしてお前に依頼しているんだ」
「さあな、オレたちの仕事に向こうの事情なんて関係ないさ。頼まれたことをこなすだけ。深くまで干渉しない」
「……そうだな」
思いっきり俺は神谷家の事情に深く突っ込んでしまったが。今回は深入りしないようにしたい。
「で、依頼の内容はなんなんだ」
「遺品整理を手伝ってくれ、だってさ」
「整理……それって俺たちの領分なのか。業者にでも頼んだ方がいいだろう」
「オレに言われても知らねえよ。なにか事情があるんじゃないか? 業者に頼めないようなことがさ」
「……まあ、行ってくるよ」
「頼んだ」
この世界にはまだわからないことが溢れている。だが、全てを知らなければならないということはない。今回の俺は深くまで沈み込まないことを決意した。




