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63 滝にいきました

 翌朝敦子が起きて、キッチンに行くと母親ひとりだった。

 そういえば今日は月曜日だ。

 聡も父親も仕事にいったようだった。


 「おはよう~」


 母親のあいさつに敦子が返すと、母親はすぐに昨日の夜の事を話題にしてきた。


 「昨日はなんにも声聞こえなくてよかったわよね。夜、トイレに起きた時にはドキドキしちゃったわよ」


 「そうなんだ。ねえ、今日はまた神社に行ってくる。また自転車貸して」


 「いいわよ。それからね...」


 母親の世間話に適当に相槌を打ちながら急いでご飯を食べた。


 敦子はご飯を食べ終えると、身支度をして出かけることにした。

 洋服のポケットには、あのネイルが入れてある。

 もしネイルの中で時々光るものがもしあの破片なら、滝に行けばきっと何か起こるかもしれない。

 敦子はそう確信した。


 空は雲一つなくいいお天気だった。風もなく暖かいので、自転車をこいでいくのは気持ちよかった。

 今日も広場に自転車を置き、境内を歩いていった。

 境内に入るとすぐ、この前来た時とはどこか空気が違う気がする。


 敦子は、先に神社にお参りをして裏の道を抜け、滝に向かって歩き出した。

 滝の前に来た時だ。

 ぴりっとした空気の流れが肌に突き刺さる気がした。

 またこの前のように、滝の流れる水音が聞こえなくなった。

 あっと思う間もなく滝から水で出来た縄のようなものが幾筋も出てきて、敦子を包み込んだ。


 『よくきた。あつ!待っていたぞ』


 どこからともなくまたあの声がした。

 敦子はその声が聞こえたのと同時に無意識に洋服のポケットからあのネイルを取り出していた。

 右手にしっかりとネイルが握られている。


 覚えているのはそこまでだった。

 

 気が付けばあのネイルを右手に持ったまま、敦子は呆然と滝の前に立っていた。

 もちろんいつのまにやら敦子を包み込んでいた水の縄は消えていて滝の水の流れる音だけが聞こえていた。

 ただなんだかすごく体がだるくて仕方なかった。またネイルをポケットに入れた。

 敦子は急にだるくなった体で、自転車が置いてあるところに戻り家に帰ることにした。

 帰るときまたふと声が聞こえた気がした。


 家に帰り、部屋に直行してベッドに倒れこんだ。

 また夢を見た。


 『あつ、やっと会えた』


 『りゅうさまうれしい』


 自分が玉山似の人と抱き合っている。

 すごく懐かしいぬくもりを感じる。

 このままでいたい。敦子がそう思った時、目が覚めた。

 なぜか体のだるさが取れていた。


 どうやら神社から帰ってきてすぐベッドで眠ってしまったようだ。

 ポケットの中を見るとネイルが入っていた。

 先ほどの滝での出来事が夢のように感じる。

 敦子は起き上がってネイルを明るいほうに掲げてみた。

 ネイルは光らなかった。


 あれっ。


 ネイルを振ったり逆さにしたり何度見てもネイルが光ることはなかった。

 枕元に置いてある時計を見ると、すでにお昼近くなっていた。

 かれこれ3時間は寝ていた計算になる。

 敦子は慌ててリビングに行った。

 リビングでは母親がのんびりと飼い犬のチワワのしろとテレビを見ていた。

 しろはテレビを見ているわけではなく母親の隣で寝ていたのだが。

 母親が気付く前にしろが敦子に気づいて、飛んで来ようとしたがなぜか寄ってこなかった。

 不思議と母親の場所から敦子を警戒した様子で眺めている。


 「しろ!」


 敦子が呼んでもしろは来なかった。 


 「敦子帰ってきてたのね。あらっ、しろ、敦子のほうに行かないの?」


 そういって敦子の顔を見た母親はなぜか敦子の顔をじっと見ている。 

 敦子もはじめ気にしなかったが、あまりにじっと見られているので、さすがに居心地が悪くなった。


 「なに?どうしたの?なんかついてる?」


 「いえね~、今朝とずいぶん雰囲気が変わったと思って。髪でも切った?」


 「切ってないよ。だって午前中神社いっただけだもん」


 「そうよね~。髪短くなってないものね。お化粧変えた?」


 「朝いつものように日焼け止めにファンデーション塗っただけだよ」


 母親は敦子の答えに納得していないようで、首をかしげながらお昼の用意をしにキッチンに向かった。

 犬のしろはしろで、同じように敦子のほうに顔をむけばがらも母親の後を慌ててついていくのだった。


 敦子は母親と二人お昼ご飯を食べ、午後から買い物に出かけることにした。

 母親の運転でこの前いった大型ショッピングセンターに行くことにしたのだ。

 

 母親とふたりで洋服を見たりしていると、ふいに視線を感じた。

 しかもいろいろなところから。

 敦子が視線の先を見ると、相手は慌てて顔を背ける。はじめは気のせいかとも思ったのだが、それが何回か続いたので、トイレの洗面所の鏡で自分の顔をよく見た。特段いつもと変わった様子は見られない。

 不思議に思いながらも、買い物をしていると、また視線を感じた。

 主に男性から。

 まあ今日のような平日は、若い男性は少なかったが、年配の人や家族連れなどちらほらと男性がいる。

 どうもその人たちから視線を感じるのだ。

 理由がわからないので、すこし戸惑ったが、なぜかその視線には悪意は感じられない気がした。

 敦子は、気にすることをやめて、買い物に集中することにした。

 やはり玉山と会う時の洋服がほしかったのだ。

 今日もこの前と同じでいつもよりキレイ目な色の洋服を買い満足して帰った。

 ただその洋服を選んでいるとき、母親がやけににやけているのが気になったが。


 家に帰りふたりで夕ご飯の支度をしていると、父親が帰ってきた。

 父親はいつもかえってくると、母親に挨拶をするのが日課で今日もキッチンに来た。


 「ただいま」


 「おかえりなさい」


 今日は母親と敦子でむかえた。

 父親はまず母親を見てから敦子を見ると、なぜかぽかんとした。

 あまりに不思議そうな表情をしているので敦子のほうが気になった。


 「どうしたの?なんかついてる?」


 敦子の声で父親はやっと声を出した。


 「あっいや、なんか今日はいつもと違うなと思って」


 「そうでしょ、私も思ったのよ」

  

 父親の言葉にすぐ反応したのは、母親のほうが早かった。


「髪型も化粧も変えてないよ」


 敦子はそう言ったが、父親は先ほどの母親と一緒でどこか腑に落ちないといった顔をしていた。

 そうこうしているうちに聡も帰ってきた。


 「ただいま」


 「おかえり」


 今度は父親、母親、敦子の三人でキッチンで出迎えた。

 聡は挨拶してからぐるっとみんなを見回して、敦子のところでこれまた父親と同じ顔をした。

 ただ聡のほうが先ほどの父親より早く声を出した。

 

 「ねえちゃん、メイク変えた?」


 「さっきもみんなに言われたけど、変えてない。髪型もね」


 「なんか今日は雰囲気違わない?」


 「そう?」


 「なんかさ~、違うんだよね~」


 「やっぱり聡もそう思うでしょ」


 敦子と聡の会話に母親が参戦してきた。


 「私も言ったのよ。今日何か違うって」


 聞いている父親もうんうんうなづいている。

 家族からさんざん言われてもよくわからなかった敦子だった。

 

 家族で食事をしているときだった。

 犬のしろが、リビングからとことこやってきて、食事をしている敦子の目の前でコロンと仰向けになり腹を出した。しっぽを振り振り振ってなでてくれとくねくねしている。

 今まで敦子に甘えるしぐさはあっても、従順な態度をしたこともないしろに家族全員が驚いてしろを見ていた。

 

 「しろ、いつまでやってるんだよ」


 ただあまりにながく服従のポーズを取り続けていたしろは、あきれた聡に抱えられてリビングに戻されていったのであった。

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