えぴろーぐ!
「あら、あなた、まだ祐馬の所にいたのね」
さすがに余裕がなくなってきたのか、今日も美人な野崎さんは、いつもの可愛い笑顔じゃなくて眉間に小さな皺を付けて睨んできた。
美人に睨まれると怖いよ!
逃げたいところだけど、今日は秘策があるので、試してみることにした。
覚悟を決めて、すうっと思いっきり息を吸う。さあ、言うぞ。
「こんにちは、野崎さん! 今日も美人ですね! あのですね! 私、思うんですけど!! 野崎さんみたいな美人を振るような見る目のない男なんて、野崎さんには似合わないと思うんですよ! 所詮、私程度にちょうどいい男だったって事です! 野崎さんは、もっとお似合いの、もっと素敵な男性と結ばれるべきだと思います!!」
野崎さんが目を見張って、あらって感じの顔をした。まんざらでもなさそうだ。
「ふうん……ま、そうね。祐馬も、所詮その程度の男だったって事よね。……その程度の男、あなたにのし付けてあげるわ」
野崎さん、案外単純……。
まさかの作戦成功だった。いや、単に引っ込みつかなくなってただけだろうか。いやいや、あの様子だと意外と額面通りかも……。
以前のようなとても上品できれいな笑顔を浮かべている美人なお姉さんと向かい合って、にこにこと笑顔をかわす。
「じゃあね」
ときびすを返すお姉さんに、「それでは~」とひらひらと手を振る。
美人で気が強くて思い込み激しくて腹黒そうに見えて実は単純って、案外可愛い人のような気がしてきた。
……他人事になった、今なら。
立ち去る美しい後ろ姿をやりきった感満載で見送る。
助かった。
きっと、もう、彼女と関わることはないだろう。祐馬さんが彼女にとって「その程度の男」に位置づけられたから。
私やった。偉かった。私賢い!
それにつけても。ふと、これから先の彼女の未来を思う。
すみません、これから野崎さんと出会うハイスペックなどなたか、すみません、ほんとごめんなさい。でも、私、不特定多数のどなたかより、自分の幸せの方が大事なんです。きっと、相当ハイスペックな方が狙われると思うんで、頑張って対処して下さい。私よりかはうまくさばけると思います。ほんとごめんなさい。
未だ存在しない、ハイスペックなどなたかに向かって、私は心の底から詫びた。
「今日、野崎さんが来てたよ」
私ははじめて自分から祐馬さんに野崎さんネタを披露した。
「は? またあの女来たの? 大丈夫か、なんかされたんじゃないのか?」
傷にもなってないほっぺや頭をぺたぺた触る祐馬さんに、私は笑う。
「大丈夫大丈夫。あのね、祐馬さん程度の男じゃ野崎さんには似合わないって教えてあげたら、納得してもっと自分に合ったハイスペックを狙うって」
笑顔で親指を立てたら、祐馬さんは微妙な顔をして「そりゃ、よかったな……」と、これまた微妙な返事をした。
「残念?」
「いや、狙われるどっかのハイスペックが気の毒なだけだな……」
「だよねー」
笑う私に、微妙な顔をした祐馬さんがぽんぽんと頭を叩いてくる。
「俺には、お前ぐらいがぴったり合うって事だ」
「私も祐馬さんぐらいでちょうど良いよ」
現実を見ると、ちょっとハイスペック過ぎる気がするけど、ここはあえて黙っておく。だって、私社長令嬢だし。肩書きだけなら釣り合ってる、釣り合ってる。
「ありがたいことで……」
「女子大生にちょうど良いって言われた、幸せをかみしめると良いよー」
「……そうだな……」
苦笑いしていた祐馬さんがにやりと悪そうな笑みを浮かべて、突然チュッとキスをした。
「……な!」
「今、女子大生が恋人で幸せな実感がわいてきた」
「私は恥ずかしさで悶え死にそうだよ!!」
「じゃあ、もっと慣れた方が良いな、乃愛、ほら」
ニヤニヤ笑いながら祐馬さんが自分の唇を指す。絶対これ、私の反応見て遊んでる!
ほんっと、この人時々本気でむかつく!
キスするほどの勇気はないから、代わりにぎゅっと抱きついてから、イーって顔を顰める。
「不細工!」
「うるさい! この顔が好きなくせに!」
「……だな」
笑顔でうなずかないで! くそー! やっぱり私は祐馬さんには敵わない。悔しい!
祐馬さんの家に戻ってきて、一週間以上が過ぎた。あれから私たちはたくさん話をした。これまでのこと、これからのこと。私の気持ち、祐馬さんの気持ち。いろんな事をたくさん。
生活は以前とほとんど変わってない。でもちょっとだけ祐馬さんの言動が恋人っぽくなった。いつも通りなんだけど、それに私は振り回され続けている。
結婚するのは私が卒業してから。その時に、絶対二人でうちの両親を陥れてやろうね!って計画している。
私たちは両思いになって、……そして正式に婚約者になった。
バスから降りると、私はかけだした。
早く、早く露木さんに会いたい! 会って、ずっと一緒にいたいって、私も、許してもらえるなら、ずっとって……!
ドアを開けると露木さんが待っていた。
「露木さん……た、ただいま……!! あの、あのね! 私、ここにいても、いい?!」
「……帰ってきたって事は、今度は俺と結婚する覚悟できてんだろうな?」
顔を真っ赤にした露木さんが、がしがしと頭を掻く。
じわじわと、うれしさが染み渡ってゆく。私が笑っているのを見て、露木さんが私に手を差し延べた。
「覚悟するよ! 服にジャム付けても怒らないならね!」
いつかの街角で会ったときのように胸に飛び込んでった私を、露木さんは笑顔で受け止めてくれた。
HAPPY END!




