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壊れた時鐘を直したら、忘れられた街に春が来た  作者: 銀細工ナギ


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15/20

第15話 鳴らない公開修復会

 契約の日まで、あと六日。


 翌朝、広場には大きな木札が立てられた。


 〈公開修復会・正午より時計塔前にて〉


 ユアンが書いた文字の下に、住民たちがそれぞれ署名を加えている。パン屋の女主人、漁具を直す老人、子どもたちまで、思い思いの印を残した。


 誰にも隠れていないと示すためだった。


「修復会で、鐘を鳴らすんですね」


 私は制御盤の図面を抱えたまま尋ねた。


「鳴らす。鳴らせる状態だと、皆に見てもらう」


 ユアンはそう答えたが、目の下には濃い影があった。


 昨夜から、私たちは塔の内部を調べ続けていた。遅延魔法は逆向きにしたものの、魔法陣が仕掛けられていた場所には別の細工が残っていた。軸の内側に、黒い砂のようなものが詰められていたのだ。


 砂は魔力を吸う鉱石を砕いたものだった。歯車が回るたびに少しずつ散り、調速機の力を奪う。


「この砂を取り除けば、鐘を鳴らせます」


「なら、簡単ではないか」


 ユアンが言う。


「簡単なら、昨夜のうちに終わっています」


 私は小瓶の中で沈む黒い粒を見つめた。


「砂は軸の奥まで入り込んでいます。全部取り除くには、鐘を吊るしている中心軸を一度抜かなければならない」


「中心軸を?」


「抜いたら、鐘の重さを支えるものがなくなる。仮の支柱を組み、振り子を固定して、それから軸を外す。公開の場でやるには危険です」


「危険だからこそ、見せる価値がある」


 ユアンは図面の上に指を置いた。


「商会は、私たちが失敗を隠していると言うだろう。ならば、失敗しそうなところまで含めて、皆に見てもらう」


 正午になると、広場は人で埋まった。


 商会からも三人の男が来ていた。前日の技師の姿はない。その代わり、灰色の外套を着た代理人が、腕時計を何度も確認している。


「公開修復会など、時間の無駄ではありませんか」


 代理人が言った。


「契約期限は迫っています。鐘が鳴らないことを住民に確認してもらえば、管理権の移転も納得されるでしょう」


「鳴るかどうかを決めるのは、あなたではありません」


 ユアンは広場全体に聞こえる声で返した。


 私は制御盤の前に立ち、見つかった細工を説明した。黒い砂の入った小瓶を掲げると、住民たちの間からざわめきが起こる。


「これが商会の仕業だという証拠はあるのか」


 代理人が笑う。


「塔が古いから、自然に混ざっただけかもしれない」


「自然に混ざった砂なら、同じ形の粒が同じ深さに揃って入り込むことはありません」


 私は小瓶を逆さにした。底に残った砂が、光を受けて青黒く輝く。


「これは魔力を吸うために加工されています。軸の回転方向に沿って、細い溝まで掘られていた。誰かが分解して入れたものです」


 人々の視線が代理人へ集まった。


「説明は、こちらが終わってからでも構いません」


 ユアンが言った。


 住民たちが組んだ仮支柱を、塔の内部へ運び込む。漁師たちは太い綱を扱い、木工職人は支柱の楔を打ち、子どもたちは小さな鏡で暗い場所を照らした。


 私は中心軸の固定具を外した。


 かちり。


 歯車がひとつ止まる。


 次の固定具へ工具を移した時、軸の奥からかすかな煙が上がった。


「リゼット!」


 ユアンが叫ぶ。


「大丈夫。吸収石が熱を持っただけです」


 そう答えた直後、鐘が吊られた塔の上部で、金属の裂ける音がした。


 支柱がわずかに沈む。


「綱を二本目へ!」


 ユアンが指示を飛ばす。住民たちが一斉に動いた。だが、中心軸は半分抜けたところで動かなくなった。


 嫌な予感がした。


 私は軸の継ぎ目へ鏡を差し込んだ。奥に、銀色の針が一本刺さっている。


「まだ仕掛けがある」


「遅延魔法か?」


「たぶん違う。これは、軸を途中で止めるための楔です」


 私は針を抜こうとした。だが、針の先に赤い魔法石が埋め込まれている。無理に引けば、鐘の重さが一気に片側へかかる。


 広場が静まり返った。


「鳴らせないなら、失敗を認めればいい」


 代理人の声が響いた。


「住民の皆さん、これが現実です。古いものに執着するから、街区は前へ進めない」


 その言葉に、パン屋の女主人が一歩前へ出た。


「前へ進むって、誰かに家を売ることかい」


「家を守ることが、壊れた鐘を眺めることならね」


「眺めていたのは、あんたたちだろう」


 老人の声が続いた。


 私は針を見つめた。魔法石には小さな傷がある。前日の技師が押した印章と同じ、三つの歯車。


「ユアン、この針は抜きません」


「どうする」


「折ります」


 私は細い工具を取り出した。


「魔法石の根元だけを削って、楔としての力を失わせる。鐘は一度、落ちます」


「一度、落ちる?」


「支柱が受け止めます。でも、音は鳴りません」


 ユアンは周囲を見回した。誰も逃げようとはしていなかった。


「やってくれ」


 私は工具を差し込んだ。


 金属を削る音が、塔の中に長く響いた。火花が指先をかすめる。魔法石の赤い光が強まり、足元の床が震えた。


「今です!」


 ユアンが綱を引く。


 私は最後の一削りを加えた。


 針が折れ、中心軸が支柱へ落ちた。衝撃で鐘が大きく揺れる。けれど、音はしなかった。


 広場には、期待のあとに重い沈黙が落ちた。


 鳴らない。


 代理人が息を吐く。


「ご覧の通りです」


 私は膝をつき、落ちた軸を撫でた。黒い砂がこぼれ、その中から小さな紙片が出てきた。


 紙片には、商会の紋章と、作業の日付が記されていた。


 そしてその日付は、私たちが最初に故障を発見した前日だった。


「鳴らなくても、見つけました」


 私は紙片を掲げた。


「この塔は、まだ時間を刻める。今日鳴らなかったのは、壊れているからではありません。鳴らないようにされた証拠が、ここに残っているからです」


 ユアンが私の隣に立つ。


「公開修復会は失敗ではない。真実を隠さず、次の修復へ進むための記録になった」


 誰かが拍手をした。


 一度、二度。


 やがて広場いっぱいに拍手が広がる。


 鐘は鳴らなかった。


 それでも、その音のない午後に、街区の人々は初めて同じ時刻を共有していた。

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