前進と暗雲②
月日が流れ、秋がきた。
もうすぐ農作物の収穫の時期だ。
新しく植えた雨に強い麦たちは、飢饉対策に協力してくれている各領地で順調に育っている。
昨年から始めた麦の備蓄は、湿気で駄目になってしまったりと領地によって進捗は様々だが、少しずつ前に進んでいた。
「予定通りなら、そろそろアリウムとヒロインが出会うはず……」
けれど、その気配がまるでない。
私が色々と変えてしまった影響だろうか。
……もし飢饉が起きなければ、強行して対策を行なってきたアリウムはどうなるのだろう。
いや、起きないに越したことはないのだから、そんなことを思っては駄目だ。
そう思うのに、心のどこかで予定通り飢饉が起きてほしいと願っている。
だって、そうしないとアリウムは今回の施策の責任を問われてしまう。
私が言い出して、私が振り回したのに、しわ寄せはアリウムに行くのだ。
「飢饉が起きなかった時の、貯蔵物の流用を考えないと……」
どうしたって貯蔵した食料は品質が落ちる。
それを安価で流通させれば、市場の作物の価値に影響を与えてしまう。
だからといって、貯えを循環させないわけにもいかない。
「まだまだ考えないといけないことばっかりだ……」
小さくため息をこぼしながら、王城へと向かう馬車に乗り込んだ。
***
王城に着くと、サイナス様が待っていた。
王城で飢饉対策の話し合いをする時は、サイナス様が護衛を担当してくれるのだ。
「いつもすみません」
「気にするな」
ふっと小さく笑いながら、サイナス様は執務室の扉に手をかける。
「ミルベラ嬢のおかげで、アリウム殿下はずいぶんと人間らしくなった」
「え?」
どういうことですか? と聞く前に、扉が開かれてしまう。
「ミルベラ、待ってたよ。サイナスもご苦労さま」
アリウムの労いの言葉にサイナス様は一つ頷くと、扉の前に立つ。
「じゃ、さっそく始めようか」
アリウムやカルナ様、キール様と飢饉対策についての報告書類を見つつ、飢饉の兆候がないか、読み込んでいく。
今のところ、変わったことはなし……かな。
とは言っても、現地に行ったわけでもなければ、地方の報告書の中には、一月前に作成されたものもある。
情報が届くまでに時間がかかりすぎる……。
「やはり備蓄方法が課題か」
「そうだね。商会ごとにこんなにも差が出るなんてね……」
アリウムの言葉に、カルナ様は眉間にシワを寄せ頷く。
「どうにかして、領地ごとの差を無くさないとですね」
備蓄方法を秘匿としている商会も多く、備蓄が成功した商会ほどその傾向が強い。
情報は時に金銭よりも価値が高い。
他の商会に教えてほしいと頼んだところで、答えは目に見えている。
「……難しい問題ですね」
何だろう。進んでいるはずなのに、停滞している感じがする。
これ以上、上手くいかないように、なっているみたいな……。
根拠もない不安だ。
そんなことを考えるより打開策を探さないと……。
──コンコンコン。
この時間に誰かが来るなんて、珍しい。
開かれていく扉に視線を移せば、見覚えのある……けれど初対面の女性が立っていた。
「──っ」
な、何で!?
いや、時期的に出会ってるので間違いない。
動けないでいれば、アリウムが扉に向かって一歩踏み出した。
その表情に驚きはない。
そうか。既に出会っていたのか……。
「ラディア嬢、何のご用で?」
「私もこちらに加わるよう、陛下の命により参りました」
落ち着いた、温度のない声。
小さいけれど、その声は直接脳に語りかけるように鮮明だ。
「お引き取りください。父には、俺から不要だと伝えておきましょう」
アリウムは笑顔で言い放つ。
「それは、こちらでの総意でしょうか?」
心を見透かすような瞳に、心臓がドクリと跳ねる。
「何故、加わるようにと命が出たのか、確認した方がいいんじゃない?」
「その必要はないよ。理由は分かっているから」
「あ、そうなの?」
その言葉にカルナ様をチラリと見れば、小さく首を振られる。
「国王陛下は、私とアリウム殿下の婚姻を望んでおられます。仲を深めさせたいのでしょう」
淡々と、他人事のように話すラディアに、アリウムは冷たい視線を向けた。
「その話は既に断っている。口にする必要はない」
「私は、ただ事実を申しただけでございます。ここへも、言われたから来たのです。受け入れるも、拒絶するも、私の知るところではございません」
温度のない声だ。
小説での聖女ラディアは、優しく、人の痛みに自身の胸も痛める人だった。
けれど、目の前のラディアは、感情を一切捨てた、まるで人形のよう。
「ならば、拒絶されたと──」
「ちょっと、落ち着きなよ。王命で来るしかなかったんだろうしさ。えっと、ラディアちゃん……であってるよね? あなたは、ここで何をするよう陛下に言われたのかな?」
アリウムを止め、カルナ様が明るい口調で話す。
「ただ、そばにいるようにと申しておりました。私の夢見の力は、私と親しければ親しいほど、より鮮明に見るのです。稀に例外もございますが」
「……夢見の力?」
「はい」
カルナ様の目が見開かれる。
「ラディア嬢は、夢見の聖女だ」
そう言いながら、アリウムは再び書類に視線を落とした。




