第4話 小ボスと思ったらラスボスだった件
―――数十分前―――
ダンジョンに入ってから半日、現在俺たちは9階層に居る。
ややこしいことに下に向かって進んでいるため地下9階という感じだ。
ダンジョンの中は、入口とは異なりしっかりとしたレンガ作りとなっている。
ゲームによく登場する迷宮型ダンジョンと同じような内装だ。
稀に宝箱が出現するらしいから本当にゲームみたいだ。
『ダンジョンについて』によるとダンジョンに出てくる魔物は、ここで死んでいった魔物という説が有力だそうだ。
今目の前で襲ってきている緑色の醜い小鬼―――ゴブリンだと思うが、こいつもここで死んでダンジョンに再利用されているのかもしれない。
可哀想だ。
だからと言って俺の攻撃の手が止まるわけでは無いが。
「ギギ!」
ゴブリンは、棍棒を持っている右腕を上げ大股でこちらまで走ってきたが、そのスピードはとても遅い。
ふ、俺の剣の錆にしてや―――
「シッ!」
「……」
「流石だな!高橋!」
なんというか、その。
ダンジョンの道が狭くてここまで来る気配がありません。
ダンジョンは、5人がギリギリ横並びに戦闘できる程度の横幅だ。
先頭に騎士団長のガゼフと2人の精鋭の兵士。
2列目におなじみ高橋3人衆と美咲だ。
後はクラスメイトが4人ずつ。
最後列には、これまた4人の精鋭に騎士副団長が居る。
その前に俺、影山、その他2人が並んでいる感じだ。
半日かけて潜っているが、基本的に魔物はダンジョンの奥からしかやってこない。
稀に通って来た道から誕生することもあるが、そこは精鋭たる兵士と副団長の出番だ。
一切の隙無く魔物を討伐していく。
俺たちよりも戦闘に長く携わっている関係上、そんなことは当たり前だろう。
問題は美咲たちの方だ。
後ろからでは良く分からないが、声や周りの雰囲気を感じる限り、魔物を倒すスピードが徐々に上がってきている。
これがレベル上昇の恩恵だと言うのか!?
それ以外に考えられないからそうなのだろう。
羨ましいぜ、全く。
俺も王城脱出を確実にするためにレベルを上げたい。
そんな愚痴を言いながらダンジョンを進んでいると魔王城か?と言いたくなるような鉄の両扉が見えた。
もしやこれは―――。
「これより小休憩とする!各自休憩を取った後、ボス部屋へと向かう!」
おお、遂に来ましたボス部屋。
ダンジョンによって異なるが、ここのダンジョンは10回毎にボス部屋が存在するらしくこれまで登場してきたゴブリンのボスが出てくるそうだ。
ボス部屋は、道中とは違いかなり広く四方八方から雑魚モンスターが来るためようやく俺も戦闘に参加することができる。
騎士団にとっては、このダンジョンのボス部屋へ挑むのは手慣れた作業らしく、新兵が入団する度にボス部屋でレベリングをするそうだ。
つまり、安全にレベリングできる環境がここに整っている。
最高だぜ。
ここで上げられるだけ上げる「サトウ、その石に触れるな!」しかないよな。
と思っていたら何やら前の方が騒がしい。
美咲に尋ねようと思い足を動かそうとしたが、次の瞬間俺の視界の端からダンジョンの壁が無くなった。
どうなったのか分からないが、一瞬の浮遊感に襲われた後、レンガ作りの壁が無くなりデカい体育館が縦横に何個も入るレベルで大きな空間が広がっていた。
そしてその中央にデカい岩―――魔物が居た。
数十メートルはある巨大な胴体。
体と比べ小さな―――俺たちよりも大きいが―――翼。
そしてこちらを覗く赤い眼。
「ベヒーモス……」
その体は鋼鉄に覆われどんな魔法や武器であろうと攻撃を通さない。
その翼は、飛ぶためにあるのではなく、竜巻を発生させるために存在する。
その赤い眼は、数多の存在を畏怖させ、人々を絶望へと追いやる。
国家滅亡級指定魔物―――ベヒーモス、ここに見参。
……………。
俺、死んだわ。
ベヒーモスはゆっくりと、鬱陶しい虫を潰すかのように前足を上げ俺達を踏みつぶそうとした。
ベヒーモスにとってはゆっくりでも俺たち人間にとっては高速。
高く上げられた足裏は、地面に近付くにつれ空間を歪ませるほど早くなっていき、同時に何故か俺の体が金縛りに遭ったかのように動かなくなった。
辛うじてレベルが上がっていた4人は、反応し足元の影から離れるが、他のクラスメイトは動くことすらできなかった。
俺とは違い、ステータスが低いわけでは無い。
相手が悪かったのだ。
その威圧感に圧迫され動けなくなるのも無理はない。
「春!」
ズドンッ!という音と共に床に大きなクレーターを作り、その破片が壁に向かって雪崩のように広がった。
ベヒーモスの無慈悲なる足踏みの前には、勇者も王国騎士団長も無に等しい。
ベヒーモスは始末したことを確認するように足裏を顔へ向ける。
足裏には、大量の血と服が入り混じっていた。
クラスメイトの中でステータスが低かった者、ベヒーモスの威圧感に耐えられずその場に居た者のミンチだ。
「うお、おぇ」
数少ない生き残りである山田がその残酷さに耐えられず、休憩中に食べた物を足元にぶちまけた。
無理もない。
ただの一般人が人の血の匂いで充満するこの空間に耐えられる分けが無い。
今回のダンジョン遠征で付いてきた兵士たちはガゼフと副騎士団長以外、誰も生きていない。
一方の勇者側は唖然とする高橋、苦悶の顔をした佐藤、肩で息をする山田、冷静な美咲、そして俺だ。
踏みつぶされる瞬間、誰かに体を抱えられた感覚がしたが、美咲だった。
やっぱり女神様なのだろうか。
生き残ったら美咲教を作ろう。
そのためにも―――。
「春!動いちゃ―――」
「聞いてくれ、皆。打開策を思いついた」
「桜木!てめぇが何しようがどうにもできねぇんだよ!」
「いいや、方法はある」
「何言って―――」
「聞かせて欲しい、桜木君」
「お、おい!正気か、翔太!?」
佐藤、こんな時まで俺を疑うのかよ。
本当に泣くぞ?
「正直言うともう助からないと思うからね。それなら桜木君の案を聞いてみてもいいんじゃないかな?」
「ありがとう、高橋」
「ははっ。いいよ」
本当にありがとう。
「花子はそれでいいのか!?」
「ここで死んじゃうんだ。皆、ここで。私の人生って何だったんだろう。何でこうなっちゃったんだろう」
「おい、花子!しっかりしろ!」
「涼介、そっとしてあげて」
「で、でもよ!」
「ごめん。余裕が無いんだ」
「ッ!」
「それじゃあ、作戦を伝える」
「分かった。ガゼフさんもいいですね?」
「俺もタカハシと同じだ。異論はない」
それじゃ、作戦開始と行きますか。