運命ってしっちゃかめっちゃか⑩
結局、試合はうやむやのうちに終わった。実力を魅せきれなかったカエデはさぞかし落胆してるだろう――と思いきや、そんなことはなかったようで。
「ねえ、聞いて! ハリーったらめっちゃカッコいいの!肩を抱いてくれてね、イケボで『大事ないか』って!」
話し相手を務めるキュプラは、顔でニコニコ、腹中イライラ。
「へえ、それは良かったですね」
「やあん、キュッピー、ちょっと不機嫌?」
「きゅ! キュッピー?」
「なになに、もしかしてジェラシー? ジェラってる?」
ウザいことこの上ない。だがキュプラは詐術と話術で神殿のトップにまで上り詰めた男、このくらいで笑顔を崩したりしない。
「は……ハハッ、そうかもしれませんね」
突然、カエデがニタリと笑う。
「そういえばアンタ、アタシに魔法をかけてくれたでしょ、王子さまに愛されますように~って」
さすがのキュプラも眉の端をピクリと吊り上げた。
「なんのことです?」
「とぼけなくってイイって、アタシに魅了効果を付与したっしょ」
「いえ……そんな……ことは……」
正直、ナメていた。キュプラはこの時まで、カエデのことを賑やかしいだけの、頭の軽い女だと思っていた。彼女が望む通りの夢物語に付き合ってやって、この世界がゲームの中なのだと信じ込ませ、完全に自分のコントロール下に置くことに成功したのだと信じ切っていた。
だが、そうではなかったのだ!
「あれあれ~、もしかして、アタシが本当に本物のおバカだと思っちゃってた?」
カエデは甲高い声で「きゃははっ!」と笑ったけれど、キュプラにはもはや、それが裏のない純真無垢の表れだとは思えなかった。
「いったい、いつから……」
「そーねー、けっこう召喚されてすぐ? でもさ、騙されたフリしてる方がアンタたちが喜ぶからさ」
キュプラは本能的に危機を感じてじりっと後ずさった。だがカエデは、そんなキュプラの恐怖すら見通しているかのようにくいっと前に進んで間合いを開かせてはくれなかった。
「あっれ~、もしかして、アタシのこと怖いとか思ってる感じ?」
正直に言えば怖い。いままでただのアーパーな小娘だと思っていた相手が、実はこっちの手の内を見通していたなんて、怖くないはずがない。
「いったい、何を企んでいるんだ……」
「あ、そういう悪いこと考えてるんだろ~みたいな態度、傷つくなあ、せっかく、感謝の気持ちを伝えようと思ったのに~」
「感謝だと?」
「そ、今までありがとね~っていうのと、いいヒントありがとね~ってのと。おかげで、あんたたちの手を借りなくっても、この世界を私の思い通りにする方法、わかっちゃった」
「いったい、お前は、何を……」
「アンタ、異世界から来たアタシは魔法とか使い放題だって言ったじゃん?」
「言い……ましたね」
「それってつまり、攻撃じゃない魔法も使い放題だってことじゃんね?」
カエデは無駄な問答をこれ以上続けるつもりは無いらしく、ふいに口を閉ざしてキュプラを見つめた。
キュプラの背中がぞわりと粟立つ。
「くそっ! アーパーなのはホントにフリだったのかよ!」
異世界人特有の黒い瞳――深く、底知れぬ、全てを飲み込もうとしている良く深い闇色の。
「超魅了」
カエデの声が聞こえた。それっきりだった。
それっきり、キュプラの意識は、ぷつりと途切れた。




