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運命ってしっちゃかめっちゃか⑧

 カエデが魔弾の軌道の中に自らの身を投じたのだ。

「危ない!」

 モースリンは両手をきゅっと胸の前に引いて魔弾を打ち消した。だが今一歩おそく、カエデの運動服の右袖は焼け落ちて、その下から現れた二の腕にはうっすらと赤い火傷が刻まれた。

「熱い、痛い! マジさいてー!」

 カエデは喚き散らすが、モースリンにしてみれば自分から魔弾の中に飛び込んでおいて何事かと腹も立つ。

 しかしこうした魔法試合では術者への直接攻撃はどんな理由があろうと反則行為とみなされるというルールがあり、時に判定勝ちを狙ってわざと相手の攻撃を受けるということも無きにしも非ず――もちろん卑怯な手であるため、実際にやるヤツはめったにいないが。

 モースリンはカエデの行為を、こうした判定勝ちに持ち込むための作戦だろうと考えた。まあ、卑怯ではあるが戦略的には間違っていない。だからモースリンは何一切疑うことなく、心からの親切心で「治療を」と言った。

 火傷は皮膚の表面一枚を浅く焼いた程度のものであり、治癒魔法を使えば痕一つ残さずに治すことができるはずだ。

 しかしモースリンが差し出した親切の手を、カエデはぱあん!と音立てて弾いた。

「やあっ! なにするつもりよ!」

「ですから、治療を」

「ウソ! とどめを刺そうとしているでしょ!」

 モースリンに向かって会話を投げているくせに、目も合わせない。情感をたっぷりと込めた声音といい、大げさな身振りといい、まるで芝居だ。

 とどめにドーンと説明ゼリフ。

「わかっているわ、婚約者であるアンタを差し置いて、アタシが王子に愛されちゃっているのが気に入らないから、それで私を殺そうとしているのよね」

 普段であれば、そんな言葉など誰も本気にすらしない。だけどキュプラがかけた魅了魔法チャームの効果が、ここにきてあらわれた。

「ああっ、なにも悪いことなんかしていないのに殺されちゃうなんて、なんてカアイソウなアテクシっ!」

 わざとらしくよよと泣き崩れるカエデの姿に、観客の誰もがキュンした。こと審判役の女生徒など、カエデの一番近くで魅了効果を食らったわけで――彼女はすっかりカエデに同情して、モースリンを責め立て始めた。

「ただの模範試合ごときで相手を怪我させるほどの術を使うなんて! 少々常識を疑いますわね!」

 いやいやいやいやいや、ここで疑われるべきは魔弾の中に自ら身を投じたカエデの常識だろうに。

 しかし会場の隅々にまで魅了魔法チャームの効果が及んでいる今、カエデのことを悪く言うものは誰ひとりとしていない。むしろカエデを気遣ったり同意したりするささやきが、波音のようにざわざわと鳴っている。

 審判役の彼女は、まるで親の仇でも見るような目つきでモースリンをにらみつけ、声も高らかに宣言した。

「明確な害意をもって危険行為を行ったとみなし、モースリン=カルティエ嬢を退場処分といたします!」

 さすがにモースリンだって黙っちゃいない。

「ちょっとお待ちになって、私が彼女に向けて魔法を撃ったのではなく、彼女が私の魔弾の軌道に自ら飛び込んできたのですが、それは?」

「だとしても、あなたが完全に魔力をコントロールできていれば咄嗟に魔弾を逸らすくらいのことはできたはずですよね」

「いやいやいや、あの距離で? 無理だから」

「ともかく、術者の体に攻撃魔法が触れたのだから、ルールにのっとってあなたは反則負けとなります」

「うん、それはいいのよ、納得しているわ。でもね、退場っていうのはさすがに、横暴が過ぎるんじゃないかしら。あなた、そんな横暴な人じゃないでしょ?」

「横暴……」

 彼女はちょっと小首をかしげた。一瞬、魅了効果が薄れたのか、その瞳に正気が灯ったように見えた。

 だが、その正気をかき消すかのようにカエデがわめく。

「横暴なんかじゃないって、こいつ、私を殺す気だったんだから! そんなの、反則とかルールとか関係なくない? 殺人未遂だよね!」

「なるほど、殺人未遂だったんですね」

 どうやら彼女は再び、魅了魔法チャームに取り込まれたらしい。

「やはり、モースリン=カルティエ嬢を退場処分とします!」

 会場中に魅了魔法が行渡った今、そのジャッジに異を唱えるものは一人としていなかった。むしろ、モースリンに向かって石が投げられた。

「帰れ、さっさと帰れ、この悪人め!」

「殺人犯! 裁きを受けろ!」

 さらに悪いことに、ハリエットもガッツリ魅了を食らってしまったらしく、彼は観客席の低い壁を飛び越えてカエデに駆け寄った。

「大丈夫か、君!」

「いやん、カエデって呼んで」

「大丈夫か、カエデ!」

「ああん、そのセリフ、ゲームで見た~」

 カエデは両手を打って大喜び、さらにハリエットに向かって命じた。

「ねえ、これも言ってみて、『君はまるで空から落ちてきた星のようだ』って。アタシの目をじっと見つめて言ってね」

 ハリエットはうつろな目をしている。どう見ても正気じゃない。もちろん、カエデの言いなりだ。

「キミハマルデソラカラオチテキタ……」

「ん~、めっちゃ棒読み、でも、ま、いっか」

 これは分が悪いと見たか、モースリンはコットンを呼んだ。

「コットン!」

「ここに!」

「あなたは無事? 正気ね?」

「もちろん、正気です」

「わかったわ、脱出するから、手を貸して!」

「はいっ!」

 この二人であれば、たとえ観客が暴徒化したとて、その攻撃をかわして逃げることは難くはない。ただ、正気を失ったハリエットを残していかねばならない事だけが、モースリンの心残りであった。


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