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開店

短いネタです。

「あ~、暇だな~。暇よ、暇~」


 ここは魔王城の玉座の間、その玉座の上に、一人の少女がだらしなく座りながら、そんな声を出した。

 薄紫の肌、額から伸びる二本の角、背中に生えた黒い羽根、縦に割れた瞳孔。その少女を見れば、彼女が人間でないことはすぐに分かる。


「魔王様、しゃんとしてください。お腹が見えてますよ」


 玉座の隣に立つ美しい女性が、厳しい声で少女をたしなめる。彼女は一見普通の人間の様に見えるが、その非現実的なまでの美貌と、まとった蠱惑的な雰囲気は、堕ちた美か愛の女神を思わせる。

 彼女の言葉通り、玉座に座る少女は、この禍々しき魔王城の主――即ち、当代の魔王である。


「でもさ~、まじで暇なのよ。全っ然やる事無いし」

「それはそうかもしれませんが……」


 実際、魔王は今、極度に暇だった。現在、魔族と人類はその存亡をかけた大戦の真っ最中であるが、意外なほど、魔王の業務は少なかったのだ。

 政務は殆ど優秀な官僚がこなしてくれるし、総大将である魔王が前線に立つことは、家臣たちが許さなかったからだ。


「せめてなんか、娯楽でもあればな~」

「町を焼いて、人間を殺しますか?」

「嫌よそんなの。何が面白いの? バカじゃないの?」


 側近の提案に、真顔で魔王が答える。


「私、そんなSっ気無いし。あ~、なんかこう、近くにアミューズメントな施設でも無いの?」

「そういう要素を、魔族に求められても……。そうですね、どうしてもと仰るのであれば、私に一つ心当たりがありますが」


 顎に人差し指を当てて、小首をかしげる側近の髪からは、まるで、黒い光が零れ落ちているかのようだ。


「え、なになに、テーマなパークでも作ったの?」


 魔王の目が期待に輝く。


「いえ、違います。実はこの魔王城の前に、この間、新しい食堂がオープンしたのです」

「食堂? 魔王城の前に?」

「食堂というより……、正確に言うと、屋台ですね」

「屋台ぃ?」


 全く耳慣れぬ単語を口にする側近を前に、魔王は首をひねるばかりだった。



「お、で、ん?」


 白いのれんに書かれた言葉を、魔王がたどたどしく読み上げる。


「『おでん』です、魔王様」

「何それ」

「人間たちの料理の一種ですね。まあ、食べてみられれば、お分かりになるかと」

「ふうん?」


 半信半疑な声を出して、魔王は目の前ののれんをくぐった。


「へいっ、らっしゃい!」


 魔王たちが、のれんをかき分け中に入ると、白いねじり鉢巻きをした角刈りの親父が、威勢の良い掛け声を出した。この男が、この屋台の店主だろうか。

 魔王と男の間には、奇妙な四角い鍋が、火にかけられてぐつぐつと煮えている。鍋の中にはいくつもの仕切りがあり、その中では色々な具材が泳いでいた。


「親父、はんぺん、卵、つくね、大根ね」

「あいよっ!」

「はんぺん?」


 側近の女魔族が、神々を震わせるほどの美しい声で、魔王には理解できない呪文を繰り出す。親父は打てば響くように、鍋の中からいくつかの具を取り出した。

 展開の速さに戸惑う魔王をよそに、側近はすでに丸椅子に座り、準備万端といった体勢だ。


「飲み物は、何になさいやすか?」

「冷や、コップで」

「常連かよ。っておい、こいつ人間じゃねーの? 何で人間が、こんなところで店なんかやってんの?」

「え、お客さん、いきなりそれ聞いちゃいます?」


 店主は側近の前にのコップに、酒をなみなみと注ぎながら、はにかんだような笑顔を浮かべた。


「キモいよおっさん。てか、お前も普通に飲んでんじゃねーよ」


 側近は注がれた酒を飲み干し、ぶはぁと息を吐いた。


「もう一杯」

「こいつ……、聞いてねぇし」

「まぁ、確かにあたしは人間ですがね。でも、人間が魔王城の前で、屋台をやっちゃいけねぇって法はないでしょう?」


 確かにここは魔族の支配地域だから、ある意味で無法地帯だが、そういう物なのだろうか。魔王は首をひねる。


「え~、でもやっぱり、魔王の許可無しで、ここでそういうことしちゃ、いけないんじゃないの?」

「許可ならもらいましたよ」

「誰に」

「その人に」


 店主は側近を指さした。彼女はそれがどうかしましたかという面で、出された卵をかじっている。


「あっそ……」


 呆れ顔になった魔王は、とりあえず丸椅子の一つに腰かけた。


「まあいいわ、私にも何かちょーだいよ。何があんの?」

「色々ありますけどね……、餅巾着でも食べますか」

「モチキンチャク」

「これです、どうぞ」


 そう言って、店主が何やらぶよぶよした、茶色い袋の様なものを皿にとる。その皿を前に置かれた魔王は、怪訝な表情でそれを眺めた。


「これ、どうやって食べんの?」

ほれ(それ)です、ほれ(それ)


 三杯目を飲みながら、女魔族が指さした筒には、奇妙な棒が沢山刺さっている。

 そう言えば、さっきこいつはこの棒で卵を食べていた。それを思い出しながら、魔王は悪戦苦闘してモチキンチャクを口に運ぶ。


「あち! あちち。……おいひぃ!」


 袋から出てきた汁はとても熱く、口から地獄の業火を吐ける魔王も、少し舌をやけどしてしまったが、中身はとても美味しかった。


「ふぅ、美味しかった~」

「へへ、そいつぁどうも」 


 モチキンチャクを食べ切った魔王が、無邪気な笑顔で感想を述べた。店主が照れ笑いを浮かべながら、礼を言う。

 魔王は熱いものを食べたせいで、喉が渇いている自分に気づいた。


「私にも、飲み物ちょーだい」

「え、お嬢ちゃんにお酒はなぁ……」

「ジュースれいいっすよ、ジュースれ」


 呂律の回らない声で、女魔族が口を出す。彼女はすでに、店主から奪った酒の瓶を握って、自分でコップに酒を注いでいる。

 すでに千とんで十四歳だった魔王は、子ども扱いされてむっとしたが、特にお酒が欲しいわけでもなかったので、逆らわずにジュースをもらった。リンゴを絞って作られたそれは、甘くてとても美味しかった。


「で、あんたは何で、こんなところで店なんかやってんのよ」

「あ、やっぱり聞いちゃうんですね……」

「そうよ、あんた人間じゃない。普通人間がこんなとこ来たら、死んじゃうでしょーが」

「それにはねぇ、深い訳があるんですよ」


 感慨深げにそう言って、店主が語り始める。

 店主曰く、彼は昔、王都で冒険者をやっていたそうだ。その道では、それなりに知られた存在だったらしい。

 大陸でも並ぶ者の無い冒険者になったころ、彼ははたと気付いた。自分がやりたかったのは、果たしてこんなことだったのだろうかと。


「自分はねぇ、本当は料理人になりたかったんですよ」

「はぁ」


 遠い目をしながら語る店主に、魔王は気の無い返事を返す。


「でも何かね、お前は勇者の血を引いてるとかって下らねぇこと言われて、周りの期待に負けて、知らねぇ内にこの歳になっちまった」

「え、お前、勇者の血引いてんの?」


 そいつは魔王の天敵ではないか。実際、先代の魔王(魔王のパパ)は、ずっと昔の勇者に封印されている。

 こんな奴に店を出す許可を与えるなど、どういうつもりなのか。苦言を呈そうと、隣に座っている側近を睨みつけたら、彼女はついに酒瓶をラッパ飲みにしていた。


「……それで?」


 色々諦めた魔王は、話の続きを促した。


「で、SランクだかSSSランクだかの冒険者になったとこで、思ったんですよ。このままじゃ、駄目だって。俺の人生が、不本意なままで終わっちまうって」

「うん」

「だからここに店を開いたんです」

「うん? なんか話、飛んでない? 飛躍してない?」


 冒険者ではなく、料理人になりたかった。まあそれはいいとしよう。しかしどうしてそれが、魔王城の前で屋台を出すことにつながるのか。


「飛躍してませんよ」

「そうかなぁ……。そもそも何でここなのよ。こんなところに人間なんか来るわけないじゃん」


 周りを見渡すと、常闇の世界に、毒の沼地に生い茂った死の樹海が広がっている。

 出現するモンスターも、魔王が言うのもなんだが、かなりエグい。


「そこですよ、お客さん」

「何が」

「まず、常闇の世界ということ、これは、いつでも屋台を出せるということ」

「あ、もういいよ。分かったから。あんたアホね」

「次に、強力なモンスター、これは、ライバル店の出店を妨げてくれる」


 店主が救いようのないアホなので、魔王は勝手に、菜箸を使って鍋の中からタコの足を摘まみ取った。彼女の魔王としての学習能力は、この短時間で箸の使い方スキルをマスターさせていた。


 もぐもぐとタコ足を頬張りながら、魔王は店主の与太話を、聞くともなく聞いている。

 隣には、酔って爆睡している側近の寝息が響く。

 外の茂みには、リーリーという虫(正式名称:デスコオロギ レベル87 闇属性)の声。


 なるほど、これが人間の屋台という物か。魔王はしみじみとそう思った。

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