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「ふあぁ……」
結局昨日も夜更かししてしまったため、こみ上げてくるあくびを抑えきれない。
寝不足と、昨日の出来事から学校を休んで寝てようかとも思ったが、ゲームを理由に学校を休むのだけはやめようと自分の中で決めているので重い体を引きずってここまできた。
とはいえ実際に教室の前まで来ると入るのに少し気がひける。
本当、調子に乗った昨日の自分を殴りたかった。
ガラッと音を立てて教室の扉をあけると、一瞬だけ皆の視線がこちらに集中する。
が、それ以上は何もなく、みんな何事もなかったかのように近くの友達と話を再開していた。
思い過ごしだったのかとも思ったけれど、何もないのはそれはそれでちょっとひっかかるものがある。
まぁ、特に何も言われないのであれば今までと別に変わらないし、それならそれで問題ないはず。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ昨日のことを褒められたりしないかな、とか考えていたなんてことは断じてない。
「なぁ村内、ちょっと話しがあるんだけど」
だが、どうやら俺の思い過ごしではなかったようで、席に着くと同時に珍しく一人のクラスメイトが話しかけてきた。
「えっと、杉浦だよな。どうした?」
目線を合わせたりそらしたりと我ながら不審な動きを繰り返しつつ、話しかけてきた杉浦に応える。
「いや、昨日のリンクコネクトの話しなだけどさ。村内、あのボスモンスター一人で倒しちゃったじゃん? それで、もしかしてβテスターだったんじゃないかと思って」
「あぁうん、そうだよ」
特に隠しているわけでもないので、素直にテスターだったことを答えた。
「お、やっぱりか! いやーまさかあの高倍率の抽選を抜けてたやつがこんな身近にいたなんて! なぁなぁ、もしよかったら今日一緒に昼飯食わないか? 色々話しを聞きたいからさ!」
「えっ、んっと、俺なんかがいっていいんだったらぜひ……」
「よっしゃ! じゃあまた昼な!」
そう言って杉浦は自分の席の方へと戻って行ってしまった。
思わず了承してしまったけれど、急な誘いに頭がついていかない。
えっ、もしかして俺クラスメイトに昼食に誘われたのか?
まじで?
これ夢じゃないの?
この学生生活でそんなこと絶対に起きないだろうと思っていた出来事に、思わず動揺してしまう。
でももちろん舞い上がって喜ぶなんてみっともないので、平静を装っていつも通り机の上につっぷしつつ、顔を覆った腕の中でにへらとこらえきれない笑みをこぼした。
ご飯は一人で食べるもの、誰にも邪魔されずに食べてこそ食のありがたみがわかるもんだと自分に言い聞かせながら一人昼を済ませていた俺にとって、この出来事は非常に大きな意味を持つ。
それもこれも、雨森が一緒にゲームをやろうと誘ってくれたからだ。
昨日は余計なことしやがってと散々恨んでいたが、すべて水に流して今は感謝の気持ちでいっぱいだった。
さすがクラスの女神雨森様、彼女の慈愛はこんな俺にまで救いの手を差し伸べてくれるらしい。
俺の中で雨森が崇拝対象になったところで、ちらりと彼女の方を盗み見た。
と、なぜか雨森もこちらをみていたようで、思いっきり目が合ってしまう。
すると彼女は何を考えているのかまた昨日と同じようにこちらへ近づいてきた。
正直、雨森は存在そのものが目立つのであまり近寄ってきてはもらいたくない。
昨日みたいにいちゃもんをつけられかねないし。
だが彼女はそんな事お構いなし俺の目の前で立ち止まり、うずくまるおれの頭をちょんちょんと叩いた。
「ハロー、村内くん。今日もお眠なのかな?」
一体全体彼女はどういうつもりなんだろうか。
昨日までしゃべったこともなかったのにいきなり声をかけてくるようになるなんて。
「おはようございます。なにか用でしょうか」
思わず敬語になった俺をみて、雨森はぷっと小さく吹き出す。
「なにその変な言葉遣い。用といえば用かな、ちょっと渡したいものがあって」
そう言って彼女は俺に可愛らしい手紙を渡してきた。
「あとで読んでおいて。話しはそれだけ、じゃあまたね!」
「あ、あのさ」
背を向けようとする雨森に、思わず俺は声をかける。
なに? と首をかしげる彼女に昨日から気になっていた事を尋ねた。
「昨日、随分おそくまでリンクコネクトにいたみたいだけど、雨森ってゲーム好きなの?」
俺の質問に、雨森はちょっと考える仕草をみせてから、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「私が昨日なんで夜遅くまでいたか当てられたら、その質問に答えてあげるよ」
それだけ言い残し、雨森は今度こそ踵を返し俺から離れて行ってしまった。
さっぱり意図がつかめない彼女の行動に、俺は困惑することしができない。
そして、なんだか周りの男子から刺すような視線を感じる気がする。
勘弁してくれよと思いながら手渡された手紙を確認すると。
『18時に噴水前に来て。今日は私の他にはだれもいないから』
そこには、女の子らしい可愛い丸文字でそんな事が書かれていた。