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教室の中はいつも通り楽しげな声で溢れかえり、青春真っ只中と言わんばかりに、何が楽しいのかいつもと同じようにくだらない話題が繰り広げられている。
そんなクラスメイト達とは対照的に、目の下に隈を作った俺は、眩しい日差しから身を隠すように教室の隅で背中を丸めていた。
「眠い……」
極度の睡眠不足のせいで、もはや目を開けている事すら苦痛になってきている。
どうせ頭の中はゲームのことで一杯で、ろくに授業なんて頭に入ってこないのだからと開き直り、机に腕を伏せ顔を埋める。
こうなっている原因は、最近有名なあるゲームにある。
《リンクコネクト》
長い間多くの人に待ち望まれた、完全没入型VRMMOだ。
小学生の頃からネットゲームに勤しんでいた俺は、もちろんそのゲームを心待ちにしていて、テストプレイヤーにも応募していた。
そして、俺の日頃の行いの良さが報われたのか、見事高倍率の抽選をくぐり抜け、テスターとして一足先にリンクコネクトの世界を楽しんでいる。
昨夜も夜が明けるまで仮想世界に潜り込んでいて、そのせいで今に至るまで一睡もしていない。
いつもはさすがにそこまでやっていないのだが、昨夜は少し特別な事情があったのだ。
「なぁ、ついに今日から始まるぞ! 俺ちょっと一週間くらい学校休もうかなって思ってるんだ」
「おいおい、そんなことしたら先生に呼び出されるぞ? ま、気持ちはわかるけどな!」
というのも、今日からついにリンクコネクトの正式サービスが開始される。
今まではテスターしかいなかったあの世界に、一挙に人が押し寄せるのだ。
その前夜祭ということで、ゲーム内はお祭り騒ぎになっていた。
普段は一人で活動している俺も、昨夜はその騒ぎを直に体験していたため朝まで遊んでいたのだ。
クラスの中でもいくつかのグループはサービス開始の話題で持ちきりで、楽しさを隠せなさそうでいた。
ちなみに直接話ができるクラスメイトなんてのは俺にはいないので、寝たふりして盗み聞きした話に基づいている。
「なぁ、千優たちもやるよな? リンクコネクト」
「もちろん、私も凄い楽しみだったし。というか、クラスの人たちほとんどやるんじゃない?」
「そうそう、みんなやるっしょ。テレビとかもこの話題で一杯だし」
人一倍よく通る声が、教室の中に響き渡った。
別に声が大きいわけでもないのにそう思えるのは、教室に入ってきたその三人の存在感ゆえだろうか。
「お、悠人もやっぱやるのか? なぁなぁ、それじゃあ俺たちとも一緒にやろうぜ!」
その声につられ、今までリンクコネクトの話をしていた人たちが一斉に彼らの前に集まる。
さすがはクラスの人気者、ゲームやるときもひっぱりだこのようだ。
俺とはまるで正反対のあいつらの姿を思い浮かべ、瞑っていた目をさらに強く瞑る。
「ねぇねぇ、じゃあクラスでやる人に声かけて、みんなで一緒に遊ばない?」
千優こと雨森が、話に乗ってきた男子にそんな提案をした。
「お、いいね! 雨森さんの案に賛成の人!」
と、小学校の教師かよと突っ込みたくなる掛け声に、話をきいていた人たちが一斉に手を挙げる。
どうやらクラスの大半の奴らが一緒に遊ぶようだ。
まぁもちろん、こう言った「皆」で何かをするというときの皆には、俺は含まれていないので、今回も声をかけられることはな……。
「ねぇ、村内君」
顔を伏せていたため雨森が近づいてきていた事に気が付かなかった俺は、急に名前をよばれてびくりと身じろぎしてしまう。
「ふふ、やっぱり起きてたんだね」
そう声をかけられては寝たふりを続けるわけにもいかないので、ゆっくりと顔を上げる。
心なしか頬が熱くなっている気がするのは気のせいだろう。
決して寝たふりがばれて恥ずかしかったとかそういうわけではない。
「……何か用ですか」
雨森の顔から視線を逸らしながら、ぶっきらぼうにそう言い放つ。
別に彼女へ敵意があるわけじゃないのだが、昔から人と話すのは苦手で誰と話してもこうなってしまう。
「聞いてたでしょ? リンクコネクト、一緒にやらない? ゲーム好きな村内君がまさかやらないなんてわけないもんね?」
こいつは俺の何を知っているんだと言いたくなるが、そんな事を言えばただでさえ危ういクラス内での俺の立場が完全になくなってしまう。
ぐっとこらえ、もちろんやりますよと答えた。
「よしよし、じゃあ放課後、向こうの世界で会おうね。約束だよ?」
そう言って勝手に話を切ると、雨森はまた人だかりの中心へと戻っていった。
一体なんなんだと思って、雨森の言っていた言葉を反芻する。
……ん? 一緒にやらないって言われたか? もしかして誘われたのか、俺?
女子に一緒にゲームをやらないかと誘われ、柄にもなくちょっと嬉しい。
もう一度伏せた腕の中で、少しにんまりと笑ってしまったが、まぁ年頃の男子としては仕方ない反応だと思う。
「えぇー、村内のやつも誘うのか? 雰囲気壊されたりしないといいけど」
我ながら気持ち悪いなと思っていると、先ほど雨森達に声をかけた男子が、ぼそっと呟いた言葉が耳に突き刺さった。
改めて自分がクラスメイトにどう思われているかを実感し、浮かれた心を抑え込む。
俺は彼らにとって歓迎されるような人間じゃないのはよく知っているし、それに納得もしている。
だから俺には、最初に予定していた通りソロで楽しむのが性にあっているだろう。
ゲームの世界まで他人に気を使いたくないし。
せっかく誘ってくれた雨森には悪いが、後でやっぱり断っておこうと心に決め、いい加減限界を迎えた睡魔に身を委ねた。