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第五話 紅葉シーズン到来、一泊二日の塾合宿スタート(一日目)

十一月八日、土曜日。朝七時頃。JR芦屋駅前。

「それでは点呼を取ります。土生さん」

「はい」

「上河内さん」

「はーっい♪」

「蓬莱さん」

「はい!」

「茶屋さん」

「はい」

「麻恵」

「はーい」

 佐登子さんは塾生達の名前を呼んでいく。

「高史ちゃん」

「はい」

 最後に高史。

「全員揃ってるわね。では出発」

こうして塾生達&高史&佐登子さん一同は改札を抜けて、少ししてやって来た新快速電車に乗り込む。全員、柄は異なるもののリュックサックを背負っていた。

「私、遊園地行くの、久し振りだーっ」

「楽しみだね、麻恵お姉ちゃん」

「わたし、今日はいっぱい楽しむよ!」

「泊まるホテル、高級なとこみたいだからめっちゃ期待してるぜ」

「ワタシは、二日目の京都巡りが一番楽しみ」

 塾生達はわくわく気分で高史のそばに寄り添う。

 混んでいるため、みんな立っていたのだ。

「何か、ものすごーく気まずい」(僕、碧ちゃん以外の女の子を連れて歩くの、生まれて初めてだよ)

 高史はかなり居心地悪く感じていた。

 佐登子さんは少し離れた所で、ちゃっかり座ってくつろいでいた。


《まもなく新大阪、新大阪》

 そのアナウンスが流れると、

「皆さん、これから新幹線に乗り換えます。迷子にならないようにね」

 佐登子さんは塾生達に呼びかける。

「タカシっちの手を繋いでれば大丈夫だね」

「高史お兄ちゃん、一緒に動こう」

 塾生達は全員、高史の側にぴたりと引っ付く。

「あっ、あの、歩きにくいから……」

 高史はやはり迷惑がる。

「高史先生、すみません」

「ごめんね高史くん。頼りにし過ぎちゃって」

 そんなわけで葉奈子と麻恵は、佐登子さんの側へ付くことにしたのであった。

 新幹線ホームへ無事辿り着くと、一同はすでに停車していた東京行きのぞみ号に乗り込む。

「次の次で降りるからね」

 と、佐登子さんは最初に伝えた。

 今度は指定席だ。進行方向左側の窓際席に高史と久実、通路側の席に芽衣と桃香、向かい合う形で座り、右側の三列席では通路側から数えて葉奈子、麻恵、佐登子さんの順に座った。

「名古屋で降りちゃうから富士山見られないのが残念だけど、今日行く遊園地は楽しみだなあ。お菓子食べよっと」

 久実はそう呟いて、リュックから菓子袋を取り出した。

「久実さん、お菓子持って来すぎ」

 葉奈子は笑いながら久実のリュックを覗き込む。スナック菓子やキャンディー、グミなどが十種類くらい入ってあった。

「クーミン、クーミンは久実って名前だからグミが好きなんだね」

 芽衣は笑顔で話しかける。

「うん! ハロウィンで貰ったお菓子も、もう全部無くなっちゃったよ」

 久実は満面の笑みを浮かべて答えた。

「はええ。アタシももう少ししか残ってないけど。ハナコンも、ビ○コ持って来るなんて幼稚園児みたい」

 久実は笑いながら突っ込みを入れた。

「わたしこれ、昔から大好物なの」

 葉奈子は美味しそうに齧りながら、照れくさそうに言う。

「わたしもだよ。クリームの部分がたまらないよね」

 麻恵は嬉しそうに同調した。

「麻恵さん、桃香さん、久実さん、高史先生、佐登子先生、お一つどうぞ」

 葉奈子は一枚ずつ分けてあげた。

(気の利く子だな)

 食べながら、高史はとても感心する。

「ハナコン、アタシも欲しいなぁ」

 芽衣は手を差し出した。

「えー、だってバカにしたでしょ」

 葉奈子は得意げな表情で言う。

「ごめんハナコン、なんかみんな美味しそうに食べてるのを見て、アタシも食べたくなっちゃって」

 芽衣はてへりと笑った。

「しょうがないな、はいどうぞ」

 葉奈子は結局、芽衣にも快く手渡してあげたのであった。

 塾生達は楽しそうに会話を弾ませながら、楽しい時間を過ごす。


名古屋駅で降りた一同は近鉄に乗り換えさらにバスを乗り継ぎ、三重県某所にある大型遊園地にやって来た。

「家族連れですか?」

 入園ゲートの受付をしていたお姉さんに尋ねられる。

「いっ、いえ」

 高史は慌てて答え、

(家族連れに見えるのか?)

 こんな疑問が浮かぶ。

「ワタクシ、学習塾講師をしておりまして。この子はボランティア講師の新人さん、こちらの子達は生徒達です」

 佐登子さんは冷静に説明した。

(ありがとう、おばさん。上手く説明してくれて)

 高史は心の中で感謝の意を示した。

「とても仲良さそうね。では、いっぱい楽しんでね」

 お姉さんは雲一つ無い秋空のような爽やかなスマイルで話しかける。

 こうして一同は入園ゲートを抜け、園内に入った。

「それでは高史ちゃん、この子達の引率よろしくね。ワタクシは、喫茶店で待っていますので」

「えっ!」

 それからすぐにされた佐登子さんの突然の報告に、高史はたじろぐ。佐登子さんはあっという間にこの場所から遠ざかってしまった。

「高史お兄ちゃん、一緒に楽しもう」

 久実に右腕をガシッとつかまれてしまった。

「うっ、うん」

 高史の頬はみるみるうちに赤らむ。

「休みの日だから人いっぱいだね。葉奈子ちゃん、迷子にならないように、私と手つなごう」

「わたしなら大丈夫よ。それより、久実さんの方が」

 入園ゲートから十数メートル進んだ所で、麻恵は葉奈子に手を差し出す。

「葉奈子お姉ちゃん、あたし、絶対大丈夫だよ」

 久実は自信満々に言い張った。

「タカシっち、アタシと手、繋ごうぜ」

「うわっ」

 芽衣に左腕をつかまれ、高史は慌てる。

「ねえ高史くん、最初はどれに乗りたい?」

「僕は、べつに、どれでもいいけど」

 麻恵の問いかけに高史はすぐに答える。

「じゃ、ジェットコースターから乗ろう。一番近くにあるし」

 麻恵は提案する。

「いいわね。わたしもこの乗り物大好き」

「あたしもーっ」

 葉奈子と久実も大喜びで賛成した。

「なっ、なあ、遊園地へ来たからと言って、必ずしもジェットコースターに乗らなければならないということは無いと思わない?」

「そうだよ、他に、もっと面白い乗り物がたくさんあるし。なんかあれ、木で出来てるよ」

 芽衣と桃香はジェットコースターのレールを見上げ、びくびくしながら言う。

「芽衣ちゃん、桃香ちゃん、あのジェットコースターは軋みもあってすごくすごく楽しいみたいだよ」

 麻恵は笑顔で推薦する。

「芽衣さん、意外にジェットコースター苦手だったのね」

 葉奈子はくすっと笑う。

「大嫌いだぜ。タカシっちも嫌だよな?」

「僕は、平気だけど……」

 芽衣に上目遣いで見つめられ、高史はやや緊張する。

「あーん、タカシっち、裏切らないでぇ」

 芽衣は涙目になった。

「どうしても行きたいんだったら、五人だけで行ってきてね。ワタシ、この辺で一人で待ってる」

 桃香は強く主張した。

「まあまあ、そんなこと言わずに。せっかく来たのに」

「桃香お姉ちゃん、そんなことしたら絶対迷子になっちゃうよ」

麻恵と久実はにこっと微笑みかけ、桃香の肩をポムッと叩く。

「でもぅ」

「高史先生が付いてるよ」

 葉奈子は安心させるように言う。

「それは、嬉しいんだけど」

 桃香は困惑顔だ。

「芽衣ちゃんも桃香お姉ちゃんも乗ろう、乗ろう!」

 久実はその二人の腕をつかんで誘う。

「……しょうがねえな」

「仕方ないですね」

結局、桃香と芽衣もしぶしぶ付いて行くことに。

(僕は、この子達がそこらのDQNにナンパされてしまわないかが心配だな)

 高史はこう思っていた。

今日は休日ということもあり、園内はかなり混み合っていた。家族連れや若いカップル、中高大学生くらいの男または女同士のグループなどが園内を行き交う。塾生達&高史のような、男子高校生一人に女子小中学生五人という組み合わせは、当然のように他に見られなかったこともあってか、

(この場から、早く抜け出したいものだ)

高史は周囲からの視線を非常に気にしていた。

塾生達&高史は乗車待ちの列に並ぶ。この六人の前に、すでに大勢の客が二列になって並んでいた。久実と葉奈子、高史と麻恵、桃香と芽衣が隣り合う。

今現在、三〇分待ちとなっていた。

「ねえ、まだぁ?」

 それから一〇分くらいすると、最初は大人しく待っていた久実は機嫌を損ねてくる。

「クーミン、気に入らないみたいだし、他のとこ行こうぜ」

芽衣がそう提案してみると、

「ダメ。あたし待つ!」

 久実はむすっとした表情で強くこう主張した。

「そっ、そんなぁ」

 芽衣はげんなりとした。

「くみちゃん、これあげるから大人しく待っててね」

 桃香はそう言うと、リュックから児童文学の文庫本を取り出し久実に手渡した。

「ありがとう、桃香お姉ちゃん」

 久実は嬉しそうに本を捲る。すっかり機嫌が直ったようだ。

 佐代里はお菓子を食べながら、高史は携帯電話、芽衣は携帯ゲーム機をいじりながら、他の三人はぼーっとしながら待つ。

ようやく乗れることになり、

「よかった。運よく一番前の席とれた」

「こんなにラッキーなのは、高史お兄ちゃんのおかげだね」

「高史先生は幸運を呼ぶ神様です」

 麻恵、久実、葉奈子は満面の笑みを浮かべる。

「なっ、なんで、こういう時だけ……」

「……」

 一方、芽衣と桃香は暗い表情だった。

「アタシ、タカシっちのお隣がいいな」

 芽衣は高史の右手を強く握り締めた。

「あの、ワタシも、瀬戸山先生の隣がいいです!」

 桃香は恐る恐る、高史の左手を握り締めた。

「あっ、あのう。二列ずつなので」

 高史は戸惑ってしまう。

「じゃあ、じゃんけんで決めたら?」

 麻恵の提案に、

「やだやだ、アタシ、絶対タカシっちのお隣がいい!」

 芽衣は大声で反対し駄々をこねる。

「じゃ、一番前の席譲ってあげるよ」

「アッ、アタシ、二列目以降でタカシっちの隣が……」

「芽衣ちゃん、遠慮しなくても。せっかく譲ってあげたのに。こっちおいで」

麻恵は芽衣の右手をグイッと引っ張り、最前列左側の席に追いやる。

「……どっ、どうも」

 高史はぎこちない動作で、芽衣の右隣に座った。

「瀬戸山先生、こっ、怖いです」

 桃香はびくびく震え上がる。彼女は高史のすぐ後ろ側に座った。

「芽衣ちゃん、あたしも高史お兄ちゃんのお隣がよかったけど、譲ってあげたよ」

その隣は久実だ。

 麻恵、葉奈子他の乗客も座ったことが確認されると、座席の安全バーが下ろされた。

 もう引き返すことは出来ない。

「タッ、タカシっち、怖い、怖い」

「怖いです、怖いです。たっ、助けて」

 芽衣と桃香は蒼ざめた表情で、安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。

〈発車いたします〉この合図で、ジェットコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。

「アタシ、この速くなるまでの時間が一番怖いんだ」

「ワタシもだよ、めいちゃん」

芽衣と桃香は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。

 坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。

「きゃあああああああーっ!」

「んぎゃあああああああーっ!」

 そのあと一気に急落下。と同時に、その二人はかわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じているからだ。

「わぁぁぁぁぁい、たっのしいいいいいいいーっ!」

 麻恵、

「おううううううう!」

 葉奈子、

「きゃあああああああーんっ♪」

 久実は喜びと興奮の叫び声を上げる。さらに両手を挙げる余裕も見せた。

「……」

 高史は走行中、平静を保ち終始無言であった。


「あー、すごく気持ちよかった♪」

「無重力疑似体験、最高っ!」

「宇宙飛行士気分が味わえたね、麻恵お姉ちゃん」

ジェットコースターから降りた直後、麻恵、葉奈子、久実は幸せいっぱいな表情をしていた。

「めちゃめちゃ怖かった。おしっこ漏らしそうになったぜ」

「気を失いかけたよ」

芽衣と桃香は安堵の表情を浮かべていた。

「ねえ、芽衣ちゃん、お写真が出来てるよ。芽衣ちゃんすごい表情してる。ムンクの『叫び』みたい。記念に買おう」

 降車口を抜けた所に貼られていた写真を眺め、麻恵はくすくす笑う。

遊園地の絶叫マシンにはありがちだが、急降下する際に写真を撮られていたのだ。

「そんなのいらなぁーい」

 芽衣はむすっとした表情で、不機嫌そうに言う。

「高史お兄ちゃんは表情が変わらないね」

 久実は微笑み顔で写真をじーっと眺める。

「それはまあ、高校の推薦入試の面接で担当者から無表情と指摘されたからね」

 高史は照れくさそうに打ち明けた。

「いつでも冷静沈着ってことの表れだね」

 麻恵はこう解釈する。

「絶叫マシンにも全く動じない高史先生は、木鶏のようで素晴らしいです」

 葉奈子は褒めてあげた。

「いやあ、どうなのかな?」

 高史は対応に困ってしまった。

「次は回転するやつに乗らない?」

 麻恵はみんなを誘う。

「ダメダメ」

「アサエ、もうジェットコースターは勘弁してくれ」

 桃香と芽衣は当然のように嫌がる。

「回転するやつは、あたしも苦手だな」

 久実もこれについては乗り気ではなかった。

「わたしもちょっと。ちなみにループコースターは理論上少なくともループ半径の2.5倍以上の高さから急降下しないと、一回転するまでにコースターがレールから外れて落っこちちゃうらしいです。ジェットコースターの質量をm、ループ軌道の最高地点に達した時の速度をv、急降下する直前の高さをh、軌道半径をR、重力加速度をgとする。ジェットコースターがループ軌道の最高地点に達した時、高さhにある時の位置エネルギーが、運動エネルギーと最高地点の高さ2Rにある時の位置エネルギーとの和に変換されるので、mghイコール2分の一mv2乗プラス2mgR。この式からv2乗を求めると2g(hマイナス2R)。これを、最高地点での抗力を表す式R分のmv2乗、マイナスmgに代入して、抗力が0以上となるhを求めると、h大なりイコール2分の5Rになるので」

 葉奈子は頭の中で数式を組み立て、物理学的視点で述べた。

「……すごいね、土生さん。まだ中学生なのに」

 高史はほとほと感心する。葉奈子の言っている事は、彼は全く理解出来なかった。

「葉奈子ちゃんの言ってること、全然分からないや」

「あたしもさっぱり」

「アタシもだぜ」

「ワタシももちろんです」

 他の四人も当然のような反応をしていた。

「わたしも教科書で少し読んだだけだから、正しいかどうかは自信ないよ」

 葉奈子は謙遜する。

「どっちにしてもそんなのが思い付くなんて葉奈子ちゃんは天才だよ。ねえ、次はジャンボバイキングに乗ろう」

 麻恵はパンフレットを見ながらを誘う。

「いいねえ、すごく楽しそう」

「振り子運動の原理ね」

 久実と葉奈子も大賛成した。

「もっ、もう止めて」

「ここの遊園地、絶叫マシン多過ぎ。ジェットコースターだけでも五種類以上あるぜ」

 桃香と芽衣は落胆した声で言う。

「桃香お姉ちゃん、芽衣ちゃん、絶叫マシン、あと一回だけぇ」

 久実にうるうるとした瞳で要求され、

「わっ、分かったよクーミン」

「本当に、あと一回だけよ」

芽衣と桃香は仕方なく付き合ってあげた。

 このアトラクションは、海賊船に乗るようになっていた。

 塾生達&高史は隣り合うようにしてまとまって座席に座る。

「すごーい、本当に大航海してるみたい」

「なんかRPGの冒険者になった気分♪」

「芽衣ちゃん、桃香お姉ちゃん、楽しいでしょ?」

「ぎゃあああっ、ジェットコースターよりはマシだけど、やっぱダメェェェーッ」

「ワッ、ワタシもーっ。早く、止まってぇぇぇーっ」

 芽衣と桃香は、早くこの場から逃げ出したいと強く思っていた。

「……」

 高史は揺られながらもまたも平静を保ち、無言であった。

海賊船の動きが止まり、スタッフから降りるよう指示されると、

「あっ、あのう、大丈夫?」

 高史は、ぐったりしてした芽衣と桃香に問いかけた。

「いや、全然。気分悪いぜ」

「ワタシ、まだ揺さぶられてる感覚が……」

 その二人は沈んだ声で答えた。


「なあ、次は、おばけ屋敷へ行こうぜ」

「えっ!? あっ、あたし、そこは絶対入りたくないよ!」

 降りた後の芽衣からの提案を、久実は即反対する。

「そういやクーミンは、おばけ屋敷が苦手だったな」

 芽衣はにやけた。

「いや、べつに、そんなことはないんだけどね」

 久実は俯き加減で否定した。

「それじゃ、クーミン一人で、外で待っとく?」

「それも嫌。迷子の子に間違われちゃいそう」

「そうでしょ」

 芽衣はくすりと笑う。

「久実ちゃん、私が隣についてあげるから安心して」

「嫌だ、嫌だ。麻恵お姉ちゃん、別のとこ行こう」

 久実は麻恵の袖をぐいぐい引っ張る。

「久実ちゃん、高史くんもいるんだよ」

「それは、すごく嬉しいけど、でも、でも」

 久実は顔を引き攣らせていた。

「ハナコンも、怖いんじゃないの? びくびくしてるよ」

 芽衣はにやりと笑う。

「そっ、そんなわけないでしょ。わたしは、おばけ屋敷大好きよ」

 葉奈子は俯き加減に言った。

「ワタシは怖いので、めいちゃんのそばについています」

 桃香はぽつりと呟く。

「じゃあ行こう!」

「やだやだやだぁーっ」

 麻恵は久実の手を握り締め、有無を言わさず手を引いて連れていく。

おばけ屋敷は、和の雰囲気が醸し出される合掌造り風の外観。

建物の外から、大入道や雪女などのカラクリおばけも見上げることが出来た。

「やっ、やっぱり、やめようよぅ」

 久実は逃げようとする。

「クーミン、ここのおばけ屋敷は全然怖くないよ。初心者向けでホラーというよりむしろ和風ファンタジックな雰囲気なんだぜ」

「そっ、そうなの?」

 芽衣は久実を口説く。久実はほんの少しだけホッとした。

塾生達&高史は入口を通り、受付で入場料金を支払って、いよいよ屋敷内へ。 

 一歩踏み入った瞬間、

「きゃあああああああっ! たっ、高史お兄ちゃあああああっん」

 久実はおばけもびっくりするような大声で叫び、高史の背中にぎゅっとしがみ付く。久実の目の前に、ろくろ首[のマネキン]がおどろおどろしい効果音と共に現れたのだ。 

「あっ、あの、上河内さん。ここにいるおばけは、全て作り物だから……」

 高史は苦しそうな表情で説明する。

「出口、まだなのぅ?」

「あわてない、あわてない」

 カタカタ震える久実を、麻恵はなだめる。

「あのう、上河内さん、服が伸びちゃうから、あんまり引っ張らないでね」

 高史はちょっぴり迷惑がった。

「ごめんなさい、高史お兄ちゃん」

 久実は今にも泣き出しそうな表情で謝る。

「クーミンって、本当に怖がりだなぁ。自然学校の時も夜怖い話した時めっちゃ泣いてたし」

「久実さんの仕草、とってもかわいい」

芽衣と葉奈子はにこにこ微笑みながら眺める。

「あっ、あたし、おばけとか大嫌いで、今でも真夜中は一人でおトイレに行けないの。だって花子さんが出て来そうなんだもん」

「久実さん、作り話よ」

「葉奈子お姉ちゃんは、おばけ屋敷は怖くないの?」

久実は、今にも泣き出しそうになりながら葉奈子に質問する。

「うん。だって全てニセモノだと分かっているもの。幽霊なんて、この世に存在するわけはないよ」

 と言いつつも、葉奈子もカタカタ震えながら麻恵の手をちゃっかり握っていた。

「葉奈子ちゃん、それは紛れもない事実だけど、雰囲気を楽しまないと損だよ」

 麻恵は笑いながら、幽霊のマネキンに向かって呟いた。

「ぎゃぁっ、のっぺらぼうだ。火の玉だぁ」

 墓場エリアに突入すると、久実はますます怖がってしまう。

 その後も提灯おばけ、からかさ小僧、砂かけ婆、ぬりかべ、山姥などの和風おばけ達のマネキンがおどろおどろしい効果音と共に出迎えてくれた。 

「やっ、やっと出れたーっ。ものすごーく長かった」

出口に辿り着いた頃には、久実は涙をぽろぽろこぼしていた。滞在時間は五分ほどだったが、彼女にとっては体感的に一時間以上にも感じられたようだ。

「なんだ。もう終わりなのか。もう少し歩きたかったな」

「二百メートルあるらしいけど、かなり短かったね」

 麻恵と芽衣はやや不満げな様子。

「僕は、すごーく疲れたよ」

 高史は疲労していた。

「おんぶしてもらってごめんなさい、高史お兄ちゃん」

 久実は泣きながら謝った。

「クーミン、泣かないで。ぺろぺろキャンディー奢ってあげるから」

 芽衣はにっこり微笑みながら、久実の頭を優しくなでてあげる。

「芽衣ちゃぁん!」

「あいたぁっ」

 久実に頭をペシペシ叩かれてしまった。

「おばけ屋敷なんて、行かなきゃよかったのに」

 今度は睨みつけられる。

「ごめん、ごめん……あっ、クーミン、ちょっとあそこ見て」

 芽衣はあるものに気が付き、対象物を指し示した。

「あぁぁーっ! ヒッターラビット君だぁーっ! あたし、一緒に写りたぁぁぁーい!」

 久実は目をきらきら輝かせ、大きな声で嬉しそうに叫ぶ。いつもいるとは限らない、園内のマスコットキャラに出会えたのだ。

「私もーっ」

「わたしもーっ」

麻恵と葉奈子もそのキャラの仕草、容姿に惚れてしまったのか、ウサギのようにピョンピョン飛び跳ねる。

「ワタシも写りたいです。瀬戸山先生も一緒に写りましょう」

「タカシっち、写ろうぜ」

「べつにいいけど」

僕、こういうのは苦手なんだよな。

 高史は、本当は撮りたくなかったのだが、塾生達にせがまれ断ることは出来なかった。

 こうして塾生達&高史は白、茶、ココア色のマスコットキャラ達の間に並ぶ。

「はい、チーズ」

 お姉さんスタッフからの声で、高史と桃香以外は決めポーズを取った。

 撮影のあと塾生達はマスコットキャラ達に、握手をしてもらった。

「きゃあっ、嬉しいーっ!」

「私、すごく幸せだーっ」

「最高です」

「ヒッターラビット君、ありがとう」

「いい思い出が出来たぜ」

 塾生達の表情がさらにほころぶ。

「ぼっ、僕は……」

 マスコットキャラ達は高史にも握手を求めて来たが、照れくさいのか応じなかった。

「次行くとこは、あたしが決めるね。これがいいな」

 すっかり機嫌を取り戻した久実は園内設置の案内図を指差す。ティーカップというお馴染みの乗り物だった。

「よぉーし、いっぱい回すよう」

 葉奈子はこの乗り物中央付近に設置されているハンドルに手をかけ、力いっぱい回してみた。回転速度がどんどん増す。

「はっ、葉奈子ちゃん、回し過ぎだって。私、外に飛ばされそう」

「飛ばされちゃうよううううう」

「葉奈子お姉ちゃぁーん、世界が回ってるぅぅぅぅぅ」

 麻恵、桃香、久実は喜びとも恐怖とも取れる悲鳴を上げる。

「もっと速く出来るんだけど。わたしは、まだ物足りないよ」

「アタシもまだまだ大丈夫だぜ。校庭のグローブジャングルで日々鍛えてるからなっ」

「僕も平気だけど、もう、やめてあげた方が……」

 高史は自身も吹き飛ばされそうになりながら、気分がハイになっている葉奈子と芽衣を言い聞かせた。

 

「わっ、私、まだ目がペロペロキャンディーみたいになってるよ」

「あたしもー」

「地面がゆらゆらしてる。気分悪い」

 下りた後、ふらふらしながら歩く麻恵と久実と桃香。

「僕も、目がかなり回ったよ」

 高史もふらついていた。

「ごめんなさい。ついつい調子に乗りすぎてしまいました」

「ごめんなちゃい」

 葉奈子と芽衣はぺこんと頭を下げて、謝罪の言葉を述べておく。

「まさに遠心力を実感したね」

「遠心力Fは質量mかける速度vの二乗、割る半径r。つまり、回転速度が速ければ速いほど、この遊園地のティーカップみたいに半径が小さいものほど、遠心力は強くなっていくの。ジェットコースターが回転する時も遠心力がかかってるよ。地球みたいに相当大きな物が自転する際も、もちろん遠心力は働いてるけど、とても小さいから、高校物理の範囲内では0として考えてるわね」

 久実が呟くと、葉奈子はまたも物理学的視点で語り出した。

「葉奈子ちゃんの解説、難し過ぎてよく分からないよ。今十一時半過ぎだね。少し早いけど、お昼ごはんにしない?」 

 麻恵は、園内にあった日時計を眺めながら提案した。

「賛成。あたしもおなか空いてきた」

「アタシもペコペコだぜ」

「わたしも賛成。正午過ぎになると混んでくると思うし。このファミレスで食べましょう」

 葉奈子はパンフレットを指差す。

 塾生達&高史は該当する場所へ向かって歩いていった。

「六名様ですね。こちらへどうぞ」

お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに六人掛けテーブル席へと案内される。

みんな座って一息ついたところで、葉奈子はメニュー表を手に取った。

「佐登子先生が昼食代は一万円まで使っていいっておっしゃってたから、少し高級な物にしよう。わたしは天丼にするよ」

「僕は、ざる蕎麦で」

「葉奈子ちゃんも高史くんも渋いねえ、私は、奮発して三田牛ステーキ定食!」

「アタシもそれーっ。ドリンクはメロンソーダ」

「ワタシは、ミートスパゲティーで」

 こうして五人のメニューが決まる。

「久実さんは何にする?」

 葉奈子は笑顔で問いかけた。

「あのね、あたし、お子様ランチが食べたいの。お飲み物はミックスジュースで」

 久実は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリとつぶやいた。

「クーミン、今でもお子様ランチ食べたがるなんてかっわいい」

芽衣はにっこり微笑みかけた。

「さすがに五年生ともなると、ちょっと恥ずかしいんだけどね。同じクラスの子、お子様ランチは三年生までだよねって言ってたし。でも、どうしても食べたくて……」

 久実のお顔はさらに下へ向いた。

「久実ちゃん、私も中学二年生の頃までは頼んでいたから全然恥ずかしがることはないよ」

「そうそう、きっと後悔するよ。ここでは年齢制限ないみたいだし」

「僕も、気兼ねすることなく食べた方がいいと思うな」

麻恵、葉奈子、高史がこうアドバイスすると、

「じゃぁあたし、これに決めたーっ!」

久実は顔をクイッと上げて、意志を固めた。

「アタシが注文するぅーっ」

芽衣がボタンを押してウェイトレスを呼び、六人のメニューを注文した。

 それから五分ほどして、

「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のミックスジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」

 久実の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけにシャボン玉セットも付いて来た。

「……わたしのじゃ、ないのに」

 葉奈子の前に置かれてしまった。葉奈子は苦笑する。

「ハナコンが頼んだように思われちゃったな」

「葉奈子ちゃん、若く見られてるってことだから気にしちゃダメだよ」

 芽衣と麻恵はくすくす笑う。

「間違われちゃったね、葉奈子お姉ちゃん」

 久実はにっこり微笑みながら、お子様ランチを自分の前に引っ張った。

「……」

 葉奈子は内心ちょっぴり落ち込んでしまった。

さらに一分ほど後、他の五人の分も続々運ばれて来た。こうして六人のランチタイムが始まる。

「エビフライは、あたしの大好物なんだ」

 久実はしっぽの部分を手でつかんで持ち、豪快にパクリとかじりつく。

「美味しいーっ!」

 その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。

「久実ちゃん、あんまり一気に入れすぎたら喉に詰まらせちゃうかもしれないよ」

「モグモグ食べてる久実さんって、なんかアオムシさんみたいですごくかわいいね」

 麻恵と葉奈子はその様子を微笑ましく眺める。

「クーミン、食べさせてあげるよ。はい、あーんして」

 芽衣はお子様ランチにもう一匹あったエビフライをフォークで突き刺し、久実の口元へ近づけた。

「ありがとう、芽衣ちゃん。でも、食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしいな」

 久実はそう言いつつも、結局食べさせてもらった。

「高史くん、ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。私のもあげる。はいあーん」

 麻恵はステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は高史の口元へ近づけた。

「いっ、いや、いっ、いいよ」

 高史は手を振りかざし、拒否する。

「高史くん、恥かしがりやさんだね」

「タカシっち、かわいいぜ」

 麻恵と芽衣はにこっと微笑む。

「……」

 高史はお顔をステーキの焼け具合で表すとレアのように赤くさせ、照れ隠しをするように無言で麺をすすった。

昼食を取り終え、

「ねえ、今度はあそこでプリクラ撮ろうよ」

 麻恵はレストラン出口から数十メートル先にある、西洋風の建物を指差す。

「いいわね」

「高史お兄ちゃん、行こう!」

 アーケードゲームコーナーであった。

「プリクラかぁ……僕はいいよ」

 高史は乗り気ではなかったが、

「高史くん、来て、来てーっ」

「あっ、あの、ちょっと……」

 麻恵に無理やり手を引かれ建物に連れ込まれ、プリクラ専用機の前へ連れて行かれてしまった。

 専用機に入った六人。高史、芽衣、久実が前側に並んだ。

「一回五百円か」

一番年上の高史が気前よくお金を出してあげ、

「あたし、このラッコさんと写れるやつがいいっ!」

一番年下の久実に好きなフレームを選ばせてあげた。

撮影落書き完了後。

「よく撮れてるぜ」

 取出口から出て来たプリクラをじっと眺める芽衣。自分が見たあと他の五人にも見せる。

「芽衣ちゃん、私の顔に落書きし過ぎよ」

「僕のにも」

 麻恵は唇を尖らせ、高史は困惑顔だ。

「ごめんねー、アサエ、タカシっち。ついつい遊びたくなっちゃって」

 芽衣はてへっと笑った。

「わたし、半分隠れてるよ。前に並んだ方が良かったかな」

 葉奈子は苦笑いした。

「僕、女の子とプリクラなんて生まれて初めて撮ったなぁ」

 高史は照れくさそうに打ち明ける。

「そうだったんだ。それじゃ、いい思い出出来たっしょ。タカシっちとモモッカは表情が硬過ぎだね。もう少し笑ったらよりかわいいのに」

 芽衣はにこにこ笑いながらアドバイスする。

「だって、なんか恥ずかしいもん」

 桃香は照れくさそうに言った。

「わたしも生徒証の写真はそんな感じよ」

 葉奈子はさらりと打ち明ける。

「はなこちゃんも同じなんだね、よかった」

 桃香に笑みが戻る。

「あの、あたし、次はこれがやりたーい」

 久実はすでに、プリクラ専用機すぐ隣に設置されていた筐体前に移動していた。

「久実ちゃん、ぬいぐるみが欲しいんだね?」

「うん!」

 麻恵からの問いかけに、久実は嬉しそうに答える。久実が指差したのはクレーンゲームであった。

「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみさんとってもかわいい!」

 久実は透明ケースに手の平を張り付けて大声で叫ぶ。

「久実さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」

「大丈夫!」

 葉奈子のアドバイスに対し、久実はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「久実ちゃん、頑張ってね」

「一発で取りなよ」

「くみちゃん、頑張って下さい」

「上河内さん、落ち着いてやれば、きっと、取れると思うよ」

「久実さん、ファイト!」

 五人はすぐ横で応援する。

「絶対とるよーっ!」

久実は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持ってゆくことが出来た。続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるぅ!」

 久実はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。久実は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

 けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁい……」

 徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。

「わたし、UFOキャッチャーけっこう得意な方だけど、あれはちょっと無理かな」

 葉奈子は困った表情で呟いた。

「私にも無理だーっ」

「アタシも、ちょっと」

「ワタシも、クレーンゲームはかなり苦手なの。さなちゃんが上手に思えます」

 麻恵、芽衣、桃香もさじを投げる。

 そんな時、

「僕が、やってあげようか?」

 高史は自信無さそうに申し出た。

「高史お兄ちゃん、お願ぁい!」

「分かった」

 久実にうるうるとした瞳で見つめられ、高史のやる気が少し高まった。

「あっ、ありがとう。高史お兄ちゃん。大好きっ♪」

 するとたちまち久実のお顔に、笑みがこぼれた。

「タカシっち、さっすが」

「高史くん、心優しい」

「瀬戸山先生、良いお人です」

「久実さんもよく健闘してたよ」

その様子を、他の塾生四人は微笑ましく眺めていた。

(まずい、全く取れる気がしないよ)

 高史の一回目、久実お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「高史お兄ちゃんなら、絶対取れるはず」

 背後から久実に、期待の眼差しで見つめられる。

(どうしよう)

 高史、窮地に立たされる。なにせ高史は、今までクレーンゲームというもので成功したことが一度もなかったのだ。高史はそれでも久実を喜ばせるためにと精神を研ぎ澄まし、ずば抜けた集中力でアームを操作していく。

 そして、

「……まさか、こんなにあっさりいけるとは思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。

高史は、ついにやり遂げたのだ。あれから一回で久実お目当ての景品をゲットすることが出来てしまった。

「高史くん、お見事!」

「おめでとう、高史先生」

「やるじゃん、タカシっち」

「おめでとうございます、瀬戸山先生」

四人は大きく拍手した。

「ありがとうーっ、高史お兄ちゃあああああああん」

 久実がガバッと抱きついてくる。

「わわわ、ちょっ、ちょっと、上河内さん。僕、たまたま取れただけだよ。先に、上河内さんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるよ。はい、上河内さん」

 よろけてしまいそうになった高史は照れくさそうに言い、久実に手渡す。

「ありがとう、高史お兄ちゃん。ナマちゃん、こんにちは」

 久実はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。


塾生達&高史は他の施設もいろいろ巡り最後の締めくくりとして、巨大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが八〇メートル以上にまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。

六人乗りのゴンドラ。係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していく。

「わぁーい。いい眺め。夕日きれい」

「絵になる光景だね」

 久実と麻恵は大はしゃぎで下を見下ろす。

「これは等速円運動ね。観覧車って最高」

葉奈子は満面の笑みを浮かべる。彼女が一番乗りたがっていたアトラクションでもあった。

(気まずいなぁ)

 高史は目のやり場に困っていた。狭い空間で、女子小中学生五人と一緒という状況なのだから、無理はないだろう。

「……」

芽衣の顔は、やや青ざめていた。

「あれ? どうしたの? 芽衣ちゃん」

「乗り物酔いでもしたの?」

麻恵と葉奈子は心配そうに尋ねた。

「アッ、アタシさ、高い所はものすごい苦手なんだよね」

 芽衣は唇を震わせながら答えた。

「そうだったんだ」

「芽衣さん、かわいい」

「芽衣ちゃん、観覧車も苦手だったんだね? 観覧車はのんびりしてて、乗り心地すごくいいのに」

 麻恵、葉奈子、久実はにんまり微笑む。

「くみちゃん、絶対落ちないから大丈夫よ」

 桃香はやや緊張しながら芽衣を慰めてあげる。桃香も観覧車は若干苦手なのだ。

「わっ、分かってるけど、なんか怖いよな」

芽衣の新たな一面が見ることが出来た他の塾生達は、とても幸せそうだった。

観覧車が一周し終え扉が開かれ、観覧車から降りたみんなは出口ゲートの方へ向かっていく。ゲート近くの喫茶店で佐登子さんと合流し、一同は遊園地を後にした。

そしてそこのすぐ近くにある、今夜宿泊する大型リゾートホテルへ。

佐登子さんは、507号室を予約していた。十五畳ほどの広い和室だ。

「では皆さん、高史ちゃんの指示に従ってね」

 佐登子さんはそう告げて、507号室を出て行こうとする。

「えっ、あの……」

 高史は佐登子さんの側へ駆け寄る。

「ワタクシは、別のお部屋よ」

 佐登子さんににこっと微笑まれた。

「おばさん、それは、ないでしょう」

 高史の表情は少し引き攣った。

「みんな高史ちゃんと同じお部屋がいいって言ってたので」

 佐登子さんは爽やかな笑顔でおっしゃる。彼女は別に、シングルルームとなっている314号室も予約していたのだ。

「タカシっちと同じお部屋でお泊り、楽しみだなあ」

 芽衣はとてもわくわくしていた。

「僕は、非常に不安だ」

 高史は沈んだ声で呟いた。

「見て、見て。海が一望出来るよ」

麻恵は507号室に入るとすぐに、窓に近寄る。

ホテルは海岸沿いに位置し、夕日に映える海辺を眺めることが出来た。

「夜景はもっときれいだろうな。夜が楽しみーっ」

 久実も大興奮する。

「わあーっ、見て。中に羊羹とか、赤福餅とか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいあるぜ」

 芽衣は冷蔵庫を開けてみた。

「あの、それはおばさんに許可を取った方が……」

「芽衣さん、これって別料金取られるんじゃなかったっけ?」

「ワタシ、家族旅行で旅館とかホテルに泊まった時、ママにお金かかるから食べちゃダメって言われたよ」

「私もそのままにしておいた方がいいと思うな。でも食べたい」

 高史、葉奈子、桃香、麻恵がそうコメントしたその直後、

「皆さん、冷蔵庫に入っているものの代金も、合宿費に含まれていますのでご自由にお食べ下さいね」

 佐登子さんが扉の外から、こう伝えた。

「なあんだ、それじゃ食べ放題だね。でも太るといけないから数控えとこ……」

 久実は大喜びした。

「わたしも赤福餅食べよ……その前に、ちょっとおトイレ行って来るね」

 そう言うと葉奈子は、早足で室内のトイレに向かった。

 扉を開くと、洋式トイレが目の前に現れる。

「あっ、ここウォシュレットも付いてる。設備充実してるわね」

 葉奈子は嬉しそうに呟いて便器に背を向けた。スカートの中に手を入れ、ショーツを膝の辺りまで脱ぎ下ろす。

「んっしょ」

そして便座にちょこんと腰掛けた。

 それから約三分後。

「葉奈子お姉ちゃん、まだ出てこないね。あたしもおしっこしたいのに。大きい方してるの?」

 久実はいちご味のゼリーを美味しそうに頬張りながら、扉の外から問いかけてみた。

「うん、待たせちゃってごめんね久実さん。わたし、三日振りにお通じが来たの。やっぱりいっぱい歩くと効果あるよ。まだ出そう」

 葉奈子はすぐさま返答した。

 その直後、

「皆さん、そろそろお食事場所へ移動しますので」

 佐登子さんは、この部屋の出入口扉を開けて呼びかけた。オートロックとなっているが、佐登子さんはここの部屋の鍵も受付の人に事情を話し、持たせてもらっていたのだ

「サトコン、ハナコンは今、大きい方をう~んって頑張っているので、少し遅れるそうでーす」

 芽衣は佐登子さんの側へ駆け寄り、トイレの扉を手で指し示しながら大きな声で伝えた。

「分かったわ。土生さん、焦らなくていいからごゆっくり」

 佐登子さんは爽やかな表情で叫びかける。

(芽衣さーん。普通にトイレ行ってるって言ってくれればいいのにぃ。高史先生にも絶対知られて恥ずかしいよぅ)

 葉奈子は便座に腰掛けたまま、歯をぐっと食いしばり、両拳をぎゅっと握り締めつつ目をかたく閉じて赤面していた。

こうして葉奈子一人を残し、他のみんなは夕食場所となっている宴会場へと移動していった。

「ご予約の山際御一行様ですね。ごゆっくりどうぞ」

 従業員さんに座席へ案内される。宴会場は二〇畳ほどの純和室となっており、長机一脚に座布団が七つ敷かれていた。テーブルの上にはお船型の大きなお皿、そこに伊勢湾近海で今日昼過ぎに水揚げされたばかりの、新鮮な鯛や伊勢海老、ウニの刺身などが多数並べられていた。他に副菜、デザートもたくさん。

「わー、すげえ。とっても豪華だぁーっ!」

 芽衣は並べられている料理の数々に目を奪われる。

「めーいーさーん」

 そんな時、芽衣は葉奈子に背後から肩をガシッとつかまれた。

「あっ、ハナコン、便秘治ってよかったね」

 芽衣はくるりと振り向き、爽やかな表情で話しかけた。

「もう、芽衣さん。声でかーい!」

 葉奈子はニカッと笑い、芽衣のこめかみを両手でぐりぐりする。

「いたたたたたぁ、ごっ、ごめんハナコン」

「まあまあ、葉奈子お姉ちゃん。すっきりしてよかったでしょ?」

「葉奈子ちゃん。健康のためには重要なことだから」

 久実と麻恵も説得してくる。

「お腹すっきりして、いっぱい食べられるじゃん」

 芽衣はにこにこ笑いながら言う。

「そうだけどね」

 葉奈子はむすっとなる。

「どれくらいの大きさのが出た? ちっちゃいから三日溜まっててもやっぱバナナサイズ?」

「大便はバナナサイズが最適って、保健だよりに書いてあったよ」

「芽衣ちゃん、久実ちゃん。お食事中にそういうばっちいお話はやめましょうね」

「「はーぃ」」

 佐登子さんに優しく注意されると、二人はぴたりとその話をやめた。

 こうして、食事タイムが始まる。佐登子さんから「おあがりなさい」という食前の挨拶があったあと、塾生達と高史は食事に手をつける。

「芽衣さん、またあぐらかいてる、パンツも丸見えよ」

「せめて私みたいに体育座りにしようね」

 葉奈子は呆れ顔で、麻恵は笑顔で指摘する。

「べつにいいじゃん、この方が楽だし」

 芽衣は聞く耳持たず。

「葉奈ちゃん、桃香ちゃん、高史ちゃん、正座では足痺れるわよ。足崩して楽な格好にしていいからね」

佐登子さんは優しくおっしゃった。

「けど、女の子があぐらかくのは、ちょっとはしたないな」

 続けてこう付け加える。

「ねっ!」

 葉奈子は芽衣に視線を送った。

「なんか、やり辛い」

 芽衣は結局、体育座りに戻した。

「鯨の竜田揚げ、めっちゃ美味そう。アタシ鯨食べるの生まれて初めてだ。梅ゼリーも美味そう。こっちから食べよっと」

 最初にデザートの方をスプーンで掬い、お口に運ぼうとしたところ、

「もーらった」

葉奈子が横からぱくりと齧り付いてきた。

「あああああああーっ! ちょっと、ハナコン、何するんだよっ!」

 芽衣は大声を張り上げて、葉奈子をキッと睨み付ける。

「えへへ、さっきわたしに恥ずかしい思いさせてくれたお返しーっ」

 葉奈子はとても美味しそうに頬張りながら、あっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

 芽衣は葉奈子の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったーい」

 葉奈子は、芽衣の髪の毛を引っ張った。

「ハナコン、いきなり取るなんてひどいよ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうぜ」

 今度は芽衣、葉奈子に馬乗りになった。

「失礼よ。芽衣さんだってお菓子大好きなくせに。芽衣さんこそ太るよ」

 葉奈子は対抗しようと、両手で押し返す。

「アタシは太らない体質だもんねーっ!」

 芽衣は自信満々に言う。

「ああーっ、ムカついてきたーっ」

 葉奈子は芽衣の足をグーで叩いた。

「いたいよ、アイコン」

 芽衣はパーで叩き返す。

 両者、叩き合いが始まってしまった。

「ねえ、二人ともケンカはやめて」

 桃香は心配そうに見守る。

「カンガルーさんのケンカみたい。二人とも互角だね。いやちょっと芽衣ちゃん優勢かな」

 麻恵は微笑ましく観察する。

(そのうち収まるでしょう)

 高史はそう感じ、見て見ぬ振りして食事を進めていた。

「芽衣ちゃん、葉奈子お姉ちゃん、後ろ、後ろーっ」

 久実はにこにこ笑いながら注意を促す。

「ハナコン、返してぇーっ!」

「無茶なこと言わないっ!」

芽衣と葉奈子は聞く耳持たず。そんな二人の背後に、黒い影がゆっくりと忍び寄る。

「これこれ、女の子同士が取っ組み合いの喧嘩とは何事ですか!」

 佐登子さんだった。二人に呆れ顔で注意する。

「だってだって、サトコン」

 芽衣は葉奈子の頬っぺたをつねりながら言い訳する。

「元はといえば、芽衣さんが悪いんです」

 葉奈子も芽衣の髪の毛を引っ張りながら言い訳する。

 二人はまだ、ケンカを止めようとはしなかった。

「あっ、あのね。ケンカはよくないよ」

 高史もこの場を収めようとした。

「直ちに止めなかったら、このあと特別補習授業をするわよ」

佐登子さんは爽やかな表情でさらっとおっしゃった。

「ごめんなさーい」

「すまねえサトコン」

すると二人は即、土下座して反省の態度を示した。

「早く食事に戻りなさい」

 佐登子さんは笑顔で告げて、元の席へ戻る。

「さっきはごめんね、芽衣さん」

「ううん、アタシ、もう気にしてないよ」

 葉奈子と芽衣はすぐに仲直り。その後は仲良く夕食タイムを過ごしたのであった。

「それでは皆さん、次はお風呂へ入ってね」

 お部屋へ戻る前に、佐登子さんは塾生達と高史に指示を出した。

「サトコン、アタシ、タカシっちと混浴がいいな」

 芽衣は高史の腕をぎゅっとつかむ。

「あっ、あのね、蓬莱さん」

「こらこら芽衣さん。高史先生困らせちゃダメでしょ」

 葉奈子は芽衣の腕を引っ張ってを無理やり引き離した。

「高史ちゃんなら女湯に入っても全然問題ないけど、他のお客様から顰蹙買われちゃうからね」

 佐登子さんは笑顔でおっしゃる。

「それだけでは、済まないと思うのですが……」

 高史はしかめっ面で突っ込む。

 このあと当然のように高史は男湯、塾生達は女湯へと向かっていった。


 塾生達はキャイキャイはしゃぎながら、楽しい入浴時間を過ごす。

「クーミン、体はお子様だな。胸ペッタンコだし、アンダーヘヤーも無くつるつるだし」

 女湯脱衣場で、芽衣は久実の全裸姿をじーっと眺める。

「恥ずかしいよ、芽衣ちゃん」

 久実はてへりと笑う。

「ハナコンは、案外大人の体してるよな。おっぱいも膨らんでるし、アンダーヘヤーも意外と濃いし」

「こらこら、覗かない!」

「アレはもう来た?」

「とっくの昔に来てるわよぅ」

 芽衣の質問に、葉奈子は照れ笑いしながら打ち明ける。

「あたし、まだ。クラスの女の子、三分の一くらいは来てるみたいなんだけど」

 久実は小声で呟いた。

「おう、どうりでまだお子様体型なわけだ。胸の大きさでは、アサエが一番だな」

「そんなに大きいかな?」

 麻恵は目を下に向けて自分の乳房を眺めてみる。

「ねえ、麻恵お姉ちゃん、Cある?」

 久実は羨望の眼差しで麻恵の胸元をじーっと見つめる。

「そんなにはないよ。ブラジャーはBカップのを使ってるの」

 麻恵は淡々と答えた。

「いいなあ、麻恵お姉ちゃん」

 久実は前から抱きつき、おっぱいを鷲掴みした。

「あんっ! もう久実ちゃんたら、くすぐったいからやめてー」

「スキンシップ、スキンシップーッ」

 容赦なく麻恵のおっぱいをもにゅもにゅ揉みまくる。

「アサエ、おしりもいい形してるじゃん。触らせてーっ」

 芽衣も便乗してくる。

「もっ、もぉう」

前からも後ろからも揉まれる麻恵。嫌がりつつも、とても気持ち良さそうな表情を浮かべていた。

(裸見せるの、恥ずかしい)

 桃香は他の塾生達やお客さん達から視線を逸らそうとしながら、照れくさそうに服を脱いでいく。下着を外す前に、バスタオルをしっかり全身に巻いた。

(久実さんや芽衣さんに触られないようにガード、ガード)

 葉奈子も警戒して同じようにした。 

他の塾生三人は堂々と裸体をさらけ出し、バスタオルは手に持っていた。

浴室へ入ると、塾生達は隣り合うようにして洗い場シャワー手前の風呂イスに腰掛ける。出入口に近い側から麻恵、久実、芽衣、桃香、葉奈子という並びだ。

「あたし、これがないとシャンプー出来ないの」

久実は照れくさそうに呟きながら、シャンプーハットを被った。

「クーミン、まだそれ使ってたのか。幼稚園児みたいだ」

 芽衣はくすくす笑う。

「ワタシも、今はさすがに使ってないな」

 桃香は、久実の方をちらりと眺めた。

「べつにいいでしょ。シャンプーがおめめに入らないように安全のためだもん」

 久実は笑顔で堂々と言い張る。

「久実ちゃん、あどけなくてかっわいい!」

「妹に欲しい。久実さん、髪の毛洗うの手伝ってあげよっか?」

 麻恵と葉奈子は横目で見ながら、きゅんっと反応した。

「それはいい、自分でやるから」

 久実は頬をポッと赤らめた。

「タオルで隠してる子、ワタシと、はなこちゃんくらいしかいないね」

 桃香は辺りをきょろきょろ見渡しながら葉奈子に話しかける。

「そうね」

 葉奈子も周囲をちらりと見てみた。

「ワタシ、家で入る時はすっぽんぽんなんだけど、ここではちょっとね」

「わたしも。みんなが見てる前では恥ずかし過ぎて無理。あの、桃香さん。メガネ外したお顔もかわいいね」

「あっ、ありがとう、はなこちゃん」

 桃香と葉奈子が小声でおしゃべりしながら体を洗い流している最中、

「わぁーい!」

 久実のはしゃぎ声と共に、ザブーッンと飛沫が上がる。湯船に足から勢いよく飛び込んだのだ。さらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。

「久実さん、はしゃぎ過ぎ。低学年の子みたいよ」

「クーミンのはしゃぎたい気持ちは良く分かるぜ」

 そう言い、芽衣も飛び込んで平泳ぎを始めた。

「周りのお客様に迷惑かけないようにね」

 葉奈子はもう一度注意し、湯船に静かに浸かった。麻恵と桃香も同じようにする。

「ちょうどいい湯加減だし、広くて最高♪ ワタシ、お風呂大好きなの。夏は一日三回入ってるよ」

 桃香は湯船に足を伸ばしてゆったりくつろぎながら、嬉しそうに語る。

「桃香ちゃん、し○かちゃん並だね。でもあんまり入りすぎるとお肌ふやけちゃうよ」

 麻恵はにっこり微笑んだ。

「ねえねえアサエ、ひょっとして、今もアサオっちとお風呂一緒に入ってる?」

 芽衣は興味津々に訊いてくる。

「最近はずっと入ってないなぁ。麻夫くん、小学五年生頃から急に嫌がるようになっちゃって。塾の合宿もその頃からついて来なくなっちゃったよ」

 麻恵は残念そうに伝えた。

「そっか。きっとアサオっち、お○ん○んに毛が生えてきたからだな。アタシのクラスの男子も何人か生えてきたやつがいるみたいだぜ」

 芽衣は大きく笑いながら言い、別の場所へ背泳ぎで移動していく。

「麻夫君って、エッチな本は一冊も持ってないんでしょ、えらいよね。純粋だよあの子は」

 葉奈子は感心していた。

「いやあ、麻夫くんのお部屋に週刊少年マ○ジンが置いてあったんだけど、それのグラビアけっこうエッチだったよ」

 麻恵は困惑顔で伝える。

「それはべつにエッチでもないと思うよ。わたしは保健の教科書の方が、ずっとエッチだと思うなぁ」

 葉奈子はにこにこ顔で意見する。

「そうかなぁ?」

 麻恵はきょとーんとした。

「ねえ、ハナコンにモモッカ、湯船にタオル入れたらダメだぜ」

 芽衣がまたやって来て、葉奈子のバスタオルをぐいっと引っ張ってくる。

「やめてーっ、芽衣さーん」

 葉奈子は腕を前に組んで必死に抵抗する。

「桃香ちゃんも、他のみんなみたいにすっぽんぽんになろうよ」

 麻恵も桃香のバスタオルを引っ張る。

「やーん。ダメよ」

 桃香は足をバタバタさせ懸命にタオルを守る。

「皆さーん、湯加減はいかがですか?」

ちょうどその時、佐登子さんも浴室に入ってきた。タオルは巻いてなく、すっぽんぽんだった。風呂イスにゆっくりと腰掛け、シャンプーを出して髪の毛をこすり始める。

「佐登子おばちゃん、お肌白くてきれいなお体だね。とても四〇過ぎとは思えないよ」

「サトコン、おっぱいもでかいな。さすがはアサエのママだ」

「私もお母さんみたいになりたーい」

 久実、芽衣、麻恵は湯船から上がり、佐登子さんの側に駆け寄った。まじまじと佐登子さんの裸体を眺める。

「もう、恥ずかしいな」

 佐登子さんは優しく微笑む。

(山際先生、素敵です)

(わたしの二倍くらい膨らんでるかな、胸)

 桃香と葉奈子は、湯船の中からこっそり眺めていた。


「今何キロあるかなあ?」

 浴室から出て、芽衣はすっぽんぽんのまんま脱衣所に置かれてある体重計にぴょこんと飛び乗った。

「……よかったあ、二学期最初の身体測定の時と全く同じだ」

 目盛を見て、満面の笑みを浮かべる。

「身体測定は服の重さが数百グラムあるから、実際は増えてるってことよ」

 葉奈子は耳元でささやいた。

「あっ、言われてみれば……」

 芽衣はがっくり肩を落とす。

「あたしはきっと痩せてるぅ」

 そう自信満々に言い、久実も体重計に飛び乗った。同じくすっぽんぽんのままで。

「……えええええええっ!? ごっ、五キロも増えてるぅ。なっ、なんでぇ!?」

 目盛を眺め、久実は目を見開き大きな叫び声を上げた。

「久実さん、下を見て」

「えっ……」

 久実は、葉奈子に言われたようにしてみる。

「あああああーっ!」

 瞬間、大声を張り上げた。

「えへへ、タネ明かし」

 麻恵はにこっと笑う。彼女が体重計の上にこっそり手を置いていたのだ。

「もう、麻恵お姉ちゃん」

「体重気にした時の久実ちゃんの表情、子どもっぽくってかわいかったよ」

「ひっどーい。罰として麻恵お姉ちゃんも乗って!」

「あーん、やだ」

 久実に追われ、麻恵はすっぽんぽんで逃げ惑う。

「皆さん、高史ちゃんが待ちくたびれていると思うので、速やかに出ましょうね」

 脱衣所ではしゃいだり、ジュースを飲みながらのんびり過ごしたりしていた塾生達に、佐登子さんは優しく注意しておいた。


「高史くーん、お待たせーっ」

「あっ、どっ、どうも」

佐登子さんの推測通り、高史はすでに上がって大浴場横の休憩所で待っていた。

「お風呂上りのタカシっち、文豪っぽさが醸し出されてるね」

「瀬戸山先生、すごく格好いいです」

 芽衣と桃香は、高史の姿をじっと見つめる。

「そっ、そうかなぁ?」(なんか、女の子特有の匂いが……)

塾生達と佐登子さんの体から漂ってくる、ラベンダーやオレンジ、オリーブ、ミントのシャンプーや石鹸の香りが、高史の鼻腔をくすぐっていた。

「そうだ、麻夫くんにお電話しておこう」

 麻恵はふと思い付き、母の佐登子さんに十円を借りてすぐ近くにある公衆電話から、麻夫の携帯に電話した。

『もしもし』

 四回鳴らしたところで麻夫は出てくれた。

「麻夫くん、やっほー」

『あっ、お姉ちゃん』

「塾の合宿、麻夫くんも付いていきたかったんじゃないの?」

『そんなことないよ。女ばっかりだし』

「本当かなぁ? ちゃんとご飯食べた?」

『うん』

「お風呂入った?」

『うん』

「電気、火の元、戸締りちゃんと確認した?」

『うん』

「お父さんと二人っきりで、寂しくない? 夜、ちゃんと寝れる?」

『うん、心配しなくても大丈夫だよ、お姉ちゃん』

「そっか、麻夫くんも大人になったね。私達も、今お風呂入ったところだよ、お母さんに代わろうか?」

『いっ、いいよ。べつに』

「それじゃあ麻夫くん、お土産楽しみにしててね。そろそろ切るよ」

「優しいお姉ちゃんだね。アサエ、アタシに変わってーっ」

 芽衣は麻恵の背後から叫ぶ。

「分かった。はいどうぞ」

 麻恵は快く受話器を芽衣に手渡した。

「アサオっち、アタシだよ」

『なっ、なんか、用?』

 麻夫は慌てた様子で応答する。

「アサオっち、お風呂入る時、ちゃんとお○ん○んも洗ったかな?」

『……』

 芽衣がこう問いかけて約三秒後、プープープーという音が芽衣の耳に飛び込んでくる。

「ありゃまっ、切られちゃったかぁ」

 芽衣は残念そうに嘆きの声を漏らした。

(そりゃあ切るだろうな、いきなりあんなこと訊かれたら)

 高史は心の中で突っ込んでおいた。

「こらっ、芽衣さん。麻夫君に失礼なこと訊いちゃダメでしょ! めっ!」

「いでぇーっ!」

 葉奈子は芽衣の頭をグーでゴツーッンと叩いておいた。

「ふふふ、麻夫ったら」

 佐登子さんはくすくす笑っていた。

 こうして、佐登子さんは314号室へ、

塾生達&高史は507号室へと戻っていく。戻った頃には、すでにお布団が敷かれてあった。このホテルのサービスとなっているのだ。縦二列、横三列。曲の字型であった。

「皆さん、どこに寝る?」

 葉奈子は他のみんなに尋ねる。

「ぼっ、僕は、一番端っこで」

「ダメだよ、高史くん。高史くんはここ!」

 麻恵は強制的に、上側真ん中の布団を指定する。

「麻恵お姉ちゃん、あたし、ここーっ!」

「高史くんのお隣がいいんだね」

「うん! それに、おトイレも近いから」

 麻恵が確認すると、久実はこくりと頷いた。久実は上側、出入口に近い方の布団を指差したのだ。

「……」

 高史はどう反応すればいいのか分からなかった。

「じゃあ私は窓際」

「アタシも窓際でタカシっちのお隣がいい!」

「わたしも窓際ね」

麻恵の希望に、芽衣と葉奈子も譲らず。

「ねえ、クーミン。その場所アタシに譲ってくれない?」

「嫌! あたし、絶対高史お兄ちゃんのお隣ぃ」

 久実は該当する布団にごろんと大の字に寝転がった。

「芽衣さん、譲ってあげなさい。久実さんは同級生だけど、誕生日的に一番年下でしょ」

「それが通るなら、アタシ、この三人の中で一番年下だから……」

 芽衣は上目遣いで葉奈子を見つめる。

「それは……また全く別問題です」

 葉奈子はやや間を置いて言った。

「そんな理不尽なー」

 芽衣は嘆く。

「高史先生、わたしと麻恵さんと芽衣さん、どなたにお隣になって欲しいですか?」

「……えっ、えっと……」

 葉奈子から真剣な眼差しで問われ、高史は返答に困ってしまう。

「高史くん、私だよね?」

「わたしですよね?」

「アタシ、アタシ、アタシだよな? タカシっち」

 三人に詰め寄られる。

「三人とも頑張れーっ!」

 久実は寝転がったまま、楽しそうに応援する。

「あっ、あの、瀬戸山先生。めいちゃんは、寝相がかなり悪いです」

 桃香は突然叫んだ。

「それじゃ、芽衣ちゃんは下の入口側一番隅っこだね」

 久実はさらっと言う。

「あーん、モモッカ余計なこと教えないでぇー」

 芽衣は苦笑した。

「芽衣ちゃんのお隣で寝るのは危険なようだね。芽衣ちゃんのお隣になる人、誰にするか、じゃんけんで決める?」

「じゃんけんは、ありきたり過ぎるよ。トランプで決めましょう。最初に上がった人が高史先生のお隣で、ビリが芽衣さんのお隣ね」

 麻恵の提案を、葉奈子はこう切り返す。

 少し話し合って、麻恵、桃香、葉奈子の三人で、ババ抜きをすることになった。

 葉奈子は家から持って来ていたトランプをシャッフルし、裏向けにして桃香と麻恵に配っていく。配られたカードのうち、同じ数字のカードは捨てた。

「なんかアタシ、危険人物扱いされてるみたいなんだけど……」

 芽衣はムスッとしながら三人の方を眺めていた。

「まあまあ、めいちゃん」

 桃香は笑顔でなだめる。

「わたし、今の所一番枚数少ないよ」

 手持ち枚数を見て、葉奈子は嬉しそうににっこり微笑んだ。葉奈子は配るさい、自分有利になるように意図的にジョーカーを外し、同じ数字の札が多くなるようにしていたのだ。他のみんなは葉奈子の不審な動きに当然のように気付いていた。しかし葉奈子のかわいさに免じてか、スルーしてあげた。

(複雑な気分だ)

 高史は心の中でこう思いながら、勝負の行方を見守る。

こうしていよいよゲームがスタートした。

       □

「良かった」

 二番目に、手持ちの札が無くなった麻恵はにこりと微笑む。

「えーっ、なんでぇーっ?」

 結局、最後までジョーカーを持っていたのは、最も有利な状態から始めた葉奈子であった。

「葉奈子ちゃん、桃香ちゃんが持ってたババ、引いたでしょ。表情に出て、ものすごく分かりやすかったよ」

「葉奈子お姉ちゃん、持ち方ももう少し工夫した方がいいよ」

 麻恵と久実はくすくす笑う。

「すみません、はなこちゃん、最初に上がってしまって」

 桃香は申し訳なさそうに謝ったものの、内心とても嬉しがっていた。

「あーん、納得いかなかなぁーい。もう一回だけやりましょう」

 葉奈子は口惜しそうな表情を浮かべて駄々をこねる。

「えーっ」

「ワタシも、もうやりたくないです」

 麻恵と桃香は当然のごとく嫌そうにする。

「葉奈子お姉ちゃん、諦めも肝心だよ」

 久実はにっこり笑う。

「そんなことすると、ハナコン勝つまで絶対やめなさそうだから。さあ、ハナコン。今夜はアタシの側でおねんねしましょうね」

 芽衣はニカッと微笑みかけ、葉奈子の肩をガシっとつかんだ。

「すごく不安だなあ」

 葉奈子は困惑する。

 これにて、全員の布団の位置が決まった。

「せっかくの合宿だし、目一杯盛り上がらなきゃね。今からアタシがクーミンのために、こわーいお話でもしようかなー」

 芽衣は両手をうらめしやポーズにして、ゆっくりとした口調でそう告げた。

「あっ、あたし、聴きたくないよううううううう」

久実はとっさに両耳を手で塞ぎ、カタカタ震え出す。

「クーミン相変わらず怖がりだね」

 芽衣はくすっと笑う。

「芽衣ちゃん、やめてやめてやめてーっ」

久実は顔を真っ青にさせながら枕を手に取り、芽衣に向けて投げた。見事顔面にヒットする。

「クーミン、ナイスコントロールだ。ごめんね」

「あたし、そういうの、ちっとも怖くないもん」

 久実はややムスッとしながら言い張る。

「本当かな?」

 芽衣はアハハと笑う。

「芽衣さん、いじめたらかわいそうよ」

「あいたたたっ」

 葉奈子は芽衣の後頭部をグーでゴチンッと叩いておいた。

「合宿の夜の楽しみ方といえば、やはりこれよ。わたし、いいもの持ってきたの」

 葉奈子がリュックの中から何かを取り出そうとした。次の瞬間、

「皆さーん、ちょっとお邪魔するわね」

 佐登子さんがこのお部屋に入って来る。

「あっ、佐登子先生」

学校の合宿じゃないし、見つかっても問題ないか。

 葉奈子は反射的に後ろを振り向く。少しドキッとしたらしい。

「あのう、あのあとお風呂場点検したんですけど、とってもかわいらしいカピバラさん柄パンツの落とし物がありました。ご丁寧にお名前も書かれてありましたよ。お心当たりのある方は、後でいいからこっそり取りにきてね」

 佐登子さんはそのパンツをバッグから取り出し手に掲げ、塾生達に向けてにこにこしながら伝えた。

 その約二秒後、

「あああああああああああーっ、わたしが今日穿いてきたやつだーっ」

 葉奈子は大声で叫んだ。その行為によって、みんなにバレてしまった。全速力で佐登子さんの下へダッシュする。

「葉奈ちゃんのパンツだったのね、次からは気をつけましょうね」

佐登子さんはくすくす笑いながら手渡した。

「ああ、恥ずかしい。ママったら、わたしもう子どもじゃないのに余計なことしてくれちゃって」

 葉奈子は受け取ったパンツを上着の中に隠し、ぶつぶつ呟きながら自分のリュックの前へ向かう。

「ハナコン、かわいいの穿いてるね」

 芽衣はにやにやする。

「葉奈子お姉ちゃん、あたしもその柄のやつ持ってるよ」

久実は嬉しそうにしていた。

「あーん、知られたくなかったのにぃ」

 葉奈子は涙目になってしまった。

「葉奈子ちゃん、私も動物さん柄のパンツ、体育無い日は穿いていくことあるよ」

 麻恵は慰めようとする。 

「それなら……まあ、おかしくはないよね」

 葉奈子はなんとか立ち直った。

「……」

 高史は佐登子さんがあのパンツをかざした瞬間からテレビの方に目を向け、この状況から目を逸らしていた。

「では皆さん、明日の朝は早いので、夜更かしはしないようにしましょうね」

 佐登子さんはまだ笑ったままこう忠告し、この部屋から出て行った。

「「「はーい」」」

 麻恵、桃香、久実は素直に返事をした。

「まあ気にするなハナコン、そういや、いいもの持ってきたんだよね?」

「うん。わたし、テレビゲーム機も持ってきたんです」

 葉奈子はそう言うと、リュックの中からようやく取り出した。

「土生さんは、テレビゲームが好きなの?」

「はい、高史先生。特にアクションゲームとRPGが大好きです。佐登子さんも時たまテレビゲームをプレイされますよ」

「へぇ。意外だなぁ。僕の母さんと歳同じくらいなのに」

 高史は少し驚いたようだ。

「頭の体操になるからだって」

 麻恵は伝える。

「アタシが準備するよ」

 芽衣が、テレビの端子とゲーム機本体にケーブルを繋いであげた。

「高史先生、これやってみて下さい。先週発売されたばかりなんです」

 葉奈子が取り出したゲームソフトのジャンルは、アクションだった。

「いいけど」

 高史はあまり乗り気ではなかったが、引き受けてあげた。テレビゲーム機にセットし、電源を入れ、コントローラを握る。

 一人プレイを選択し、ゲームスタート。

「難しいな、最初の面なのに」

 1‐1面の半分くらい進んだ所で落とし穴に落ち、ミスしてしまった。

「わたしもこの面、全然クリア出来なかったんですよ。でもそれが魅力的です。桃香さんも、やってみませんか?」

 葉奈子は笑顔で勧める。

「ワタシ、ゲームはほとんど……」

 桃香は手をパタパタさせ、躊躇う仕草を取る。

「モモッカ、このゲームアタシもちょっとやったけど面白いよ。やってみて」

「うっ、うん」

 芽衣に勧められると、桃香はコントローラを握り締めた。

 ぎこちなく指を動かし、ボタンを操作していく。

「桃香ちゃん、上手いねぇ」

「そっ、そうかな? あっ……」

 麻恵に褒められたことで、桃香はミスをしてしまった。

「ごっ、ごめん桃香ちゃん。邪魔しちゃって」

 麻恵は慌てて謝る。

「いいよ、いいよ。気にしてないから」

 桃香は機嫌良さそうになだめてあげた。

「次、あたしがやるーっ」

「次は私ねーっ」

ワンミス毎にみんなで交代しながらそのゲームを一時間ほどやった後、

「それじゃ私、眠いからもう寝るよ」

「あたしもー。おやすみー」

「ワタシも先に寝るね」

 麻恵、久実、桃香はそう眠たそうに告げて、各自で決めたお布団に潜り込む。久実は高史に遊園地のゲームコーナーでとってもらった、あのナマケモノのぬいぐるみをしっかり抱きしめていた。

「お子様はおねむの時間だね。これからが本当の夜なのに」

 芽衣はにこにこ顔で呟く。

「次は、これで遊びましょう」

葉奈子は別のソフトに取り替えた。

 セーブデータを選択すると、宿の画面が出てきた。

「今度はRPGか」

「はい。高史先生、RPGは面白いですよね? 村人達と会話し、旅のヒントを得て進めていくのが魅力的なんです。頭を使いますし」

「そっ、そうだね。そういや僕、最近はRPG全然やってないなぁ」

「タカシっちが主人公のRPG、アタシ、あったら欲しいなぁ。ねえタカシっち、最近はどんなジャンルやってるの?」

「テレビゲーム自体、やらなくなったよ」

「そっか。高校生は勉強が大変なんだな」

「学業面、頑張って下さいね!」

 芽衣と葉奈子から同情される。

「うっ、うん。ありがとう」(まあ、テレビゲームしてた時間が、アニメ雑誌やラノベを読む時間に取って代わっただけなんだけど……)

 高史はこのことは当然のように黙っていた。

「高史先生、今日くらいは勉強のことは忘れていっぱいプレイしましょう」

「あの、僕も今日は疲れたから、そろそろ寝ようかと……」

 誘ってくる葉奈子に、高史は言いにくそうに伝える。

「あーん、タカシっち。もう少し付き合ってよう」

 芽衣は高史の体にしがみついて揺さぶり、駄々をこねる。

「あっ、あのう……」

 高史は当然のように迷惑がった。

「無理させちゃダメよ。高史先生はわたし達の引率で疲れてるんだから」

 葉奈子は困惑顔で注意する。

「分かった。今日はタカシっちにいろいろ迷惑かけちゃったからね。ごめんねタカシっち」

「いえいえ」

 こうして高史は布団へ潜り込んだ。

 芽衣と葉奈子は、引き続きこのテレビゲームで遊ぶ。

「ねーえ、ピコピコビュンビュンうるさいよう」

「起きてるんだったら、電気消してもう少し静かにやってねー」

五分くらい続けていると、久実と麻恵は目を覚ましてしまった。とろーんとした声で二人に注意する。

「はーぃ。ごめんね、久実さん、麻恵さん」

「すまないね、起こしちゃって」

葉奈子と芽衣は申し訳なさそうに小声で謝る。この二人はそのあとは、音の出るテレビゲームはすぐにやめて電気を消し、部屋備え付けのライトスタンドの小さな明かりで家から持ってきたマンガや小説を読んで静かに過ごしていた。


「ハナコン、もうすぐ十二時半だし、そろそろ寝よっか?」

「そうね。やることないし、あんまり睡眠時間短すぎると、明日バテちゃうから」

 葉奈子は本をリュックにしまってこう呟いた次の瞬間、

「ちょっとハナコン、何しようとしてるのかな?」

 芽衣は葉奈子の肩をポンッと叩き、ニカッと微笑んだ。

「だって、寝相悪いんでしょ?」

 葉奈子はきっぱりと言い張った。彼女は暗闇の中、芽衣のお布団をそーっと引っ張ろうとしていたのだ。

「大丈夫。アタシ気をつける!」

 芽衣は自信満々に言い張る。

「いやあ、気をつけても無意識に動いちゃうと思うから……」

 葉奈子は嫌がる素振りを見せた。

「ハナコン、アタシを信じて。トラストミー」

 芽衣はうるうるとした目で、葉奈子の目をじっと見つめる。

「わっ、分かったよ」

 葉奈子はしぶしぶ引き受け、再びお布団を引っ付けた。彼女はお布団に潜り込むと、疲れていたためかほどなくしてすやすや眠りに付いた。

 芽衣も同じく。

    ☆  

 真夜中、三時頃。

「いたっ!」

 葉奈子は目を覚まし、思わず声を漏らす。芽衣に背中をボカッと蹴られたのだ。

「……」

 芽衣はそんなことには一切気付かずぐっすり眠っていた。

「もう、芽衣さんったら。おっ、重ぉい」

 葉奈子はなんとか芽衣のお布団を一メートルほど引っ張り隅へ追いやって、再び自分のお布団に潜り込んだ。


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