二話
「……というわけで! 噂の真相は『ただの偶然!』でした〜! みんな、怪しい噂に惑わされちゃダメだぞっ?」
配信画面の中で、銀髪ツインテールの天宮ルナがぴょんぴょんと可愛らしく跳ねる。
その隣には、黒い羽を広げた悪魔執事・カイザーが、優雅に肘をついて座っていた。
『なんだ、ただの偶然か〜! 良かったあぁぁ!』
『ルナちゃん焦りすぎて噛みまくってたの可愛かったw』
『カイザー様が「彼女なんて居るわけないだろ」って言った時の冷たい声、最高でしたありがとう』
爆速で流れるチャット欄を見ながら、葵は心の底から安堵の息を漏らしそうになった。
(ふぅぅぅ……! なんとか乗り切った……! ルナとしての立ち回りは完璧だったはず!)
「フッ……全く、リスナー諸君の想像力には驚かされるな。俺がこんなドジっ子天使と同棲など、天地がひっくり返ってもあり得んよ」
「ちょっとカイザー様!? ドジっ子って言わないでください〜!」
スピーカーから流れてくるカイザーの完璧なドSボス。
しかし、葵の目の前にあるスマホのLINE画面には、リアルタイムでこんなメッセージが届いていた。
【隣の部屋の蓮】:『葵、いまキーボード叩く音大きすぎてマイクに拾われかけてる。落ち着け』
(くっ……! 隣でリアルタイム監視しながら配信するのやめて!?)
葵は配信画面で「むー!」と怒るリアクションを取りつつ、足元のキーボードを静かに叩く。
「……まあでも、今日はコラボできて楽しかったです! カイザー様、ありがとうございました!」
「ああ。また機会があれば……な」
「「それではみんな、おつルナ〜! / 良い夜を、姫君たち」」
プツン。
コラボ配信終了。同時接続者数は過去最高の18万人を記録していた。大成功だ。炎上は完璧に回避され、むしろ「意外と相性が良いコンビ」としてTLは絶賛の嵐となっている。
葵はマイクのスイッチを切り、椅子に深く沈み込んだ。
「はぁぁぁぁぁ……死ぬかと思った……! 緊張で胃がちぎれるかと……っ!」
ピンポーン。
配信終了からわずか10秒。我が家のインターホンが鳴った。
葵がおそるおそるドアを開けると、そこにはパーカーのフードをかぶり、手に「いちご大福」の袋を持った蓮が立っていた。
「お疲れ。……はい、報酬」
「た、田中くん……速すぎない!?」
「廊下挟んですぐ近くだからな。入れろ、反省会だ」
「反省会って、大成功だったじゃん!」と言いつつも、葵は素直に蓮を部屋に招き入れた。
こたつを挟んで座り、いちご大福を頬張る二人。
「んむ〜〜! 甘いものが五臓六腑に染み渡る……!」
「お前、配信中『ドジっ子じゃないです!』って言いながら、コラボ相手(俺)の紹介順間違えかけたろ」
「うぐっ……! それは、だって……緊張してたんだもん!」
「まあ、可愛かったからリスナーには受けてたけどな」
「〜〜〜〜っ!?」
いちご大福を噛み切ろうとしていた葵の動きが、ぴたりと止まった。
蓮は悪びれもせず、お茶をズズッと啜っている。
(な、なにそのナチュラルな褒め言葉!? 配信終わったのに心臓に悪いんだけど!!)
そう、コラボ配信は無事に終わった。
しかし、葵にはもう一つの大問題が残されていたのだ。
配信前に蓮から言われた、あの言葉。
『コラボが終わったら……俺の本当の彼女になってくれるか?』
(どうしよう……! どのタイミングで返事すればいいの!? ていうかあれ、本気だったの!? カイザーとしてのリップサービス的なサムシングじゃないよね!?)
パニックになる葵の視線に気づいたのか、蓮がふっと目を細めた。
「……葵」
「ひゃいっ!?」
「顔、真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
そう言って、蓮は身を乗り出すと、葵の額に自分の額をポン、と重ね合わせた。
「……っ!!???」
至近距離に迫る、蓮の綺麗な顔。
黒縁メガネの奥にある漆黒の瞳が、まっすぐに葵を映し出している。
かすかなミントの香りと、蓮の肌の温もりがダイレクトに伝わってきて、葵の頭の中は真っ白になった。
「あ、熱……はないな。じゃあ、なんでそんな赤いの?」
「た、田中くんのせいでしょーーーー!!!」
葵は蓮の胸ぽんと押し返した。蓮は「おっと」と軽く姿勢を崩し、不思議そうに首をかしげる。
「俺のせい? 何かしたか?」
「なにかしたか、じゃないよ! さっきの……配信前の、あの言葉!」
「あの言葉?」
蓮が一瞬きょとんとしたあと、ハッと悟ったように目を見開いた。
「ああ……『彼女になってくれ』ってやつか」
「そ、それ!!」
「なんだ、忘れてるのかと思った」
「忘れるわけないでしょ! こっちは配信中もずっと頭の片隅でぐるぐるしてて、生きた心地がしなかったんだから!」
葵が叫ぶと、蓮は照れくさそうに頭を掻き、ふいっと顔をそむけた。耳の先端が、心なしか赤くなっている。
「……俺だって、緊張してたんだよ」
「え?」
「配信前、お前が『逃げたくない』って言っただろ。あの顔見たら、カッコつけたくならざるを得なかったんだよ。……勢いで言ったみたいになったけど、嘘じゃない」
蓮はゆっくりと視線を葵に戻した。
そこには、配信で見せる冷酷な悪魔執事の面影はなく、ただ一人の男の子としての素直でまっすぐな眼差しがあった。
「俺、天宮ルナのファンだったんだ。可愛くて、一生懸命で、見てると元気が出る。でも……隣の部屋でボサボサ頭で課題やってて、ファミチキおいしそうに食べて、俺のしょうもない話で笑ってくれる『佐藤葵』のことは、もっと好きになった」
「……っ」
「だから……仕事仲間とか、近所の住民としてじゃなくて。葵の特別な一番になりたい。……俺と、付き合ってください」
静かな部屋に、蓮の真剣な声が響く。
葵の胸の奥が、ぎゅーっと甘く締め付けられた。
最初の出会いは、壁越しに聞こえるお互いの配信声。
次に、深夜のファミチキ。
そして、一緒に作った思い出。
中の人が誰かなんて関係なく、葵もまた、面倒くさがりだけど誰より優しくて頼りになる「田中蓮」に、とっくに心を奪われていたのだ。
「……私で、いいの?」
葵は小さく呟いた。
「私、料理もあんまりできないし、部屋もすぐ散らかるし、天宮ルナみたいに完璧な美少女じゃないよ?」
「知ってる。部屋に脱ぎっぱなしの上着あるのも見えてる」
「そこは見ないで!?」
「ふはっ、いいんだよ。俺もペヤングしか食わないダサい男だしな。お互い様だろ」
蓮は優しく笑うと、こたつの上から葵の手をそっと包み込んだ。
長くて暖かい手が、葵の小さな手をしっかりと握り締める。
「……よろしくお願いします、田中くん」
葵が照れくさそうに笑うと、蓮の瞳がパッと輝いた。
「……本当? マジで? 俺、振られる覚悟もちょっとあったんだけど」
「えぇ!? 散々思わせぶりなこと言っておいて!?」
「だって、お前モテそうだし……」
「モテないよ! 毎日部屋で配信しかしてないんだから!」
二人は顔を見合わせて、思わず吹き出した。
「よし、じゃあ……今日から俺たち、カップルだな」
「うん……! なんか、不思議な感じだね」
「だな。あ、じゃあさ」
蓮はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、急に声をカイザーの低音ボイスに切り替えた。
「これからは毎日、俺の部屋に『お泊まり』に来るか? 姫」
「〜〜〜〜っ!? だーかーら! 配信のキャラをリアルに持ち出さないで!!」
「ははっ、冗談。でも、明日も一緒に飯食おうな」
「……うん! 食べる!」
画面の中では、絶対に交わるはずのなかった二つの星。
でも、画面の裏側で、二人の恋は静かに、そして最高に甘く動き始めたのだった。




