第87話
投稿者:係長のわし 2027年7月10日
やったぜ。
……嘘じゃ。全然やったぜじゃない。
ペットカメラというのは、でーれー便利な道具じゃ。仕事中(現場)でもアパートの犬たちの様子を、リアルタイムでスキャン(監視)できる。
だが、おっさんと兄ちゃんが超高層ビル工区へ旅立ってからのこの一週間、カメラを起動(開く)たびに、わしの心臓がバリバリと削られとる。犬という名の「精神的ハツリ機」によってな。
三日目の昼休みじゃった。わしはいつものようにスマホでペットカメラを圧入(起動)した。
太郎・次郎・三郎が映っとったが、三匹とも部屋の隅で一ミリの隙もなく固まっとった。動いとらん。システムフリーズかと思ったわ。
画面を二回スキャン(叩く)したが、フリーズじゃなかった。三郎の耳が、かすかにピクリと動いた。生きとる。だが、一ミリも移動しとらん。
太郎は鼻を床に打設(押し付ける)したまま石になり、次郎はおっさんの定位置を虚ろな目で見つめ、三郎はただそこにパグという名の「肉塊」として置いてあるだけじゃ。
わしは現場の昼休みに、弁当を食いながらスマホの画面に向かって、喉の奥底から呼びかけた。
「三郎! 生きとるか! 一ミリでもいいから鼓動を打設しなさい!」
三郎は動かなかった。一ミリのレスポンスもない。
呼びかける55歳の係長。わしじゃ。
金髪にLINEを送った。
「カメラ見たか。全機、完全フリーズ中じゃ」
「見ました」と即返ってきた。「やばくないっすか。三郎、目が白濁して死んでません?」
「死んどる。目が死んどるという意味じゃ、本体は生きとる」
「ややこしいっすよ! 心臓止まりそうです!」
「おっさんたちの残臭が薄れて、主機(精神)がシステムダウンしたんじゃと思う」
翌日もフリーズは続いた。
月曜、全員石。火曜、全員石。
水曜、太郎だけ少し動いた。ご飯皿の方向へ三歩だけ自走して、また一ミリの猶予もなく石になった。三歩じゃ。三歩だけ生きて、また石になったわ!
木曜、次郎が窓をスキャンし続けた。兄ちゃんの足音を探しとる。兄ちゃんは超高層ビルの上におる。
金曜、三郎がわしのスリッパを咥えて定位置に戻り、スリッパをホールドしたまま、石になった。
「三郎、そのスリッパという名の『資材』、どこへ搬入するつもりじゃ」
カメラに向かって叫んだが、三郎もスリッパも動かなかった。あぁ~~もう、室内が石の展示場じゃ!
わしはおっさんにLINEを送った。「犬たち、完全石化工事完了じゃ」
「ほうか」と二文字だけ返ってきた。お前のせいじゃ、ほうかじゃない!
「しゃーないのう」と返ってきた。しゃーない、じゃない! 超高層ビルの上でコンクリートを打設しとる男は、一ミリも岡山の犬の心配をしとらん!
兄ちゃんにも送った。「犬たち、全員石」
五秒で返ってきた。「え!? マジっすか!? やばいっす!!! わし超高層ビルの上で泣きそうっす!!!」
「泣くな仕事しろ」
「でも太郎が!! 三郎のぶひが聞きたいっす!!!」
「お前が石になっとる場合か! 超高層ビルの上で決壊するな!」
兄ちゃんは巨塔の上で、石になった犬たちを想って一気に崩壊(号泣)しとる。一ミリの生産性もない高所作業じゃわ!
週末。わしはアパートに帰還した。
玄関を開けた瞬間、三匹が一気にスクランブル(突撃)!
太郎が足首にめり込み、次郎がズボンを引っ張り、三郎がぶひぶひ言いながら膝に前足を打設した! いつもと同じじゃが、三匹の「めり込み密度」が、一週間前より一ミリの隙もないほど強烈じゃった!
三郎に至っては、わしのすねを両前足で完全ホールド(マウント)して、一ミリも離さぬ!
「三郎、離せ」
ぶひぶひ。
「離せ、係長の命令じゃ」
ぶひぶひぶひ。
密度が上がっとる。こいつなりの「やっと帰ってきたんか、この不純物め」じゃと思う。
わしはその場にしゃがんで、三郎という名の「生牡蠣」を抱き上げた。
「ぶひ」。
ぶひ一発じゃった。いつもは二発じゃ。一発の時は、三郎が「真剣」な時じゃと思う。
三郎はわしの首元に、湿った皺だらけの顔面を圧入(押し付ける)してきた。鼻が潰れとるので「ズビズビ」という白濁したような音がしおったわ。でーれーかわいかった。
その夜、わしは二回も目から「白濁した汗(涙)」が出た。
一回目は、ペットカメラの一週間分の録画を倍速でスキャン(見返し)した時じゃ。七日分、三匹がただただ石になっとる動画がドバーっと流れた。何も起きんのに、一ミリの猶予もなく涙が竣工(流出)しおったわ。
二回目は、三郎が寝ながらわしの手の上に、重たい顎を打設(圧入)してきた時じゃ。重かった。パグというのは、なぜ体重のわりにやたらと重いんじゃ。温かかった。
わしは「目から汗なんか出とらん、これは内部結露じゃ」と思いながら、天井という名のコンクリートを見つめた。
翌朝、金髪からLINEが来た。「係長、昨夜大丈夫でしたか。目から汗、竣工しませんでしたか」
「出とらん、現場来い」
「了解っす!」
少し間があって、また来た。「係長」
「なんじゃ」
「やったぜ」
一ミリの脈絡もなく「やったぜ」だけ送ってきおった。わしはスマホを置き、80kgの肉体を揺らして、小さく呟いた。
「……やったぜ」
誰にも聞こえんくらい、小さく言った。三郎が隣で「ぶひ」と咆哮しおったわ。同意の意じゃな。
――やったぜ。




