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やったぜ。(完全版)  作者: 水前寺鯉太郎
やったぜ。11―係長になったぜ

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第86話

投稿者:係長のわし 2027年7月3日

 やったぜ。

 ……嘘じゃ。全然やったぜじゃない。

 人事辞令というのは、一ミリの予告もなく飛んでくる。巡航ミサイルと同じじゃ。避ける間もなく、直撃して現場を粉砕する。

 7月の頭、おっさんと兄ちゃんに、超高層ビル工区への長期派遣パージが一気に確定しおった。

「また行くんっすか」と金髪が言った。

「また行く」とおっさんは言った。

 それだけじゃった。62歳の男というのは、感情という名の資材を必要最低限しか使わん。

 兄ちゃん(47歳)は「でーれー高いビルっすよね! 日本の空をハツリ倒してきますわ、やったぜ!」と言いおった。やったぜじゃない。お前らがいなくなる話をしとるんじゃ。

 出発の前日。おっさんと兄ちゃんがアパートに来た。

 送別会というわけでもなく、ただ缶ビール(聖水)を持って、リビングにドサッと打設(着席)された。

 おっさんは次郎ダックスを膝に乗せて、黙ってビールを飲む。

 兄ちゃんは太郎ビーグルと本気で格闘しとった。太郎がビーグルの本能で兄ちゃんの袖を咥えて引っ張り、兄ちゃんが「太郎! 離せ! これ仕事用の服や!」と叫んどったが、一ミリの隙もなくホールドされたままじゃった。

 三郎パグはわしの膝の上で、ぶひぶひ言いながら寝とった。

 いつもと同じ夜じゃった。同じじゃったが、一ミリだけ違った。誰も、明日の話をせんかった。

 翌朝、二人は出発した。わしは見送りに行かなかった。55歳の係長が、朝から目から「白濁したような汗(涙)」を流すわけにはいかんからな。

 問題は、その日の夜から始まった。

 太郎、次郎、三郎が、おかしくなったんじゃ。

 散歩から帰っても、三匹が揃って部屋の隅へ移動し、石のように固まって動かなくなった。

 おっさんと兄ちゃんの「残臭」が染みついた空間を、一ミリの妥協もなくスキャンし続けとる。

「おい、飯も食ったし散歩も行っただろ」

 三匹はフリーズしたままじゃ。

 わしは三匹を見たまま、缶ビールを一本飲んだ。うまくなかった。

 金髪から「わしも今日なんか変な感じっす。係長は大丈夫っすか」とLINEが入る。

「大丈夫じゃ、寝ろ」と返したが、わしの主機もどこか不具合を起こしとった。

 静まり返るリビング。そこへ一ミリの猶予もなく、ドアをドゴーんとノックする音が響いた。

「安全衛生協議会、着工スタートですよ! 係長!」

 ピットブル女(女性監督官)じゃ! 忘れてた、今日が逆指名サシ飲みの約束の日じゃった!

 ドアを開けると、作業着を脱ぎ捨てたピットブル女が、私服でも一ミリの隙もない筋肉フレームを誇示しながら立っとった。しかも、横にはあの「重戦車のようなピットブル」もリードで直結されとる!

「居酒屋に行く前に、まず現場アパートの点検です。……あら、お通夜ですか?」

 ピットブル女が、部屋の隅で石化している三匹と、わしの暗い顔を一瞬でスキャンしおった。

 事情を話すと、ピットブル女はにやりと笑った。

「なるほど。寂しさという名の『クラック(ひび割れ)』ですね。……おい、重戦車! 一気にハツり倒してやれ!」

 ピットブル女がリードをパージ(解放)した瞬間、巨大なピットブルがリビングへドバーっと突入!

 部屋の隅で悲しんでいた太郎、次郎、三郎の上に、20kgを超える「筋肉の塊」がマウントをブチかましおった!

「ぶひぃーーー!?」

 三郎が潰され、白濁した悲鳴を上げる!

 それからはもうめちゃくちゃじゃ! 悲しみに暮れていた三匹の重機が、巨大なピットブルの猛攻に対抗するため、一気に防衛システムを再起動! 部屋の中で4頭による「超重量級・異種格闘旋回」が着工されたわ!

「は、鼻に! ピットブルの鼻に、三郎のヨダレが圧入されとるっす!」

 乱入してきた金髪が叫び、ピットブル女が「いいぞ! 合同演習だ!」とビールを開けて爆笑しとる。

 わしは気づいたら、ピットブル女と金髪、そして暴れる犬共を見ながら、腹の底から笑っとった。

 おっさん達がいない寂しさが、ピットブルの筋肉と三郎のヨダレによって、一ミリの隙もなくハツリ落とされていく。でーれー熱い夜じゃ!

 宴の終わり、ピットブル女が自分のピットブルをホールドしながら言った。

「係長。寂しくなったら、いつでもこの筋肉の重機を搬入しに来ますから。……やったぜ」

「……おう。また来い」

 ピットブル女が帰った後、三郎がわしの足の甲に乗ってきて、ぶひ、と目を閉じた。

 泥のような重さ。だが、最高に温かかった。

 おっさんたちは、日本の空に向かって高層ビルを伸ばしていく。

 わしたちは、岡山の地面で、新しい筋肉の不純物と共にハツり続ける。

 ――やったぜ。

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