第101話 夏休みの一日目は実感ない
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実は今日から夏休みだ。
一学期は色々あったので、あっという間に時間が過ぎていた。
夏休みとは言う物のまだ一日目なのでその実感が無い。
とりあえず、宿題を後に残したくは無いので勉強机に向かっているが、余りの量の多さにやる気を失いかけている。
下では勉強など一切していない妹が、リビングでテレビを見ているのでその音が気になるのも原因の一つだ。
注意しなければという大義名分の基に、気分転換にリビングまで降りる。
「妹よ、宿題はやらなくて良いのか?」
「バカだねーお兄ちゃん。まだ、夏休みの一日目だよ。今日しなくたって何の問題も無いの。」
何年も一緒に住んでいれば気付くが、梨乃は典型的な後回しタイプなのだ。
小学生の頃は、それが原因で宿題を手伝わされたのも良い思い出。
いや、悪い思い出かも。
「言っておくが今年は絶対に手伝わないからな。」
「とか言って、今年も優しいお兄ちゃんは妹の宿題手伝ってくれるんだよね?愛してるよー!」
やっぱり俺を当にしていたか。
確かに最終的には泣き叫ぶ妹が可哀想に思えて手伝って来た。
それは去年までの話。
そうなる原因は甘やかしてしまう俺にあったのだと思う。
だからこそ、心を鬼にして宿題をやるように促す。
俺が逆の立場ならうざったいと思うかも知れないが、十分に承知の上で決行する。
「良いかよく聞け梨乃、俺は本当に手伝わないぞ。」
「・・・えっ?マジで?」
「マジのガチの本気でだ。」
「うわーん!お兄ちゃんの裏切り者、ケチ、陰キャ、非モテ!」
「悪口はそこまでにしろ、良い歳した男の涙が見たくなければな。」
今、妹が言ったことは本心じゃないよな?
偶々思い付いた単語をぶつけて来ただけだよな?
・・・そう思わないと本当に心が折れてしまいそうだ。
耐えろよ俺。
妹にはある程度自分で行動する力を身に付けさせないといけないのだから。
全て人任せなんて人間になれば、その分選べる未来の選択肢は狭まる。
飛躍し過ぎな論理かも知れないが、小さな事でも矯正しないと徐々に治らなくなってくる。
「そっちがその気なら私にだって考えがある。」
「なんだよ、考えって。」
電話を取り出して誰かを呼び出しているみたいだ。
梨乃の交友関係は広すぎて誰が来るかなんて分かったもんじゃない。
もしかしたら、梨乃に好意を向けている男を利用して宿題をやらせるのかも。
そんな不安を抱えながら、少し早めの昼飯を食べた。
インターホンが鳴ったのはその三十分後の事。
いきなり呼び出されたにしては随分と早く着いたのだな。
感心しながら食べ終わった皿を水に漬ける為、席を立った。
ドタバタと音を立てながら走って玄関の扉を開けに行く梨乃を見送りながら。
「お邪魔しまーす。」
恐る恐る開けられたリビングの扉から現れたのは、俺も知っている人だった。
「お久しぶりです、陽太さん。」
「咲耶ちゃんお久しぶり。梨乃がいきなり人を呼んだから誰かと思ったけど、咲耶ちゃんだったんだね。」
どうやら妹が呼んだのは、小中で同じ学校に通っている親友の服部 咲耶ちゃんだった。
彼女は部活に入っているので、頻繁に遊ぶことは出来ていないが夏休みに入って多少の余裕はあるのだろう。
そうだったとしても、休みの日に呼び出すのは可哀想だけど。
「咲耶ー!聞いてよ!お兄ちゃんが宿題手伝ってくれないとか言うのー!」
「梨乃、普通はお兄ちゃんに宿題手伝わせたりしないんだよ。」
よく言ってくれた咲耶ちゃん。
俺の説得は聞かないかも知れないが、親友の説得ならば聞き入れるだろう。
ましてや、この状況は二対一。
どこにも逃げ場など無い。
「えーん!咲耶まで私をいじめるのー?」
「そうじゃないよ。一緒に勉強する為に来たの。ほら、宿題持ってきてるし。」
リュクサックの中から大量のプリントや問題集を取り出して、梨乃に見せる。
流石に全部は終わらないだろうけど、出来る限り進めるという意志が伝わって来た。
妹にこんな真面目な友達がいて、兄としては安心するばかりだ。
「咲耶はお兄ちゃんと違って優しいね。ベェー!お兄ちゃんのバーカ!」
「コラコラ。ダメだよ梨乃、陽太さんは梨乃の事を思って言ってくれてるんだから。」
「咲耶ちゃんは偉いね。梨乃にも見習って欲しいくらいだ。」
「梨乃の事は任せてください!私が責任を持って監視しますから!」
まさか自分が呼んだ人間に宿題を強いられるとはな。
それでも、口では宿題嫌だとのた打ち回っているが、誰か友達と一緒にいる時に進めた方がペンは進むはず。
「じゃあ、俺は自分の部屋で勉強するから何かあったら俺の部屋に来いよ。」
「はーい。お兄ちゃんも意外と真面目なんだから。」
「うっせー。早い内に終わらせた方が後で遊べるってだけだ。」
それぞれの部屋に入って勉強が始まる。
俺は一人で挑む事になるが、基本的には一人の方が集中出来るので問題はない。
決して、一緒に勉強する様な友達がいないから強がっているとかではないから勘違いしないように。
音楽をイヤホンで聴きながら勉強するタイプではないので、時折隣の部屋から話し声が聞こえてくる。
壁が薄く、防音性能が低いのではなくて、妹の声があまりにも大きいのだ。
友達がいてテンション上がるのは分かるが、少しは俺の事も気遣って欲しい。
騒音問題に悩まされながらも一教科課題を終わらせてしまった。
まさか、終わるとは思ってもいなかったな。
「まぁ、少しだけ横になるか。」
コンコンッ。
ノックの音が聞こえる。
妹か咲耶ちゃんしかこの家にいないので、ノックをしたのは咲耶ちゃんということになる。
梨乃は絶対にノックなんかせずに入ってくるからな。
「どうぞ。」
「お勉強中に失礼します。下のリビングで梨乃と一緒にお菓子を作ったので、休憩にいかがですか?」
「ちょうどキリが良いところだったんだよ。すぐに下に降りる。」
下に降りるとお菓子の甘い良い匂いが広がっていた。
「お兄ちゃん、早く早く!」
手招きしている妹の前には、店で買ったのでは無いかと疑いたくなるレベルのクッキーが置いてあった。
それに加えて、紅茶まで淹れてある。
梨乃と一緒になんて言っていたが、この様子を見る限りほとんど咲耶ちゃんが作っただろうな。
「美味いな。流石、咲耶ちゃん。」
「私も作ったんだけどー。でも、咲耶の作ったクッキーが美味しいのは事実だよねー。」
「二人ともやめてよー。そんなに褒められたら恥ずかしいよ。」
どうか妹が咲耶ちゃんを見習ってくれますようにと、神に祈った。
クッキーを食べ終えると誰かの携帯の通知音が鳴る。
俺は部屋に携帯置いてるし、妹も取り出す様子は見えない。
となると、残りは咲耶ちゃんだけか。
咲耶ちゃんは、携帯を取り出すと一瞬表情を濁らせた。
そして、用事が出来たので帰りますとだけ言い残し、荷物をまとめて帰って行く。
梨乃が大丈夫かと声を掛けるが、先程までの笑顔で大丈夫だよと返すばかり。
大丈夫な人があんま表情をするだろうか。
咲耶ちゃんが帰った後、暗い表情で俺の方を向く梨乃。
そして、力強く頼み込んで来る。
「お兄ちゃんって恋愛支援部だったよね。だったら、咲耶を救って欲しいの。」
夏休み一日目は妹からの相談でスタートした。
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