4、第三王女
俺はさっきの事をよく分からないままに部屋に戻ると、拓人はもう熟睡だった。
「リクは何してたの? あんな所行って」
「ちょっと気晴らしにね。そういえば、圭一先生が出て行っちゃったけど、大丈夫なのかな?」
椅子に座って本を読んでいたアスタルテが、ようやく本を閉じてこちらを向く。
「ケーイチ先生? そんな人いたかしら」
アスタルテが不思議そうに首を傾げる。
知らなかったか。まあまだ1日も経ってないから知らなくても当然か。
「まあでも、勇者なんて厳重な管理がついて何処かに行けるような物じゃないと思うけど」
「え、俺結構すんなりエアーズキャッスルに行けたぞ」
「それはあなたが非戦だからでしょう?」
「……」
アスタルテの言葉に黙り込んでしまう。
「あはは、ごめんごめん。悪気はないのよ」
「悪気がなければなんでも言っていいわけじゃねえぞ」
呆れつつも注意すると、申し訳なさそうに謝っている。可愛いから許す。
そして重い沈黙……
「そ、そういえば夕食は17時だって。それまではある程度自由だそうよ」
アスタルテが沈黙を打ち破って口を開けた。
それは俺にとって嬉しいお知らせである。今は午後1時。いろいろ調べるために図書館へ行こうと思っていたところだ。
べ、別にこの気まずい空気から逃げたいとかそういうんじゃないんだから!
「ああ、それじゃあ俺は図書室に行こうかな。暇だろうが、許してくれ」
「ええ、分かったわ。案内はいるかしら? 一応あっち側の階段降りてすぐだけど」
「いや、いいよ。ありがとう」
俺はそう言い残して、部屋を出た。
-・-・-・-・-・-・-
「どこがすぐだどこが」
現在地、図書室の前。
アスタルテは階段降りてすぐと言っていたのに対し、階段からかれこれ5分くらい歩いたのではないだろうか。
「勇者様ですか? 失礼ながら身元の確認のため、ステータスボード又は身分証をご提示お願いします」
爽やかに声をかけていたのは図書室の扉の前に立っていた兵士。
俺は素直にさっき王に貰った身分証を見せると、兵士の顔が目に見えて歪んだ。
「あ? 無能勇者かよ。戦力にならねえ商人が何のようだ?」
どうやら無能の非戦勇者の噂はもう城中に広がっているらしい。
さっきの爽やかな声とはうって変わった野太い声に若干ムカつきながらも、元々用意していた建前を口にする。
「まあ、仰る通り無能なんで、知識でも付けてちょっとくらいはあいつらの役に立とうと思いまして」
俺が吐きそうなくらいのブラフを披露するも、兵士の態度は変わらない。
「お前なんざどう頑張っても役立たずのままだよ!」とでも言いたげな目線に耐えること数秒、後ろから女性の声が聞こえてきた
「凄いです! 私、感動しました!」
妙に元気のある声を発した方に目線を向けると、淡いピンクのドレスに純白レースを被せた赤髪ロングの美女が立っていた。
「え、どなた?」
「貴様、王女殿下の前であるぞ! 身の程をわきまえろ!」
膝を床につき、頭を下げながら俺を睨む兵士。え、王女殿下!?
俺が停止した思考回路を再開し、頭を床に擦ろうとした時、王女さんは笑いながら声を発した。
「ふふ、良いのですよ。お仕事お疲れ様です」
「み、身に余る光栄です!」
「申し遅れました。私、フィレリス・C・アニアと申します。この国の第三王女にあたります」
「え!? きゅ、かっ、茅瀬大陸です!」
相手が王女というだけに、壮大に噛んでしまった。
結局恥ずかしさやら何やらで、額を床に擦っている。
「あ、頭をおあげください!」
少し焦っているフィレリスさん。
「そ、そんな事より、あなたのその思い、私感激しました! 是非図書室をお使いください。私も微力ながらお手伝いしたいと考えております」
「そ、そんな、俺なんかが……」
俺はなんかもう思考回路が全く正常でない。
「そんな事ありません! 私だったらこのようなこと、確実に3日は寝込んでいるところです。あなたはこんな悲劇の中、誰よりも早く今後の為に動けている訳ですし…… だから頭をあげてください」
「そんな事は滅相も……」
実際、拓人は寝込んでいるし、俺だってweb小説読んでなかったら1週間以上引きこもる自信がある。
「ここに居るのも邪魔になりますし、早く入りましょう。と、というか……早く頭をあげてくれませんか……?」
「じゃ、邪魔……そうですね。そうですよ。早く入りましょう」
俺は呟きながら、図書館へ歩いて行った。
「あ、頭を上げませんか?」
額を床につけたままで。