日常
「おぉ……これは久々の大物を当てた予感」
俺はついさっき読み終えたラノベを閉じ、合掌する。面白い小説を読んだ後に合掌するのは俺の癖だ。
辺りからキモいキモいと声があがる。男子は睨みや嘲笑と共に。女子は侮蔑や恐怖と共に。
「あっれ~大陸くん本に向かってなにしてるんですか~? いただきますですか~?」
前方よりゲラゲラと笑う少年が4人、こちらへ歩いてくる。
一体何が面白いのか。あと相当頭悪いだろう。今時の噛ませ犬だってもうちょっとましなからかい方するぞ。
真ん中にいる実際頭の悪い少年が軽澤勝昭。この学校で1番職員室から目を付けられているだろう奴だ。そこそこ進学校なのであからさまな不良ではない。身長は低く、目がくりくりとしていて、坊主頭で丸い顔。よく見ると可愛い顔をしていると思う。あとこういう時に背伸びをして歩いているのも可愛いね。いや、そこ? ホモじゃないぞ!
その右が齊藤幸路。こちらは意外と頭がよかったりする。まあ成績だけの話だが。
容姿の特徴はない。あるとすれば人並み外れて首が長い。あと頭良さそうに見せたいのかいつも不適に笑ってる。
その他の二人の名前は覚えていない。別に覚える必要もないだろう。容姿の特徴はない。あるとすれば…………ないな。超モブ。
「キモいね。本の内容もだけどその動作が。目障り。消えて欲しい」
幸路が頭良さげに冷静に暴言を吐く。言ってる事が普通過ぎてつまらないな。意識高い系って無駄にSに見せかけようとするからうざいよな。いや、そこ? マゾじゃないぞ!
そんなふうに俺が虐められている(客観的に)と、そんなことも関係なく1人の女子が俺の前に来た。
「今回は面白かったんだね。あぁ……またラノベかぁ。カナ、先週面白い小説見つけたんだけど、読む? 茅瀬くんも早く小説に転向してほしいなぁ……」
一瞬でクラス中の男子の目線が集まる。
こいつは紫叶。学校1のマドンナとか言われてる美人で、善行をしていないと生きていけないようなお人好し。その容姿と性格のために超モテる。俺の学校に数人しかいない話せる人である。
長い黒髪(校則的に染められない)はハーフアップに。ノーメイク(自称)でも大きくくりっとした目。キメ細かい真っ白な肌。全体的に細身な小さい体が、小さくはない双丘を強調する。一人称が「カナ」なのもちょっとした人気の理由かもしれない。一人称が名前って、ちょっとロリっぽくていいですよね。
彼女は生粋の読書家で、度々俺に本を渡してくる。俺が虐めを受けている事に対する、その優しさ故の行動なのだと分かっているが、こいつのせいで俺への虐めが大きくなったのだからなんとも言えない。
「……ああ、ありがとう」
素っ気なく応えると、男子から「姫にその態度は何だ!?」という目線が刺さる。そのうえちゃんと応えても「姫と喋るとか調子のってんじゃねえぞ!?」という睨みがくるのだ。
もう、どうすればいいか教えてください。
「また世話を焼いているのか。大変だね、叶」
「本当、叶ちゃんはお人好しだからねぇ」
すると、叶の後ろから見知った男子が歩いてくる。
先に声を上げた方が風見駿。叶の幼なじみで、超絶カリスマ系美激モテ男子。ちなみにこいつも善行をしていないと生きていけないような輩だが、自分の言動が全て正しく善い物であると考えているかなり危ない奴。数少ない言葉を交わせる人。
後が近藤龍哉。駿の親友で、基本チャラチャラしてるお調子者だ。見た目性格悪そうだが、叶曰く根は優しい人らしい。あれ、こいついつも駿の隣にいるのに俺話したことねえなぁ……
あと、龍哉の後ろには小出鈴羽がいる。小柄でシャイな龍哉の彼女。本当爆ぜろ。ちなみにこいつは俺と喋ろうとしない。シャイなのもあるが、俺が虐められているのが一番の理由だろう。
「大陸、この間借りたの面白かったよ。明日次巻貸してくれない?」
それに少し遅れて出てきたのが奥井咲月。俺の幼なじみで、女子からの人気が高い美少女。スリムに伸びた長身に高校1年生とは思えない巨乳、その辺の男子よりハンサムな言動。ついたあだ名が『御姉様』、『姉御』。最近は意識し始めたのか、今までショートボブだった髪型をロングで背中程まで伸ばしたのだが、それまた反響を呼んで御姉様の呼び声が高くなった。
「そうか。渋ってたけど、やっぱり2巻買おうかな」
「え、買ってなかったのなら良いわよ。私もたまには買おうかと思ってたし」
「まじ? じゃあ買ったら貸してくれると助かる」
そして唯一俺の趣味を分かってくれる女子である。
「何御姉様とはなしてるのよ!」という視線が突き刺さるが、許してくれ。こういう話は邪険にはできないのだ。というか幼なじみとくらい普通に話させてくれ。
あとなんで咲月は虐めを受けないのかという質問は受け付けない。
本当、男女差別って怖いよね。
なんだかんだで学年最上位カーストである5人に囲まれる俺。
逃げたいなぁどうしようかなぁ……と思っていたところに、助け船が来た。
「ほら、授業始めるぞ~席座れ~」
教員1――一番の1ではなく唯一の1だが――のイケメンと呼び声の高い渡辺圭一先生が教室に入ってきて、さっきまで俺を苦しめていたグループが散らばる。
心が少し軽くなったのに、何か体が少し重く感じた
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放課後、俺は何かの部活に足を運ぶこともなく、帰り道にいつものカフェへ入る。
「いらっしゃいませ。皆さんはいつもの席にもういますよ」
もう顔を覚えられた店員さんに案内されることもなく、いつもの席へと歩いていく。
たどり着いた先には二人しかいない男友達の顔。少し表情が綻んでしまう。
「わり、遅くなった」
「大陸がなんて珍しいね」
「大陸くんは今日日直だったから」
「あれ、そうだったっけ?」
呼び捨てにした方が威払拓人。明らかに名前負けしている華奢な体と高い声が特徴的な少年だ。よく見ると平均よりはいい顔立ちなのだが、前髪が長すぎるせいで表には見えない。こいつは虐められている訳ではなく、周りから完全に認識されていないというハブられ方をされている。俺からしたらこっちの方が辛いと思うのだが、本人はそうでもないと言っていた。
君づけした方が星光輝。こいつも華奢で、女子よりも女子らしいとそこそこ人気のある美少年だ。俺や拓人と違って普通に学校生活を送っているので、こういう隠れ家的な場所で話すことにしている。
「ごめんね。今日もこんなところで」
「こんなところ」という発言に、マスターの表情が歪む。
「いいよ別に。ここ落ち着くし、コーヒー美味しいから」
フォローは得意。任せてくれ。
俺の願い通りマスターは表情を緩ませて仕事に戻る。
「まあイタリアンローストじゃないのは残念だけど、確かにいい豆使ってるだろうからな」
拓人も乗ってくれたし、もう大丈夫だろう。
ちなみにイタリアンローストだと酸味が少ないのだそうな。
「で? 今週はどのくらい進んだんだ?」
「いや~それがネタ煮詰まっててさぁ~」
「ボクは描けてはいるんだけど、あんまりしっくり来ないんだよな~」
俺達は本題に入り、話を始める。
何の話かと言えば、ゲームだ。
俺達は今年の夏から紙芝居ギャルゲーを作ろうと奮闘している。別に商品として世に出すつもりは毛頭ないが、いい作品ができたらネットに無料で配信しようと考えている。
「このサブヒロインのストーリー受け持ってもいいか?」
「ああ。僕、そのストーリーだけ思い付かないから、頼めるなら大陸に頼むよ」
「大陸くん、メインヒロインって黒髪と茶髪で悩んでるんだけど」
「校則的に黒髪じゃね?」
「そう? この子は金髪だし、そんな校則ないと思うけど。ボクは茶髪かな」
拓人がストーリー、光輝がイラストだ。俺はスクリプトやら何やら。
俺の作業量が多いなんて言わないでくれ。俺は現実を見たくない。
あと、別に適当に返事返してるわけじゃないから。多分、恐らく、きっと。
俺達はこんな調子で2時間程話し込み、「また今度」と別れた。
これからどんな事が起こるかも分からずに。