第10節 謝罪
「ユーリ君--! ちょっと待ってよ!」
教室を出て行ったユーリを、エステルが少し遅れて追いかける。早足で、しかし走らずに歩いていたユーリには、すぐ追いつくことができた。
廊下の真ん中で立ち止まったユーリは、後ろを振り向かずに言った。
「バカみたいって、思ってんでしょ」
「--!? そんなこと思ってるわけないじゃん! でも、一体どうしたの? いつものユーリ君らしくないよ! 戻ってケーラーさんとカーライルさんに謝ろう?」
「謝んないよ。アイツ等、余裕があるからあんな生き方ができるんだよ。胸くそ悪いよ」
「そんな……」
エステルは言葉を詰まらせる。
「--オレのこと、知ってるよね? もしさ、オレがこれから十浪なんてしたらどうなると思う?」
「え? アカデミーが3年で卒業で……十浪したら後10年、13年かかっちゃうから……」
「オレら28歳だよね? もう1、2年で死ぬんだよ」
「……」
ユーリの声は落ち着いていた。しかし、だからこそ彼の辛さが伝わってくるようだった。
「マスターに行ったりしたら後2年勉強できるよね。で、苦労して勉強して卒業したら--死ぬんだよ」
「何言ってるの!」
「え?」
エステルの大声に、ユーリはやっと後ろを振り向いた。
「ユーリ君、『フェニックスのドロップ』作るんでしょ? それ食べたら、みんなと同じくらい長生きできるんでしょ!? 何でそんなこと言うの!?」
「だ、だって……」
「ロックは、難しいかもしれないけど説得してみるって、言ってくれたんだよ!? ケーラーさんだって、ウロコくれるって言ったじゃない! 後、三日月草だけなのに--!」
「だけど……『フェニックスの血』なんて分けてもらえるか……」
「ロックのこと信じてないの!?」
「--!? そう言う訳じゃないけど!」
エステルの剣幕にユーリはたじろぐ。
「お二人とも、授業中ですからもう少し静かに」
「あ……ケーラーさん」
「……」
エステルの後ろから歩いて来たのはケーラーだった。そして何と、カーライルまでもその後ろに控えている。
「ユーリさん--あなたの苦しみは、あなたにしか分からないのかも知れません。しかし、だからといって、その苦しみを誰彼かまわずぶちまけていいというものではないのですよ」
「……」
「--あなたのお母様はとても聡明な方でした」
「!? 知ってんの?」
ユーリは顔を上げてケーラーの目を見る。
「えぇ、もちろん。300年前からの付き合いでしょうか。私も、彼女がヒトと家庭を作り、子どもまで授かっていたと聞いたときは、大変驚きました。彼女だって、生まれてくる子どもの運命を知らないはずはない」
「……」
「ですが、それでも生もうと決めた。なぜだか分かりますか?」
「……そんなの、分かってたら--こんなに--」
ユーリの声は震えていた。
「あなたに会いたかったからですよ。ただそれだけなんです」
ユーリは、俯いたまま何も言葉を発しなかった。彼の間近にいて、その理由が分かったエステルは、それを見ないようにユーリに背を向ける。
「教室、戻ろうっと。全然、ロックの課題やってないや」
「ごめん……」
小さく呟いたユーリの声は、それでもその場にいた全員の耳に届いていた。