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滑って転んで突き刺して  作者: とえ
第1章

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12/27

12・備えるに越したことはない




『で。どうするつもりなんじゃ?』


(うーーーん)


 ジークさんの告白が済んだ後、僕は助祭さんの

処置を受け家への帰り道にて、悩んでいた。


 聞けば僕が気を失っている間に最低限の処置は

してくれていたらしいが、その時点ではまだ生活に

支障が出るレベルだったとの事。治療の続きとして

薄らとした光に包まれた箇所はみるみるうちに痛み

が引き……なんてことはなかった。


 例えるなら、傷口を消毒液の水槽に浸けている

かのような感覚。ギリギリ耐え兼ねる痛みが傷口

から浸透、周りに広がり、痛覚神経を端から徐々に

麻痺させて行くような治癒痛。あくまで人体が持つ

自己治癒力の促進という意味がわかった。露出した

弱点に指を差し込み掻き回されるような魔法治療は

下手をすればその怪我を負ったその瞬間と大差ない

苦痛を味わう。


 ゲームなどで瀕死のキャラが回復魔法をかけて

貰い瞬く間に元気になって立ち直るという表現を

よく見ていたが、現実はそんなに甘いものでは

なかった。魔法があるからどんなに怪我をしても

大丈夫、などという甘ったれた思考は一切許され

なかった。


 身体中の痛みがある程度治まったあとも、やはり

動けばじわりと鈍痛が響く。前世で軽い手術を受けた

ことがあるが、術後の麻酔が切れ、鎮痛薬で無理やり

抑えている状態を想起した。


(どうする、と言っても……まだ、具体的には)


『まぁ、お前は歳の割に大人びた頭の中をしておるが、

 あの怪我の後ではそうともいかんか』


 当たり前だ。僕の頭は今痛みに支配されている。

なお、仕事初日にも関わらずあのような事があった

ので、ザッカーさんの仕事手伝いはしばらく

休止という事になった。主戦力のジークさんも数日間

動けないのは言うまでもない事なので仕方ない。


(まさか仕事が1日で有耶無耶になるなんて……)


『生きるか死ぬかの直後に仕事じゃと? 日銭は食う

 口が有って初めて必要となるものじゃぞ』


(それはわかってますけど……)


 そんな会話を頭の中でダガーとしていると、隣を

歩いている父さんが口を開いた。


「神官の2人が明日各家に注意喚起してくれるのは

 良いとして、うちはどうするか考えなきゃな。話を

 聞く限りエディは何としても守らなきゃならん」


「そうだね。僕も考えるよ」


「お前は! 今! 怪我人だ!! 休め! それが

 仕事だ」


 そういう訳には……と言いかけた僕の言葉を

父さんの勢いが吹き飛ばす。


「ただでさえまた無茶をして! 母さんお前のそんな

 姿見たら泣くぞ! 確かに逼迫していたのはわかる

 が!」


「うん、僕は手一杯だったから、ダガーに人を呼んで

 もらったんだよ。ジークさんを助けながらセリカと

 対峙するなんて、僕には無理だったから……」


「そこだ。デニス」


 父さんが僕の顔を覗き込んできた。先程までの

台風のような大声でなく、落ち着いた鋭い声で。


「大声で人を呼ぶという頭は無かったのか?」


 え……と、言葉に詰まった。いや、言われてみれば

確かにそうなのかもしれない。人目が増えれば当然

セリカもやりにくくなるだろうし、僕だけが狙われる

事も減るかもしれない。でも、周りを巻き込むという

考えは、何故かその時微塵も浮かばなかった。


「お前は確かに逞しくなってきてる。だが俺から

すればまだまだ子供だ。人を頼る事を忘れるな。

今夜から大人たちが持ち回りで村を回る。お前は

安心して寝ていなさい」


 「はい……」とやや歯切れの悪い返事を返し、

俯いた。前も自分を大事にしろと言われたのに、成長

していないな、僕は。


『……小ぞ……いや、デニス。……ワシは気まぐれ

 じゃ。何日か昼間に寝る。起こすでないぞ』


 どういう風の吹き回しだろうか。ダガーが僕を

名前で呼んだ? ……いやそれより、


(あ、……ひょっとして、夜に……?)


『たまには昼夜逆転も楽しかろう。ただの酔狂じゃ』


 確かに、魂が見える関係上夜目の効くダガーが

夜間の警戒してくれるのは心強い。何者かが近づけば

すぐに分かる。……もっとも、セリカのような人外

じみた急接近をされてはその限りでも無いが。


『夜は大船に乗ったつもりでおるがよい。ただし日の

 あるうちはお前さんが気を張れ。まぁ、親父はそれ

 を許さんだろうがのう。ケケケ、そこは、上手く

 やれ』


 意地の悪い笑い声を聞き流し心の中で礼をした。

父さんが続けて、夜間は村の大人が1、2名、交代で

うちに来てくれる事も話してくれた。僕は、何が

できるだろうか。そして何をすべきだろうか。


 とっぷり日の暮れた玄関先で、母さんとエディは

僕らを迎えた。ボロボロの服にすぐ気づき、口元を

覆って驚く。事の顛末を聞きよろよろと倒れそうに

なる母さんを支えながら、僕らは定位置の椅子に

それぞれ座った。いつもよりだいぶ遅い夕食を

口に運びながら、僕は明日の朝が無事来ることを

願い、その時何をするかを考えていた。


・

・

・


 幸いな事に、次の日はやや遅いながらも比較的

平和に訪れた。いつもより起床が遅くなったのは

疲れのためか、痛みによる眠りの浅さによるものか。

定かではないが目を擦りながらテーブルに向かうと

ひとり分の食事が綺麗に並べてあった。父さんは

既に仕事に向かったらしく、母さんとエディが

炊事場に立っていた。


「母さん、ごめん。遅くなりました」


 洗い物をしている母さんは寝坊を咎める事なく、

むしろ心配そうに言った。


「もう大丈夫なの? もし辛いならまだ寝ててもいい

 のよ? 無理はしないようにね」


 一晩でだいぶ楽にはなったと思う。僕は「うん」

とだけ返し、少しだけ冷めたスープを啜った。

洗い物を終えた母さんは僕の向かいに座り、エディ

はその膝にくっついている。


「ねぇ、デニス。昨晩も言ったけど、私はあなたが

 心配なの。昔からあなたは我が身を顧みず誰かの

 ためになろうとし過ぎてるように見えるの。

 お父さんも心配してたわ」


「うん……ごめんなさい」


 エディが狙われているという話は昨晩のうちに

家族で共有している。最低限備える仕組みを用意

するため、床に就く前に一通り考えていた。家の周り

に手を加えたい事を母さんに伝えると、少し呆れた

表情をされた。


「デニス……確か、休めって言われなかった?」


「う……」


 それはそうだが、できることをやらずに放置する

のも悶々とする。……前世では自発的な行動が周囲

から良い評価を得ることが少なかった。いや、評価を

得た覚えがほとんど無い気がする。周りが望むように

立ち回れば文句は言われない。人を立てれば非難

されることも無い。そう思っていた。だが、この制止

は僕の身を案じるからこそだ。それは分かっている。

"余計な事"と切り捨てられていた前世とは根本的に

言葉の源泉が違う。


「……ま、お庭で遊ぶくらいはいいんじゃないかしら。

その代わり無理はしない事。良いわね?」


「え……あ、ありがとう……!」


 母さんは続けて「お父さんには内緒ね」と言った。

少し心配を含んだ笑顔に救われる。僕は残りの朝食を

丁寧に胃に流し込み、食後の挨拶を済ませ席を

立った。


「備えなきゃいけないのは事実だしね。……それに、

 男の子は少し無茶でもいいのかも。今でこそ落ち

 着いて心配性だけど、当のお父さんだって若い頃は

 言い出したら聞かない向こう見ずだったのよ」


 母さんの言葉に、僕は少し笑った。知らないはず

の若い父さん像が、容易に想像できた。


 腰のダガーとエディを引き連れ外に出る。

この村の敷地は広い。うちも例に漏れず広い。

前世の基準でいえばちょっとした公園が家の前にある

事に等しい。端から端まで見渡し、見慣れたはずの

景色を改めて確認した。外周は木の柵。その根元には

少し高い自生した雑草。敷地内の地面は芝と土、砂

が3色で自由な模様を描いており、隅には小ぢんまり

とした井戸と花壇。家の裏はといえば、倉庫や薪棚、

食料の保存庫を含む裏庭が、表の庭の半分程の規模

で広がっている。……敷地全域をカバーするのは

なかなかに骨だ。そんな事を考えつつ、僕は簡単な

仕掛けを工作し始めた。


「兄ちゃん、何してるの?」


「薪用の木を何本か使って、鳴子を作る」


 「なるこ?」と首を傾げるエディに説明しながら、

手を動かし続ける。細めのロープと木片を使った

簡単なものだ。侵入者がロープを踏んだり足を

かけたりすれば、仕掛けた鳴子が一斉に鳴る。

こちらの世界でも畑に入る動物や魔物を追い払ったり

防犯意識の高い家に設置されていたりする。


「ダガー。ちょっと木を削りますね」


『今更じゃ。別に木でも骨でも肉でも、好きに

 たたっ斬ればよい。ワシは言った通りもう少し

 したら寝るからのう。あまりデカい音は立てんで

 おくれ』


 ダガーの声は聞こえないエディが、独り言のように

話す僕を不思議そうに見ている。そういえば、今更

気づいたことがある。


「ダガーは見ることはできなくても、音はわかるん

 ですね。話せない人の声も聞いてますし」


『おう、刀身や柄から音の振動は伝わるからのう。

 まぁ魂を見る事に比べればアテにはならん。あまり

 そこは頼るでないぞ』


 ……目を持たず、映像として景色を見ていない

ダガーの世界は、一体どのようなものなのだろうか。

魂の形を見て、音だけが響く。手も足も口もなく、

自らの意思でできることはとても少ない。自重を

変化させることである程度の意思表示はできるものの

短刀の姿とは人に比べはるかに不便だと想像できる。


『デニス。……お前さん、気を失う刹那の言葉、

 覚えておるか?』


 気を失う時? 僕が言ったこと……? あ。


『ワシに身体を与えたいなどと抜かしておったな。

 ……あれは本気か?』


 思い出した。確かに言った。僕はダガーに、自分の

意思で動ける身体を与える方法を探したいと。


(はい。……覚えています。……そして本気です)


 僕はエディに聞こえぬよう、心の声で返した。

あの時口にした言葉は本気だ。でも冷静になって

考えれば、それをダガーが望んでいるかを全く考慮

していなかった。浅はかなエゴだったかもしれない。


『……せいぜい励め。期待だけはしておくゆえ』


 ……これは……ダガーも望んでいるという事で良い

のだろうか。微妙に分かりにくい表現だが、彼女の

照れくさそうな声色から、僕は合意と受け取った。

 

(まだ全くアテはありません。時間はかかると

 思います)


『よい。短く見積もってもざっと500年はこのナリ

 じゃ。そうそうすぐになにかが変わるなどとは毛頭

 考えとりゃせん』


(ご、ごひゃ……!? ……はは、精進します)


 気長な約束を交わし、僕は作業に戻った。

細く切り出した木片を何本か取り穴を開ける。解した

ロープを撚り合わせて紐を作り、それで緩く木片を

束ね、軽く振ってみる。カラカラと子気味良い音が

鳴るのを確認し、よし、と小さくうなずいた。完成、

というほどでもない、子供の細工だ。玩具のような

鳴子にエディが目を輝かせている。


 いくつも同じものを作り、次に支柱。僕は庭の

出入り口横にあった大きめの重い石を抱えエディに

声をかけた。


「エディ、その長い木を地面に立てて支えてて」


 少し先の尖った太めな木の棒と地面の接点に向かい

《滑れ》と念じてから、棒の上面に石をゴツンと

当てる。1度の打ち込みで通常では考えられないめり

込み方をした。


 セリカのスパイクが地面によく刺さる訳だ。摩擦

無視の恩恵は縦方向にも効果的に効く。今までこの

使い方はしたことが無かった。


(妙なところから学びを得たな……)


 柱に鳴子をセットしていき、庭の端をぐるりと囲う

形で設置した。……帰りがけの父さんが躓かないよう

に今日は庭入口で出迎えよう。


 更に柱を何本か埋め、小さな松明を設置する。

強く擦ると火花が出る着火石と木の皮を組み合わせ

簡単な発火装置を作り松明に括り付ける。これも

紐の引きに反応するようにし、即席の防犯センサー

ライトとした。


(あとは……緊急時の取り決め。主に避難訓練、か)


 鳴子をカラカラ鳴らして遊んでいるエディを連れて

僕は一休みするため室内に戻った。できることは

日の高いうちに済ませておこう。

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